第687話 逃げる敵と月下の雲海を往く銀翼
俺達が走る先に、ノヴォシビルスクの駅が見えてきた。
「奴ら、列車で逃げるって事かよ?」
「そうじゃない? どちら方向に乗るのかしら!?」
街には普通に人が歩いており、まだ深夜にはなっていない。ここでばら撒かれると、また被害がでる。
そこで、オオモリが言った。
「イライジャは、次にロシアを標的にしたと意識体が判断しました。最初がここです」
周囲には、ゾンビも試験体の気配もない。だが、あれを使われれば一気に広がってしまうだろう。
「待ってください。敵が移動し始めましたよ」
スマートフォンを確認すると、赤い点が駅から外に出て行ってしまった。
「またじゃない?」
ダンスホールやショッピングセンター同様、アタッシュケースを置いて逃げたのかもしれなかった。
「どっちを追う?」
クキが言う。
「被害を食い止める方が先じゃないか?」
「でも、逃げられるわ」
「未然に防げる被害があるのならば……」
ひたすら走り抜けて駅に飛び込み、駅員の静止を無視して、改札を飛び越え中に走り込む。
ミオが言う。
「ゾンビも試験体も感じないわ」
言う通りだった。俺の気配感知にも、その気配は伝わってこない。
「駅員が追って来たぜ?」
「とにかくホームに!」
俺達が、駅のホームに入ると、なんと列車は三台も停車していた。
「どれだ?」
「貨物車と、客車が二台」
「どれも、長いな!」
すると、一つの列車がちょうど出発し始める。
「いっちまうぜ?」
「ヒカルの気配感知ではどうだ?」
「残念ながら、感知できん。特殊な素材でできているようだ」
ピーーピーー! と笛を吹いた駅員が、こちらに向かって走って来る。
「捕まると厄介ですよ」
「この中からアタッシュケース、探すのなんて無理だぜ。特に貨物列車なんて、めちゃくちゃ長いし!」
「警察を呼ばれるとまずいわよ」
切羽詰まっていた状況で、クキが言う。
「仕掛けた奴をとっ捕まえて、吐かせるしかない!」
「追おう!」
俺達はそのまま線路に飛び降りて、駅の外に向かって走り出す。レベルが上がっているので、駅員からはどんどん距離が開いて行く。年寄りのエイブラハムも、難なく俺達について来た。
「街に紛れよう」
「おう!」
俺達は、夜の街に紛れつつ逃げた連中を追う。だが、そこでツバサが言う。
「ヘリの音が聞こえるわ!」
「発信機もスピードを増しました!」
「逃げられる!」
時すでに遅かった。ヘリコプターの音は遠ざかり、俺達は走るのをやめる。
すると、今度はサイレンが鳴り始めた。
「警察じゃねえか?」
「歩きまわれんな……車を奪うぞ」
「よっしゃ」
俺達は、駐車場に入り込んで大きな車を探した。大きいワゴン車があったので、タケルが鍵を開けて、エンジンをかける。
「ギュウギュウだけど、とにかく全員乗り込め」
皆が飛び乗り、車を走らせようとしたところでオオモリが言った。
「まってください。警察車両がうろついています。意識体が警察無線をハッキングしてます」
「わかった」
ワゴン車に十二人全員が乗っているので、確かにギュウギュウだった。荷物入れにも何人か寝転がり、人の上に人が座る形でじっとしている。
「行ってください」
タケルがゆっくりと車を出し、駐車場を抜けた。雨が強まっており、ワイパーが忙しなく動いている。警察のサイレンが遠ざかり、俺達はその界隈を抜け出した。
「逃げられたな」
「発信機はまだ生きてます」
「どっちだ?」
「方向からすればカザフスタンのようです」
そこで、シャーリーンが言う。
「航空機を奪取しましょう。空港にプロペラ旅客機がありました」
「よし」
シャーリーンは飛行機が操縦できるので、俺達は進路を変えて再び空港に向かう。空港に到着した時、雨の中を丁度ジャンボジェット機が着陸するところだった。
「いい感じの雨だ。これなら、音もなく忍び込んで飛行機を奪取できる」
「下手をすると、ロシア軍に撃墜される恐れもあるぞ」
「俺がさせないさ」
「……だな。だが、軍用機を撃墜すると、俺達が追われる事を考えたほうがいい」
「故障に見せかければいい」
「まあ……やってみるしかないか」
車を降りると、更に雨足が強まった。俺達は土砂降りに打たれながらも、フェンスに忍び寄る。
「乱波斬」
フェンスが切れ落ちて、俺達はそこから侵入した。次の瞬間、ドッっと雨が叩きつける。
