18話 紅葉渓谷
私たちは河原を上流に向かって歩いた。ココのペースに合わせてゆっくりと。
足場の悪い岩場を少し進むと、小さな滝が姿を現した。
「わあ。きれいな滝!」
人の背の高さほどの段差を、きらめく水が流れ落ちていく。
そして滝壺を覗くと……転がっているのは月石!
「アンジュ、ひかってるー!」
「ええ、ココ、これが月石よ!」
私とココは月石をいくつも拾った。握りこぶし大の月石を二十個ほど入手して、一旦採取は終了。これで目的の月石は確保できた!渓谷に住み着いた魔物も退治したということで、そこで私たちはお弁当を広げることにした。
私たちは岩場に横たわる滑らかな大岩の上に腰掛け、布を広げた。
そしてその上にユースティスが作ってくれたお弁当を広げる。
彼が竹かごのお弁当箱を開くと、俵型に握られた黄色いサフランライスのおにぎりが並んでいた。具はベーコン、パプリカ、玉ねぎなど!
「ココの大好物のパエリアを握り飯にした。付け合せはこっちだ」
彼は別の竹かごを開く。
そこに入っていたのは、黒こしょうたっぷりの一口サイズチキンソテー。色とりどりの野菜のマリネ。そして、小さな瓶に入った桃のゼリーまで!
私とココは歓声をあげた。
「パエリアは私も大好きよ!いただきます!」
ウキウキと頬張ると、口の中いっぱいにサフランライスの香りと、ベーコンの旨味が広がる。そして味の奥の方にいるのは貝の旨味……。
「七色ホタテと銀ムール貝も入っているぞ。昨日魚屋で売っていたのでな。スズの村では新鮮な海の貝はレアだからな」
「美味しい……!王都の高級レストランで食べたパエリアよりずっと美味しいわ」
「うん、おいしー!ココパエリアだいすき!」
ココも夢中でパエリアおにぎりを頬張っている。
チキンソテーもピックで刺して頂きます。
うん、冷めても美味しい。しっかり下味を付けてから焼いたのだろう、柔らかいし、黒こしょうの味も効いている。
ユースティスは、夢中でお弁当を食べる私とココを満足そうに眺めてから、おにぎりに手を伸ばした。
私たちはしばらく美味しいお弁当に夢中となった。
デザートの桃のゼリーを食べ終わる頃には、すっかり一息ついて、岩の上でのんびり休憩していた。
お腹いっぱい……辺りに響く滝の音も素敵。
ココが岩を降りて、辺りを歩く小さな蟹を追いかけはじめた。しげしげと蟹を眺めるココは笑顔だった。
木漏れ日の中で、ユースティスと私は静かに彼女を見守っていた。
……なんて幸せなんだろう。
ここには、王都にはないのどかな幸せがある。
「ねえ。ユースティス」
「なんだ?」
「あのね……もし、立ち入りすぎだったら答えなくていいんだけど。あの、前も気になったんだけど、ココの不思議な能力って……」
私はおずおずと質問してみた。
「ああ。ココは、俺達人間にはない不思議な力を持っている。ココには風の声が聞こえるんだ」
「風の声……」
「ココの母親は……エルフだった」
心臓が一瞬止まったかのようだった。私はビクリとなり、ユースティスの顔を見た。
彼は遠い目をしていた。
追憶に浸っているようだった。
「俺が剣聖だった頃。仲間の魔法使いはエルフで……俺の元妻、そしてココの母親だ。ムルシア国を守る旅の中、俺は……彼女と恋に落ちて、ココが生まれた。エルフは自然の声を聞く。ココにもその才能が受け継がれたようだ。言葉が喋れるようになってすぐ、ココは風の声を聞いていた」
「そうだったの……じゃあ、ココはハーフエルフってこと?」
「そうだ。見た目は人間だがな。瞳と金色の髪は母譲りだ」
ココは……ハーフエルフ。
そして、彼女の母親はエルフ。そうだったのね……。
「ココは、いい子にしてれば、いつかお母さんに会えるっていってたわ」
「そう言い聞かせているが……ココの母親は、今も現在の勇者と旅の空だ。ムルシア国を回って平和を守っているだろう。いつになるかは俺にはわからん」
「そんな……。悲しいわね」
「仕方ない。エイドリアナは……ココの母親は、子育てより新しい勇者と魔物討伐の旅をすることを選んだ。仕方なかったんだ。俺はココを危険から守りたかった。魔物討伐の旅の中でそれは難しい。その迷いが俺の剣を鈍らせ……聖剣の力は失われた」
ユースティスは、そっと腰に帯びた剣を撫でた。
「今はただの長剣だ。新しい勇者がお告げによって生まれ、俺は勇者の座を追われた……そしてスズの村に流れ着いた。今はただの家政夫だ」
「そんな。あなたは今も強い。今日も私とココを守ってくれたわ」
ユースティスはこちらをみて、優しく微笑んだ。
