第三歌 碧眼の鷹王<二>
さて、帝国の東、例の国境線を死守した隣国黒エルフの魔導士が、自国の兵を犠牲にして生き残ったという噂が立った。
最高位の魔導士のくせに、自分の命が惜しいのだと、揶揄するうわさがばらまかれた。むろん、でっちあげられたものだ。
エルフが護った国の人々はだれも信じなかった。帝国の負け惜しみだというものがほとんどだったのだ。国民の魔導士への信頼はあつく、この時はだれもそれを信じなかった。
時を同じくして、帝国の皇帝の兄にして幽閉された宰相は、敗北の責任を問われるため 議場につれだされていた。王座の皇帝はうつろに兄を見つめるのみ。
「ああ・・・だめだ、アヴァン今日も何かを盛られているのか?」
宰相ティルダム=ノル=エ=ロンダムはため息をつきその弟のありさまを嘆いた。公的な場面で余計なことを言わぬよう、将軍の息のかかった医師に意思をぼんやりさせる薬をのまされているのだときく。
そしていましも、侍女によってはこばれてきた薬湯の器が 皇帝の手元におかれた・・・。
と、鐘が鳴らされて野太い声がつげた。
「皇帝陛下 ご臨席ありがとうございます」
皇帝はあいまいにうなずく。
「『お加減』はよろしいですか?」
厚顔無恥なこの将軍は、薄いほほえみを浮かべ 丁重に礼をした。ティルダムは目をそらし歯がみした。
若き皇帝は。ダルそうな声で少しいら立ちながらも微笑んでいった。
「問題ない。将軍の助言どおり、先ほども薬師の薬湯をのんだ。ほら」
皇帝は器を下に向けて空っぽだと見せて不機嫌そうにうなった。
「いちいちきくな」
金色の鎧を着た大将軍が、のしのしと皇帝の前に立つ。大きな体躯を見せつけるように、ふてぶてしい笑みを浮かべ皇帝を見下ろしている。ティルダムは 歯噛みして大将軍をにらみつけた。
「さてこれより 先の国境での戦の大敗の責を問おうと思う。」
「作戦会議のおり 私の反対を押し切り 兵を進めさせた宰相殿の責を、な」
宰相は、声をあげて笑った。
「反対を押し切ったなどと どの口が申されるのか。私はその作戦会議に呼ばれてもいないのに」
「無礼ですぞ!宰相殿!」
そう意見したのは、大将軍の腰ぎんちゃく議員であるイモルド男爵である。やせぎすで、顔色の悪い小心者と言われているが、本人は気にもしていない。
どこまでも、論理的ではない将軍のさらに上を行く論理のかけらもない 利己主義な男。
「たしかに、笑うのは失礼だったな。お詫びをしよう。あなたたちにはあきれ果てる。もう言葉を交わすのも疲れる、」
「まるで言葉の通じない魔物と話しているかのようだよ、ああ、それは魔物に対して失礼かもしれんな。」
おもわず 皇帝は苦笑した。周りの貴族たちからも失笑がもれる。ティルダムはハッとした。皇帝がわらった? すぐさま将軍がギロリと宰相をにらみつけ おもわず剣に手をかける。そのさまをみて、ティルダムはさらに嘲笑する。
「そのように、皇帝の前で、私に敵意をむき出しにされては、あなたの沽券にかかわるぞ、将軍」
「私は丸腰で、あなたは名刀「ゴルギウム」を帯びている。もっとも本物かどうかは知らぬが。それで一思いに私を切り、国を乗っ取ってはどうか。手っ取り早いであろうが!」
「ああ ああ、そうだった。あなたは、そういう格好の悪いことはせぬのだったな、失礼した。弱いものを切り捨てるなど、名刀が汚れるのだったか」
宰相ティルダムは、酒の席でいつも将軍が言っている言葉を並べて、けん制した。
将軍は、にがにがしく思ったが自らの優位にたいそう自信があったため、かろうじて衝動をおさえ、議員たちをぐるりとねめつけた。
議員の大半は 将軍派である。宰相をおすものは,前の皇帝からの忠臣のみ。全体の3分の1にすぎない。その絶対的な多数決によって、いま宰相は敗北の罪を押し付けられようとしているのだ。その死をもって。
「国のために命をささげるのは本望だ。だが、」
ティルダムは独りでこの危機を逃れるしかないと よくわかっていた。そして、親友の黒騎士のもたらした新しい情報を、議会に提出するべく 一か八かの賭けに出た。
