20話 納品
「おお、これは素晴らしい!見事な光芯だ」
村長は納品した光芯をみてすごく喜んでくれた。
試しに、置いてあった魔法灯に光芯を刺して、蓄魔石のスイッチを入れると、魔法灯は美しい光を放った。
「うむ、いいですな。アンジュお嬢様、ありがとうございます。これで夏祭りも盛り上がることでしょう。これが礼金です、お納め下さい」
私は銀貨十枚を受け取った。
「こちらこそありがとう、村長。こうして錬金術でお役に立てて嬉しいわ」
「夏祭りにはぜひいらしてくだされ。この村が一番輝くのは夏のはじまりの収穫祭ですからな」
「もちろん伺うわ!」
こうして村長宅を後にした私とユースティス、ココ。
村の中央の広場を横切り、食料品店に向かった。
ユースティスは熱心に野菜や肉、調味料や加工品を選びはじめた。
私も、今日入荷したという食べ物を珍しげに見て店の中を歩く。
海の魚、貝などが新鮮な状態で並んでいた。少し海から距離があるスズの村では珍しいことだ。
「ユース!いい魚が入ってるよ!」
店員がユースティスに何かを売り込んでいる。お魚いいな。最近干物や塩漬けの魚ばかり食べていたから、フレッシュな魚が食べられるのは嬉しい。
「ねえアンジュ!このおかしかって!」
ココがカラフルなドロップの入った瓶を指さしてぴょんぴょんと跳ねている。
「マダム・アニエスのフルーツドロップね。これ王都でも人気だったわ。いいわよ、かごに入れましょう。私にも分けてね」
私はドロップの瓶をかごに入れる。
こういう加工品もたまには食べたくなるもの。
とはいえ、ユースティスが焼いてくれる焼き菓子やデザートが一番だけどね。
買い物を済ませると、私たちは雲雀館に戻った。
郵便受けになにか入っている。
「手紙だわ」
「珍しいな。誰からだ」
「……あ。お母様からだわ……」
スズの村に来てから初めての、両親からの手紙。
私は動揺を隠せなかった。
あの劇的な追放から、数カ月。両親からの手紙は一通もなかった。もう見放されたんだと思ったけど……。
「大丈夫か?」
血の気が引いてしまった私の肩を、そっとユースティスが抱いた。
「ええ……ちょっと……動揺してしまって。でも大丈夫よ。自分の部屋で読んでくるわ」
私はゆっくり階段を登り、自室の書き物机に向かった。
震える手でペーパーナイフを手に取り、封筒の上をカットする。手紙を取り出す。
大きく深呼吸してから、文面を読んだ。
……王宮でクリストファーとミミの婚約パーティーがあったこと、追放された娘を持つ親がいかに肩身が狭いか、王位継承者から婚約破棄された娘を持つのがどんなに苦しいか、ヒステリックな文面で綴られていた。
……めまいが。
平和な暮らしで忘れかけていたあの日の出来事がフラッシュバックする。
手紙は、辺境の村で目立たぬように生きてくれ、王都には呼び戻すまで決して帰ってくるな、という話で締めくくられていた。
ええ、戻りませんとも。
今の暮らしが気に入っているんだから。
そう。
今日は仕事で依頼料をもらって浮かれていたけど、私はお母様にとって恥ずかしい存在なんだ。
目立たぬように、生きてやるわ。バーネット家のために。
もしかして、こうして錬金術の力を使って村に溶け込もうとすることも、お母様にとっては恥ずかしいのかしら。目立つな、なにもするなって希望しているのかしら。
お母様にとって、私の人生って何……?
