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妹が「お姉様の代わりは務まります」と言うので、婚約者も役目も譲りました。ですが務まらなかったようです【連載版】  作者: 本城オブリゲータ


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第三十話 大使会議は、席次より発言順のほうが壊れやすい

 春季大使会議当日の朝は、思っていたより静かだった。


 嵐の前、というほど大げさではない。


 ただ、音が整っている。


 足音も、紙の音も、控えめで、余計な声が少ない。


 皆、もう分かっているのだ。


 ここまで来たら、新しいことは起きない。


 起きて困るのは、むしろ《《決まっていたことが崩れる》》ときだと。



 書記室の机の上には、最終版の工程板が置かれていた。


 白札、黒札、補助札。


 すべて配置済み。


 修正は昨夜で打ち止めにしてある。



 私はその前に立ち、指で一つずつなぞる。


 迎え列。


 控え室。


 会談卓。


 発言順。


 そして、夜会への流れ。



 席次は、ほぼ動かない。


 だが、発言順は違う。


 人の口が関わる以上、必ず揺れる。


 だからこそ、ここを崩さないことが一番重要になる。



「補佐官殿」



 エミルが、少し緊張した声で呼ぶ。



「外務卿室より最終確認です。北方連合の大使が、予定より一段発言を早めたいと申し出ています」



 来た、と思う。


 予想はしていた。


 北方連合は、毎回必ずどこかで順番を動かしてくる。



「理由は」



「自国の使節団の都合とのことですが……」



「建前ね」



 私は即座に言う。



「実際は、南方同盟の発言を受ける前に自分たちの立場を先に置きたいだけ」



 エミルが頷く。


 もうそこまで読めるようになっているのは、成長だと思う。



「対応は」



「却下しない」



 私は答える。



「ただし、そのまま通さない」



 工程板へ手を伸ばす。


 北方連合の札を一段上げる。


 その代わりに、南方同盟の発言前に《《短い確認発言》》を一つ挟む。



「これでどう見えるか分かる?」



 私はエミルに問う。



「北方連合は順番を早められる。でも、南方同盟の発言に直接ぶつけた形にはならない……?」



「そう」



 私は頷く。



「正面衝突を避けた形に見せる。実際には、どちらの顔も立てていないけれど、表面上は整う」



 エミルが小さく息を吐く。


 こういう調整は、慣れないと疲れる。



「これが発言順の怖いところ」



 私は静かに言った。



「席は動かない。でも、発言は一言で場を変える」



 そして、その一言が誰の前に来るかで、意味が変わる。


 だから壊れやすい。



 そこへ、クラウディア次席儀礼官が入ってきた。



「南方同盟の随員が一人、控え室の位置に異議を出しています」



「どの理由で」



「『日当たりが悪い』と」



 私は少しだけ目を細めた。


 つまり、自分たちの扱いが軽いと感じているということだ。



「窓際を一つ動かします」



 私は言う。



「ただし主室は変えない。控え室内の配置だけで調整」



「了解」



 クラウディア次席儀礼官が即座に返す。


 こういう細かい調整が、全体の温度を保つ。



 席を変えれば、他が崩れる。


 でも、見え方だけ変えれば、崩れない。


 その境界を探すのが、今日の仕事だ。



 午前。


 大使たちが次々に到着する。


 迎え列は滞りなく流れた。


 フロレンティアが北列の夫人方を受け、必要以上に長くならないよう自然に切っていく。


 見事なものだった。



 私は少し離れた位置から、それを確認する。


 自分でやらなくても回る。


 それが、今の形だ。



 会談室の扉が開く。


 大使たちが席へ着く。


 主催者席。


 その隣は、予定どおり空いている。



 だが、空いていることを誰も気にしていない。


 視線は、会談卓の中央へ集まっているからだ。



 いい。


 ここまでは、ほぼ完璧だ。



 開会の言葉。


 形式的な挨拶。


 そして最初の発言者へ。



 順番は、問題なく流れた。



 だが三番目の発言の途中で、それは起きた。



「――以上が、我が国の見解である」



 南方同盟の大使が締めた瞬間、北方連合の大使が、予定より半拍早く口を開いたのだ。



「その点について、我々としては――」



 本来なら、間に一つ確認発言が入る。


 その“間”が消えた。



 空気が、わずかに歪む。



 私は即座に手元の札へ指をかけた。


 予定を戻すか。


 それとも、この流れを活かすか。



 一瞬だけ迷う。


 でもすぐに決めた。



 止めない。



 私は隣の控えへ小さく合図を送る。


 補助官がそれを受け取り、次の確認発言を《《一段後ろへ》》回す。



 これで、表面上の順番は崩れない。


 ただし、見え方は変わる。


 北方連合が少しだけ強引に前へ出た形になる。



 だが、それでいい。



 発言は流れの中で評価される。


 強引に出た発言は、それだけで反発も呼ぶ。



 つまり――



 場が勝手に均衡を取りに行く。



 私は小さく息を吐いた。


 これでいい。


 無理に元へ戻すより、流れの中で整えたほうが自然だ。



 その後は、大きな崩れはなかった。


 多少の揺れはあったが、すべて許容範囲内。


 最後のまとめ発言まで、予定どおり進む。



 閉会の言葉が終わった瞬間、私はようやく肩の力を抜いた。



 会談は成功だ。



 完璧ではない。


 でも、崩れていない。


 それで十分だ。



 外へ出ると、昼の光が少し眩しかった。


 まだ終わりではない。


 夕方の小宴、そして夜の会談兼夜会が残っている。



 でも、ひとつは越えた。



 私は手の中の札をそっと握り直す。



 席は守った。


 発言も、崩さなかった。



 なら次だ。



 夜は、もっと厄介になる。



 それでも――



 今の私は、もう一人で抱えてはいない。


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