21話 夏祭り
スズ村の夏の始まりの夕暮れ。
村の人々が中央の広場に集まっていく。
今日はスズ村の夏祭り。
今年の豊穣を祝い、そしてまた来年の豊穣を祈る日だ。
祭りの支度を終えて、私は部屋の姿見の前でくるりと一回転してみた。
淡い水色の夏用ワンピース。薄手の綿地は軽やかで、胸元と裾にだけ白い糸の小さな刺繍が入っている。派手すぎないけれど、普段着よりはずっとよそゆきで、祭りの灯りにも映えそうだ。髪はゆるくまとめて、ココが選んでくれた小さな白い花飾りをひとつ挿した。
「……よし」
小さく息を吐いて、自分に言い聞かせるように頷く。
たかが村祭り。そう、たかが村祭りなのに、どうしてこんなに落ち着かないのかしら。
私はスカートの皺を指先で整えてから、部屋を出た。
二階の廊下を歩いて階段へ向かう。下の方から、ココのはしゃいだ声が聞こえてきた。
「パパー!アンジュ、まだかなあ?」
「女は支度に時間がかかるものだ」
「アンジュはきれいにするのがじょうずだもんね!」
思わず足が止まる。
き、きれいにするのが上手って……。なんだかこそばゆい。
私は妙に高鳴る胸を押さえながら、階段をゆっくりと下りた。
居間には、先に支度を終えたココとユースティスがいた。
まず目に飛び込んできたのはココだ。たんぽぽ色のふんわりしたワンピースに身を包み、蜂蜜色の髪には小さな花飾りまでつけている。あまりにも可愛らしくて、思わず頬がゆるんだ。
「ココ……!とっても似合ってる。お姫様みたい」
「ほんとー!?やったあ!」
ココはその場でくるくる回ってみせる。
その可愛らしさに笑っていた私は、そこでようやく、ココの隣に立つユースティスをまともに見た。
——あ。
言葉が、止まった。
生成り色のシャツに、深い緑のベスト。濃い色のズボンに磨かれた革靴。いつもの働きやすそうな服装とは違って、今日はどこかきちんとして見える。いや、きちんとしているというより……そう、妙に、様になっているのだ。肩幅の広さも、背の高さも、いつもよりはっきりして見えてしまって、私は一瞬、まともに息を吸うのも忘れた。
ユースティスもまた、階段の途中で立ち止まった私を見上げ、そのまま動かなくなった。
数秒。
本当に、ほんの数秒だったと思う。
でも、私にはやけに長く感じられた。
「アンジュー!きれい!」
最初に沈黙を破ったのは、やっぱりココだった。
ぱたぱたと駆け寄ってきて、私のスカートの裾をつまみ、きらきらした目で見上げてくる。
「このおようふく、すごくすき!アンジュ、おはなみたい!」
「ありがとう、ココ。ココもとっても可愛いわ」
私はしゃがんでココの頭を撫でたけれど、内心では全然それどころではなかった。
だって、まだユースティスが何も言わないのだもの。
気になって、そっと顔を上げる。
するとユースティスは、ようやく我に返ったように軽く咳払いをした。
「……よく似合っている」
低く、短い一言。
それだけなのに、胸の奥がどくんと跳ねた。
「そ、それだけ?」
思わず口をついて出てしまって、自分でしまったと思う。
なんでそんな、拗ねたみたいなことを言ってるの、私。
けれどユースティスは困ったように目を伏せ、それから少しだけ眉を寄せた。
「それ以上は、うまく言えん」
その答えに、今度は私の方が黙ってしまった。
ずるい。そんなふうに真面目に言われたら、それ以上何も返せなくなるじゃない。
「パパもかっこいいよ!」
ココが今度はユースティスの足に抱きついた。
ユースティスはわずかに目を細めて、娘の頭をぽん、と撫でる。
「そうか」
「そうか、じゃないわよ」
気づけば、私はくすっと笑っていた。
ほんの少し緊張がほどける。そうだ、ユースティスはユースティスだ。服が違っても、急に別人になったりはしない。……なのに、どうしてこんなに、いつもより目が離せないのかしら。
私がそう考えていると、ユースティスはほんのわずかに視線を逸らし、それから今度は私をまっすぐ見た。
