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妹が「お姉様の代わりは務まります」と言うので、婚約者も役目も譲りました。ですが務まらなかったようです【連載版】  作者: 本城オブリゲータ


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第十四話 妹はまた、私なら何とかできると思っていたようです

週間ジャンル別ランキングで一位を頂き、日間総合ランキング(連載)でも2位を頂けました。

読んでくださる皆様に、本当に感謝です。

 王宮の北棟を出るころには、日がだいぶ傾いていた。



 手の中には、差し替えられた招待状の写しと、若い女官の証言をまとめた控えがある。


 紙は軽い。

 でも、これを見せればたいていの人間は青ざめるだろうと思う程度には重い中身だった。



 実家へ向かう馬車の中で、私は一度だけ深く息を吐いた。


 怒っていないわけではない。

 ただ、怒りより先に呆れのほうが大きかった。


 リネットはまた、《《私なら何とかできる》》と思ったのだ。

 招待状の束へ人を差し向けても、後で私が直すだろうと。


 その感覚が、昔から何一つ変わっていないことのほうが、今はむしろ空しかった。



 フォルナー伯爵家の屋敷は、王宮から戻ってみるとひどく小さく見えた。


 実際に狭くなったわけではない。

 ただ、私の見え方が変わったのだろう。


 昔はこの家の空気が世界のすべてだった。


 今は違う。

 帰る場所ではなく、話をしに来る場所だ。



「お嬢様」



 迎えに出た執事が、少し青ざめた顔で一礼する。


 もう両親には、私が来たことが伝わっているのだろう。

 応接間へ通されるまでの廊下が、妙に長く感じた。



 扉を開けると、父も母も、そしてリネットも揃っていた。


 父は落ち着かない顔で立ち、母は扇を握りしめ、リネットだけがいかにも傷ついた妹の顔を作っている。

 でも、その顔を今の私は前みたいには信じない。



「エルシェナ」



 母が先に口を開いた。



「来てくれたのね。よかったわ」


「話があるから来ました」



 私は立ったまま言った。

 座る前に、まずこれを伝えたかった。



「王女殿下の婚約披露式典に関する招待状が差し替えられました」



 母の顔が固まる。

 父も眉をひそめた。

 リネットだけが、ほんのわずかに視線を泳がせる。


 それで十分だった。

 誰が何を知っていて、誰が今ここで一番まずいと思っているか、もう分かる。



「何を言っているの」



 母の声は少し上ずっていた。



「それと家に何の関係が――」


「あります」



 私は封筒から写しを出し、机へ置いた。



「あなた方は昨日、北部公爵夫人の甥君の席について具体的に口にしました。正式な席次がまだ確定していない段階で、そこまで知っているのはおかしい」



 父が苦々しげに咳払いをする。



「知り合いの女官から少し」


「その女官は、リネット付きの侍女を《《私の知り合い》》と偽って書記室へ通しました」



 部屋が静まり返る。


 今度こそ、母の扇を握る手がはっきりと震えた。

 父は口をつぐむ。


 リネットだけが、小さく息を吸った。



「……そこまで大袈裟な話では」



 彼女が絞り出した言葉は、それだった。



「大袈裟?」



 私は初めて、少しだけ笑った。

 冷たい笑いだったと思う。



「王女殿下の婚約披露式典の招待状よ。しかも、ただ見ただけではなく、差し替えまでされていた」


「でも、お姉様なら直せるでしょう?」



 その一言で、私は怒るより先に、妙に納得してしまった。


 やっぱりそこなのだ。

 この子は最後まで、そこへ帰ってくる。


 壊しても、ずらしても、最後は姉が直す。


 それが当然だと思っている。



「リネット」



 私は彼女の名を呼んだ。



「あなた、自分が何をしたか分かっている?」



 彼女は唇を噛む。

 でも、視線は私から逸らさなかった。



「わたくしは、ただ確かめたかっただけよ。北部公爵夫人の甥君が本当に来るのか、その席がどこなのか」



「だから、侍女に書記室の束を触らせたの」


「少し見せてもらうだけのはずだったの!」



 そこで、彼女の声が少しだけ大きくなる。



「どうせお姉様がいらっしゃるのだから、大事にはならないと思って……」



 私はしばらく何も言えなかった。

 ここまでまっすぐに、《《あなたが後始末をする前提で壊した》》と認められると、逆に怒りの行き場がなくなる。



「それが、問題なのよ」



 ようやく出た声は、思ったより静かだった。



「私は、あなたの後始末をするために王宮へ戻ったのではないわ」



 リネットが目を見開く。

 母も父も、そこで初めて何かの深刻さに気づいた顔をした。


 けれど、遅い。

 もうずっと遅い。



「婚約のときもそうだった。園遊会のときもそうだった。そして今もそう」



 私は続ける。



「あなたは、少し困れば私が埋めてくれると思っている。少し壊しても、少しずらしても、《《お姉様なら何とかできる》》と思っている」


「だって今まで、そうだったじゃない」



 リネットが泣きそうな声で言った。

 その一言が、あまりにも正しくて、少しだけ胸が痛んだ。



「そうね」



 私は認めた。



「今までの私が、そうさせてしまったの」



 家のために。

 妹のために。

 面倒を起こさないために。


