2章〜闇と光の狭間で〜
ライバル、誘惑、絶大な敵。
目にクマを刻む男と豪華なシャンデリアはいかに難敵と立ち向かうのか。
テーマは孤独と絆。
人々の欲求はせめぎ合い押し寄せ合い、今日も街に火を灯す。
無数の欲求からは、悪いものも芽を息吹く。
グゥと鳴らすほど腹をすかせて、目の下にクマを刻むその男は、
ひと昔前の正義の味方を思わせる出で立ちで今日も街の淀みに立っている。
通報を受けて繁華街へ向かった欲求不マンは、怪人が出たとだけ訊いていた。
「・・・何だ、あれは」
それは綺麗な女性の姿、だが近寄りがたい、というよりは近づいてはいけないと感じさせる怪しい雰囲気をまとっていた。
確かに怪人だと誰もがすぐ気付くくらいに。
(だが、美しい・・・)
とにかく人並みから離れさせねば、と思った時だった。
頭上から、圧倒的な存在感が降りてきた。
「待ちたまえ、それは私の獲物だ」
欲求不マンはその声に目をやろうとして、眩い光に遮られた。
ようやく目が慣れた頃。
「あら、貴方も来てくれたの。ホント、めざといわね」
絹が擦れる音のように繊細で軽やかな声で、女は存在感と向き合っていた。
「そこの君はもういい。私が来たから完了だ」
欲求不マンはその存在感がたまらない不快感だったと知った。
「この街を守るのが俺の仕事だが、さっさとそいつを連れて行ってくれ。それでいい」
言い終えた時、女は既に目の前に居た。
「困るわ。貴方に逢いに来たのに」
欲求不マンは戦慄と激しい動悸を感じていた。
「へえ、面白い。」
顔のバイザーから軽く睨みつける、不快感の視線を感じる。
「私は最高マン。自ら名乗るのは君へが初めてだ」
欲求不マンはそれどころではなかった。
目前の女とこの胸の動悸をどう処理すべきかで思考は停止寸前だった。
「最低レディと呼ばれてるの、私。もう少し無いのかしらね」
最高マンが食い気味に言う。
「私は最高である事によってパワーを得る。正確には、最高である事により、君たちから羨望や嫉妬を受けて、だ」
「じゃあ他力本願マンじゃないのか」
欲求不マンらしいいつもの皮肉だったが、最低レディは首を軽くひねらせ肩をすくませ、クスクスといつまでも笑っている。
「なるほど、感性を犠牲にしてパワーを得るヒーローなのかな君は」
欲求不マンがクマを刻んだ目で趣味の悪いバイザーを睨みつけた時、最低レディは満足気にして姿をくらました。
「ん、これで君も街のお掃除に励めるという事だ、では」
鳥のように飛び去ろうとした最高マンは、それが叶わずよろめいた。
お互いの特性がパワーを阻害する関係。
その事よりまず(コイツとは合わねえ)と本能で理解した二人だった。
商店街の隅に最近開いた大衆食堂があった。
そこから聞こえる騒がしい声。
「あり得ねえ!オレより目立つヤツがいてさあ!」
手元の食事にも手を付けず騒いでいるのは承認欲求マンだ。
「そんな方がいるのですか。貴方より?それはおいたわしい」
「どういう意味だよぉ!それ拡散する気か!写真つけた方がバズるぞ?」
以前満足男爵だった男はあれから、食堂のオヤジとして穏やかに暮らしていた。
「ま、事件があればな!本物の承認欲求を見せつけてわからす!」
「間違いありませんね。楽しみにしてますよ」
その時表がざわめいた。
「怪人だ!ケガ人が出たぞ!」
店内もどよめく。
「ハーイ!もう大丈夫だ!皆!スマホ構えて見てな!」
派手なマントで颯爽と外へ飛び出した承認欲求マンだったが、すぐに圧を感じて一瞬ひるむ。
そこには漆黒のボディスーツに内側で炎が燃えているという不気味な外見の男が、市民の女性を手に抱えて立っていた。
「おい!お前・・いやお兄さん、その子を離してシュッと失せな!こんな感じでどうだ?」
承認欲求マンは不気味な男に言って、注目を煽りつつ少し距離を取る。
