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第三歌 碧眼の鷹王<三>

 ティルダムとジルシャの友情は、学生時代からこれっぽっちも揺るがない。しかしながら、情勢は彼らを容赦なく傷つけ引き裂いていく。王権はもはや弱まり皇帝は傀儡とされており、武をもって力でねじ伏せる将軍とその取り巻きに、国は荒れ果てている。

 今となっては、親友はもうここへは戻らないだろうし、それを望むのは筋違いだということは百も承知だ。


 そしていま、彼が戻ることだけがか解決方法ではないと思い知った。友は自分よりももっと祖国を憂いており こわす覚悟でいる。

 遠く祖国をはなれ 異国を放浪しようとも 常に心はこの国を憂いており 領民や家族のことを案じ。自分たちのことを哀れに思って陰ながらささえてくれているのだ。

 宰相は 懐かしい友のおもかげを その妹にさがして微笑む。それにきづいたのか、ミリアムは宰相に笑みを返した。そしてはっきりとこう告げたのだった。


 「宰相さま いえ 兄上様。我が兄ジルシャ、今こそその時と申しております。これを」


 ミリアムは 小さく折りたたんだ書簡を彼に渡した。


 「兄の鷹が」


 言葉を少し切って、彼女は一瞬辛い顔をしたが、目を伏せ、意を決したかのようにいった。


 「兄からの伝言をもってまいりました」


 ティルダムは、書状をうけとり真剣なまなざしでその文を読む。


 「せんだっての魔法士と連絡をとった。話をしてくる。うまくいけば挟撃できる、と?」


 手紙には、親友を救う手立てと隣国との連携をもちかけようとしていること。そして、あきらめていないとの一言がそえられていた。


 『わたしは あきらめていない』


そのことばだけで、宰相は何千倍もの力をえた気分だった。


 『祖国は一度倒れなければならない』

 『そして君の愛するヴィオル皇国をを新たに建てなおすのだ。そのために現帝国は《民のために血を流さなければならない》』


あの日。将軍の卑怯な手で妻とともに討たれて、大鷹の風にさらわれていったジルシャが、また 《立つ》 という。


 『臣民に危害を加えるなど まともな国のすることではない。壊して 立て直す!』


 何度もリフレインするこのことばを、今自分がはっきり口に出しているのを 宰相は感慨深くそして確固たる決意とともに吐き出すのだった。


 「壊すぞ ジルシャ」


そのときだった。ドアの向こうで大きな物音がした。


 「会議中失礼します」「皇帝陛下!一大事です!そのままおききください」


親衛隊長の声だった。


 「将軍が兵をこちらにむけました! 急いで神殿にお隠れください。ここは我らが死守いたします」


 宰相は舌打ちした。


 「慎重だった将軍が このタイミングで牙をむくとは」


ミリアムがうなづく。


 「陛下が正気にもどったことに察しを付けて 我が家が医官を拘束したことを探り当てたのでしょう。時間の問題ではありましたが・・・さすがですね。」

 「ミリアムあなたの家が?!」

 「大丈夫です 弟がすべてを仕切っておりますので。そして両親が時間を稼ぐはずです。我が家も武門の家。備えは怠ってはおりませぬ。」


 ミリアムは、落ち着いてそういうと、神官に微笑みかけた。


 「大神官様」

 「わかっておりますとも皇妃陛下」


そのことばに一瞬ミリアムがたじろぐ。


 「神官様 私はまだ・・・」


神官はかぶりをふった。


 「婚約の条件であるヴィオル建国の祖軍神リセルメントの加護があなたにある以上、他の人が何と理屈をつけて阻もうとも、ミリアム様は正式な皇帝陛下の伴侶にして女王なのです」


神官はほほえみながら、ミリアムに深々と最敬礼するのだった。


 「神殿は必ず両陛下を、お二方をお守り致します!まずはここを離れ”隠しの宮”(レギア)へ参りましょう。」


宰相は驚き、ささやくように弟に言った。


 「レギア~初代ヴィオル皇帝が精霊の力を借り、魔物から神域を護った功績によって、精霊王から贈られたという離宮のことだな。だが、存在するなど初耳だ。陛下はその存在を?」


