第689話 アークパンドラの罠にはまりモスクワが壊滅する
錆びついた格納庫に辿り着くが、入り口は開けっ放しになっており、中側まで砂だらけになっていた。それをみて、タケルが言う。
「なんか、動きそうなのねえなあ……」
「探してみよう」
クキの指示で、わずかに置いてある車両をみるが、全部の車両がボロボロだった。
「これは、旧ソ連時代に破棄されたトラックや車両なのでしょうね」
「そうみてえだ」
そこでクキが、言った。
「戦った戦闘車両は、そんなに古くは無かった。ということは、最近持ち込まれたものなのだろうな」
「もともと、ここにあった訳じゃねえって事か」
「そうだ。基地の様子を見ても、使われていた感じはしない」
「九鬼さんは、どう思うんだい?」
「まあ……罠なんだろうな」
そう言うと、クロサキとシャーリーンも目を合わせて頷いた。
「でしょうね。何かを目的として使われていたという訳ではなさそうですし」
「研究施設があるわけでもない、本当に廃棄された基地ですよね」
「車両を全て破壊したのは俺だ。申し訳ない」
だが、クキが首を振る。
「いや、ヒカルが吹き飛ばしただけの車両も、完全に爆破されていた。飛行機と同様にな」
「ということは?」
「俺達の足止めだよ」
「俺達の行動がバレていたということか?」
「ってこったな」
俺達は、完全に敵の術中にはまっていたらしい。そう話していると、オオモリがぽつりと言う。
「もしかしたら……意識体のせいでしょうか?」
クキが首を振る。
「足止めなら、海底都市に閉じ込めようとするさ。それに……あの死んだ敵は、俺達の顔を覚えていた。ホテルで見かけた事を驚いたというより、なぜここに来たのか? を驚いていたんじゃないか?」
クロサキが、うんうんと頷く。
「ですね。まるで、本当に来た!? と言ったような表情でした」
「何かが……予測していた?」
それを聞いて、オオモリがもう一度言う。
「未来予測なら、意識体がやったのでは?」
「それだと辻褄が合わないのですよ、大森さん」
「辻褄ですか?」
「ノヴォシビルスクで私達が列車を追う可能性もありましたし、敵を追う事を決めたのは我々自身です。私達をおびき寄せるだけの予定であれば、そのまま真っすぐ、この基地に逃げておびき寄せるはずです。列車に設置する時間は、彼らにとってはリスクだったはず。あと発信機はここで捨てていくはずですが、それに気づかないままに逃げて行きました」
「なるほどです……意識体と繋がって確認したいのですが、途絶えたみたいなんですよね」
「砂漠の真ん中ですからね」
そこで、タケルが俺達を呼ぶ。
「このトラック! 電気系統を何とかすりゃ動くかもしれねえ!」
「バッテリーか」
「コイツのバッテリーは腐ってる。もしかしたら、無事なバッテリーがあるかもしれねえから探そうぜ」
「わかった」
それから倉庫内と、外で破壊された車両を探し回ると、使えそうなバッテリーを見つける事が出来た。それを外して持って来て、タケルがトラックに潜り込んでつなげる。
「よし、かけてみる」
一瞬だけ、ウウッ、と唸ったがびくともしない。
「完全に固まってんなあ……」
クキが頷いた。
「まあ、ソ連製ウラルだからな……相当古い」
「どうする?」
「強制的にまわしちまえば、なんとかなるかもしれねえ」
「バイクのあれと同じか?」
「そうそう。エンジンなんて原理は同じだからよ」
「ならば、押しがけしよう」
それを聞いて、クキが苦笑いする。
「大型トラックの押しがけか。ヒカルがいなきゃあり得ない話だ」
「じゃあやってみっぞ!」
「よし!」
タケルが運転席に座り、俺がトラックの後ろに回って押す。トラックが外に出て、滑走路に向かった。タケルが、大声で俺に言う。
「よっしゃ。ニュートラにしたぜ! ヒカル! 押してくれ! ただ、ほどほどにな! ぶっ壊れる」
「ほどほどにだな。わかった。行くぞ!」
ゴウッ! と、五十キロくらいのスピードで大型トラックを押すと、一瞬ガクンとギアが入る。
ブブブブゥゥゥン!
