第692話 大陸の都市を焼いて行く炎
俺達の黄色いバスは、給油をしながらも休みなく走った。だがモスクワまで、かなり離れた場所で異変が起き始める。道路に車がぎっしり停められており、行く手を阻んでいたのだ。それを見て、タケルが言う。
「まあ……もはや見慣れた光景だな」
「行くも引くも、出来なくなったという事か」
「人は殆どいねえな」
クキが頷いた。
「飲まず食わずでは居られんからな、近場の都市などに徒歩で行った可能性もある」
「あれみてください、まだモスクワまで五百キロありますよ。どうします?」
シャーリーンが、標識を指さして言う。
「空港を探すか」
「えーっと、空港は北に百キロですね」
「ロシアは随分と、ひれえな」
「まあ……世界一広い国ですからね」
「どうするか?」
「南に六十キロ行くと、ロシア軍の基地がありますね」
それを聞いて、タケルが笑う。
「標識の距離が、桁外れだな」
「ですね」
そして、クキが呟く。
「……基地か……」
俺達はアメリカで、パンデミックの時に、軍の基地がどうなるかをいやというほど知った。
「クキ。むしろ好都合と捉えるべきだろう」
「まあ……そうだな。みんな、覚悟した方がいいだろうな」
「仕方ないわ」
「覚悟の上じゃて」
「そうですよ」
黄色いバスは幹線道路を外れ、南につながる道路を走り始めた。そして一時間ほど走ったころ。
「同じだな」
「ああ」
基地に近づくほどに、ゾンビや試験体の気配がしてきた。もはや周辺の村々は壊滅しており、俺達のバスの音に反応して試験体が近づいて来る。
「屍人、飛空円斬!」
一瞬で斬り落とすが、この先にはもっと多くのゾンビがいるだろう。
「やっぱ、救助して来た人から発症したんだろうな……」
「そのようだ。そして気配感知では、もっとたちが悪い」
「なんだ?」
「生存者が、壊滅的に居なくなっている。機敏に動く試験体からは、どうやら逃げられないようだ」
「モスクワから、五百キロもあるんですけどね。やはり、救出者からひろがりましたか」
「あっという間に広がっていくだろうな……」
ロックダウンなどは意味がなく、じきに周囲の都市が沈む。俺達は同じものをアメリカで見て来たが、ロシアも同じような現象が起きているのだ。そして、基地は完全に死んでいた。ゾンビや試験体が溢れ、既に人間の気配は無い。
「ヘリがあるな。だが、試験体がうじゃうじゃだ」
「問題ない。俺が始末する」
俺がバスを降りて、基地からあふれ出て来るゾンビを破壊していく。合体した試験体が増殖しており、大小さまざまな奴がこちらに向かってきた。
「屍人、大地旋風斬!」
ゴウと刃の嵐が巻き起こり、散り散りになって砕けていく。バスが通り、ヘリコプターの側まで来た。俺が先に乗り込み、ヘリコプターの中にいる奴を破壊して外に捨てる。
「乗れ」
「ヘイローか。デカいな」
「飛ばせそうか?」
「問題ない」
中に入った皆が言う。
「広い!」
「フル装備でも、八十人は乗れるからな」
「これで……沢山の人を助けようと思ったんだね」
「そうだな。さて、エンジンがかかってくれるか」
クキとシャーリーンがコクピットに乗り込んで、すぐにローターが回り出した。
「試験体が来たわ」
ローター音に反応して、集まって来たのだろう。
「剛龍爆雷斬」
ボゴォォォォ!
