22話 夏風邪
祭から数日後。
朝食の準備が整ったとユースティスが部屋へ私を呼びに来た。
「ココも呼んできてくれるか?まだ寝ているようだ」
「あら珍しいわね。いつも朝ごはん前に起きているのに」
私は1階に降りて、ユースティスとココの親子が使っている部屋へと向かう。
ノックしてココを呼ぶ。
返事がない。
「ココ?まだ寝ているの?」
そっとドアを開けると、ベッドの上で横たわるココの姿が。
……何か様子が変だ。ココのふっくらした頬が紅潮している。寝汗もかいているようだ。
「ココ?」
近寄って手を額に当てると……熱い!
「ココ!あなた熱があるわ!」
「アンジュ……あついよぉ……」
私は慌ててユースティスを呼びにキッチンへと向かった。
ココに熱があると告げると、ユースティスの表情が曇り、彼はすぐココの所に走った。
ぐったりしたココ、可哀想に。
「薬屋に風邪薬を買ってくる。アンジュ、悪いがココを見ていてくれるか」
「ええ。もちろんよ」
私はココに、キッチンにあった桃とレモン入りのお水を飲ませる。
ココは苦しそうだけど、お水を飲んでくれた。
「アンジュ……くるしいよ。あついよ……」
「今パパがお薬買いにいってくれてるからね。大丈夫よ」
1/4刻ほどでユースティスが帰ってきた。
「村祭りの後で、子どもたちに夏風邪が流行っているそうだ」
思い詰めた表情のユースティス。
持って帰ってきた瓶に入った薬を取り出し、ココに飲ませる。
「一応この薬を飲ませて安静にすれば一週間ほどで寛解するそうだが……この辺りで夏の始まりに流行る風邪だそうだ。大人には喉がイガイガする程度ですむらしいが、子供は高熱が出るそうだ。ダイナの家の二人の子も同じ症状で寝込んでいるそうだ」
「ダイナの子も?流行っているのね。寛解まで一週間……長いわね」
私はギュッと己の手を胸の前で握りしめた。
苦しそうなココ。見ていられない。もどかしい……。
……私は医者じゃないけれど、薬や症状を緩和するものを調合することも可能だ。
「工房を見てくるわ。何か症状を楽にするものが作れるといいんだけど」
「アンジュ……すまないな」
悲壮な表情のユースティス。ココの小さな手を握り、とてもつらそうな様子をしている。
「ユースティス、あなたもあまり思い詰めないでね」
「ああ……そうだな。すまん。ココが調子を崩すのが久々で……冷静でいられないようだ」
「大丈夫よ。下に行くから。何にかあったら呼んでね」
◇◇◇◇◇
地下の工房で、錬金術書を取り出し、開く。
子供用の薬の章を食い入るように読む。
「あった、子どもの夏風邪……」
額に乗せて熱を楽にする薬湿布、解熱剤なんかの調合法が書かれている。
材料は……大体のものが揃っているけど、白露草、雪雫ゴケが足りない。でも、そんなに珍しいものじゃない、紅葉渓谷か、近くの森に行けばあるはずだ……。
「ユースティス、ココを見ていて。私、近くの森に行ってくる」
「待て、アンジュ一人でか?」
「ええ、薬の材料が紅葉渓谷にありそうなの。もう火喰い狸はいないから、一人で大丈夫よ。さっといって採ってくる」
「俺も行く。君を一人で村の外に出すわけには行かない」
「でもココを置いていく事はできないわ……」
「そうだ。俺に考えがある」
ユースティスははっと何かをひらめいたようだった。
◇◇◇◇◇
「大丈夫よ!ココはうちで預かる!二人も三人も一緒だからね」
ダイナはドンと胸を叩いて言った。
「その代わり、薬ができたらうちの子達の分もわけてよね!」
「もちろんよ。材料がそろえば、症状を楽にする薬が出来るわ。薬屋にも卸すから、村中の人が使える分を作るつもりよ」
「さすが錬金術師様!頼りにしてるよ!」
ダイナは真剣な顔で私の手をギュッと握りしめた。
そしてユースティスが抱いたココを受け取り、子供部屋に連れて行った。
ぐったりしたココはされるがまま。意識も朦朧としているようだ。
後ろ髪を引かれるけど、子持ちのダイナならちゃんとココの面倒を見てくれるだろう。
「ユースティス、行くわよ」
「ああ。急ごう」
いつになくピリピリした空気のユースティスは、さっさと紅葉渓谷の方に歩き出していた。
私も後を追う。急がなきゃ。
門を抜け、ついこの前歩いた森の道を行く。
ユースティスは早足で先を急いでいる。
置いていかれそうになるけど、私も早足でその背中を追った。
途中でユースティスが早足に気づいたのか、少し速度を落としてくれて助かった。程なくして紅葉渓谷の川辺に到着。川べりは湿った空気が流れている。
雪雫ゴケはこういう湿った場所の岩や倒木に生えているのだ。
辺りを集中して見回す……川辺に倒れた倒木、日陰になっている部分をみると、白い苔が!
