25話 井戸の異変 その3
翌朝。
私は地下の工房へ。
浄化石を錬金する。
材料は、採取してきた清水花、鉱砂石、触媒となる蛍光石、蒸留水。
錬金術書を何度も読み返し、慎重に作業を進める。失敗は許されない。清水花、一輪しか採ってきてないからね。
まずは清水花と蒸留水、蛍光石を錬金釜に。
魔力を注ぐながら、錬金棒でかき混ぜる。
アイテムは白い光を放ちながら一体となり、花はゆっくりと溶けて透明な液体が生成されていく。うん。ここまではいい感じ。
そして、完全に透明な液体だけになったら、鉱砂石を十数粒投入。
錬金棒でかき混ぜて再び魔力を注入。
石が水を吸収していく。
そして少し石が艶を帯びて膨れていき……白い光が錬金釜から溢れた。
完成!
親指の爪ほどの大きさの透明な石がゴロゴロ。
<浄化石>!魔力付与も成功したようだ。魔力付与は[効果抜群+5][魔除け+4]……!
これはすごい。
上質だ。
我ながらいい出来!
これを各家庭の井戸に投げ込めばいい。
濁った水は浄化される。
源流から流れてくる水も、泥喰い猪がいなくなったからいずれ泥も沈んで落ち着いてきれいになっていくだろう。
完璧!
私はユースティスとココに<浄化石>の完成を報告して、各家庭の井戸を回って<浄化石>を投げ込んでいった。
少し浄化に時間がかかるだろうから、一刻ほど待ってから水を汲んでほしいとお願いした。
村の人達は「そんな小さな石で本当に水が綺麗になるの?」と不思議そうだった。
各井戸を回って、雲雀館に帰宅する。
完成してすぐに雲雀館の井戸に一粒<浄化石>を投げ込んでいたのだ。
ユースティスが井戸水を汲むと……。
「うん。濁っていない。成功だな」
「よおし!これで井戸水問題は解決ね」
庭で喜んでいると、村長がやってきた。
「うちの井戸、濁りがとれましたぞ!」
「うちの井戸もよ!」
「アンジュお嬢様、ユースティス、助かりました。助かりました!」
村長は私の手を握って何度もお礼を言ってくれた。
「こうしちゃいられない。礼金を持ってきます故、お待ちくださいね」
大事なものを忘れたらしい。村長は自宅の方に走っていった。
入れ替わりにダイナ、ベルタ、フローラが雲雀館の庭にやってきた。
「井戸水!きれいになったよ!錬金術師って本当にすごいのね!これお礼!受け取って!」
そういって、皆色んなものを差し出してくれた。ダイナからはカゴいっぱいの夏野菜。ベルタは美しいサーモンピンクの綿の布を一反。セリアは卵と牛乳のはいった瓶を入れたバスケット。フローラはワインの瓶を二本。
「えっえっ!村長から礼金をもらうし、いいのよ!」
「何言ってるの!受け取って!」
「そうそう、お礼なんだから!受け取らないとダメよ!遠慮なんかしないで!」
結局、断りきれず受け取ってしまった。
「……ユースティスに料理してもらわなきゃね」
「任せてくれ」
ユースティスもこころなしか嬉しそうだ。
その後もひっきりなしに色んな人達がお礼に来てくれて、玄関ホールは頂き物でいっぱいになった。肉、野菜、果物、魚、お酒、日用品。
しばらく生活には困らなそう……!