「そのまえに、国境で何が起こっているか調査していた件だが、一つ 見過ごせぬ案件があってな。議会に報告したい。」
ざわめきがおこったが、議長である大神官トトムが手を振って制した。
「ロンダム卿、どうぞ続けてください」
「国境のちかく 森林地帯にはなった斥候から ある報告が届いている。」
ティルダムは嘲笑するかのような笑みを浮かべ、将軍派の議員をみわたした。
「近頃頻繁にあらわれる 夜盗についての報告だ。」
「最近襲われた隊商の長が 鳥を送ってよこしたそうだ。その文によれば、イモルド男爵家の紋章を付けた武器を持っていたと」
男爵の顔がまっかになった。
「ななななな、何を、ね、根も葉もないことを!!」
ティルダムは 笑いをかみ殺しながらいった。狙い通りだ。
「そのようにとりみだすなど」
「認めたも同然だな。あなたが、近頃はぶりがよいのはそういうことだったのか。」
そして 趣味の悪い黄金の鎧を着た将軍を、じろりとみた。
さすがに将軍は、しずかに目を閉じただけだ。しかし 殺気が高まるのを感じた。もちろんその相手は男爵てある。このあと何か事件が起こる予感がする。
すぐさま 宰相がくぎをさした。
「いやはや、さすがに証拠がない以上まだ決めつけることはできんな。もうしわけなかった。ただ、わが帝国精鋭部隊から選抜して送った斥候ゆえな、無視はできぬ。」
数人の皇帝派議員が、みな口々に肯定する。これは重大な案件である、先に解決すべきだと。すると、皇帝が右手を上げた。人々は、おどろいて目線を外して皇帝に頭を下げた。
皇帝は、たちあがり、宣言した。
「証拠の品が王都に届くまで。議会は一時閉会する。みなよいな。宰相ロンダム卿は、その件について私に報告があるといっている。」
「名前が出た以上 イモルド男爵は自宅で謹慎だ。警備を付けて厳重に見張るように。そうだな、わが近衛兵をつけよう。」
皇帝は言葉を切り、ひと呼吸ついて兄に向き直った。
「では詳しい話を聞こう ロンダム卿。いや 兄上 謁見室でよろしいか?」
「御意」
「大神官も来てくれ」
ティルダムと大神官は、恭しく礼をした。
皇帝は、うなづくとくるりと踵を返して謁見室にむかった。宰相たちはそのあとを追う。ふるえる口の端がほんのすこしあがった。
(弟が正気になっている!)
ティルダムは声をあげて喜びたい衝動を何とか抑え平静を装うのだった。
(ここにも勝機がみえてきた!友よ!)
目の端に皇帝が歩く姿がうつる。その弟の足取りは いつもの、ちからなく何かにひきづられるような感じは一切ない。
いったい、このわずかな時の間に、彼に何があったのか!早く確かめたい!兄は小走りに皇帝の跡を追いながら、こみあげるものをかみしめていた。
二人を見送る将軍の殺気が、いろをなして膨れ上がり、自分に向くのを感じながら、宰相はむしろそれを愉しんでいるようだった。
ティルダムは、遠く国境にいる友に祝福を送った。
「そなたとそなたの愛する精霊に祝福を!」
苦々しい顔つきの将軍は 小動物のようにしっぽをまるめて恐れおののく男爵にみむきもせず、大またに議場を後にした。議長はほっとした面持ちで、微笑みさえ浮かべて皇帝とその兄を見送ると、数人の同志とともに控室へと消えていった。ほかの議員たちはため息をつき、三々五々帰路についた。
将軍は着ていた鎧を脱ぎ捨て 城をふりかえりもせず 迎えの馬車に乗り込むと、つき従っていた従士のひとりになにごとかささやくと、あっというまに走り去っていった。
残された従者は、数人の剣士をつれ 王宮にもどっていく。議場の窓から、その様子をじっとうかがっていた宰相派の議員は、剣士がこちらにもどってくるのをみて、あわててティルダムの後を追い、皇帝の謁見室へ走っていった。
「誰も入れないように」
皇帝の指示で、謁見室には 宰相と皇帝そして議長の弟の大神官をのこして、他の者は退出した。
「いいぞ きてくれ」