「あったわ。雪雫ゴケ。ユースティス、これよ。これを探して」
「わかった」
私たちは手分けして、周囲の日陰になっている部分で雪雫ゴケを探した。
持ってきた瓶いっぱいに採取する。
そして、お次は白露草。
「次は植物よ。森の風通しのいい場所に生えてるの。珍しいものじゃないからすぐ見つかると思うんだけど」
「風通しのいい場所か。あっちのほうが、木々が開けていて風通しはいいはずだ」
「じゃあそっちに行ってみましょ」
私たちは渓谷から少し移動し、森の中の開けた場所で白露草を探す。
「うーん……ないわね」
「特徴を教えてくれ」
「膝くらいの高さで、春に白い花を咲かせるの。今は夏だから、白い花は散ってると思うわ。葉は細長くて裏面に白い粉がふいてるの……葉が鋭くて触れると肌を切る事もあるの」
ユースティスは生えている植物を一つ一つ、確認している。
「ココがいればな……」
そう。ココがいたら風の声を聞いてすぐ発見してくれるんだろうに。
かわいそうなココ。
早く助けてあげたい……。
「アンジュ、これじゃないか?」
ユースティスが声をあげた。
「どれ?そう。これよ!これ!白露草!根っこから採取して。十株は欲しいわね」
「わかった」
私たちは白露草をつかんで引っこ抜くいてかごに入れていく。
すぐに十株そろった。
「これでいいわね。さあ、戻って調合よ」
私たちは急いで村に戻った。
私はすぐ工房に降りて、調合を開始。
錬金釜に藁、蒸留水、蛍光石の粉、雪雫ゴケを入れる。そして錬金棒でかき回す。魔力を込めて……丁寧に。アイテム達はからみあい、魔力の光を帯びて形を変えていく。
放たれる光は大きくなり、そして白くなって、はじけた。
完成!
四角く白い長方形の湿布が出来た。
<錬金冷湿布>。[効果抜群+3][長時間使用可能+2]の魔法付与付き。
これは熱で苦しむ人の額に貼って、ひんやりとした冷感で熱症状を楽にするもの。
そしてお次は熱冷ましを調合だ。
蒸留水、蛍光石の粉、白露草、青スミレを錬金釜へ。
錬金棒で優しくかき回す。魔力を注ぎ、優しく材料を混ぜていく。
効果を上げるための、エンチャントがつくように……。
錬金釜が光る。
……完成した。
白い錠剤がザラザラと錬金釜の底に生まれた。
<白露草の解熱剤>。エンチャントは[早く効く+5]。最高位の品質!上質だ!
私は錠剤と湿布を持って、ダイナの家に走った。
ユースティスがダイナの看病を手伝っていた。
そして、子どもたちの額にシップを貼り、錠剤を飲ます。
「お薬はもう飲んだよー。私お薬嫌い!」
「僕も嫌いー」
ダイナの娘ビビアナとマルセロが錠剤を嫌がった。その様子を見たココも、布団に潜ってしまった。
「おくすりきらいーのどがいたいんだもん!」
顔を見合わすダイアナと私。
「ゼリーに混ぜよう」
そうユースティスが提案した。
そ、それだ!
ユースティスが氷室に保存していた桃ゼリーを持ってきていた。
ダイナがすりばちとすりこぎを用意して、錠剤をすりつぶして粉にしてくれた。そして、ゼリーに混ぜる。
「ココ、おいで。ゼリーを食べよう」
「……うん」
ベッドから這い出てきたココ。大人しくゼリーをパクリ。
食べてくれた!