試験体が建物ごと吹き飛び、俺達のヘリコプターが上空に飛び上がる。安定した操作で、ヘリコプターは旋回し、モスクワに向かって飛び出した。上空に上がってみれば、あちこちで煙が立ち昇っている。
「また……この光景か」
「こんなものの先に、選ばれた人間の世界なんてあるわけ無いわ」
「だな」
そしてヘリコプターは西に向かって飛ぶ。地上で、まだ生き残っている人がいるようだった。だが……これだけ広範囲に試験体が広がってしまえば、手立ては、もはやアビゲイルの作り出す破壊薬しかない。だが、今は薬品を作り出す事も困難な状態だ。
「意識体とはまだ繋がらないのか、オオモリ」
「ダメですね。完全にシャットアウトです」
「薬が必要なのだがな」
そこで、ツバサが叫んだ。
「えっ! あれを!」
唐突に、北側が閃光に包まれた。次の瞬間、遠くの地で大きなキノコ雲が上がった。それを皮切りに、あちこちで光が炸裂し次々にキノコ雲が上がっていく。
「核を使用したんだ……」
「みんなつかまれ!」
クキが言い、皆が捉まると、核の衝撃派で機体が揺れた。
「うわ!」
「くっ!」
「上昇させる!」
クキが叫び、ヘリコプターが上昇し始めた。爆風の影響を外れるが、上昇した事で更に状況が見える。それは大陸のあちこちで、キノコ雲が立ち上っている事だ。
「アメリカの二の舞か……」
「そのようね……」
俺達のヘリコプターがモスクワに近づいても、そこにキノコ雲が立ち上っていた。空は真っ黒になり、じきに雨が降り出すだろう。
「クソが……」
タケルのつぶやきに、皆が顔を伏せた。完全にアークパンドラの策に堕ちた事と、ロシアに甚大な被害を出してしまった事に、皆が無力感を感じているのだ。
その時、クキが言う。
「悪いことは続くもんだ……燃料切れだ……」
「仕方あるまい。離れた場所に着陸しよう」
そして俺達は何もない農村地帯に、不時着するように落ちていく。あちこちに建物がチラホラあるが、ほとんどが畑の農業地帯だった。上手く軟着陸させて、周りを見ればまだ生きている人たちがこちらに、走ってくるところだった。
「ゾンビか?」
「いや、人だ」
「生存者たちか……」
俺達がヘリコプターを捨てて、降りると村人が声をかけてきた。
「軍じゃないのか?」
「すまないが、俺達は何とかここまで逃げてきた」
クキは、うまくごまかした。
「あの……雲は何だ? 先ほどは、光ったようにも。雷ではなさそうだったが」
「核弾頭が落ちたらしい」
「なんだって!」
追いついた村人たちが騒ぐ。
「核兵器が? ロシアに? どの国に攻撃されたんだ?」
「わからん。俺達も、ただ逃げて来ただけだ。軍隊は壊滅していた」
「そんな……」
村人たちがざわつき、俺達は荷物をまとめた。村人が、また聞いて来る。
「どうしたらいい?」
「なるべく、人の居ない所に逃げた方がいいぞ。なるべく都市には近づかん事だ。すぐに食料を確保し、どこかに籠城するか、他国に逃げるか。だが、他の国の情勢も分からん」
「テレビもネットも、なくなったんだ。周りの状況が分からない」
そこでクキが、冷静に冷たく言う。
「すまないが、俺達も状況が分からない。何とかヘリを操縦して、モスクワに向かっていたんだがな……恐らくはモスクワもダメだ」
「アメリカか? アメリカがやったのか?」
だが、クキが首を振る。
「いや。それも、分からん。だが、あんたらはとにかく食料を持って、出来るだけ都市から離れるんだ。俺達が言えるのはそれだけだ」
村人たちは呆然としていた。それは俺達も同じことだった。オオモリお得意のネットワークも使えず、移動手段が無くなってしまったのだ。
「あんたらはどうするんだ?」
「生存者がいないか、核が落ちてない都市に向かってみるが、どうなるかは分からん」
「そうか……」
「ここから一番近い街は?」
「南に十三キロほど行くと、小さな町がある」
「ありがとう。皆さんの無事を祈る」
「あんたらも、気をつけてな」
俺達は、村人に別れを告げ南に向かって歩きだす。結局アメリカと同じ状況になってしまった事に……いや、それ以上に被害を拡大したかもしれないことに皆、黙り込む。
だが、そこでタケルが言った。
「博士よう。ぜってー薬を完成させて量産するしかねえよ」
するとそこで、アビゲイルが何か思いつめたように言う。
「ゾンビ因子破壊の技術を、バイオリンクにのせられればいいのですが。ミスターヒカルは、その技術を逆手にとって討伐効率を上げたのですよね?」
「そうだ。さかのぼれる」
「あとは、ミスター大森がどうにか、意識体とリンクできれば、ヒントがつかめるかもしれません」
たどり着いた街でも、市民達が右往左往していた。その中をただ歩き、いずれここにも来るであろう、ゾンビの影響を思う。
「警察署に行って見るか? 情報を渡せば、被害も少なくできるかもしれん」
「そうね。避難を優先させるように伝えた方がいいかも」
だが都市の中に行くほど、それが無駄かもしれないと知る。ショッピングセンターのガラスが割られ、物資の強奪が始まっていたのだった。これは、この町に限った事ではなく、日本でも起きてた事らしい。アメリカでも、同じ様な状況だった。
「こりゃ……警察も動いてねえな」
そこで、マナが言う。
「衛星をつかまえられる、施設を探してみましょ」
「だな。状況を掌握しなければな」
それを聞いて、シャーリーンが言う。
「なら、テレビ関係の局舎ですね。ロシアは、衛星通信でテレビ網をカバーしてます」
そして、俺が言った。
「よし。探すぞ。まずはそれからだ。みんな、希望は捨てるな」
「「「「「おー!」」」」」
俺が皆を鼓舞し、衛星につなげられる施設を探し始めるのだった。




