19話 光芯
翌朝。
よく晴れた初夏の風が庭を吹き抜ける。
私は大きく伸びをして、深く息を吸い込んだ。
王都のそれとは違う新鮮な空気が肺に満たされる。
さて、今日は錬金術で依頼された光芯を作る。頑張るぞ。
「アンジュ、朝食の準備が出来たぞ」
「ごはんだよー!アンジュ!」
ユースティスとココが私を呼びに来た。
「今行くわ」
ダイニングに行くと、テーブルの上に並ぶ朝ごはんのいい香り。
「今日の朝食は、そば粉のガレットだ」
そば粉の香ばしい匂いが、食堂に満ちていた。
焼きたてのガレットには、半熟卵とハム、白いチーズ、それにバターで炒めたきのこがたっぷり包まれている。
傍らには朝採れのミルクと、雪蜜蜂の蜜を少し垂らしたヨーグルトも添えられている。働く前の朝にぴったりの、腹持ちのよさそうな食卓だった。
「いただきます」
ガレットを一口頬張ると、そば粉の芳ばしい香りが口いっぱいに広がる。ハムとチーズの塩気が、半熟卵に絡んでいい感じ。バターの香りをまとったきのこも、シャキシャキしていて良い食感!
朝採れのミルクも甘く、さわやか。幸せの味がする。
ヨーグルトには雪蜜蜂の蜜の甘みがよく合う。食後のデザートにぴったりだ。
「はあ、美味しかった。ユースティスは本当に料理が上手ね。こんなに毎日美味しいごちそうを用意されたら、油断すると太ってしまいそう」
「大丈夫だ。アンジュ、お前はここに来た時よりずっと血色が良くなったし、体型もかわってないぞ」
「そう、なら良かった。……私、血色良くなってる?」
「ああ、初めて会った日はひどく疲れた様子だった。顔色も悪かった」
ユースティスの指摘に、ちょっとドキッとした。
そう、この村に来た時の私は、ひどく疲れていた。王都を追放されて、色んな責務から解放された後だった。人生の重荷は減ったけど、いろんな事が怒涛のように起きて疲れていたのは事実。あの時の私は、疲れが顔に出ていたのね……。
「ごちそうさま。今日は地下の工房にこもるわ。お昼はいいわ。集中したいから」
「わかった。それじゃあ、キッチンにすぐ食べられる軽食を置いておく。腹が減ったら食べてくれ。俺とココは家事が終わったら、桃の収穫を手伝ってくるが問題ないか?」
「ええ、行ってちょうだい。軽食もありがとうね」
「アンジュ!れんきんじゅつがんばってね!ココのとったつきいしをつかうー?」
「ええ、使わせてもらうわ。お仕事手伝ってくれてありがとうね。ココ」
「えへへー」
ココは嬉しそうにはにかみ笑いをしている。
私はココのふわふわした蜂蜜色の巻き毛を撫でて、その無邪気なぬくもりを分けてもらった。
そして、地下の工房へ。
昨日採取した月石。
そして、帰り道に採取した銀月草。
その二つを錬金釜に入れて、蛍光石の触媒を振りかける。
そして錬金棒でぐるぐるとかき混ぜて……魔力を注いでいく。錬金術は錬金棒を握る者の魔力に左右される。しっかりと集中して、完成イメージを思い浮かべ……。
……錬金釜の中身が光りはじめた。アイテムが混じり合い、光芯が形成されていく……。
よし、成功!