本当にバーネット家の令嬢として王族に嫁ぐ以外は、何も望まれてないのかしら。
窓から夕陽が差し込んできた。
部屋は茜色に染まる。
そして、だんだんとその光は陰っていき、夜がやってきた。
椅子の上でぼんやりしていると、ドアがノックされた。
「アンジュ。大丈夫か?」
ユースティスだ。
「大丈夫よ……ちょっと動揺しただけ」
「そうか……。もう夕飯が出来るが、食べられそうか?」
「ええ、ええ。もちろん。先に下へ行ってて。すぐ降りていくから」
「……わかった」
私は暗い部屋の中で深呼吸をした。
気付くと呼吸が浅くなっていたから。
大丈夫。
私には今の暮らしがあるんだから。
追いかけてくる過去の亡霊になんて、負けない。
下に降りると、ダイニングでココがお皿を並べていた。
「アンジュー。ないてたの?」
「ううん、平気よ」
ココの心配そうな顔ったら。
こんな顔させちゃだめだよね。
「さて、今日の夕飯はなにかな!」
私は空元気で笑顔を作り、キッチンを覗く。
ユースティスが鍋をかき混ぜていた。
「今夜は、新鮮な魚が手に入ったから、カルパッチョにしてみた」
「カルパッチョ!?やったあ、大好きなメニューだわ」
大皿の上に円を描くように並べられていたのは、薄く切られたサーモンとまぐろ。
艶やかな橙色と深い赤色の切り身の上には、透き通るように薄い赤玉ねぎ、刻んだ香草、そして粒々のケッパーが散らされていて、仕上げにたっぷりのオリーブ油とレモンがまわしかけられている。
「すごい、こんな料理まで作れるの?」
私が思わず目を丸くすると、ユースティスは平然とした顔で皿を置いた。
「いい魚が手に入ったんだ。火を通してしまうのが惜しくてな」
「惜しくてな」で済ませる料理じゃないと思う。
私は席につき、まずはサーモンをひと切れ口に運んだ。
ひんやりとした舌触りのあとに、脂の甘みがふわりと広がる。
そこへレモンの酸味と香草の爽やかな香り、ケッパーの塩気が重なって、思わず目を細めてしまった。
「おいしい……」
まぐろの方は、サーモンよりも少しあっさりしていて、そのぶんオリーブ油とよく合った。
赤玉ねぎのしゃくりとした歯ざわりも気持ちいい。
付け合わせの温サラダも絶品だった。
ほくほくのじゃがいもに、やわらかな緑いんげん。塩と酢でさっぱりまとめてあるだけなのに、カルパッチョの冷たさと並ぶと驚くほどちょうどいい。
スープは玉ねぎとセロリを煮出した澄んだもので、ひと口飲むたびに、魚の余韻をやさしく洗ってくれる。
黒パンをちぎって皿に残ったオリーブ油をぬぐうと、香草と魚の旨味まできれいに集まって、それがまたたまらなくおいしかった。
美味しい料理って、憂鬱な気分をふっ飛ばしてくれる。
本当に同居人がユースティスとココで良かった。
「今日聞いたが、夏祭りは一週間後だそうだ。少しずつ広場で準備が始まるそうだ。俺もココと手伝いに行くから、昼間家を空けることが増えそうだが問題ないか?」
「ええ。もちろん。私も行ったほうがいい?」
「大丈夫だ。家の者として村の雑用をこなすのも俺の仕事だからな。アンジュは自由に過ごしてくれ」
「悪いわね。じゃあお願いするわ」
自由に……か。
今は錬金術の依頼もないし、家にある材料で錬金術の鍛錬でもしていようかな。
そんな風に呑気に考えた。
翌日以降、私はひたすら錬金術に打ち込んだ。
近くの森と紅葉渓谷で採った材料を使い、色々なものを調合して経験を積んでいく。
鮮度の高い材料だから、仕上がりがとても良い。
薄荷ベリーを使った虫除けのお香。
人間にはいい香りだけど、虫が寄り付かなくなる夏の必需品。
[品質良好+2]の魔法付与付き。
これ、夏祭りの会場で炊いたら虫よけで快適にお祭りが楽しめるかもしれない。後で村長の所に持っていこう。
そして、薔薇ベリーと桃すみれ、錬金油を使って作った口紅……。
王都から持ってきた口紅がなくなりそうだったので作ってみた。
[魅了+3]の魔法付与が付いた。夏祭りにつけていこうかな。
基礎アイテムの蒸留水も切れてきたから、追加で作る。
本当にいろんなものを作った。
錬金術が楽しい。王都にいたころから学問として打ち込んではいたけれど、今は、自分のために錬金術を駆使しているというのが大きいのかも。
お仕事のため。
自分の生活のため。
自分自身の人生を生きるために錬金術をしている。
私に必要なのは、そういうことなのだ。
私を恥じる母からの手紙なんて、どうでもいい。
自分の人生を生きる。それが大事なんだから。
(続く)
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