第699話 ドネツク生存者の、生き残りをかけた話し合い
大学教授の言葉があり、アビゲイルが有名な科学者だと知った市民達は、神妙な面持ちで聞き始める。アビゲイルがゆっくりと、言葉を選び説明していくと、アビゲイルの言葉を、クキが丁寧に翻訳した。
「これは巨大な組織が、自分達の間違った理想と、利益のために始めた事なのです」
大学教授が聞く。
「巨大な組織?」
「アークパンドラという、いわば秘密結社のような組織です」
「続けてください」
「アークパンドラは、その莫大な資金力と影響力をもって世界中に組織を広げています。製薬会社のファーマー社、IT最大手のGOD、そして各国の政治家や要人もそれに含まれています。その組織が掲げた戦略が、ジェネシス・プロトコル・オーダー。すなわち、人類を間引いた上でリンクし、全てをコントロールする計画です」
市民からも、質問が上がる。
「それは……人間を思い通りに操って、家畜にするということですか?」
「分かりやすく言えば、そうなります。他の国々でも、既に実験を繰り返しており、屍人が蘇って人々を襲う地獄が繰り広げられています。ロシアはそれで壊滅した都市を、核弾頭で焼き払いました。日本や中東の数か国が滅びに瀕し、アメリカも大打撃を受けました」
「アメリカも……」
皆がざわついた。ロシア兵だけではなく、アメリカの事を聞いて、ウクライナ兵達も目を丸くする。
「私達は、あちこちで、それを阻止してきました。それでも、パンデミックは押さえられないでしょう。そしていよいよ、ここにきて……人間を意のままに操る仕組みが完成したのです」
市民達は悲痛な声を上げ、兵士達も信じられない様子だった。そこで、大学教授が聞いて来る。
「それは、本当なのですか? あなた達の想像では?」
「いいえ。実際に敵の基地にもいくつか潜入しました。世界中で、ファーマー社の大爆発のニュースを見ませんでしたか?」
「見ました……」
「あれは、全て私達がからんでいます」
「なんですって……」
「そして、もしかしたら覚えてる人もいらっしゃるかと。ジュネーブの国連前での、バケモノ騒ぎの映像を見た人は居ませんか?」
チラホラと、手を上げている市民や軍人がいる。
「あれは……フェイク動画だと知らされてます」
「フェイクではありません。あれは全て、現実です。あの場にも、私達がいたので間違いありません」
ざわつきが大きくなり、大学教授が大声で言う。
「静かに! まだ、聞きたい事はあるんだ」
空気が落ち着いて、アビゲイルがそのまま続けた。
「そして、敵を追いかけてこの地に来たのですが、操られている人間達に、足止めを喰らったわけです。それを掻い潜って、ようやくここまでやって来たのです」
「操られている人間は、どのくらいいるのですか?」
「わかりません。ただ、この紛争地帯には、大勢いるようです。ロシアの東までは居ませんでしたので、まだこの技術は、このあたりの局地的な物であると推測します」
そこで、ロシア兵が手を上げる。
「どうぞ」
「と、言う事はですよ……我々は、操られているだけの無実の人を殺していることになる」
それを聞いて、アビゲイルは一瞬沈黙した。
だが、別のロシア兵が言う。
「いや。だが、殺らねば殺されていた。ここの市民も全滅していただろう」
教授が頷く。
「そのとおりだ。身を守るためには、致し方のない事だった」
アビゲイルが頷いて、ロシア兵に言う。
「私達はその、人間を意のままに操っている機関を追っています。もしかしたら大元をどうにかすれば、全てを解除できるのかもしれません。ですが、なにぶん新しい技術ですので、それすらも確実とは言えないのが現状なのです」
市民がざわつくが、大学教授が冷静に答える。
「あの操られている人間達に、対峙して来た私たちなら、それが理解できます」
「はい」
やはり、あれと戦ってきた人らなので、今の現状は理解できるらしい。
そして、クキが話をする。
「で、だ。ここにいればじり貧だ。ウクライナの内部がどうなっているか、知る者はいないだろうか?」
すると一人が、手を上げる。女性で、子供を抱えていた。
「うちの主人が、キーウにいますが、あちらでも戦闘は起きてます」
