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第三歌 碧眼の鷹王<一>

夕陽をその頂に冠し、いましも山の端から光が消えゆこうとするとき。

飛翔した鷹の鋭い鳴き声が響きわたる、と、その夕陽を背に一騎の馬影が高台の丘の上にあらわれた。

漆黒の鎧の騎士は、舞い降りてきた鷹をその左腕に迎え入れ 低い声でつぶやく。「おかえり」穏やかで優しい声色だ。面頬の奥の碧玉の瞳が、鷹の黒くするどいくちばしが少し傷ついているのを一瞥すると、面白そうに微笑んだ。


 「なんだやられたのか お前らしくもない」


アンバーの羽をふるわせて 鷹は抗議するように短く喉を鳴らした。


 「わかった。わかった。ファルクラム。面倒をかけた、さあ話してくれ。」


そういって 騎士が鷹に「解放印」を結ぶ。精霊は「沈黙」をとかれ、羽根を震わせて穏やかに語り始めた。


 『愛しい碧の君 われはみてきた。』


ひびきのいいアルトの声が語る。


 『帝国の端 国境のむこう 巨大な砂嵐が発っているところには人の気配はなくなっている。閃光と竜巻が魔法の力で発動した。国境の戦いはすでに帝国の敗北だ』


敗北という単語に、碧の君と呼ばれた騎士は 少し薄笑いを浮かべた。


 『なるほど。やつらは、かの紫の衣の魔法使いのワザにまけたのだな。よい。それはよいな、フォルクラム。』


鷹は、いぶかし気に主に問うた。


 『ジルシャ あなたは帝国の出自 なぜそんなことをいうのか?敵を賞賛するなど?』


 ジルシャと呼ばれた騎士は、腕の中の鷹の美しい羽を優しくなでて、自虐的に口許をほころばせる。


 『帝国がいまのままであれば 我はいつまでも敵として対峙するまで。我が帝国王家に並ぶものと知って他国の者は刃を向けるだろうし、帝国の中心も我を討ちにくるだろう。』


騎士は、鷹を愛おしそうにみつめると、いった。


 『だがそなたに討たれてやるまでは、我は死なぬ。約束は守る。精霊王より命ながらえることを許された日に そなたにかたく誓ったゆえ。』


少し首をかしげて、フォルクラムは金の輪のように輝く瞳で、じっと主をみつめた。

                               

  【宿命が我らをわかつならば、宿命に歯向かい、命を削っても、お前とかならずそいとげる。そしてのぞむならカタキたるこの命をそなたにやろう】


 風の精霊ファルクラム。かつて彼女はひとで碧眼の騎士の妻であった。

鷹の姿は、彼女を庇護しその深い自然への想いを愛でた精霊王により 彼女がひととしての命を奪われたときに、その魂にあたえられた仮の器。

彼女は、彼女の魂は、記憶をなくしている。人であった時の記憶を「封印」されたのだ。

 だが、その記憶の蓋は無意味だった。人と人の肉の愛情とはちがう魂の愛情は、たとえ相手が思いもよらぬ形をとってあらわれようとも、揺るぐことがない。人の言う悲劇などものともせず、ふたりは今も深く互いを想いあい文字通り「魂」で愛し合っている。

 碧の眼のジルシャは、幼き頃精霊王を助けた。そして、人でありながら精霊を見ることができる故に、かれらに愛され、その美しい色の瞳に精霊の加護を持つことになった。その大きな魔力によって遠くを見る千里眼と風魔法。その力をもつことで、人としてありながら風の精霊として精霊王を守護している稀有な人間なのである。

 二人がひとと精霊に分かたれた理由。

さて、それは、これより二年前にさかのぼる。


 帝国はなんくせをつけ、多くの近隣の国境を急襲した。狂人と有名な帝国大将軍ナグジャルは、天啓を得たといって、すでにこの数年前から、皇帝の兄である宰相をわなにかけ議会を掌握、若き皇帝をあやつって、国益をうたい 領土の拡大を叫び 侵略戦争をしかけていた。一部商人ギルドはあろうことか、その利権のため 将軍と結託したとうわさされている。

 碧眼のジルシャの妻、シェリルの母国もまたその毒牙の犠牲となって、激しい抵抗もむなしく生家のものはみな 戦でことごとく命を失った。ジルシャが援軍を出しかろうじて 義理の弟の家族を救い出したものの、その両親は領民を護って亡くなった。

 これを知った妻シェリルは半狂乱となり、呪いの言葉を吐き 将軍に一矢報いんと 王都に凱旋する将軍の馬車に向かって矢を放ち戦いを挑んだ。無謀だった。

 ジルシャは妻の吐血の叫びを文字どおり 碧の眼のちから「千里眼」で察知し、必死に馬を駆りシェリルの行いを何とか停めようと駆け戻ったが、時すでに遅し。愛する者は、かれのその目の前で、とらえられ縛られたまま狂将軍ナグジャルの手にかかり、その場に頽れたのだった。