ビビアナとマルセロも、喜んでゼリーを食べてくれた。
「美味しい!ひんやりする!」
薬入のゼリーは大好評。
子どもたちはゼリーを食べ尽くし、私とダイナ、ユースティスは顔を見合わせてホット一息。
「あんた達、熱はどう?」
「ひんやりするので、少し楽になったよ!」
元気よくマルセロが言った。
冷湿布が効いているようだ。そのうち解熱剤も効いてくるだろう。
「そう、良かった。良くなるまで、よくお眠り」
子どもたちは大人しくベッドへ横になり、ココもすぐ寝息を立てはじめた。
ユースティスは眠るココを抱き上げ、愛しそうにその髪を撫でた。
「世話になったな。ダイナ。感謝する」
「こちらこそ。子育ては一人じゃ無理よ。いつでも頼って、ユース。あんたも今は村の一員なんだからね。それとアンジュ、解熱剤と湿布ありがとうね。お代はいくら?」
「お代はいいわ。ココを預かってもらったもの。それに、ビビアナの意見を聞いて、一つ思いついちゃった。薬屋へ卸す前に、薬を改造しなきゃ」
私はひらめきを得ていた。
子供は錠剤が嫌い。粉薬も嫌い。
じゃあどうするか?
錬金術で形を変えるしかない!
◇◇◇◇◇
夜が更けていく。
ココの熱が少し下がったようだ。
ユースティスは安堵のため息を付き、キッチンに立った。
「夕飯がまだだったな。簡単なスープでいいか?今はなるべくココの側にいたい」
「ええ、もちろん。ココのそばにいてあげて」
ユースティスは手際よく野菜を切り、寸胴鍋に入れていく。
私はキッチンのカウンターに座り、ユースティスの背中を見つめていた。
「俺は無力だ……」
ぼそり、とユースティスは言った。
「何も出来なかった。ダイナにココを預け、そして、アンジュにも頼りっぱなしだ」
「なにを言っているの?採集へ行くのにあなたの護衛が必要なのよ?私が無事帰ってきたのはあなたのおかげ。一人じゃ何も出来なかったのは私も同じ」
「……たしかにそうだが」
「力を合わせたから、対処できたのよ」
ユースティスは振り返った。
真剣な眼差しだった。
「そう……だな。アンジュ。お前がいてくれてよかった」
彼は真剣だった。
私は少しドキッとしてしまった。
深い意味がないのはわかってる。でも、今回の件でわかった。
私には彼が必要だけど。
私も彼に必要とされている。
私たちはユースティスの作ったスープとパンを食べて、ココの様子を見に行った。
彼女は静かに眠っていた。もう苦しそうな表情をしていない。
「熱が下がってるわ」
「薬が効いたんだな。良かった。ありがとう。アンジュ」
「どういたしまして。こちらこそ、ありがとう。さて……私はまだやることがあるから、工房に行くわ。氷室から、桃をいくつかもらうわよ」
「ああ。持っていけ」
翌朝。
「アンジュ!アンジュ!」
すっかり元気になったココが私のベッドに飛び込んできた。
「ココ、アンジュのおくすりでげんきになったよ!うひひ」
笑いながら抱きついてくるココを抱きしめ、私は目をしばしば。
顔を洗ってから下に降りると言ってココに先にダイニングへ向かってもらう。
洗面所で、水差しから桶に水を注ぎ、洗面。
そしていつもの麻のワンピースに袖を通して下に降りると、元気いっぱいのココと、ユースティスが待っていた。
「アンジュのおかげでココはすっかり元気になったぞ」
「げんき!アンジュ、今日は何して遊ぶ?」
笑いながらココは抱きついてきた。
屈託のない笑顔が私を安心させた。あのココの苦しげな顔……出来ればもう見たくないな。やっぱりココは笑顔が一番ね。
「そういえば、桃で何を作るんだ?」
朝食中、ユースティスに尋ねられた。
レバーペーストを塗ったパンを齧りつつ、私はにんまり。
「いいアイデア浮かんじゃったんだ。子供は甘い飲み物が大好きでしょ?」
こうして。
<桃味の解熱シロップ>を思いついたのだ。
砂糖水、桃、触媒と解熱剤の錠剤を混ぜて錬金した。
子供も飲める桃味の解熱シロップが薬屋の棚に並んだ。
夏風邪が流行っていたスズ村での売上は好調だ。
「助かりましたよ、アンジュお嬢様」
雲雀館を尋ねてきた村長が嬉しそうに言った。
「毎年この時期風邪が流行るんですが、子どもたちの回復が早い早い!これも総てアンジュお嬢様のおかげです。そこで、この湿布と桃味解熱シロップ、薬屋が常備したいというんですが……毎月薬屋に二十ずつ卸してもらうことは出来ますかな?」
「二十!?多いわね」
「実は隣村からも買いに来るものがいるほど評判でして……」
「隣村からも……そんなに需要があったのね」
私は悩んだ末、毎月<錬金冷湿布>と<桃味解熱シロップ>を二十個ずつ村の薬屋に卸す契約を結んだ。
段々とお仕事が広がりをみせてきた。
いい感じだわ。
(続く)
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