「すげえ雨!」
「おあつらえ向きの雨だな。こんな中を、飛行機は飛ばないし、空港内を走っても見つかりづらい」
クキが言う通りだ。凄い土砂降りで、飛行機は動いていないようだった。
「こっちです」
シャーリーンが見たという、プロペラ機の方向へと向かう。するとそこに、旅客機が置いてあった。
「人が乗ってるんじゃないか?」
気配感知をかけるが、人が乗っている様子はなかった。
「いや、乗っていない」
「この土砂降りだ。一時欠航も十分あり得る」
「行くぞ」
土砂降りの飛行機の周辺に、人のいる形跡はない。階段を上がって扉を開け、全員が中に乗り込んだ。
「シャーリーンさん。こんな悪条件だけど大丈夫かい?」
「ええ。ミスター九鬼。問題ないわ、飛ばさなきゃ追えませんし」
コクピットにクキとシャーリーンが乗り込んで、皆は周りを警戒するように見た。
「だめだ。雨で見えねえ」
「こっちもだわ」
そこで、俺が言う。
「大丈夫だ。気配感知で、周囲に人はいない」
滑走路に出た飛行機が土砂降りの中を加速し始めて、前がほとんど見えない状態となる。
「離陸します」
悪条件で風も吹く中を、シャーリーンは問題なく飛行機を離陸させた。
「敵との距離も、だいぶ離れましたね」
「ええ。ミスター大森。とにかく急ぎます」
飛行機は、逃げた二人組を追って南に向かって飛び始める。少しすると、コクピットに通信が入った。
「どうした?」
「誰が乗ってるのかって聞いてますね? 離陸の許可は出してないと」
すると、その時だった。オオモリが言う。
「意識体が任せろと言っています」
その直後に通信が切れた。
「どうなった?」
「通信網が攪乱されているみたいです」
「すげえな。あの巨大脳は」
「なんで、こんな事が出来るのかはわかりません」
嵐のような夜の空で、飛行機は激しく揺れながらも飛ぶ。
「風がひどいです。上昇します」
「だな。このままじゃ墜落するかもしれん」
嵐の中を上昇しはじめ、雲に突入すると更に揺れが増した。
「揺れますよ。みんな、つかまってください!」
激しい揺れの中で、皆が手摺や座席に捉まった。五十の座席があるのだが、誰も座ってなど居ない。
「出ます」
そしてすぐ、ふっと揺れが止まった。雨が止み、空には月が浮かんでいる。
「雨雲を出ました。速度を上げます」
速度を上げた旅客機は、月下の雲を滑るように進み始める。
「しかし。みんな、ずぶぬれだな」
「トレンチコートを着て来たけど、流石に濡れたわ」
「ひどいもんだ」
「ヒカルは濡れていないのね」
「俺は結界をはった」
すると、マナが言う。
「タオルあるわ。使っちゃいましょ」
「お、皆、体を拭くのか?」
「はいはい。武も大森君もエイブラハムのおじいちゃんも、こっちに着ちゃダメよ」
「へいへい」
女連中は客席に行って、カーテンを閉めた。
「飲みもんもあるぞ」
「タケル。操縦席に持っていってやろう」
「だな。流石に冷えた。紅茶でも入れるか」
タケルが、ポットをとりカップにお茶を注いでいく。オオモリが、パソコンを開いた。
「僕はパソコンを繋げて、地上で何か起きてないか情報を取ります」
「そうしてくれ」
俺達がお茶を持ってコクピットに行くと、クキが言う。
「何か情報はないか?」
「いま。オオモリが探っている」
「そうか。もし何かあれば……もう間に合わないかもしれんな」
「ああ……だが、こうしている間にも、次の標的が決まってるかもしれん」
「違いない。まずは、目の前の敵か……」
「なんとしても、被害を食い止めよう」
すると、シャーリーンが言う。
「このまま行けば、国境を越えてしまいますね」
「やはり……カザフスタンか」
そこで、タケルがシャーリーンにカップを差し出す。すると、クキがシャーリーンに言った。
「操縦を変わろう」
「ありがとうございます」
シャーリーンがカップを口にして、ホッと一息つく。
「飛べるか不安でした」
「かなりの嵐だったからな」
「わたしも、だいぶ成長したようです」
「こんな冒険を続けていれば、嫌でもそうなってしまうさ」
「そうですね。ミスターヒカル。私は、皆の役に立てて嬉しいです」
「だいぶ助かっているさ」
「ありがとうございます」
窓から差し込む月上がりが、頬を染めるシャーリーンを照らす。二人は微笑みながら、ふと窓の外に広がる星空に目を向けるのだった。




