第693話 意識体に再接続、ロシアからウクライナへの道中で
市民は核戦争が起きたと思い、終末世界を生き延びるために、略奪行為などに走っているようだった。この状況では、きっと弱いものから死んでいくだろう。
だが……ゾンビや試験体が来てしまえば、強いも弱いも関係なく奴らに飲み込まれる。
タケルが、残念そうに言う。
「結局、人間はそうなってしまうんだよな……」
「仕方があるまい」
クキも、諦めたように口にした。それでも俺達は荒れた都市を歩き、テレビ局を探す。
「電波塔。あれじゃない?」
ミナミが指さした先に、それらしきものが見えて来る。
「じゃねえか?」
街が荒れているおかげで、俺達一団も怪しくは見られなかった。あちこちでガラスの割れる音がして、激突した車が煙を噴き上げている。
「ん? ありゃ警察じゃねえか?」
テレビ局の前には、バリケードが作られており、そこに銃を腰にさした奴らがいる。
「九鬼さんよぉ。警察はスピーカーでしきりになんて言ってんだ?」
「市民は速やかに、家に帰って外に出るのを避けろ。ロックダウン中だから、出歩くなと言っている」
「でも、人が集まってんのか……」
バリケードの外に市民の集団が居て、警察に交渉しているようだ。
「行ってみよう」
俺達が列の後ろに行くと、警察が言う。
「市民は、速やかに帰宅をしてください。政府から通達があるまでは、家を出ないで下さい」
前にいる市民が言う。
「いつまでたっても、政府は動かないじゃないか」
「ここで言われても、どうしようもない」
そこで、クキが言う。
「我々は旅行者だ」
「ここに来られても困る。領事館へ」
「いや、情報が取れないんでね、ここなら回線が繋がると思ったんだが」
「ダメだ。他国の人間を入れる事は出来ない」
「ネットが繋がらないんだ。どこに行けばいいのかも分からない」
「それは、警察のあずかり知らないところだ」
正論だった。無理に突破も出来るが、オオモリがぼそりとクキに聞いた。
「ここって、テレビ局ですか? 領事館じゃない? って聞いてください」
とぼけた質問だった。クキが聞くと、それに、警察が眉間にしわを寄せて答える。
「そうだ。分かったらとっとと行け!」
「わかった」
そして俺達は、その場を離れる。
「じゃあ、車庫に侵入しましょうか?」
「車庫? 分かった」
「きっとこっちだわ」
シャーリーンが建物を回っていき、裏手に行くと、そこに大きな車庫らしきものがあった。
「ビンゴですね。シャーリーンさん」
そして、ミオが俺に言う。
「人もいないわ」
「真空裂斬」
俺は、フェンスと中の壁ごと斬り落とした。
「入ります」
静かに空いた穴から、皆でぞろぞろと入り込むと、そこには数台の車が止まっていた。
「ビンゴです。あれですよ」
それを見て、マナが頷いた。
「なるほど、中継車ね」
そこには、小型バスほどの大きさの車があった。天井にアンテナが付いており、会社のマークが一面に書かれている。
「武さん。出番です」
「へいへい」
タケルがどこからともなく針金を出し、あっさりカギ穴をあけて車に潜り込む。
チュチュ。ブゥゥゥゥン。
「かかった」
マナが車内に乗り込んで機器を触り、オオモリに言った。
「あんたも、たまには役に立つわね」
「えっ! いつも、じゃないんですか!」
「図に乗るな」
「す、すみません。では、回線を繋げます」
オオモリは端末を繋げて、ハッキングを試みる。それは、一瞬だった。
「繋がりました!」
「おお、やったか!」
「はい。で……マジか……」
「なにがだ?」
「敵に取りつけた発信機が、まだ生きてますよ」
「なに?」
「……ウクライナ……あの敵はウクライナに逃げてます」
それを聞いて、クキが言う。
「モスクワじゃなかったか」
「ですね」
「だが……厄介でもあるな」
「ですね」
俺が、二人に尋ねる。
「どういうことだ?」
「紛争地帯です。停戦したかどうか、ロシアが非常事態ですからね」
「なるほど……なら、どうする?」
すると、そこでタケルが言った。
「こんな大変な時だからよ、この車、パクっちゃえばいいんじゃね? 警察も身動きとれねえだろうし、多分しらーっと、抜ければ盗めるぜ」
