第685話 四つのアタッシュケース、ノヴォシビルスク雨の尾行
高級なレストランでのディナーに、みんなが舌鼓をうちながら話をしている。久しぶりの美味い飯に、皆が上機嫌になっていた。
「美味い酒だな」
「おお、ヒカル。ウォッカはうまいか、もっと飲め」
「凍りそうなほど、ガンガンに冷えてるのがいい」
「そうかそうか、ほら」
そう言って、クキが俺に酒を注いだ。
「うんま! 肉も最高じゃねえかよ」
「ちょっと、武。ドレスアップしてるんだから、言葉遣い気を付けてよ」
「へいへい 」
そこでオオモリが、ちょっと大きい声をだす。
「そうなの!?」
フォークに刺してたステーキ肉を、ポロリと落として驚いている。
「どうした?」
「ちょ、ちょっとまってください」
オオモリがスマートフォンをいじると、マナが叱る。
「ちょっと! マナー!」
「それどころじゃありません!」
俺達、皆に、オオモリからメッセージが流れた。
《話せないのでメッセージで。意識体から、今夜ここにイライジャ・ゴールドシュミットが来る確率が、七十八パーセントの確立であるようです》
皆が、一斉に顔を見合せる。俺はせっかくの酒を、グビリと飲み干した。
《意識体は、ディナーをプレゼントしてくれただけじゃなかったのか?》
《これも、プレゼントのようです》
《どこに来る?》
《このホテルに、いるようですが》
皆は、顔を合わせて、意識体の凄さに舌を巻く。
《分かった》
《皆は、自然な感じで食事を続けてください》
そして一時止まった流れが、また動き出す。平和な食事は、どうやらカモフラージュであったらしい。
《ホテルの宿泊名簿をハッキングしました。イライジャ・ゴールドシュミットは……いません》
《なんだよ》
《今、僕の視界に映ったリストを、意識体が見ています》
すると、俺達の画面に、人の顔が流れて来る。
《この四人が、素性を追いきれないようです》
《ってことは?》
《怪しいってことですよ》
そこで、クキがメッセージを流す。
《全員、談笑を続けろ。見たくても見るな》
それに、クロサキが答えた。
《いますね。ここに》
俺も、既にその人間を見ていた。視界の端に二人の人間を捉えたが、映し出された人間で間違いない。アビゲイルとエイブラハムが、どうして帽子をかぶせられていたのかが分かった。二人は、俯き加減で、帽子のつばで顔を隠す。
俺が、クキに耳打ちをした。
「やつら、少し前に来たばかりだ」
「なるほどな」
二人は会話もせずに、ただ酒を飲んでいるようだった。
一人の、スマートフォンが鳴り響く。
「ア、プリエハル」
俺は、聴覚強化を施した。
「〜 グヂェ?」
電話の先の声が、部屋の番号を言った。
《チェトィーリェ・ティスャチ・トリー》
俺はまた、クキに耳打ちでそのまま伝える。するとクキが、スマートフォンを打ち込んだ。
《四〇〇三号室》
そして、二人の男達が立ち上がりレストランを出ていく。そこで俺が、クキに行った。
「見てくる」
「ああ、部屋に戻ってる」
そいつらがいなくなったのを見計らい、俺もさっさとレストランを出た。まだ、エレベーターホールの前にいるようなので、一瞬で階段に滑り込んで四階に向かう。到着してドアを開けるが、エレベーターはまだ到着していない。四千三号室を通り過ぎて、また身を隠す。
チン!
エレベーターが開いて、さっきの二人が現れた。そいつらは部屋の番号を確認しながら、四千三号室の前に止まる。
コンコン!
ガチャと開いて、二人が周りを確認し中の人間と会話をしている。
「オオモリ」
「聞こえてます」
「部屋に侵入する。俺のスマートフォンで会話を聞け」
「了解です」
「縮地」
二人が中に入って行き、俺はドアが閉まるギリギリに滑り込んだ。
カチ。っと、鍵が締まる。
前の奴が振り向く寸前に、俺は天井に張り付いた。
「ダブロー パジャーラヴァチ」
中にも二人いて、さっきオオモリに見せてもらった二人と一致した。会話が始まり、俺はそれをスマートフォンで皆に聞かせる。そして入って来た奴らが、大きなバッグをテーブルに置く。それを開けると、中には銃火器が入っていた。
四人はそれを身に着けて、武装し始める。
「ヴォット、デルジー」
そう言って、待っていた奴らが、四つのアタッシュケースを床を滑らせて渡した。
「ニ・アトクリヴァーイ」
そしてそれを二人が受け取ると、中にいた奴がグラスと酒を用意した。
すると、俺のスマートフォンにメッセージが来る。
《ヒカルさんの内ポケットに米粒大の粒が入っています》
内ポケットをまさぐると、数個の粒が入っていた。
《それ、発信機なので、そいつらに忍ばせてください》
なんと……あの巨大脳はそんなことまで仕込んでいた。
四人がグイっと酒を開けて、立ち上がりそのまま部屋の入り口に向かう。
よし。
俺は親指で粒を弾き、胸のポケットに粒を入れこんでいく。そいつらは、アタッシュケースを持って、出て行ってしまった。するりと床に降り立って、様子を見ながら廊下に出る。
《任務完了です。部屋に来てください》
すぐに部屋まで戻ると、皆がトレンチコートを着て待っていた。オオモリが画面を見て、皆に言う。
「発信機の状況を伝えます」
「わかった」
すると、四人の居場所がわかる。
「まだホテルだ。一緒にいるな」
「ですね」
「しっかし、凄いな意識体は」
「多分、未来予測ですね。AIでは不可能ですけど、それが出来るようです」
「そんな事ができるのか?」
「信じられませんけどね」
そこで、クキが言う。
「さて。追う必要がありそうだな」
「行こう。あいつらは武装しているから気を付けろ。あと怪しいアタッシュケースを持っていた」
「「「「「了解」」」」」
俺達は発信機の光の動きを確認しながら、ホテルの通路に滑り出していく。すぐに階段に走りこんで、全員で一階に向かって走り出す。一階に到着し何食わぬ顔で見ると、四人はまだホテルのロビーにいた。入り口に向かって歩いており、俺達はバラバラに動き出す。まとまって動けば、相手につけているのがバレてしまうからだ。すると外に出た四人は、突然バラバラに動き出す。
俺がクキに行った。
「一人一つずつアタッシュケースを持っている。何かする前に、殺すか?」
そこに、オオモリがやって来る。
「ヒカルさん! 泳がせてください。イライジャの手がかりが途切れます」
「わかった」
クキが、スマートフォンにメッセージを打ち込んだ。
《三人一組で動いてくれ。ヒカルは、どのチームにも合流できるように、中心位置をキープしてほしい。動きがあれば、スマートフォンで連絡を入れろ》
全員に既読が付いた。
俺が全員の気配を感知しつつ中央に位置、それぞれのチームに分かれて、謎の男達を追いかけ始める。すると雨が降り始めて、冷たい雨に打たれながらの尾行になりそうだった。