その時、場に居た幸薄そうな若者が震えながら訴えてきた。
「ぼ、僕の大切な、彼女なんだ、早く助けて!」
不気味な男がドス赤い目を向ける。
「これはもうオレの物だ。引くか、去るか、好きな方を選べ」
若者は目を伏せてガクガクと震え、立っているのも必死だ。
そこで見せ場とばかりに派手な男がまた飛び出る。
「おーっと、それいくない!炎上必至だぜYOU!見よ!必殺承認キーック!!」
動揺のせいかパンチを繰り出した承認欲求マンだった。
しかしその煌く拳は綺麗に奴の顔面を捉える。
承認欲求マン本人が一番驚いていた。
「ウ、ウェーィ!どうだ!皆の衆!しっかり撮れたか」
だが言い終わる前に、不気味な男のかざした手から放たれる炎で無様に吹き飛ばされた。
「いやいや・・・マジでぇ・・・こんなに注目されてんだぜオレえ??」
いつもよりみなぎる彼が、改めて強大な圧に震えていた。
「承認欲か。そんなもので何が満たされるものか。欲しいなら力で奪い取れ」
不気味な男が次に燃えさかる拳で殴りかかろうとしたその時。
「お待ちなさい。ここで好き勝手は許されませんよ。私がいますのでね」
見かねて現れたのは、再び白いスーツを引っ張り出してきた、満足男爵だった。
穏やかな顔にはかすかに怒りの色が浮かぶ。
不気味な男を見据えて、白いハットに真っ赤なバラを挿す。
「た、大将~!」
可哀想に、承認欲求マンはもはやキャラも維持出来ていなかった。
「隙をつくります。貴方が彼女を助けてください」
満足男爵は承認欲求マンのうなずきを確認して言う。
「参りますよ。弁当箱は要りません。今日はフルコースです」
その手から差し出されるのは食堂のメニュー。
食材には人々の幸せを願うパワーが込められている。
「料理は愛情でございます」
白いスーツには不思議と、焦げた跡も無かった。
だがそれをまとう男は立ち上がろうという気力も無く、地に伏している。
「与えられるもので満足出来るものか。欲しい物は奪い取る。欲望こそ力だ」
女性を救う事も叶わなかった男の派手だったマントは、燃え尽きて炭と化している。
不気味な男は、何事も無かったかのように悠然と街から歩き去っていく。
薄れ行く意識の中で伏したままの二人は、去り行く男の背に欲求のパワーを感じていた。
(あれは・・・ヒーロー・・・?)
傍らで、失意に膝をつく幸薄そうな若者。
これまで何一つ誇れるものも語れるものも無かった空虚な彼の、心に咲いたたった一凛の花。
それすら成すすべも無く奪われた彼は、もはやこちらへ戻る道を見失ってしまった。
彼は、人として戻る事は無かった。
街に射していた陽の光は、いつの間にか曇天に遮られ霧散している。
続く。
閉めた店の中、満足男爵は我が傷を押さえながら承認欲求マンの治療にあたっていた。
欲求不マンはここを新たな基地にするか、などと彼流のジョークも見せるが、空気は重苦しい。
「しばらくは無理ですね。心身ともに。こっぴどくやられました」
「ぜ、全然拡散されてねぇ・・・ガクッ」
件の様子を訊きながら、欲求不マンは不快な男と美しい女の事を思い出していた。
自分が駆け付けた時には既に何もかも終わっていた。
もしこの街に彼らが居たら。
鼻につく男だったが、その実力は確かである事も感じていた。
悔やまれる思いと共に、怪しく美しい女へ想いを馳せていた。
(あの声、笑い方。思い出すだけで心が軽くなる。ざわつく。あれは本当に怪人なのか)
その時、テレビジョンに緊急速報からの中継が入った。
「通り過ぎ・・に人々が・・生きてはいます!ですが心が空のように・・・」
「大きい、とにかく巨大です!そしてあの声!聴こえますか?むむむ~というノイズのような・・」
映像に真っ黒い入道雲のような姿が映る。
一見で生き物の類とは思えない。
