第三歌 碧眼の鷹王<四>
皇都の街は、一時的な戒厳令によって、日ごろの賑わいは消え 必要な物資のやりとりしかおこなわれず、市場も人はまばらで、黄色い将軍の旗を彼方此方に立てる兵士の姿ばかりがめだっていた。
そして、宮殿は将軍が包囲して外部からのすべての接触を断っていた。それ以上の攻撃などはしていない。表向き 皇帝が病に倒れ生死の境をさまよっており、ジルシャをはじめとする出奔した者たちが帝都を襲撃する画策をつかんだ、といって、宮殿を「護って」いるのだった。
どこまでも、手前勝手でかつ卑怯である。
まず、ジルシャとその父クンティ大公家を知るものは、その言い分がまったくの茶番にすぎないとわかっているものがほとんどだった。しかし誰も逆らえない状況にあった。
皇帝を人質に取られては、神殿もその騎士団も おおっぴらに手がだせない。また、将軍から富をやくそくされた貴族たちはしらを切って、みないふりをしていた。それほど将軍は根回しは徹底的だったし、あの男爵はじめ、弱みを握られている貴族や権力者は両手両足を足してもまだたりないほどだった。
その手に乗ってこない本当の貴族議員は、ことごとく なにがしかの妨害や脅しをかけ続けられている。行き当たりばったりばかりではない、ということだ。
それから。それほどに権力をもっているのに、自分で手を下すことはしないのだった。自らは安全で隠れた場所にいて、ほかのものに手を下させ、権力だけをずっと自分の手元に引き寄せてきた。かれは、剣技は優れているが 心がなかった。それゆえに、魔に魅入られているというものもいた。
「わたしにいわせてみれば・・・」
ジルシャはつぶやく。
「腕力だけの頭のないただの猛獣だ。いや、猛獣のほうがましだな。少なくとも獣は家族を守る。」
「あやつは自分だけが富むことにした興味がない。目的を達成するのに、邪魔をするものは実の子でも切り捨てるだろう。ましてや、身分の低い臣民など眼中にもありはしない。すべての根拠が、国益のためではないのだ。私利私欲を優先するただのくそやろうだ!」
50名の貴族議員のうち、議長をふくむ帝国の良心を保つのは、まだ将軍も手が出せない、高位の神官とその親族たる貴族 または 一部王家の親族である。その数は10名ほどだ。だがしかし、かれは皇帝にさえ薬を盛るのだ。いつでも、なんくせをつけて兵を送ってくるのが常だった。
《不遜の輩から陛下をお守りします》というものだ。
まさにいま、皇帝のおばや、従兄などは、軟禁状態にある。辺境をまもるジルシャの父、前皇帝の従兄であるクンティ大公家はかろうじて、その独立を保っているが、ジルシャの行方不明により、目をつけられているため、皇都とは断絶状態に置かれている。
隙をみせれば、きっと兵を向かわせるだろう。人質を取る形で、ジルシャや他の抵抗勢力を足をとめているのだ。
ひとりなら、できないことも、仲間がいればなしとげられる。それは、ジルシャとティルダムの信念だ。難しい状態ではあるが、彼らには強いきずなと、揺るがぬ信念がある。
「それから、私たちには、民がいる」
フォルクラムは、主の緊張したかおをみて軽く かちかちとくちばしを鳴らした。ジルシャは、ふっと笑みを浮かべ、羽根をそっと撫でた。
「わかっている。だいじょうぶだ」
そして鷹を乗せた肩から右手で足をうけとると、そのままうでをのばし彼女が飛び立つのをかるく手助けして短く口笛を吹いた。
精霊は短く返事をすると。一足先に彼らの行く先にむかってあっという間に高度を上げて飛び去って行った。
ジルシャは、肩越しに、風のように走るエルフの牝馬が、いい具合の距離をとってついてくるのを感じながら、足を引っ張っているのは私のほうか?と幾分自嘲気味につぶやき、白い手に声をかけた。
「あと少し川沿いに進むと黒森の端につく。そこでやすもう」
「わかりました」
2つの馬影は、ひづめをならし 川沿いの街道をシルドラムの森に向けて走った。途中、越境してきたシルドラムの木こりと狩人のグループに出会い様子を聞いた。
例の戦闘のあと、森はとても騒がしくなったと。焼けた森の一部と谷合の藪からたくさんの動物がにげてきていた。森と川の精霊が総動員して、結界を張ったせいで、彼らはまだいつもの仕事に森に入れないといっていた。仕方なく 川沿いの藪や、黒森の南側の比較的浅い森のあたりで狩りを許されているらしい。