「当然だ。アンジュ。今はお前が俺の主人だ。俺は家政夫として、剣士として。お前を守る。そのために今は生きている」
「ユースティス……」
守るってハッキリ言われて。
胸が切なく高鳴るのを感じてしまった。
それはただの主従かもしれないけれど。強く優しいユースティス。このまま一緒にいたら……私の乙女心に火がついてしまいそう。
「ねーパパー!かにさんつかまえたよ!」
ココが駆け寄ってきて、手のひらの上の小さな蟹を見せてくれた。
「ああ。逃がしてやるんだろう?」
「うん、このこはおててにのってきたの!いっていいよ……ありがとうね」
ココは屈んで大地に蟹を放した。
優しい子。
「さて。日が暮れる前に、村に帰るか」
「うん……」
ユースティスは岩から滑り降りて、片付けを始めた。
村に、帰ろう。
◇◇◇◇◇
村に戻る途中の道で、いくつかの植物を簡単に採集した。
スズ村の門をくぐる時、少し悲しげな夕陽が赤く村を照らしていた。
ユースティスは疲れているだろうに、館に戻ってすぐ夕飯の準備をしてくれた。私は一度地下の工房に降りて、採取した月石、植物を作業台の上に並べた。
うん。光芯の材料は十分揃ってる。
明日は朝から調合だ。
念のため、錬金術の指南書の光芯の項目を読むんだけど、頭に入ってこない。
私の頭の中をぐるぐるしていたのは、昼間のユースティスの話。
「エイドリアナは」
ユースティスはそういった。
エイドリアナ。それがココの母親の名前。そして、ユースティスが愛した女性の名前。
エルフの女性だと言っていた。
ココの母親がエルフというのは驚きだった。
エルフは珍しい種族だ。大陸の一部の深い森で静かに暮らす長命な種族。白い肌、長い耳、そして高い魔力を持ち、魔術に優れているとされる。王都の社交界で何度か見かけたけど、数える程度だ。エルフは人と深く関わるのを好まない。長くを生きる彼らにとって、人間は文字通り別世界の生き物に見えるらしい。
それでも、エイドリアナはユースティスと恋に落ちたんだ……。
種族を超えた愛があったんだろうか。
ユースティスはどんな気持ちでエイドリアナと別れたんだろう。
私は……どうしてこんなにユースティスの過去を気にしてしまうんだろう。
いいや、自分でもわかってる。
私はユースティスに惹かれはじめてる。
スズの村にやってきてから、穏やかな彼に支えられ、時に守ってもらい。いつの間にか彼を好きになってしまったんだ。
王都では感じなかった感情だった。
ひたすら錬金術に打ち込んでいたし、親の決めた婚約者のクリストファーは典型的なボンボンで全然好きになれなかったし。アカデミーの他の男の子も子供っぽくて、異性としては好きになれなかった。
そんなこんなで、私には恋愛経験値が全くないけど。
「彼はただの家政夫。護衛もしてくれる、実質従者!」
私は小さく独りごちて、瓶に入った精製水を一口飲んだ。
だめ。私がユースティスを好きになったら色々厄介。
彼は子持ちだし、年上だし、ムルシア国の元剣聖だし。この村では流れ者としてひっそり暮らしている。そして私も王都を追放されて、この村で隠れるように暮らしている身。
余計な恋愛トラブルはよくない!
とりあえず、今は田舎暮らしをひっそり満喫するのが目的なんだから。
この気持ちは忘れよう。忘れてしまおう。
私は錬金術書を読み込みはじめた。
今はひたすら錬金術に打ち込んで、余計な事は忘れてしまおう。
私は、錬金術師なんだから。
しばらくすると、ユースティスが夕飯の時間を告げに来た。
彼が用意してくれた夕飯は、疲れた体に優しいホワイトシチューだった。
ごろっとしたチキン、じゃがいも、にんじん、玉ねぎの煮込まれた甘いシチューはカリッと焼かれたガーリックバターブレッドとよく合う!
なす、ブロッコリー、アスパラガスとパプリカの焼野菜のサラダも香草の香りが効いていてとても美味。
ユースティスの手は魔法のように美味しい料理を作り出す。
私は栄養たっぷりの食事を頂いた後、ユースティスが沸かしてくれたお風呂に入って疲れを取った。そして、綿の寝間着を着てベッドにダイブ。
「余計なことは忘れる。忘れる!」
私は祈るように呟いて布団を被った。
外からは、家の裏手の池に住み着いたカエルの合唱が聞こえてくる。自然の音に耳を傾けていると、すぐに疲れが睡魔を呼んできた。私の意識はとろけて、夢の世界に引き込まれていく。
大丈夫。なにもかも、きっとうまくいく。
(続く)
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