皇帝の合図をうけ、先ほど薬湯を献じた侍女が頭をさげたまま 控室からでてきた。その顔をみて、宰相はおどろいた。
「あなたは・・・ミリアム!」
「お久しゅうございます。ティルダム様」
ミリアムと呼ばれた侍女は、優雅にお辞儀をして 微笑みながらティルダムをまっすぐ見つめた。
「ああ!ぶじで!」
「はい!皇帝陛下と大神官のおかげでこうして王宮でかくまっていただいております。」
皇帝は ミリアムの手を取って自分の隣の椅子に座るようにうながした。そして兄をだきしめた。
「あにうえ!」
「陛下!なにを!」
「私が不甲斐ないばかりに 苦労をおかけしました」
「何を言うのです!陛下!!わたしごときにこのような」
「いえ!本来 この座は兄上が継ぐべき場所。そのうえ薬を与えられ、傀儡となり 即位後のこの数年間満足な治世など行ってきてはおりません。」
宰相は、言葉を絞り出してつぶやいた。
「くっ!・・・やはり、薬を・・・」
皇帝はうなづいて、傍らの元婚約者にして、黒衣の騎士ジルシャの妹ミリアムの手を取って優しくくちづけをした。
そして、ゆっくりと語りだした。
「兄上もご承知の通り、ジルシャが出奔したため、彼の妹たるミリアムは、議会の将軍派により、その責めを負って、わたしと婚約の破棄を余儀なくされたのです。」
少し言葉を切り、ため息をつくと、ゆっくりと兄の顔を見つめた。
「そのあと、わたしは将軍の罠により薬を与えられ、常に朦朧とした状態のまま、まるで生ける屍のようなありさまでした。」
宰相は苦しそうに眉をしかめた。ミリアムはうつむき唇をかんだ。
「しかし本当は、私を助けるために、黒衣の騎士とミリアムは国を出る必要があった。薬の解毒薬が手に入らないからです。そうして」
皇帝は、ミリアムをみつめた。
「ミリアムが、ひそかに議長の手をかりて、髪を染め侍女に姿を変えて、もどってきてくれた。薬師の薬湯をすりかえ、解毒薬を煎じてくれているのです。おかげでだいぶんよくなりました。」
「そして、先ほど兄上が報告を受けた国境のあの事件。あれのおかげで、私は ついに正気をとりもどすときが来たと思いました。」
ミリアムの手をにぎりしめたまま 皇帝は彼女をじっと見つめた。
ミリアムは、頭を下げいった。
「陛下、わたしたちは陛下をお守りするのが本分です。」
そして決意に満ちた瞳をまっすぐに皇帝を見つめる。
「兄もまた、この国をいったん壊してでも 正しく陛下に国を守っていただきたいと考えております。」
ティルダムはその言葉に瞑目した。ああ!ああ!友よ!
「そうだったかれは・・・」
宰相ティルダムは、若き日の彼、黒衣の騎士ジルシャを思い出したのだった。
帝国学舎で共に学んでいたころ、ジルシャは、教官が出した議論の題「忠誠を尽くすということ」に関して、わたしにこういっていたのだ。
「もし国が過ちを犯しても 忠誠をつくすことができるか?だと?『国が過ちを犯し臣民に危害を加える』ならば、そんなものはまともな国ではない。壊して立て直すさ、そして最もふさわしい統治者をさがす。」
端正なジルシャの青い瞳がらんらんと光る。
「フフフ」
苦笑気味に、私は彼に問うた。
「誰を統治者にするんだ?」
ジルシャは太陽のように笑った。
「そうだな!今ならお前か、弟のアヴァン殿下だな。なによりわれら庶民を見下さないのがいいw」
「では、弟の騎士になってくれるのだな!約束だぞ!ジルシャ!」
私は興奮気味に畳みかけた。自慢の友が、私たちの味方ならば、何にだって打ち勝てる。腹黒い重臣たちにも立ち向かう力が湧く。
「あはは、まだまだ先だろうがなw」
まだ若い私たちの、他愛ないやり取りは、本当に愛おしい時間だったと涙が出そうになる。ほどなくして皇位が代替わりしてしまい、まだ力のない私達は、奸臣どもにあっさり足元をすくわれている。なすすべのない暗闇の時間は音もなく始まってしまった。後悔ばかりが心をむしばんできた、私も陛下も。けれど・・・まだ光がのこっていた。
ティルダムは、萎えていた身体中の力が一気に回復する思いだった。