だが欲求不マンたちにはすぐ分かった。
「・・・あれは、怪人だ」
黒く巨大なナメクジが街を這っていく。例えるならまさにそう。
跡に残るのはぬめった液体ではなく、からっぽの人間。
番組でも怪人と認定し、名付けたようだ。
「虚無人間は街をなめつくすように徘徊を続けています!」
「ん?あれは、鳥?シャンデリア?いや、人、ヒーローです!良かった!最高マンが来てくれました!もうあんし・・」
最高マンの放つ攻撃は金の斧、銀の弾丸、虹の光輪。無数に放たれる。
類を見ない程に熾烈、しかし全て吸い込まれるように消えていく。
欲求不マンは目の下にクマ隠しのクリームを塗って、急ぎ店を出た。
まるで戦いと言えなかった。
ブラックホールにバケツの水を流し込むような馬鹿馬鹿しさ。
「底が見えない」
「君ならどう攻めるかい?」
最高マンと欲求不マンは目を合わさずとも、出来るだけ協力は意識した。
だがやはり、どうにも相性が悪い。二人の性質が反発する。
やがて欲求不マンは虚無に引きずられ始める。
「しっかりしたまえ。もう我々しかいないんだぞ」
「もう・・・いい・・」
欲求不マンは諦めによる解放感で満足し始めていた。
テレビジョンで見守る食堂の二人は、もどかしさに唇を噛む。
せめてアイツが来ればと葛藤していた。
しかし映像に、あの漆黒と炎、あの不気味な姿は見えない。
いや、映っている。
離れたビルの屋上に腰掛け観戦している、欲望の権化が居た。
「あいつ!参戦する気もないじゃん!楽しんでやがんのか!YOU!」
「あの女の方は連れてませんね。心配していたのですが」
「怖い話やめてクレメンスー!」
欲望マンは騒ぎを察して来たものの、あの怪物には関心が無いようだった。
だが踵を返して立ち去ろうともしなかった。
最高マンは、膝から崩れ落ちそうになる欲求不マンの肩を支えて言った。
「よくやった。あとはまかせてくれ。君はもう眠っていい。最後はきっと満足してくれたまえ」
薄れ行く意識の中で、欲求不マンは初めて真っすぐしっかりと、最高マンを見た。
(なぜこの男は、これほどまで強いんだ・・・パワーも、心も・・・認める・・俺は・・・そこへ行きたかった)
欲求不マンに憧れと飢える気持ちが湧いた。
自らの本音と向き合った。
正しい欲求のパワーが、澄んだ空のように蒼い光を放った。
(俺はこの男になりたい、いや超えたい・・・)
「まだだ、俺は、そこへ行く」
最高マンを掴むように手を伸ばした。
「なんだ君、実は最高じゃないか」
最高マンも手を差し伸べる。
すると彼の輝きが一段と増した、太陽のように。
「なんと・・・」
高みへ向かう欲求不マンから認められ、その価値が更に最高になった。
「届かん・・・だが、追う」
「来たまえ!」
互いに増し合うその連鎖はアキレスと亀の如く、無限に終わらない。
いつしか二人の輝きは混ざり合い渦となり、コバルトブルーの奔流となる。
高台からずっと眺めている最低レディが、そっとつぶやいた。
「いいなあ」
二人はかつてないパワーに溶けていく感覚に満ちていた。
「なんだこのコンビ、最高じゃないか!」
もはやそのセリフは欲求不マンに届いていない。
共に無限の中で概念の存在となりつつある。
その時、螺旋の奔流となっている二人のパワーを虚無人間が吸い込もうとした。
「ムムムー!」
その声にはあらゆる負の感情が籠り、重いうなりとなり、大地を揺らす。
光と闇がせめぎ合っている。
「うそだろお!吸い込んでやがるのかいあれえ!どんだけのパワーだと思ってんだわさ!」
興奮でキャラが崩壊した承認欲求マンが息を飲む。
「お二方のパワーはもはや無限の域でしょう。それを飲み込まんとする虚無人間の闇もまた、無限。という事でしょうかね」
満足男爵は我が解釈の解像度に満足している。