「アンジュ」
「な、なに?」
「足元に気をつけろ。今日は人が多い。……その服で転ばれると、困る」
「転ばないわよ、失礼ね」
そう言い返したものの、声が少し上ずった。
“その服で転ばれると困る”。
きっとただ心配してくれただけなのに、妙に意識してしまう。
ココが待ちきれない様子で両手を広げた。
「はやくいこー!ひかり、もうすぐつくんでしょ?」
「ええ、行きましょう」
私が答えると、ユースティスは静かに頷いて、扉を開けてくれた。
夕暮れの気配を含んだ外の風が、ふわりと頬を撫でる。
祭りは、まだ始まってもいない。
なのにどうしてか、胸の奥はもう、灯りがともったみたいに落ち着かなかった。
外に出ると、夕暮れの中に無数の魔法灯が輝いていた。
私が調合した光芯を使った魔法灯だ。
「わあ。すごいわ、きれい……!」
ステンドグラス仕様の魔法灯が、広場のいたるところで幻想的に輝いている。
いつもは質素で素朴な村が、幻想的に彩られていた。色とりどりの光が溢れ、村や人々を照らしている。
そして、中央広場には出店が並び、噴水の前には舞台が用意され、楽団が音楽を奏でている。
村中の人たちが集まってきて、祭を楽しんでいるようだった。
「さて、まずはなにか食べる?」
「たべるー!ココ、あれたべたい!」
ココが指さしたのは果物を刺した串が並ぶ屋台。
「いいわね、食べましょう」
フルーツ串の屋台に近づく。様々なカットされたフルーツが薄い水飴の膜でコーティングされているようだ。
「へいらっしゃい!」
「三本もらえる?」
「あいよっ」
手渡されたフルーツ串を、芝生の上でかじる。
桃、いちご、オレンジメロンが仲良く並んでいる。
「んっ甘い。美味しい……」
フルーツの酸味と水飴の膜の甘さがマッチする。かじる時のカリッとした食感もいい。
こういう屋台の食べ物を食べるのは初めてかもしれない。王都では、お皿に並んだ食べ物しか食べる機会がなかったからね。
「ココ、先端に気をつけるんだぞ」
ユースティスがココの食べる様子を心配そうに見ている。
「うんー!おいしいね、パパ!」
「ああ。うまいな」
ユースティスもフルーツ串をかじり、笑顔を見せた。
「アンジュ!アンジュじゃない!」
この声は……。
「ダイナ!」
走り寄ってきたのは、友人のダイナ。今日は薄桃色のワンピースを来て、アップにした髪の毛にはガラス細工がぶら下がったかんざしを刺して、目一杯おしゃれしている。
「来たんだねえ、アンジュ!この祭用の魔法灯、全部直してくれたんだって?さすがじゃない」
「ありがとう。でも、光芯を調合しただけよ」
「またまたあ、謙虚なんだから!……ユース、ココもこんばんは。祭、楽しんでる?」
ダイナはユースティスとココに気づいて笑顔を向けた。
「ああ。まだ来たばかりだが、楽しんでいる」
「たのしー!ココ、おまつりだいすき!」
「そりゃ良かった!もうすぐダンスもはじまるからね。アンジュもユースティスと踊ったらどうだい?」
「だ、ダンス!?」
ダイナに言われてビックリ。
そんな催しがあるのか……。
「そうそう、男女でペアになって踊るんだよ。ココは私が見てるからさ。たまには大人だけで楽しんできたらどうだい?」
そんな……ユースティスと踊るだなんて。
ただでさえ意識しちゃってるのに、出来っこない!
「せっかくだけど、遠慮しておくわ……私ダンスは得意じゃないの?」
「王都から来たお嬢様が?」
うっ。鋭い指摘。普通貴族はダンスの練習に時間を割くからね。
私も王都にいた時は先生をつけて社交ダンスの練習をしていたっけ。あまりうまくないのは本当だけど、全く踊れない……というわけでもない。
「ねえ、ユースティス。ダンスの時、アンジュお嬢様をエスコートしなくていいのかい?」
「俺は……踊ってもいいと思うが。アンジュ、どうだ?」
ユースティスが……ダンス!?結構乗り気なのもビックリ。お、踊るの?