真っ黒い煙を噴き上げて、大型トラックのエンジンがかかった。
「よっしゃ! かかった!」
ブオン! ブオン! とタケルがトラックをふかすたび、真っ黒い煙を噴き出す。
「どうだ? タケル」
「ああヒカル。騙し騙しだがよ、少しは行けそうだ」
「よし」
俺とタケルが皆のところに戻り、すぐに出る事を伝えた。
クキが言う。
「倉庫に幌があった。穴だらけだから交換するぞ」
「そうすっか」
さらに、基地の方から戻ってきたミオ達が言う。
「人間の兵士がいたから、食料もわずかにあったわ。でも、毒とかどうかしら?」
そこで俺が、袋を開けてそれを口にする。
「毒はない。そこまでは、仕掛ける暇がなかったようだ」
「そうね。いきなり来て、大爆発を起こした上に、剣技で斬り落としたのだものね」
「ああ」
食料を積みこんでいる間、クキとオオモリが話し合っていた。
「まずは……街を目指すか」
スマートフォンを指さしながら、位置を確認している。
「武。西に向かうぞ。この先に、クズロルダという町がある。そこまで行けば、ネットもつながるだろ」
タケルも、地図を見て頷いた。
「ちょい、南西だな。通信が繋がらない中で、上手くたどりつけるか」
「タケル。俺の気配感知で人間がいる場所を探ればいい」
「わーった! んじゃ、行ってみっか」
仲間が幌の中に乗り込み、トラックが出発した。後ろに、もくもくと黒い煙が出ている。
「これ、なんとか動いてるって感じね」
「動くだけありがたいがな」
炎天下の中で、幌があるのはありがたかった。俺は問題ないが、この熱砂では、皆がやられてしまう。そして砂の山に差し掛かり、谷に降りた時だった。トラックの足が砂に取られる。
「やらかした。もっとスピードが出せればハマる事はねえけど、べた踏みでもスピードが出ねえ」
「問題ない。俺が押すから、トラックは停めるな。勝手に追いつく」
「おうよ」
俺が降りて、トラックを押す。黒い煙を噴き上げて、トラックが走り始めた。俺はそれに飛び乗る。
クキが俺に言った。
「ヒカルがいなかったら、こんなもの、一歩も進めなかったな」
「問題ない」
「推測だが。敵は、ノヴォシビルスク駅の罠に、俺達が食いつくと考えていたと思う」
「人を救う方か?」
「俺達の飛行機を察知した敵が、追って来たと判断した。もともと二段構えで俺達に罠をはっていたが、こっちに来る可能性もあると見ての対応だろうな」
「二手、三手、先を読んでいるという訳か」
「恐らくだが、意識体の裏をかく何かを、敵も持っているかもしれん」
「充分にあり得る話だ。もとより、北極の巨大脳を作れるほどの技術力もある」
「そう言う事だ」
「そして……まんまと、足止めを喰らう……か」
「ああ、してやられたものだな。ヒカル」
しばらくして、また砂に足をとられた。
「すまねえ! またはまった!」
「問題ない」
熱砂の中に降り立ち、俺が車を押し始める。汗が流れて、砂がまとわりつく。
「動いた!」
また俺が飛び乗ると、ミナミがペットボトルの水を差しだしてくる。
「すまない」
「砂がやっかいね」
「そのようだ」
プスン! プスン! ガラガラガラ……。
今度は、ハマってもいないのにトラックが止まる。
「どうした?」
「こればっかりは仕方ねえ……ガス欠だ」
「そうか。ならば」
俺はトラックにぶら下がっていた、太い鎖を外して前に持っていく。それを車にはめ込んで、言った。
「ハンドルを頼む。俺が引っ張る」
「あっちいけど、大丈夫か? ヒカル」
「誰に言っている?」
「だ、な」
そして俺は、大型トラックに繋いだ鎖を肩に担いで、砂漠を走り出した。トラックもボロボロなので、適度に速度を保ち砂丘を越え谷を走り、しばらくすると前方に、微かな人の気配を感知する事が出来た。一度トラックを停めて、クキに報告に行く。
「街が近い。このまま行くか? 一度偵察をするか?」
「どうせ同じだ。皆一緒でいいだろう」
「わかった」
俺は再び、トラックの鎖を担いで引っ張り出した。一時間もすると、俺の視界には都市が見えて来る。このまま引っ張っていくと目立つので、少しの距離をあけてトラックを停めた。
「街だ」
「よーし。ヒカル、すまないな。ここまで、しんどかっただろう」
「いい運動になったくらいだ」
「いや、砂で顔が真っ白だ。おい! 水をくれ! ヒカルに!」
クキが言うと、ツバサがペットボトルを持って駆け寄ってきた。
「出すから洗って」
ツバサが手に水をくれたので、それで顔を洗っていると、女達がパンパンとスーツをはたいてくれる。
「ヒカル。頭下げて」
「わかった」
俺が頭を下げると、上から水をかけてくれて頭の砂をおとす。
「ふう」
「引っ張ってくれて、ありがとうヒカル」
「皆、かなり熱かったけど、体調はどうだ?」
それには、エイブラハムが答えた。
「ヒカルのおかげで、皆、元気じゃよ」
「なら、町まで歩けるな」
「問題ないのじゃ」
俺達はトラックから荷物を取り出し、クズロルダの町に向かって歩いた。ここはゾンビの気配は無く、人間達が普通に暮らしているようだ。
店に入ると、店員が言う。
「え? あなた方は旅行者?」
ロシア語だった。それに、シャーリーンが返す。
「そうなの。バスが故障しちゃって、どうにかここまで歩いて来たのよ」
「よく無事で。この炎天下を」
「なんとかなったわ。それより、飲み物を売って下さらない?」
「ええ。もちろんです」
俺達は水を買い、皆が一気に飲み干した。それだけ、この熱さは堪えたらしい。
すると店のテレビにニュースが映し出されており、それをマナが指さした。
「あ。あれ……」
俺達の雰囲気を見て、店の人が言う。
「あちこち、大変な事になってるらしいね。こんな田舎じゃ、そんな物騒な事はなかなか起きないけど、どこかでまた、戦争でもやってるんだろうかねえ」
そこに映っていたのは、モスクワ壊滅のニュースだった。俺達は、まんまとイライジャの策にハマり、多くの命を死なせてしまう事になったのだった。