 そんな理由を積み重ねて、私は何度も何度もこの子の後ろへ回った。


 だからこの子は、今もそれが続くと思っている。

 責めるだけでは終われないのかもしれない。


 そうさせた側にも、私がいたのだから。



「でも、終わりにする」



 私ははっきり言った。



「今ここで」



 母が慌てて口を挟んだ。



「エルシェナ、そこまで言わなくても。リネットはただ少し焦って――」


「少し、では済みません」



 私は母を見た。



「相手は王女殿下の婚約披露式典です。家の娘の婚活のために、勝手に覗いていい場ではありません」



 父の表情が険しくなる。



「家族だぞ」


「ええ」



 私は頷いた。



「だから今日ここへ来ました。家族でなければ、私はもう直接話しません」



 一呼吸置く。

 これだけは、ちゃんと言葉にしておかなければならない。



「次に王家儀礼に関する私的干渉があれば、私は《《実家の頼み》》ではなく《《王家への妨害》》として扱います」



 母の顔が真っ白になる。


 父もさすがに言葉を失った。

 リネットだけが、信じられないという顔で私を見ている。



「お姉様、本気でそんな」


「本気よ」



 私は答えた。



「だから今、ここへ来ているの」



 これが最後の家族扱いだ。

 次はもう、たぶん違う。



 沈黙が落ちた。


 重く、長い沈黙だった。

 昔なら、その空気に耐えきれず私から折れていただろう。


 でも今は違う。


 王家儀礼局の机がある。

 自分の名前の木札がある。

 仕事がある。


 それが、こんなにも背筋を支えてくれるのだと、私は最近ようやく知った。



「……分かったわ」



 最初に折れたのは母だった。

 声はかすれていたけれど、本気で怯えてもいた。



「もう、余計なことはしません」



 父は黙ったまま頷き、リネットはまだ目を潤ませていた。

 でも、その涙を慰めたいとは思わなかった。


 今は、それより大事なことがある。



「では」



 私は写しを封筒へ戻す。



「今日の話はこれで終わりです」



 立ち上がる。


 誰も止めなかった。

 止められなかった、と言ったほうが近いかもしれない。



 扉を開ける直前、リネットの小さな声が背中へ飛んだ。



「お姉様ばっかり……」



 私は振り返らなかった。

 その言葉へ答える時期は、もう過ぎている。



 屋敷を出ると、夕方の風が思っていたより涼しかった。


 深く息を吸う。

 少しだけ震えていた。

 でも後悔はない。


 あれでよかったのだと、自分へ言い聞かせる必要もないくらい、はっきりそう思えた。



 馬車で王宮へ戻るころには、空はすっかり夕闇だった。


 私はそのまま書記室へ戻る。

 家へ寄ったせいで、頭の中が少しざらついていた。


 だから、まず机に座り、紙の感触へ意識を戻す。


 木の天板。

 きちんと揃えられた札。

 引き出しの鍵。


 ここが今の私の席だ。


 そう思うだけで、少しずつ呼吸が整ってくる。



「お帰りなさい」



 マルタ女官が、紙束から顔を上げずに言った。



「早かったですね」


「十分でした」



 私がそう答えると、彼女はそこで初めて顔を上げた。


 私の表情を一瞥し、何も訊かずに頷く。

 それがありがたかった。



「よかった」



 短い一言。


 でも、今はそれで十分だ。



 私は椅子へ座る。


 その瞬間、廊下からかなり速い足音が近づいてきた。

 まずい種類の速さだ。


 マルタ女官もクラウディア次席儀礼官も、同時に顔を上げる。



 扉が開いた。


 飛び込んできたのは、王女殿下付きの侍女だった。

 顔色が悪い。


 しかも今朝より明らかに悪い。



「大変です!」



 息を切らしながら、彼女は叫ぶ。



「婚約相手側のご母堂が、ご自分の席にはお着きにならないと!」



 書記室の空気が、また一瞬で張り詰めた。


 王女殿下の婚約披露式典まで、もう後戻りはできない。

 そしてよりによって、婚約相手側の母君が席を拒否した。


 最悪に近い種類の火種だった。



 私は立ち上がる。

 家との話は、どうやら終わったばかりで終わらないらしい。


 けれど今度こそ、これは完全に仕事だ。



「理由は?」



 私が訊くと、侍女は青ざめたまま答えた。



「《《この席では、まるで息子が王家へ婿入りしたように見える》》と……!」



 なるほど。


 思っていたより面倒で、でも、思っていた通りの種類の火種だった。

次話は明日の19:40投稿予定です。

面白ければ、ブックマークや評価で応援いただけると嬉しいです。


よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
まだ席次は決まっていないというお話では?なぜその段階で婚約相手のご母堂が自分の座る席を認識しているのですか?というか9日前になってまだ席次が決定していないというのは危機的状況な気がします。
王家の式典なのに次は無いって今回は見逃してるけど、 エルシュナにはそんな権限があるの? リネットが婚活してるけど、あと姉から奪った婚約者はどうなったのかな?
次に王家儀礼に関する私的干渉があればって、今回は見逃すんだ、、、。完全に公私混同たし王族も職場もそれを認めるという、管理体制の杜撰さの元がわかったような気がします。
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