 ジルシャが駆け付けたとき、シェリルに倒された将軍の兵とシェリルの護衛の兵が相討ちあって、街道の人々は逃げまどいあたりは血の海で騒然としていた。精霊に愛された碧の瞳が、いまや怒りで真っ赤に変貌し、さらに燃え上り、ジルシャはナグジャルをののしり、そして激しく切り込む。が、数分も戦わずして狂将軍の剣をうけ深手を負い、片腕をふさがれた。それでも彼は戦い続けた。

 しかし妻の命の火がどんどんちいさくなっていく。精霊のささやきでそれを知ると、ジルシャは最後の力を振り絞り将軍の肩を切りつけ、なんとか深手を負わせた。

そして、彼女の、まだ温かみの残る身体をだきしめ、叫んだ。


 『精霊よ!王よ!わが命をささげるゆえ 我のあわれな愛しい妻を助けてくれ』


 ジルシャを加護する風の精霊は 二人を一瞬ののちにつれさったのだった。 


 ジルシャの父、帝国の良心と謳われる皇族クンティ大公は、激しく将軍のおこないを非難し、実力行使をし、一旦は将軍をしりぞけ拘束したが、南の豊かな資源を狙っている商人ギルドは帝国評議会を招集して統治の不備をうたい、摂政に責任を押し付けて、将軍を自由にし、あまつさえついに宰相の幽閉に成功した。

大公家は領民の暮らしをむげにできない。ギルドは巧みにその躊躇をついたのだった。ジルシャもその妻も行方が知れぬ。大公家は動きが取れなかった。

 しかし そののちの商人ギルドも、大公家を正面切っては攻撃することができず、隊商に圧力をかけ、大公の経済的な損失を狙ったのだが、逆に隊商が扱う品の一部を手に入れられなくなり自らの首をしめた形となったため、それ以上の行動はしなくなった。今は互いににらみ合いをしているところだ。


 大公家当主 ジルシャの父サンダカは、ジルシャの悲劇に心を痛め、帝国を裏切った彼をあえて絶縁せず、密かに腹心をシェリルの一族のもとにおくって その安全を図るなどした。ジルシャはそれでも、自分と愛する妻の国を滅ぼした帝国を激しく憎み 二度と戻ることはない、私を大公家から追放してほしい、としたためた手紙を、父から贈られた紋章入りの指輪とともに腹心に渡すと、愛馬とともに姿を消したのだった。

 《ジルシャ 出奔。》

 帝国にはあっという間にその知らせが駆け巡った。

 やむなくサンダカは、ジルシャの意をくんで、彼を勘当した。


 そして、二年のときがすぎ、彼はかつてのシェリルの母国 現帝国領サンドウィンの丘に現れたのだ。


 かれは、隣国の黒エルフの魔導士の戦いと勝利を、フォルクラムとともに祝うと、くだんのエルフに会うため 愛馬を駆って西の陽が落ちる山をめざした。フォルクラムは、美しいアンバーの羽を悠々と風にのせ 黒衣のジルシャを護っていた。