「騎士様 シルドラムのグイン様は、あたしたちをきっちり守るために、谷を焼いた。精霊も知っているから、あたしたちを拒んだりしないんだ」
ジルシャは、うなずくと率直に聞いた
。
「グイン様に会いたいのだが」
親切な一行は、グインのいる砦の場所をおしえてくれた。そしてちらりと白い手を見てジルシャにささやく。
「奥さん連れで。いきなさるんか?砦への道はまだ戦の跡が生々しいよ。その、焼けた魔物の死体とかあってよ。ちょーっと手前の村で奥さんをあずけたほうがよくないかい?」
「ショルティ村だ。俺たちも戻るから、宿はないが、俺の妹にくちきいてやるよ。器量よしで面倒見がいいんだ。」
ジルシャは苦笑した。むりもない、白い手は天女のような容姿なのだ。フードをかぶっているからエルフだとわからない。声も謳わないときは少年のようなやさしげな声で、細身だし、もしかしたら性別もあやしいものだ。古代種の白エルフはそういう風にできているらしい。
まあでも、少し情報をあつめるのもいいかもしれない。
「たすかるよ。一日中馬に乗っていたし、じゃあ、やっかいになるかな」
ジルシャがちらりと馬上の連れをみた。
白い手もあえて反論せず うなづいた。エルフの馬が不満そうに鼻を鳴らすのを、やさしく鬣を撫でて落ち着かせる。
「じゃあついてきな。こっちだよ」
狩人は手招きして歩き出した。
さて、ジルシャが途中、ウサギとキジバトを狩って、自分たちの食料を確保すると、その手際の良さに感心したおしゃべりな狩人が、道中ずっとグインの話をしてくれたので、二人は大きくうなづきながら、聞き入っていた。
「あたしが生まれたときには、グイン様はもう国一番の魔法士だったさ。」
「砦に来なさると聞いたときは、耳を疑ったもんだ。国一番の魔法士様が何で国境に来なさるかって。けんど、来ておられたからあたしたちは今こうして生きているのさ」
小さい国だが、賢人と謳われる王シャントとその魔法軍は、長らくの帝国からの越境の嫌がらせに屈することなく、件の谷での小競り合いを完ぺきに制していたのだ。
国境警備隊と魔法士団が護るこの谷が、先日近代類を見ない規模の魔物の襲撃を受けた。それに乗じて、帝国軍もせめてきた。
グインは、魔物の動きがおかしいことに気づき、魔力の流れを伝ってその出現場所をみつけ、谷に至る黒森の西側から帝国の魔法機械によって、こじ開けられた時間の穴から、召喚されていることを発見。
12人の魔法士による大焼却魔法で、広大な森の一部を焼き払ったのだった。そのあおりで、谷沿いの橋とともに、前線で戦っていた隊の隊長が谷に落ち行方不明とのことだった。そのほかの隊員たちは、無事に他の魔導士の転移魔法で救出されている。
それ以外のシルドラムの損害はなく、一方の帝国は、魔物の逆襲劇に会い、結果一個大隊を失う大敗をきっしたのだった。
前代未聞の、魔物を操る大魔法を発動したのは、グインである。
唯一消息の絶えた隊長を 今も探して時々国境をおとづれているという。多くの人を救い 感謝の言葉は百万回得ても、グインは、ただ一人の犠牲を出したことを悔いてうつうつとしているという。
一行は無事にショルティ村についた。世話焼きの木こりが、妹の家に彼らを伴い、同じく人懐こい妹が二人を歓迎した。食事は質素だが 新鮮な野菜をふんだんに使ったポトフは体を真から温めてくれる。
彼女は夫とともに、湯あみの準備をし、離れの作業小屋に小さな寝台とわらの山を積んだ簡易な寝床をつくってくれた。乾草のいいにおいがする。
ジルシャは、宿代として銅貨をすこし渡すと、妹は こんな小屋に泊まるのにそんな金要らないと一旦はことわったが、白い手がどうかうけとってというと、遠慮しながらしぶしぶうけとり湯あみ小屋に案内してくれた。
暖かい湯で身体を清め、ふたりはこわばった手足をゆっくりと癒すことができたのだった。
「少し、わかります」
「なにが?」
白い手に寝台を使うよう勧めて じぶんはよいにおいの干し草に寝転ぶジルシャ。
「一人の消息をもとめている かの大魔法士の心です」
「エルフだから?」
白い手はすこし、かんがえてほほえんだ。
「それも少しはあるでしょう」
「元来黒エルフは孤高の存在。人と交わる種ではありません。深い森の奥にすまい、自然の理を愛し どちらかといえば・・・」