完成した光芯をそっとつかんで取り出した。
白く細長い棒状の光芯が完成した。
[長持ち+3]の魔力付与が付いている。これはいい。品質もよさそうだし、長持ちする。
「これを百個、ね。……作っていくわよ」
誰にともなく独りごちて、私は完成品を作業台に並べていく。
そして、再び材料を手に取り、錬金釜へ……。
作業を繰り返し、午後のお茶の時間には百本の光芯が完成した。
「はふう……疲れた」
錬金術は、体力も魔力も、そして精神力まで消費する。
集中して作業していたから、全部が完成する頃にはドッと疲れが押し寄せてきた。
割れやすい光芯は、柔らかな錬金紙で巻き、さらに薄綿で包んで納品するのが普通なんだけど、錬金紙のストックがない。
工房に置いてある材料で作れるけど、一旦休もうかな。
私は地下の工房を出て、キッチンに向かった。
キッチンのカウンターには、ユースティスが用意してくれた軽食が。
白い耐水布のナプキンがふわりとかけられている。
布をそっとめくると、思わず頬がゆるんだ。
小ぶりの白パンを使ったサンドイッチが、食べやすい大きさにきちんと切り分けられて並んでいた。
挟まっているのは、香草を混ぜたマヨネーズで和えた鶏肉と、薄く切られたきゅうり。きゅうりはほんの少し塩をしてあるのか、青臭さがなさそうで、つやつやしている。
傍らの小皿には、桃酢でさっぱり和えた人参の細切り。さらに、薄荷ベリーを浮かべた冷たい果実水まで添えられていた。
「……もう」
思わず小さく笑ってしまう。
どうしてこう、この人は、私が今ちょうど欲しいと思うものを先回りして用意してしまうのだろう。
食卓の端には、簡潔な書き置きが一枚。
『ココと桃の収穫を手伝ってくる。夕飯前には帰る』
本当に要件だけ。
でも、最後の一文に、少しだけ胸がくすぐったくなった。
私は椅子に腰を下ろし、まずは果実水を一口飲んだ。
ひんやりとして、薄荷ベリーの爽やかな香りが喉をすっと通っていく。熱を持っていた頭の奥が、少しだけ軽くなった気がした。
それからサンドイッチを一つつまむ。
パンはやわらかく、けれどへたりすぎずに具をしっかり受け止めている。香草の香りをまとった鶏肉はしっとりとしていて、きゅうりのしゃくりとした歯ざわりが心地いい。
噛むたびに、やさしい塩気と、初夏らしいみずみずしさが口いっぱいに広がった。
「おいしい……」
誰に聞かせるでもなく呟いて、私はもう一切れ手に取った。
人参もほどよく酸味が立っていて、疲れた体に気持ちいい。甘すぎず、重すぎず、でもちゃんと力になる味だ。忙しい時でも食べやすいように考えてくれたのがわかる。
ユースティスは、こういうところがずるい。
大げさなことは言わないくせに、必要なものを黙って差し出してくる。
それも、こちらが「助かった」と口にするより先に。
……帰ってきたら、ちゃんとお礼を言わなくちゃ。
私は工房に戻り、光芯を包む錬金紙を錬成することにした。
今後も使いそうだし、多めに作っておこうかな。
錬金釜に材料を入れていき、錬金棒でかき混ぜる。何度か工程を繰り返し、数百枚の錬金紙が完成。
光芯を一本ずつ、大事に錬金紙で包んで、木箱に入れていく。
夕暮れ頃には、梱包も完了。
私はすっかり疲れて、工房の椅子に深く腰掛けた。
しばらく休憩しよう。
たくさん魔力を使った……。体が重い。
栄養満点の朝ごはんと、昼下がりに食べた軽食がなかったら、体力も気力も持たなかったろう。
とりあえず今日はこれで店じまい!
納品は明日にしよう。
一階に上がると、ユースティスとココが帰ってきていた。キッチンからは良い香り。
「アンジュー!おしごとおわった?」
抱きついてきたココを撫で、手を繋いで一緒にキッチンへ。
「アンジュ。仕事は終わったようだな。今夕飯が出来た所だ」
「助かる!お腹ペコペコだわ……軽食を用意していってくれてありがとう」
ユースティスは優しく微笑んだ。
「お前の仕事を支えるのも、俺の仕事だ。さあ、ココ、皿を並べるのを手伝ってくれ」
「はーい!」
二人がお皿を並べてくれた。
今日の夕飯はローストチキン。オーブンで焼かれた丸鶏はつやつや、ほかほか。ユースティスがナイフで器用に切り分けてくれた。付け合せはトマト、アボカド、ダイスにカットしたチーズを散らした豪華なサラダ。バルサミコ酢のドレッシングがかかっている。そして、じゃがいもと玉ねぎのスープに、黒パン。
取り分けてもらったローストチキンはナイフを入れると肉汁があふれるジューシーさ。豪華なサラダはバルサミコ酢の甘酸っぱい酸味がよくあう。スープも具がゴロゴロ入った贅沢な感じで、甘くて優しい味。デザートは桃のシャーベット!しゃりしゃりした食感と桃の甘さが、口の中に残ったチキンの脂をすっと流してくれる。
美味しい……。疲れた体に染み渡る。
「どれも美味しい……!疲れてたから生き返る感じがする」
「パパのローストチキンはおいしんだよお。ココはね、あしのところがすき!」
「私は腰のジューシーなところが好きよ」
ココも美味しそうにチキンをパクパク。
ユースティスはその様子を目を細めて見ている。
「桃の収穫はどうだった?」
「そろそろ収穫シーズンが終わると言っていた。これからは収穫した桃で、ジュースやジャムなんかを作るそうだ。スズの村の貴重な収入源だそうだ」
「いいわねえ。ところで、明日村長の所に光芯を納品に行くんだけど手伝ってもらえる?」
「もちろんだ。ついでに食料品店で買い物をしていいか?明日、違う街から色々な食材が届いて店頭に並ぶらしい」
「いいわね。食料品店に寄っていきましょう」
食後の会話を楽しむ私たち。
夜はゆっくりと更けていった。
錬金術と美味しい食事。この村の暮らしは、本当に心地が良い――。
さて、明日は納品!村長に喜んでもらえるかな?
(続く)
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