そうこうしてる間に、演奏されている曲が変わった。アップテンポな曲が奏でられ、周囲のカップルや夫婦者が広場の中央に集まり、ペアでダンスをはじめた。
「アンジュ、ほらほら、行っておいで!ユースティス、こういう時紳士はどうするんだい?」
ダイナが焚き付け、ユースティスははにかんだように笑った。
そして、私の前に来て、一礼して手を差し伸べる。
「アンジュ。一曲踊ってはくれないか」
正式に申し込まれてしまった。
こうなっては、相手に恥をかかすわけにもいかない。
「喜んで……」
私はユースティスの手をとった。
ユースティスは微笑み、私を広場の中央にエスコート。そして私たちは手を取り合って踊りはじめた。
ユースティスの温かな手が私の手を包む。大きな手……。
優しい笑顔のユースティス。
こんなに近くで彼を見るのは初めてかもしれない。頬が紅潮するのを感じる。
私、髪変じゃないかな?口紅、似合ってるかな?そんな事を考えて、頭はショート寸前。
音楽に合わせてステップを踏む。
ユースティスもなかなか上手い。
「ユースティス、あなも踊れるのね」
「以外か?ムルシアの王宮に出入りするようになって覚えたんだ」
「そうだったの」
私たちは、最初はぎこちなく、慣れてくると軽やかにペアダンスを踊った。
曲が終わる。
「パパーかっこいい!アンジュもすてき!」
ココが駆け寄ってきた。
「良かったよ、あんたたち」
ダイナがニヤニヤと笑ってる。
「あー私も旦那が来てくれたら踊るのに」
「今日、ダイナのご主人は?」
「出店の売り子で忙しくしてるよ。私もそろそろ手伝いに行かなきゃ。アンジュ、たくさん楽しんでいってね」
ダイナはそう言って爽やかに去っていった。
私たちは顔を見合わせて笑い、また出店を回ることにした。
屋台の食べ物を食べ、細工物屋で可愛い小物を買い、的あてゲームで遊んだ。
非日常な夜はあっという間に過ぎ、村の中央広場に面した時計塔の鐘がなった。
祭の終わりの時が来た。
「もう終わりか……」
「パパぁ、ココねむくなった。おうちかえる!」
ココがユースティスの足に抱きつき、眠そうな目をパチパチ。
「あらあら。じゃあ帰りましょうか……。十分楽しんだものね」
私たちは雲雀館に戻った。
そして眠たがるココの服を脱がせて、寝間着に着替えさせる。
ココはベッドに横たわるとすぐ寝息を立てはじめた。
「あらあら。夜ふかしさせちゃったわね」
「祭の日くらいはいいだろう。アンジュ。ちょっと来てくれ」
ユースティスに手招きされ、私はリビングに向かった。
「これを、お前に」
ユースティスは少し緊張した様子で、私にそっと何かを手渡してきた。
受け取ったものを見ると、それは色ガラスがはめ込まれた花模様の髪飾りだった。
シンプルだけど、とても品の良い品。
屋台の細工物屋で髪飾りが並んでいたけど、ココの髪留めを選ぶのに夢中で、自分のものは選ばなかったんだけど……ユースティスは、私の分も選んでくれていたんだ。
「赤いガラスがアンジュの瞳にあっていると思ってな」
「……素敵。気に入ったわ。ありがとう……使わせてもらうわ、ユースティス」
「良かった。それだけだ。どうする?今日は湯浴みをするか?するならすぐ用意するが」
「ううん、今日は疲れたから早めに寝るわ。ありがとうね」
ユースティスはいつも私に尽くしてくれる。
私はお休みを言うと、二階にあがって自室のドアを閉じた。
机の魔法灯をつけて、しみじみと貰った髪飾りを見つめる。
赤いガラスの花が美しい。ユースティスが選んでくれたもの……高級なものじゃないけど、私にはそれだけで特別に感じられた。
素敵な一日だった。
寝る準備をして、ベッドに横たわり、目を閉じる。
私はここでの暮らしが好き。
そして……ココとユースティスとの暮らしが、とてもとても愛おしい。
――数日後、ココに大変な事が起きるんだけど、私はまだそれを知らなかった。
(続く)
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