「ナイスアイデアです。武さん」
「んじゃ、行こうぜ」
そして皆が直ぐに中継車に乗り込み、俺が先を行ってくりぬいた壁の外を見る。誰もいなかったので、手招きをすると中継車が俺の後ろに来た。そのままゆっくりと外に出るが、警察はどこにもいなかった。
「行こう」
俺が乗り込み、中継車はスーッと何事も無かったように進んでいく。そして難なくテレビ局を抜けて、俺達は都市を進み始めた。
「マジで、簡単だったな」
「本当ね……警察も手が回ってないんだわ」
走る車の中で、オオモリが突然話し始めた。
「あ、繋がった!」
「なににだ?」
「意識体が途切れ途切れに、何か言ってます」
オオモリが、集中して言葉を聞いた。
「信じて良いか分からないですが、敵は意識体と繋がっている事を知り、通信を妨害しているそうです。いつまで繋がるか、分からないらしい。そして、やはり敵はウクライナにいるようです」
「やはり、敵は繋がりを察知していたか」
都市部を抜け、草原地帯を走り始めた。屋根の上に荷物を載せた車や、荷物を詰んだ車が走っている。
「避難……か……どこに行くかだがな……」
クキが難しそうな顔でそれを眺め、日本でゾンビパンデミックを経験した他の仲間が頷く。
「こうなってしまうと、時間の問題なのよね。物資を強奪した人は、むしろ生き延びる可能性が高いし。丈夫な建物に立てこもるか、隔壁や丈夫なフェンスのある施設を見つけて、バリケードで塞ぐしかない」
「あの、日本の空港のようにか」
「そう。ゾンビが入れないようにするしかない。でも……」
「相手は、試験体……」
「そう……あれからは、逃げられないわ」
日本でのようには、いかないだろう。あの時よりも、ゾンビが進化してしまっているのだ。
オオモリが、ぼそりという。
「なるほど……分かりました」
「なんだ?」
「どうやら、紛争地帯を隠れ蓑にしているようです。そこなら、邪魔される事無く研究が出来るし……、実戦でゾンビの試験をしているらしいです」
「最悪だな。そう言う事か……最終目標のために、試験的に実戦配備をしているという訳か」
流石に、俺でもわかる。
「これから、ロシアで本格運転が始まるという訳だな」
「あっ、切れました」
「何故だ?」
「分かりません。ですが、こちらからも、かい潜って行くしかないですね」
「やってくれ」
「はい。このまま進めば、ヴォロネジという都市に行きます。百万人の都市らしいですが」
「どうなってっかな」
「わかりません」
だがまだこの辺りの建物には、生存者がいる。逃げる者、残る者、恐らくは情報が断絶されたために、何をして良いのか判断がつかない状況なのだろう。
「モスクワから近い都市だからね……」
「ああ。既に広がってるかもしれんな」
「この感じ……」
すると、先の道路上にトラックが横になっており、俺の気配感知では、その周りに人が隠れている。
「まあ……罠だろうな」
「どうするの?」
「構わず、トラックを吹き飛ばす」
「そうね」
俺が中継車の天井によじ登り、進行方向に身構える。
「推撃!」
ドン! とトラックを吹き飛ばし、俺達の車は何事も無かったように進んでいく。後ろを振り向けば、ぞろぞろと脇から人間が出て来ていた。
「強奪か?」
「そうね、今は動く車とか武器、物資が貴重な時だから」
「どこでも、同じなんだな」
「そうね。みな、生き延びるのに必死だから……非情になるのよね」
すると俺の気配感知に、まだ気配がする。
「なんかついて来てるぞ」
「さっきので、なにか武器を持ってると思われたのかもな」
「足止めするか」
「だな」
「氷結斬!」
道路が凍り付いて、そこに車が向かって来る。
「刺突閃!」
俺がタイヤを狙い破裂させると、車がくるくると回り出し道を逸れていった。
「やっぱり、こうなるのよね……」
秩序が崩壊した時の人の動きを、もう皆が知り尽くしているのだ。
そこで、オオモリが言った。
「あ……ヴォロネジの状況が、映りました」
俺達は、オオモリが差し出した画面を見る。
「始まったばかりだな……」
「こっからだと、あと二時間だぜ」
「間に合うか……」
画面に映し出されていたのは、防犯カメラに映る、試験体に追われる人間の姿だった。




