14話 涙
春が終わり、初夏がやって来た。
私のスズ村での生活も変わりつつあった。
私が『プリシラの店』に納品した<雪蜜蜂日焼け止め>は、農家の娘たちのあいだで大評判になったらしい。
<安眠剤>も完売した。農家の人たちや、彼らが雇う季節労働者に飲ませたところ、疲れを翌朝まで持ち越さずに済み、作業の調子がいいのだという。
その評判を聞きつけた町の薬屋が雲雀館を訪ねてきて、新たにいくつか薬の依頼まで受けた。
<雪蜜蜂日焼け止め>も追加で錬金し、再び納品することになった。
ユースティスに護衛を頼んで、さまざまな材料を採集しに行く。風の声を聞くココが材料のありかを見つけてくれて、私がそれを使ってアイテムを調合する。そうして完成した品を、薬屋やプリシラの店へ納品した。
魔法が付与されたアイテムは、どれも効果抜群で大人気に。
私の錬金術師としての名前は段々と評判になっていき、最初は王都を追放された貴族の令嬢と遠巻きだった村人達も、今では私を見かけると手を振ってくれるようになった。
私は田舎の村で静かな隠遁生活を送りたかったはずなんだけど、気づけば、こんな私にも友達と呼べる人ができていた。
「アンジュじゃない!」
村の通りを歩いていると、後ろから明るい声がかかった。
振り返ると、見知った顔がこちらに駆け寄りながら手を振っている。
桃農家のダイナは、三十代の快活な女性だ。栗色の髪をお団子にまとめ、今日も麻のワンピースにエプロン姿。きらきらした琥珀の瞳にそばかす、健康的な唇が印象的で、話しているだけでこちらまで元気になってくる。
そして、私の日焼け止めを使ってくれている一人だ。
「天才錬金術師様が、なにしてるのさ!」
「薬屋さんに納品してきた帰りよ。ダイナこそ、何してるの?」
「うちの子達の学校に弁当を届けた帰りだよ。朝間に合わなくてさぁ」
ダイナには二人の子供がいる。もう九歳になる息子マルセロと、七歳の娘ビビアナ。
二人とも優しく働き者な子達だ。いつも放課後、桃農家や家の仕事を手伝ってるんだって。
「お宅のココもいずれ学校にいくんでしょ?おっと……その頃にはアンジュはいないかもしれないのか……」
「さあ……一応三年はこの村にいるつもりだけど、その後のことは何も考えてないの。風まかせって感じ」
「そっかあ。まあ、色々あるよねえ」
ダイナは腕を組んでうんうんと頷いている。
「ねえ、これから公民館で婦人会のプチ集会があるんだけど、あんたも来ない?」
「ふふふ婦人会!?」
辺境村の婦人会……。
そんな場所に、王都を追放されてここへ流れてきた私なんかが行って、居場所なんてあるの……!?
私は一気に居心地が悪くなるのを感じた。
「私、やめておく!」
「なんでよお?同年代の子も来るし、年上のおばさん連中も来るよ。今日は布の染め物の色の相談をするんだ!これも、もっと村に馴染むいいチャンスじゃない」
「私、王都で婚約破棄されて、追い出されて……。
こんなふうに村に流れ着いた余所者なのよ。
絶対……白い目で見られるもの……」
私はうつむき、語る言葉が段々と消え入りそうになっていくのに気付いて、情けなくて涙が滲んで来るのを感じた。
「だから、やめておきまーすッ!ごめんなさいっ」
私は涙を見られたくなくて、うつむいたまま雲雀館に向かって走り出した。
ごめんなさいダイナ!
せっかく誘ってくれたのに……。
私は雲雀館に駆け込むと、玄関ホールにしゃがみ込んでしまった。
王都にいた頃から、友達らしい友達がいなかった。
周りにいるのは、社交会で出会う形だけ仲良しのご令嬢ばかり。
王立錬金術学園でも微妙に浮いていた私。婚約者のクリストファーが私を軽視して軽く扱うから、みんながそれに習った。後輩生徒の世話役などをしていたから後輩は懐いてくれたけど、対等な友達ではないし。
ずっと、本音を話せる友人はいなかった。
ここに来て、年の差はあれど気さくに声をかけてくれたダイナは、間違いなく友人と呼べるだろう。
でも、他に友達を作るなんて……醜聞を抱えた貴族令嬢が、田舎の村で友達作りなんて出来る?変に自分のことを話せば、噂話の的になるだろう。
それに、私は隠遁生活の身とはいえ、数年後王都に帰る可能性もあるのだ。
そしたら、悲しい別れが待っている。
無理に顔を広げる必要はない。
錬金術師として、村で信頼を勝ち取るのは問題ない。自分のためだから。
でも、友達作りはいらない。
私はぎゅっとスカートを握りしめ、決意を固めた。
「アンジュ?」
二階からユースティスが降りてきた。手にはたたまれたリネン類を抱えている。
私のベッドのシーツ交換でもしてくれたのだろう。
「どうした?……泣きそうだ」
「大丈夫。なんでもないの。あの、ココは?」
「昼寝中だ……それより……様子が変だぞ。アンジュ」
ユースティスは、目をそらす私の前に歩み寄ってきて、すっと屈んで、視線を合わせてくれた。
いつもの無表情ではない。
眉をしかめ、心配そうで、固く結んだ唇はなにか言いたい言葉をこらえているようだった。
彼はしばらく視線を床に落とし、なにか考えているようだった。そして、言葉を選ぶように、ゆっくりと言った。
「大丈夫じゃない時に、大丈夫なんて言うな。アンジュ、お前は泣きそうだ――。何があったか話してくれ」
そんな優しい言葉かけられたら。
私は、こらえていた涙がブワッと溢れ出すのを感じた。
熱い涙は頬を伝い、スカートの上の拳の上にポタポタと落ちた。
「ユースティス、私……私」
私は自分の気持ちを洗いざらいぶちまけた。王都ではまともな友達がいなかったこと、追放された惨めさ、そして、未来の展望が全くないこと。スズの村の人達はいい人だけど、友達作りをしない方がいいことまで、全部ぶちまけた。
ユースティスは、黙って聞いていてくれた。
そして、息も荒く肩を上下させる私の頭にぽんと手を置き、そっと撫でてくれた。
「よくこれまで耐えてきたな。えらいぞ。今はここに俺がいる。ココもいる。お前は一人じゃないし、これからも一人じゃない。だから、今は安心していい」
ユースティスはそういって、不器用そうに微笑んだ。
私は子供みたいに泣いた。
これまで溜まっていた色んなものが、全部吹き出したかのようだった。
泣いて、泣いて、泣いて。
そして、疲れ果ててこういった。
「ユースティス……桃のスイーツが食べたい……」
ユースティスは笑い、頷いた。
(続く)
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