「まてよ!あれ二人はどうなんだよ!あん中にいるんだろお?!」
「先に尽きた方が・・・消えるのではないでしょうか・・・」
「マジィ?!」
全国の人間が映像を見守っている。
巨大な闇とかつてない輝きがせめぎ合い、やがて闇から姿を見せたのは、幸の薄そうな若者だった。
その表情には世界の全てに絶望した哀れな感情が読み取れた。
「あぁー!あいつは・・・ひええ!拡散よろー!!」
「なるほど。絶望・・・ですね。無限の絶望があれの正体でしょう。奪われた彼女が彼にとって全てだったんですよ」
「つーことは、欲求不マンたちはー」
「言うなれば・・・希望、ですか。今人類の絶望と希望が向き合って、その答えを出そうとしているのですよ」
「あー!言われたー!プリーズ、エアーリーディング!!」
離れて観戦していた欲望の権化は、微動だにせず見つめていたが、何かを納得したかのように頷き、立ち上がった。
そして音も無く去っていった。
若者は、自分を照らし溶かそうとするその輝きを見て思う。
こんなとこへ来てしまったのは、神に見放されたからではない。
焼かれてでも手を差し伸べなかった自分のせいであったと。
闇の中で彼は、独りでまた膝をついた。
嵐が過ぎ去り、風も凪いだ頃、街の一角だった荒野。
テレビジョンのクルーは、全て消し飛んだ、生存者確認出来ず、と実況しつつ走り回っている。
その片隅で最低レディは後ろ手に組み、かかとで土をコリコリと掘っている。
足元から、豪華な小手の拳が飛び出してきた。
続いて、開いたまま指がつった手のひらもモソモソと顔を出し、土にまみれた男が二人這い出てきた。
「やだ、きったない」
最低レディのたしなめも気にせず顔を合わせる二人。
「最高って終わりがないんだな」
「欲求もね。君だけかも知れないが」
欲求不マンは少し間を置いて、指のつった手をのばす。
最高マンも応えるように、豪華な手を差し出した。
その時を見計らって最低レディは、あえて、欲求不マンにだけ近づき言った。
「で、最高の夜はいつにする?」
差し出されていた二つの手が、すぐに引き下げられ、それぞれしっかりと握りしめられた。
「欲求のバグだったというべきだね」
「さあな」
もはや無限の光など、にじみ出る気配すらない。
最低レディは満足そうに笑みを浮かべ、クスクス笑いながら二人の前から去っていく。
最高のタイミングで放った最低の皮肉。
彼女が怪人たる所以。
ある日、復興の最中にある街で一つの戦いがあった。
バッタリと顔を合わせる二人のヒーロー。
なぜ居る、邪魔だ、とばかりに反目しながら、また誰かを救った。
終わって街の賑わいを眺める二人、自然と声が重なる。
「まあ、やはり欲求は最高ってことだ」
ハッとして目を合わす二人。
気恥ずかしそうに背を向ける。
以前と変わらぬようで、以前とは違う何かを感じさせる二人。
傍らで最低レディは何も言わず、そっと去っていく。
陰の合間で少し見えた顔に浮かぶのは寂しさなのか。
彼女もまた以前と違う何かを潜ませて、夜の闇へ去っていくのだった。
ヒーロー食堂は今日も賑わう。
「少し遠慮してくださいませんかね」
溜め息まじりの満足男爵を邪魔するように、厨房で騒ぎ続ける承認欲求マン。
「俺の理想はここにあったんだよ!ストイックに皆の欲求へ応える事って、なぁんて素っ晴らしんだよ!」
「そしてそんな俺をSNSで晒されても文句は言えねえんだ!みんな!頼むぜえ!」
「何も変わりませんねえ、貴方は・・・」
また深くため息をつく。
しかし胸の内では、そんな承認欲求マンを満足させる事に喜びを感じている。
二人の関係は何も変わってないかも知れないし、そうでもないのかも知れない。
欲望マンから受けた傷は心に残り、彼らを少し優しくさせている。
終わり。
登場人物全員好き。