そして、村長から礼金をもらった。
銀貨二十枚。
村長は申し訳なさそうにこれしか出せないと言われたけど、十分です。
浄化石は王都では買うと1粒金貨1枚くらいはするから、破格の値段で引き受けたことになるけれど、村の財政を考えたら多すぎるくらいだ。
それにこれをきっかけに、私はちゃんとスズ村の一員になれた気がする。
錬金術で誰かの役に立つって、嬉しいことなんだな。
村の人達から貰った食材はユースティスがテキパキと仕訳してくれて、一部は氷室に、一部は食料倉庫に、そして一部はキッチンへと運ばれた。
その夜の食卓は、いつもよりずっと賑やかだった。
食卓の中央には、こんがりと焼き色のついたチキンと夏野菜のキッシュ。
切り分けられた断面からは、鶏肉、玉ねぎ、ズッキーニ、トマトがのぞき、卵と牛乳で作られた生地はふっくらとなめらかだ。焼けたチーズの香りまで混じって、見ただけでおいしいのがわかる。
傍らには、とうもろこしと牛乳の冷たいポタージュ。
淡い黄金色のスープの表面には、細かく刻んだ香草が少し散らされていた。
大皿には、きゅうりと白チーズのサラダ。
瑞々しい緑と白の取り合わせが涼しげで、夏らしい。
そして、まだほんのり温かい黒パンが籠に山盛り。
デザートには、冷やした桃のミルク煮、雪蜜蜂の蜜がけまで用意されている。
「……すごい」
思わず呟くと、ココも目をきらきらさせながら頷いた。
「ごちそうだー!」
「今日は祝いの日だからな」
ユースティスはそう言って、静かにキッシュを切り分けていく。
その横顔がいつもより少しだけ柔らかく見えたのは、たぶん気のせいじゃない。
「いただきます」
三人で手を合わせて、まずはキッシュをひと口。
私は思わず目を細めた。
表面は香ばしく、中はふわりとやわらかい。卵と牛乳のやさしい甘みの中に、鶏肉の旨味と夏野菜の瑞々しさが溶け込んでいる。ズッキーニはとろりとして、トマトは熱で少し酸味が和らぎ、玉ねぎは甘い。全部がきれいにまとまっていて、口の中でほどけるたび幸せな気持ちになった。
「おいしい……」
「よかった」
ユースティスはそれだけ言って、自分の皿に視線を落とした。
でも、ほんの少しだけ耳が赤い。褒められるのに弱いのだ、この人は。
冷たいポタージュも絶品だった。
とうもろこしの甘みが牛乳のやさしさと合わさって、驚くほどなめらかで、火照っていた体にすうっと染みていく。黒パンを添えると、それだけで立派なごちそうだ。
ココはキッシュを夢中で食べたあと、サラダのきゅうりをぽりぽり齧っていた。
「これ、しゃくしゃくする!」
「しゃくしゃく、するね」
私は微笑んだ。
今日一日、村の人たちに何度もお礼を言われて、気が張っていたはずなのに、こうして三人で食卓を囲むと、心がゆっくりほどけていく。
デザートの桃のミルク煮もやさしい味だった。
やわらかく煮えた桃に、牛乳のまろやかさと蜜の淡い甘みが重なって、夏の夜にぴったりだった。
私はスプーンを置いて、ふうと小さく息をついた。
「人の役に立つって嬉しいことなのね……私、この村にいていいって今日実感できた」
「ああ。この村はお前を必要としている」
「ユースティスのこともよ。あなたがいなかったら、この依頼は達成できなかったから」
「俺は魔物を倒しただけだ。アンジュ。皆がお前を頼りにしていることを誇りに思えよ」
「そんな……うれしい。ありがとう」
食後のお茶は、井戸水を沸かしたお湯で作ったものだった。
村の人達から貰ったものの中にあった、東方の緑茶。
香ばしい香りは紅茶とは違う。独特の苦みがほんのり香るけど、それが気にならないほど爽やかな香気が鼻に抜けていくのが気持ちいい。
ココはお砂糖を入れて飲んでいる。
「おいしいね、アンジュ!」
「ええ。おいしいわね」
「東方の緑茶……いいな」
ユースティスも気に入った様子だ。
こうして夏の夜が更けていく。
この井戸水の件が、あんな事件を呼び起こすなんて、この時は全く予想もしていなかったけれど。
(続く)
次回、いよいよ話が動きだします。
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