28話 晩夏
庭の百日紅の花が風に揺れる。
元婚約者の来訪から一週間後くらいだろうか。
夏の暑さはすっかり和らぎ、晩夏を感じさせる生ぬるい風が吹き付ける頃。
昼下がり、庭に出ると門のところでユースティスと村長がなにか話をしていた。
ちょうど村長は帰る所だったらしく、私の姿を見つけるとペコリと会釈をして去っていった。
「どうかしたの?」
「ああ、アンジュ……。今村長が来てな」
「ココに、ようちえんにいったほうがいいんだってー!」
「幼稚園?」
そう。ココはもうすぐ5歳。
本来だったら幼稚園に行く年齢なんだけど……。
流れ者のユースティスは、ココを幼稚園に通わせていなかった。読み書き計算なんかは雲雀館のキッチンのカウンターで教えていたようだけど。
「このまま村に定住するなら、ココを幼稚園に通わせるのがいいと勧められてな」
「そうね……同じ年頃の子供と過ごす時間もあった方がいいだろうしね。どうするの?」
「……少し考えたい。このまま自宅学習でも問題ないと思っていたが……」
ユースティスは表情を曇らせている。
そう。ココを幼稚園に通わせるということは、完全に村に定住するということになるわけだ。元々旅から旅の生活だったユースティスだ。定住は大きな決断だろう。
「少し考えるといいわ。ココの将来が最優先だもの」
「ああ、そうだな」
ユースティスは頷き、ココを抱き上げた。
「ココ、ようちえんにいくの?いきたい、いきたーい!」
ココは、絵本などで幼稚園がどういうものなのかをなんとなく知っているようだった。
ユースティスに抱きつき、はしゃいでいる様子。
もう、すっかり大きくなって……なんて!私が母親ヅラするのは変だけど。
ユースティスによると、村の公民館に併設した幼稚園があり、午前中に幼児が集まって遊んだり歌ったり、簡単な読み書きを教わることが出来るようだった。7歳になると、本格的な学校が始まる。その辺は王都と変わりないようだったけど、スズ村では学校に通わせるかどうかは親の任意らしかった。
学校に通わせるなら、基本的な社会性を身につけたり、読み書き計算の基礎を学んだりする幼稚園に通わせることは必須らしい。
「アンジュ……お前は、三年はこの村に留まると言っていたな」
リビングのソファに座り、私はユースティスの淹れてくれた紅茶を一口。
「ええ」
「それなら……俺はお前がこの村にいる限り、家政夫の仕事を続けるつもりだ」
ちょっとだけドキッとした。
ユースティスは、自分とココの人生設計に、私の予定まで組み込んでいるの?
私の動揺を知らず、ココはリビングの絨毯の上で画用紙とクレヨンを広げてお絵かきに夢中。のんきに鼻歌なんて歌ってる。
「三年後にはココは七歳、八歳だ。スズの村でずっと暮らすなら、学校に行ったほうがいいだろうな……旅から旅の暮らしだったから、ココには同世代の子供との経験が乏しい」
「そうね。……ずっとここで暮らすなら、行ったほうがいいかもしれないわよね。ココも幼稚園に前向きだったし」
「アンジュ……。お前は、三年後、どうするつもりだ?」
「三年後……」
それは、考えないようにしていた疑問。
もう王都にも、実家にも、戻るつもりはない。
私は、錬金術師としてこの村で暮らしていくけれど……その先は、どうするつもりなんだろう。
そう。将来のこと、考えないといけない。
「それは……私は。まだ……そうね。錬金術師として村に貢献したいなって気持ちだけでまだ精一杯で……」
言葉を濁す。
「そうか……俺は。アンジュ。お前がこの村にいる限り、お前に仕えていく。ココに穏やかな暮らしをさせてやりたい。誰も俺を知らない新大陸に行かずとも……この村での穏やかな暮らしが出来れば……」
「ねえねえ!パパ!アンジュ!見て!」
ココがユースティスの膝に飛び乗ってきた。
そして、画用紙いっぱいに描いた絵を見せてくれた。
三人の人間が、可愛らしい二階建ての家の前で手を繋いでいる。
これは……。
「これはね、パパ。ココ。それからアンジュ!さんにんでくらしてるえだよ!」
三人で暮らしてる絵。
もう、画面の隅に、「遠くで暮らしている母親」はいない。
「いまはアンジュがココのママなの!パパがパパなんだよ!」
「私がママ?ココったら……」
無邪気なココの発言に、私は思わず照れて微笑んでしまった。
私がママ。
ユースティスがパパ。
いつの間にか、私とユースティスがココの親になったらしい。
「ココ。あまりアンジュを困らせるな」
「いいのよ。ユースティス。私もココが自分の娘みたいな気分だもの。今日幼稚園に通わせるかどうかって話で、真剣に考えちゃったから。いつの間にか私たち……」
私たちは家族みたい。
そう言いかけてぐっとこらえた。
なんだか距離、近すぎる気がして。
「ありがとうアンジュ。受け入れて貰えて俺も嬉しい。俺は孤児院を出てから、ずっと旅の暮らしだったからな……こうして定住して、普通に暮らしたのは初めてなんだ。だから……俺は」
ユースティスはなにか言いかけて、言葉を詰まらせた。
彼にも、なにか整理のつかない感情があるらしかった。
少しの沈黙の後。
「アンジュ。お前を家族のように思っている。ここにいる間、俺はお前を守る。ココの事も。この平穏な暮らしを続けていきたい」
「ユースティス……」
私は彼の実直で飾り気のない言葉に、目頭が熱くなるのを感じた。
家族。
そう。私が欲していたものかもしれない。
もう私は孤独じゃない。
王都でもずっと、家族と暮らしているのに孤独を感じていた。両親から、名門貴族の令嬢として、王子の婚約者として、良い子の役割だけを求められてきた。
でもここでは、もっと……。
一人の人間として、受け入れられているような不思議な感覚があるのだ。
きっと、私の感情や意志を大事にしてもらえるから。
家族。
私が王都を追放されて手に入れたもの。
それは、素敵な家族、なのかもしれない。
「そろそろ、秋がくるな」
不意にユースティスが言った。
「寒くなる前に、また三人で近くの森へピクニックに行こう」
「いいわね。お弁当を持っていきましょう。採取もして……のんびりしましょう」
私は頷いた。
そう。
それが今一番、欲しいものだったから。
外では秋の気配を忍ばせた風が庭木を揺らしていた。
そして、風は招かぬ客を雲雀館に呼んできていた――。
(続く)
勇者パーティー現れます。
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