一瞬ことばをきり、エルフは少し寂しそうに言った。
『人以外の生き物を愛しています』
淡い水色のひとみがジルシャをじっと見つめた。
「あなたの精霊と同じ系列の種であるから、ほんとうは 人の中で暮らすなどはあり得ないのですが、まれに、私のように歌うものとして旅する黒エルフもいるのです。」
ジルシャは、白い手の美しい声に夢実心地な人々を思い出していた。
「あなたの声は魔法のように私たちを魅了し癒す。それはみとめる。黒エルフにもあなたのような歌い手がいるとはきいたことがないな」
白い手はうなづいて、リュートを奏でた。
「私たち白エルフは歌うもの 黒エルフは奏でるものです。私は旅の途中でこのリュートをある黒エルフから譲り受けました。私のリュートとは比べ物にならない、素晴らしい音を奏でる師匠でした。寡黙でめったに話さないので、歌を歌うことはなく、そのかわりに、様々な楽器で音楽を奏でるのです。話すように歌う。それが古代種エルフの本質ですが、人とは関わらぬようにしてきました。わたしや紫の衣の大魔法使いは どちらかといえば、変わり者なのです。」
そう言って、白い手はわらった。長く生きてきても、まだまだ人は面白いという。理解できないことも寄り添っていればわかってくるとも。この稀有な種族が、自分と同じように暖かい身体を持ち、ものを食べ、飲みするものとは、なかなか信じがたい。ジルシャは、精霊に命を預けて今を生きているからこそ、この稀有な種族とともに旅ができているだと理解した。ヒトの欲は、彼らには毒なのだ。息をするのも難しいのだろう。彼らは 乞われても ヒトの権力者のすまう王宮や権力の場に彼らが立つことはない。
「空気が吸えない感覚」だそうだ。精霊と同じである。
彼は、長く人の世にいるので、いわく「なれた」そうだが、かれをしても、せいぜい地方の領主の館で歌を披露するのが関の山だという。王都にいったことはあるが、街中で通りすがりの人を相手に歌う以外は、宮殿に行ったことはない。意外だったが、白い手は困ったように眉をひそめて苦笑いした。
「王が善良でも、取り巻きはすさまじい悪意を身体から発していますので」
「そうだな。それは私でもわかる」
ジルシャは苦笑した。そして笑っている自分に少し驚いてもいた。この詩人は人の心を開かせる魔法でもつかっているのだろうか。鷹は満足げに羽根を膨らませている。
遠くで獣の声がする。
白い手は リュートをつまびきながら。今日の旅の歌をくちずさむ。
~♫ 蒼き瞳の黒衣の騎士 風の精霊を伴侶に 国を憂いて 人を憂いて その優しき心を傷め 遠く遠く旅をする。
友を想い 人を想い 自らは傷つくことをいとわぬ戦士は ただ祖国を愛するのみ 愛するのみ
「いつか機会を得たら、あなたを、案内したいところがあります。」
白い手はそう言ってほほえむ。
「あなたと、あなたの伴侶を、私の故郷へ。」
「故郷?」
「ええ。 あの山の向こうへ」
「方舟のある あの山の頂です」
「これからたずねる、かの御仁もつれていきたい」
美しいリュートの和音と美しい歌声は、夜の森に響き渡った。小さな生き物も耳を澄ませているかのようだった。
ジルシャは少し考えて、低い声でいった
「・・・そうだな やるべきことをなしたなら」
「ええ」
「生きているうちにいきたいものだ」
~♫ 森のはたの 美しいひと 古き友よ 貴方の かなしみのこえがきこえる きこえる
黒き瞳はただひとりを探す そのひとは 弱きものを護り慈しみ 彼らのために血を流し倒れた
その姿をもとめて 美しい黒曜のひとみは悲しみに潤んでいた
なぜ?私はあなたにといたい あなたの声が聞きたい
古き友として その想いが聴きたいのです~
ジルシャは、じっと耳を澄ませていたが 目を伏せ ゆっくりと体を横にしながら言った。
「すこしねむろう。今日は長い移動だったしお疲れだろう」
「ええ おやすみなさい」
「おやすみ」
遠くで、フクロウがないた。ジルシャは心地よい乾草の香に、満足しながら眠った。彼と詩人の旅は、まだ、始まったばかりである。
おなじころ、眠れぬ夜の森の端で、背の高い人影が月をみつめていた。
紫の衣の大魔法士、『耳のよい森の黒き真珠の君』(シャルン=グルム ルウ・グイン)という名を持つこのエルフは、声にならぬ叫びを今しも叫び続けているのだ。
~唯一無二の 大切な人をもとめて。




