27話 拒絶
「な、なんだと!?」
クリストファーはソファから転げ落ちんばかりに驚いていた。
まあ、普通に考えたらそうなんでしょうね。
王位継承者がこうして田舎くんだりまでやってきて、王都に戻ってこいという。本来なら追放された令嬢は、泣いて喜んではいと言うんでしょう。
でも私の決意は硬かった。
「ですから。お断りします」
私は立ち上がった。
「私はスズ村での暮らしが楽しいのです。日々錬金術で村の人の力になって、自然の光りを浴びて目を覚まし、夜が来たら眠る。採取に行って、新鮮な材料を手に入れ、錬金術を行う。この暮らしが気に入っております。
王都での暮らしは、息が詰まるようでした。
親の決めた婚約者は浮気者。異国から来た女にうつつを抜かして、私を毛嫌いして、ぞんざいに扱う。まじめに日々を過ごすことすら疎んじる。一体、どこに楽しみがありましょうか?クリストファー殿下が愛した女性は、ミミ嬢のはず。彼女の問題は彼女の問題。私の関知するところではございません。殿下と私の事はもう終わったのです。あなたが終わらせました。公衆の面前で。私はバーネット家の追放令嬢として、後数年はこのスズ村で錬金術師としての腕を磨くつもりです。もう王都への未練はございません。両親からの手紙も破り捨てたところです。殿下、どうかお帰りを」
唖然としたクリストファー。
震える唇で、ようやく発した言葉は幼稚なものだった。
「いいのか……いいのか!この僕にそんな口をきいて!この僕の申し出を……拒否するだと……!」
クリストファーの顔は真っ赤。
プライドを傷つけられて、冷静ではないようだった。
彼は王位継承者。王都では誰も彼もが彼のイエスマンだ。かつて私もそうだった。逆らわれることに慣れていないのだろう。
でも今は状況が違う。私は追放された悪役令嬢ですからね。
もうクリストファーに従う義務はない。
私は冷たく返した。
「殿下こそよろしいのですか。アカデミーのパーティーで、大勢の貴族や学園生が集まる前で私を追放したのに、今度はその悪どい令嬢に戻ってこいと懇願した……そう噂が流れてもよいのですか?それこそ殿下の評判に傷がつくかと」
「ぐ……誰が懇願だ!このクリストファーが、貴様などに懇願するものか!これはありがたいオファーだ!それを断ると言うならばいいだろう。お前は永久に王都から追放だ!二度と王都に戻ってくるなよ!アンジュ・バーネット!泣いてすがっても、許さないからな!」
そう言ってクリストファーは雲雀館を後にした。お連れの騎士たちも続く。
彼は嵐のように訪れて、そして去っていった。
雲雀館に静寂が訪れた。
門のところまで出て、外の様子を見ていたユースティスが、馬車がスズ村を去っていったと告げた。
「見事な啖呵だったな。アンジュ」
「ええ……。もう疲れちゃった……」
立ち上がろうとしたら、足がもつれてしまった。
転びそうになった私を、素早くユースティスが支えてくれた。
「緊張しただろう。よく頑張った。強いぞ」
「ユースティス……」
「アンジュー……」
奥の部屋からココが出てきた。
今にも泣きそうな顔をしていた。
「ココ。おいで。怖かったね。もう大丈夫よ」
私はふらつく足で床にしゃがみ、ココを抱きしめた。
「アンジュ!どこかにいっちゃうの?」
「大丈夫。行かないから。ずっとここにいるよ。ココと一緒」
「アンジュ……!」
ココの温もりが、私を安堵させる。
抱き合う私とココを、そっとユースティスが抱きしめてくれた。
三人で抱き合い、私たちはしばらく無言でいた。
私はぬくもりから安心感を感じ、泣きそうになるのをぐっとこらえていた。私が泣いたら、ココまでないてしまいそうだもの。
「パパ……」
「どうした。ココ」
「アイス食べていい?」
私は思わず吹き出してしまった。
「いいわね。アイス。私も食べたい!」
「いいだろう。こんな時は、アイスだな」
ユースティスも微笑んだ。
そんなわけで。
ユースティスが氷室からアイスを持ってきて、ガラスの器に持ってくれた。
桃のアイス、バニラアイス、そしてオレンジのソルベ。
ひんやりした三種のアイスが可愛らしく器に並ぶ。
「オレンジは新作だ。ルドガンド産の良いオレンジが手に入ったから、果汁を絞ってソルベにしてみた」
「んん……爽やか!美味しいわ」
高揚した体に、オレンジの果汁の甘酸っぱさとひんやりした食感が気持ちいい。体にこもった熱を冷ましてくれるようだ。
バニラアイスも、上品なバニラビーンズの香りがふくよかだ。
そして雲雀館定番の桃のアイスも滑らかでいい香り。この村の新鮮な桃がクリーミーなアイスと溶け合って、香しい香気が鼻に抜けていく。
「おいしいね、パパ!アンジュ!」
ココがニッコリと笑った。
さっきの泣きそうな表情がもう明るい笑顔に。
スズ村に来てから、どれだけココの笑顔に救われているだろう。
ユースティスの優しさ、気遣い。ココの無邪気な笑顔。
今の私にはそれが大事。
後日。
両親からもう二度と王都に戻ってくるな、という趣旨の手紙が届いたけれど、最後まで読まずに破り捨てた。
もう結構です。
私はこの村で、自立して行きていく!
そう決意したんだから。
私の今の人生はここにある。
そう決意したのはいいものの。
過去というのは、振り切ろうとすると追ってくるものだ。
ユースティスの勇者としての過去も、雲雀館に迫ってきているのだった――。
(続く)
今後、勇者パーティーとの邂逅がはじまります。
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