ふと、眼下の大河に気配がある。

フォルクラムが短く警告する。


 「どうした?」

 「盗賊か?」


 馬首を大河のほうにむける。小さな隊商が、野党に襲われているのだ。

と、フォルグラムは、髪の長い白いローブをまとった吟遊詩人が混じっているのをみつけた。短く鋭い鷹の鳴き声をききつけ、黒衣の騎士は風の魔法を発動させた。

 「エアロスフィア!」


 魔法の無数の羽が空に舞い上がり渦を巻いて盗賊を襲う。

 「!!」

 悲鳴とも怒号ともわからぬ声をあげて 竜巻に巻き上げられる盗賊たち。それでも不思議と、隊商の商人と吟遊詩人はそれに巻き込まれない。

あっけに取られていた彼らは 歓声を上げた。そして 優美な黒衣の騎士がこちらにくるのをみて、口々に感謝を述べる。

 ジルシャの美しい意匠の小手に フォルグラムが優雅に舞い降りた。


 「ジルシャさま!!」


 隊商の長がすすみでて 会釈をした。


 「おお!まさか貴方様にお会いできるとは!」


 名を呼ばれて 黒衣の騎士はほほえんだ。


 「モルじいかww」

 「覚えていただいていたとはw」


モルは、騎士の腕に舞い降りた鷹をみて 恭しく会釈する。


 「風の精霊にごあいさついたします」


美しい金の瞳がちらと揺らめく。フォルグラムは覚えていないが、モルはこの貴婦人をよく知っているのだ。


 「助けていただきなんとお礼を申し上げればよいか。」


 良く響く声。白いローブの詩人が、恭しく恭順礼をして騎士に挨拶をした。


 「私をおぼえておいででしょうか 碧眼の騎士様」


 ジルシャは、美しい眉のその詩人を見つめ、しばらく考えていたが、少年期の記憶に、大公家の宴で見事なリュートを聞かせた詩人であることを思い出した。

 だがこれは?この男は、時が とまっているのだろうか?ほとんど変わっていない。


 「・・・そなた!白の手(ハシャル)といったか・・・素晴らしい歌。私に異国の英雄の歌をおしえてくれた、覚えているぞ!・・・覚えているが」

 「いや まて!、あれからずいぶん経っているぞ?私は英雄譚に夢中な、ほんの子供で・・・14,5年いやそれ以上前か・・・なのに」


 白い手(ハシャル)は、うなずき、微笑んでいった。


 「わたくしは 古い種のエルフでございます。10年くらいでは姿はあまりかわりませぬ」

 「もう同族は、このあたりにはだいぶいなくなりましたが。それより、このようなところで、風の精霊にもお目にかかれるとは光栄です。」


 詩人はうれしそうに、フォルクラムに挨拶をする。

 ジルシャは 白の手(ハシャル)に丁寧に会釈を返した。鷹もこうべをたれる。


 『古きエルフとはな』


 精霊は小首を少しかしげて 喉を鳴らしてほほえんだ。


 『我らと同じ、傷つき病にかかり不死ではないが、寿命はあってないようなもの、ときく』


 ジルシャは、改めてこの背の高い美しい詩人をみつめた。そういえば依然あった時よりは、少し頬がやせて面長になり、年かさになったようにもみえる。少なくとも自分の倍は年上のはず。だが、どうしても自分より年下の印象がぬぐえないのだった。

 美しい銀の糸のような髪は、かわらずとても幻想的で美しい。そしてその、白い手が弦をつま弾くのを だれもがうっとりとみつめていたことも思い出した。

 その古きエルフ特有の、一線を画す雰囲気は、誰も彼を傷つけてはいけないとおもわせる。事実、これまで彼は、その身を傷つけられたことがない。

今日の盗賊も たまたま襲った隊商に彼がいたというだけで、彼には目もくれず、隊商の商人だけを狙って剣をふっていた。存在自体が稀有な種族で謎も多いが、見た目はひとであり、ケガもすれば病にもかかるときく。

だがしかし、そのような弱ったエルフを、誰もみたことがないのだ。


 星がちらほら、茜の空に現れたかと思うと あっという間に紫の空となる。

ジルシャは、モルに乞われ、その夜は隊商とともに食事をすることした。

 手慣れた商人たちは、川沿いに今少し進んだところに野営地をつくり、あっという間に天幕を張って、客人をもてなす準備を始めた。騎士は愛馬に水を与え、草をはむようにささやくと、モルが出迎える天幕にむかった。風の精霊は主の腕を離れ、あたりを見渡せる高台の木で羽を休め、主人にも寛ぐよう促す。

 古いエルフが騎士を出迎え、そのリュートを合図に夕食が始まった。

今宵の月は少し上が欠けて、それでもシンと張りつめた美しさで辺りを明るく照らすのだった。

 すっかり酒が進んだ商人たちは、エルフの詩を子守歌に、うとうとするもの、泣き出すもの、白い手(ハシャル)のリュートにあわせて手をたたくもの、歌いだすものと賑やかに食事を楽しんだ。黒衣の騎士は、暖かい茶を手にそれを黙って微笑みながら見ているのだった。穏やかな暮らし、これこそ 彼と彼の妻が求めた領民の生活だった。


 多すぎず少なすぎない食事と、少しばかり身体を温める火 酒 心許せる家族との時間。悲しそうな色が、彼の碧玉の瞳に暗い影を落とす。自分にはもう望めないその安らぎを、この人々にはいつまでも持てるよう祈ってやまない。


そのとき、フォルクラムが短く叫んだ。


 「どうした?」


羽ばたく音をきき 黒騎士はモルに耳打ちした。


 「大丈夫だ。なにか『みつけた』らしい。みてくる」

モルが天幕を護る見張りに目配せすると、彼らはジルシャについていった。

 殺気などの嫌な雰囲気はない。

風の精霊が、少し不快感のある声でいった。


 『ジルシャ なにか匂う。いやな気配だ。』


黒騎士はあたりを調べ始めた。

そして、、川のそばに落ちていた夜盗の獲物らしき短剣をひろいあげた。水に半分使っていたが少し血だがついている。フォルクラムはその臭いを嗅いだのだった。

 ジルシャは、それの刃についた、消えかけた紋章に眉を顰めた。そして、ついてきた商人の一人に何事が耳打ちをした。彼は紙と筆と文筒を持ってもどってきて、それを黒騎士に手渡した。

 騎士は、呪文を唱え、夜盗の剣を小さくして、文筒にいれると フォルクラムに国境警備兵野営地にとどけるようにたのんだ。フォルクラムは一声短く声をあげると、素早く西向かって飛んでいった。

 薄い笑いを浮かべながら、騎士は愛するものの影を見送った。そして呟く。


 「ティルダム、もう少しの間だ、耐えろよ。まもなくだ。潮はこちらに有利になろうとしている。」


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