23話 井戸の異変 その1
短い初夏が終わり、本格的な夏がやってきた。
王都ほどではないけど、スズの村も暑い!
日陰にいると山から吹く風が涼しいけど、太陽光の下に出ると焼け付くような熱気に襲われる。この日差しのおかげで、村では夏野菜はよく育つそうだけど、昼間外に出る気はしない。
私は大人しく涼しい地下の工房で錬金術に励み、用事がなければ引きこもりの日々だ。
ユースティスは相変わらずテキパキ家事に励み、たまに採集に行くと、ココと一緒についてきてくれる。
変わらぬ平和な日々が続いていたのだけれど……。
「アンジュ。井戸の様子が変なんだ。水が濁る。うちだけかわからん。村の者に聞いてくる。ココと留守番を頼んでいいか?」
「井戸水が?……わかったわ」
「おるすばんするー!」
「頼むぞ。これは昨日汲んだ水だから問題ない。水が欲しかったらこれを飲んでくれ」
ユースティスは水差しを指さし、ささっと裏口から出ていった。
私とココは彼が用意してくれた朝ごはんを食べはじめる。
夏野菜のマリネにハムエッグ、白パン。カットされたチーズ。搾りたてのオレンジジュース。
マリネに使われているのは茄子、赤と黃のパプリカ、ズッキーニ。良い加減の酸味が食欲を掻き立てる。半熟に焼けたハムエッグも美味しい。溢れた黄身で白パンを拭い、頂く。とろりとした黄身がからみついた白パンの美味しこと!
口の中がこってりしたので、マリネを一口。
酸味のある新鮮な野菜がお口をリセットしてくれる。
ユースティスの料理って本当に最高。
王都で食べるものとはぜんぜん違うんだから。
それにしても、井戸の濁りか……。
一体どうしたんだろう。村の他の井戸は大丈夫かな。
朝ごはんが終わる頃、玄関のドアがノックされた。
「誰かしら……」
私は玄関ホールに向かった。
玄関を開けると、村長とダイナが並んで立っている。ユースティスも一緒だ。
「村長……ダイナ!一体どうしたの?」
「アンジュ、井戸の話は聞いた?」
ダイナの表情が曇っている。
「ええ、うちの井戸の水が濁っているって聞いたけど……」
「それが、アンジュお嬢様。村中の井戸が今朝から濁っているのですよ!」
村中の井戸が……!?
◇◇◇◇◇
リビングに村長とダイナをお通しして、話を聞くことにした。
ユースティスが入れてくれた薔薇ベリーの紅茶を飲みながら、二人の話に耳を傾ける。
どうやら今朝から村中の井戸の水が濁りはじめたらしい。
各井戸の問題ではなく、水源で何かが起こっているようだ……というのが村長の見立てらしい。
「もしかしたら水源や水流の途中に魔物が湧いたのかもしれません。10数年前同じようなことがありましてな。その時は傭兵を雇い、魔物を駆除し、王都で水を清める錬金術の道具を買って対応したのですが……かなり高額なお金がかかり、数年、村の財政が相当苦しくなりました。今回、原因の調査と解決をユースティスとアンジュお嬢様に依頼したいのですが、引き受けて下さいますかな。ある程度まとまった礼金は用意します」
「水を清める……水源の魔物」
私は村長の後ろに立って話を聞いていたユースティスと顔を見合わせた。
確かに傭兵を雇ったり王都まで行って水を清める装置を買うとすれば、相当時間とお金がかかるだろう。
ここは村のためにひと肌脱ぎたい。
「わかりました。村のためです。やってみましょう」
私は胸に手を置いて、決意を固めてこの件を引き受けた。
井戸水が使えないと、村中が困ってしまうだろう。
今や私もスズの村の一員。
なるべく出来ることで貢献しなくちゃね。
ユースティスの顔を見ると、彼も薄く微笑んで頷いてくれた。彼も協力してくれるつもりらしい。
「ありがたい!村の水源は北の山にある泉です。そこから流れる水が井戸水として湧いているのです。まずはその泉を見てきてもらえますかな」
「ココちゃんはうちで預かるよ。万が一魔物がいたら大変だしね」
ダイナが言った。
「ココはおるすばんなのー?」
「ああ、その方がいいな。強い魔物がいたら危険だ」
ユースティスの足元で人形遊びをしていたココはちょっと不満そう。
「ココ。いい子で待っていてね。ユースティス、早速北の山に向かいましょう」
水源の泉までは約一刻ほどの道のりで、山を登って行くらしい。
日が暮れるまでに戻るには、急いで家を出ないと。
今日はピクニック気分というわけにはいかない。なんせ、魔物が出るかもしれないからね。
私は綿の白シャツにテラコッタ色の麻のズボンという動きやすい格好に着替え、ロングブーツの紐を固く結ぶ。そして採取用の瓶やカゴだけでなく、王都から持ってきたナイフも腰に帯びた。一応、護身用。
そして工房においていたアイテムもいくつかリュックに入れた。
リボンで髪の毛を束ね、動きやすく。
下に降りると、ユースティスも準備を済ませて玄関ホールで待っていてくれた。
「行こう」
「ええ」
足早に村の北門に向かうと、村の門兵が声をかけてきた。
「井戸水の水源の調査かい?」
「ああ、そうだ」
「北の山から、獣の唸り声を聞いたものがいる。十分気をつけろよ」
私とユースティスは顔を見合わせた。
やっぱり魔物が悪さしてるのかしら……。
北門を通り過ぎ、山道を登っていく。
踏みならされているとはいえ、険しい坂道だ。
途中に生えている植物や花を一応チェックしつつも、早足で山道を進んでいく。
途中で、一度倒れた木に座り休憩を取って、竹の水筒からお水を一口、二口。
ユースティスが手渡してくれた乾燥ベリーと堅パンも口にした。疲れた体に栄養が染み渡る……。
「それにしても、やっぱり暑いわね……。日陰だから助かるけど」
「ああ。この暑さだ。井戸水が使えないと村人も苦しいだろう。早く原因を突き止めないと……」
ユースティスも真剣な様子だ。
私たちは休憩を早々と切り上げ、再び山道を登っていく。
その道の過程で、なんとなく思いついた事を聞いてみた。
「ねえ、ユースティス。ムルシアで勇者をやっていた頃にも、同じような事はあった?国の困りごと解決しながら旅をしていたんでしょう?」
「ああ……あった。その時は川が濁ってな。上流の水源の泉にモンスターが棲み着いていた。退治して、水を浄化するアイテムをサンドル国から買って水源を清めた。アンジュ、水源を浄化するアイテムに心当たりはあるか?」
「ええ。あるわよ。材料も目星ついてる。それが、採れるのが清らかな泉のそばなのよねえ……どのみち水源にはいかなきゃいけないわね」
太陽がてっぺんに登る頃。
夏の森の中に、水音が響いてきた。
少し行くと、山の木々の中、開けた場所に大きな泉があった。そしてそそり立つ岩壁からは小さな滝が泉に流れ込んでいた。
これが水源の泉……。
泉は泥の色に濁っている……。
きっと本来は美しい泉なんだろうけど……これが井戸水の濁りの原因ね。
「アンジュ、油断するなよ。魔物の気配がする……」
ユースティスがそう言って剣を抜いた。
私は彼の後ろに隠れ、きょろきょろとあたりを見回した。
泉の周囲にもぬかるんだ泥が広がっている。そして、踏み荒らされた白い花が。
あれは……。
(続く)
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