アヴァンは、微笑みながら兄に言った。


 「いえ私もですよ。大神官も神殿からの地下通路しかしらないし、父上も行ったことがないとおっしゃっていました。」

 「兄の鷹が、精霊王の許しを得て【空間鍵】(クラック)を開けてくださるそうです。」


ミリアムは息を弾ませながら言った。大神官もうなずく。

 隠し扉から一同は地下道を抜ける通路にでた。襲撃の喧騒がこちらまで聞こえてくる。一同は複雑な思いを残したままそれでも一つの方向をむいて一歩を踏み出したのだった。


 

 狂将軍の宮殿包囲の知らせは、またたくまに全土にひろがった。いや、ひろげられた。

 あらかじめ ジルシャの弟をはじめとする一族の伝令網が準備していたことだ。他の将軍たちが、どうふるまうかも予想したうえで波紋のようにひろがってゆく。

 「ジルシャ様」


隊商と別れるとき 白い手(ハシャル)が声をかけた。


 「これから かのシルドラムに向かわれるのですか?」


黒衣の騎士が、鞍を直しながら、暗い瞳だけをエルフにむけた。


 「そうだが」


肩の上で 精霊が騎士をつついた。ためいきをついて いずまいを正して 騎士はエルフに向き直った。


 「くだんの黒エルフの魔法士に会うのだ」


白い手(ハシャル)はうなづいていった。


 「私も会いに行きたいと思っていました。同行してもよいでしょうか?」

 「馬でゆくが 乗れるのか?」


白い手(ハシャル)は微笑みながら真面目に答えた。


 「友がおりますから。それに私も無駄に長生きはしておりませぬよ。馬には乗り慣れております。足手まといにはならぬかと」

 「友?」


エルフは美しい指をくちにあて 指笛をふいた。指笛さえ美しいのだなと 半ば皮肉めいた面持ちでジルシャは首を振った。


 「いいや、先を急ぐのでそなたはべつにこられれよ・・・」

 「?」


 数分ののち、川向うから見事な葦毛の馬が美しいたてがみを優雅に結い上げてこちらに走ってくるのがみえた。


 「まさか」 


ジルシャは感嘆の声をあげた。


 「エルフの牝馬か!」


 銀の髪のエルフのもとに、彼女はまっすぐにやってきた。そして、少し蹄をかくようにしてジルシャとその馬にあいさつをする。

精霊と黒馬は 恭しく挨拶を返した。ジルシャは美しい葦毛に触れようとして思いとどまった。そういう雰囲気をまとっていた。敬礼をし直すと、この美しい生き物はみずから鼻を鳴らして、その鼻先をジルシャの手にあずけてこたえてくれた。

 「これで、つれていっていただけますね」


白い手(ハシャル)がほほえむ。隊商の長が、二人に別れの挨拶をした。


 「それでは おふたりともお気を付けて。これが道中の水と食料です。まあこちらの牝馬は何もいらぬでしょうが・・・」

 「わかった。では、例の件よろしくたのむ」

 「かしこまりした。お安い御用でございます。必ずお届けいたします。」


 そしてきらりと瞳を光らせて笑った。この老人はもともと武官である。ぬかりはなかった。

 拘束魔法で眠らせた襲撃犯を一人 宰相の部下のもとにとどけるのだ。万が一にも命をたたぬよう念入りに拘束した。


 「早く宰相様に連絡を取るため、伝令も飛ばしておりますゆえ」

 「ギルドからにらまれるだろうな。だいじょうぶか?」

 「このジイをなめてもらっては、困りますよ、ジルシャさま。ご心配には及びません。隊商を敵に回して損をするのはギルドです。それに」


長は日焼けした顔をほころばせてうれしそうにいった。


 「若の役にたてるということなら命もおしゅうはない。まあいざとなればお父上様を頼りますので」

 「わかった」


 この日、久しぶりに、ジルシャは笑った。いつぶりだろうか、心地よい人との関わりだった。彼の美しい碧い瞳がひかりを灯したのをみて、精霊がうれしそうにはばたく。白い手(ハシャル)も目を細めた。


そしてほころんだ口許のままいった。


 「さあ 白い手どのと愛しの精霊よ。いざまいろう」


 こうして、黒衣の騎士と白エルフの詩人は 紫衣の大魔法士たる黒エルフのもとにむかい 馬を駆った。翼をひろげて、精霊がまだ群青の残る空へ優雅に舞い上がる。


山の端が、いましも明るい日の光を映し始めたころのことである。



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