「なるほど……それが、戦争によるものなのか、ここと同じ現象が起きているのかは分からないか?」
「通信が途絶えたのでよくわからないのですが、主人も言っていました。人が……変わり始めていると」
「他には?」
「すみません。それぐらいしか分かりません」
「ありがとうございます」
それを聞いて、アビゲイルが言う。
「恐らくは、周辺の都市部を狙って、ゾンビ因子をばら撒いたのだと思います。田舎町よりも、ばら撒きやすい環境にありますので、食品や医療薬から摂取した可能性が高いですね」
「あの……博士。感染症は関係してますか?」
「充分に関係していると思いますよ」
それを聞いて、皆がまたざわつく。ここにいる人達は、たまたまゾンビ因子に感染していないだけで、ゾンビ因子と隣り合わせの環境にいたからだ。
そして、大学教授が言った。
「だがあなた方が来たところで、あの大勢の武装した人間達をどうこう出来ないでしょう? 先ほどの、謎が分かっていない状況では、打つ手はないのではありませんか?」
「その通りですが、まずは、この周囲の状況を確認する必要があります」
アビゲイルの言葉を遮りつつ、クキが言う。
「ここに来る途中で、ドローンに追われた兵士を見た」
ウクライナの兵士が、それに答えた。
「ドローンは我々です。操られている人間ならば、ドローンで攻撃していました」
「ドローンはあるのか?」
「あります」
「なら、それを使って、この周辺を調べよう。とにかく、情報がいる」
「分かりました。それでは、このあとに各拠点の説明をしましょう」
「あなたは?」
「一応、この部隊の指揮をしています。シェフチェンコです。階級は少佐です」
「よろしくシェフチェンコ少佐。俺は九鬼だ」
「よろしく、ミスター九鬼」
まずは、受け入れられた。俺達には、ここにいる人を救出するという、新しい目的が出来てしまった。そして、敵がただ操られている人間と知った以上、今までのように戦う事が出来るかも疑問だった。
「この周辺は、囲まれている。我々は、突破するための糸口を探して来た」
「状況は?」
「残念ながら周辺の村や町は、操られた人間でいっぱいだ」
「同じように、自分を保っている人達は?」
「居なくはない。だが、かなりその数を減らした」
「それだけでも大きな情報だ。他には?」
藁をもすがる気持ちで、皆が食い入るようにその話し合いを聞いた。
「あの人間達は、一定の動きをするんだ。それについては、あなた方からの情報で理由がハッキリした。そして、あれらは、ある時間帯になりを潜める」
「ほう……それはどういう?」
「深夜の一定の時間、周辺をうろつく事も無く、ドローンで探しても見つけられなくなる」
「それも……有効な情報だ」
それを聞いて、オオモリが手を上げた。
「なんだ?」
「恐らく、休止状態にならなければならない理由があるんです」
「なるほど。大森はどう考える?」
「恐らくは、まだ試作段階だからかと……」
オオモリが自信なさそうになると、アビゲイルが代わりに言う。
「これも推測ですが、脳に相当な負担がかかっている可能性があります」
「なるほど」
マナが腕組みしながら言った。
「常時接続は……無理なんじゃないの? 脳がパンクしちゃうとか」
「ミス愛菜の言う通りでしょう。常にバイオリンクで繋がり続ければ、脳の処理能力が限界を越えます。恐らく夜間だけではなく、他にも動かない時間はあるかもしれません」
オオモリが頷いた。
「再起動時間があると。もしかしたら、それは機械の方もなのかもしれませんしね」
「なるほど、そう言う考え方もあります」
情報の共有によって、少しずつ糸口が見え始める。確定事項とは言えないが、何を調べればいいのかがハッキリして来るだろう。俺達は、さらに情報を交えながら突破口を探る。
「なら、その時間帯、調査しに行く必要がある」
「だが、危険だ。それは、まだ推測に過ぎない」
そこで、俺が手を上げる。
「俺たちが行こう、シェフチェンコ。案内人を一人頼みたい」
「了解だ。では、彼を」
「タラフ・ウライコフ一等兵です。ではその時間に、周辺を哨戒します」
「よろしく頼む」
「彼は、この都市の出身だ。だから、土地勘がある」
「頼もしいな」
そうして、地図を広げ俺達は、この周辺の地理を頭に叩き込んでいくのだった。




