改訂版:1章~満たされぬ者たち
読み直したら酷かったので、大幅に書き直しました。
直しても直してもまたすぐ手直ししてしまう。これって恋なの。
異変は誰にも気付かれず徐々に街を侵食していた。
屍のように無気力な人間が増えている。
淀む街を黙って見ていた男はやがて声を漏らす。
「・・・欲求が失われたのか」
ひと昔前の正義の味方を思わせる出で立ち。
いつも腹を空かせ、目の下にクマを刻み、誰にも褒められない。
それは飢える心が超常の力となる男。
欲求不マンと呼ばれていた。
朝の雑踏に紛れて歩く彼。
巡回を終えて本部へ戻る途中だった。
大通りへ差し掛かる頃。騒然とする気配に足を止める。
どよめきへ視線を送ると、蛇行しつつ速度を上げる大型トレーラーが観衆の不安を煽っていた。
案の定それは、次の信号を大胆に突破する。
悲鳴が張り裂ける。
人々が荒波のように逃げ惑う。
しかし幸い、犠牲者はまだない様子。
怒号飛び交う混乱の中、
欲求不マンの眼だけがトレーラーの行方を捉えていた。
「危ねえぞ、どけどけっ・・・え、何だあれ?」
それは暴走車の前へ回り込む何かの姿。
間を置かず、辺りへ散り飛ぶ蒼色の閃光。
茫然とする人々がようやく目にしたのは、やつれた風体の男。
その片手がトレーラーの前に添えられて、巨大な車体は完全に静止していた。
(飲酒か?いや・・・人ではないな)
やつれた男は異様な気配に数歩下がって距離を置く。
その後運転席からフラフラと這い出て来たのは老人。
保護しようと駆け寄る観衆たちが違和感に足を止める。
老人に見えたそれは、獣のように牙を剥きやがて吠えた。
(成りたてだな。理性は失くしたか。チッ、処理するしかない)
獣の本能がその場で最優先の標的を嗅ぎ付ける。
老人とその牙は迷いなく、やつれた首を目掛けて飛びかかる。
激しい高音のノイズが走り、そして再びの蒼い閃光が視界を奪う。
観衆の理解が追いついた時、そこにあるのは男が老人の胸に手を添え抱きかかえる姿。
うなだれる老人の手は力なく垂れていた。
やつれた男はこそっと牙を全て抜き取り、懐に仕舞い込んで言う。
「高齢による心臓麻痺だろう。あとは頼む」
観衆たちは顔を見合わせて騒めいている。
構わず立ち去ろうとする男に誰かが声を掛けた。
「あ、あんた凄えな。ヒーローだろ?名前、なんてんだ?」
「よせ、俺に関心を持つな」
ヒーロー本部の屋内。
ラメを散りばめた星空のようなマントを着ている、とにかく派手な男がいる。
彼は独りで壁に向かって話しかけていた。
「なあ、今日の俺の登場ポーズどうだったぁ?SNSで拡散されてんのかなぁ?」
傍を通り過ぎる欲求不マンが言う。
「鏡に訊くな」
「お前に訊いても!褒めてくれないじゃん。どうせ?」
「鏡は褒めてくれるのか」
「褒めてくれなきゃパワーが出ねえんだよぉ!プリーズ承認んん!」
いつもの日常である。
「でぇ?何かあったん?」
「街に空っぽの人間が目立つ。先程は怪人だったが」
「えぇ?!オレはぁ?とっさに呼べよぉ!」
憎めない奴なのだが。
「頭にも無かった。俺は報告してくる」
欲求不マンが奥へ進むと、
ヘルメットの隙間に温かな笑顔をのぞかせる落ち着いた男が座っていた。
「欲求マン、戻ったぞ」
「やあおかえり」
彼がリーダー。
巡回の報告に低く穏やかな声で答える。
「なるほど、何かが動いているようだね。ご苦労だった」
そして二度頷いてから、立ち上がって激を飛ばす。
「さあ、今日も欲求を守るため戦おう。君たちこそ人類を救うのだ」
承認欲求マンがギラギラとみなぎる。
「これよこれぇ!今オレ、最高にアガってる!どうだいこのエナジィー!」
激に呼応して安い電球の如く輝く変態。
一方、欲求不マンは何か腑に落ちない顔をしていた。
彼らはそのまま昼の巡回へと出掛けて行く。
見送った後、リーダーは口元を結んだ。
市民からの通報で向かった廃工場。
欲求不マンたちを待ち受けていたのは、白いスーツに穏やかな顔。
そしてなぜか弁当箱を手に持つ、怪しげな男。
「今日こそ終わりにしましょう。貴方たちを満たして欲求を解消して差し上げます。」
「満足男爵、またか」
「欲求が無くなれば平和になって皆救われるのですよ。オホホホホ」
「消えるのはお前だ」
言葉の威勢とは裏腹に警戒を強める欲求不マン。
(相性が悪過ぎる。先日まで満腹男爵だと思っていた)
承認欲求マンも慌てて飛び出して来る。
「待て待てぇ!まずはオレ!YOU、下がって!ハウス!ハウス!」
派手なマントを翻し、不自然なポーズを保つ。
いつ撮られるかと気が抜けない彼。
そこで弁当箱の蓋がゆっくりと開かれる。
「はい。いつもながら華麗なお姿ですねぇ」
満足男爵のお世辞に口元が緩む承認欲求マン。
だがまた求め始める。
「もっと具体的に褒めてくれぇ!どの辺がイイと思うん?なあ?リメンバーミー?」
満足男爵は苦笑いを浮かべている。
戦いは激しさを増していく。
満足男爵が隙あらばと差し出す弁当を、欲求不マンはきっぱりと、受け取らない。
「ほらほら、油断すると食欲が満たされちゃいますよ?ふふふ」
黄色い光をまとう色鮮やかなお弁当。
ソーセージの焼き加減は完璧。艶やかに照り、ほんのり焦げている。
欲求不マンが零れ出るよだれを拭う。
一見馬鹿らしい茶番劇。
しかし、少しでも飢えが満たされたら勝ち目はない。
恐ろしい相手だ。
肝心の承認欲求マンは観衆の視線に夢中。まるで役に立っていない。
「今のオレどうだった?この足さばき!どんな感じだ?スマホ出していいぞ?」
彼は鋭い目つきで周りに気を配る。
どこからカメラを向けられるか判らないからだ。
その騒々しい戦いの傍らで女が蔑むようにつぶやいていた。
「見世物かしら」
クスクスと肩を揺らしている。
その時、場の空気が波打ち、皆の目を集める。
現れたのはリーダー欲求マンだった。
欲求不マンの緊張が解け、承認欲求マンは歓喜し、満足男爵までが安堵の顔を見せている。
「待たせて済まない。手こずってるようだね。今日は本気で行こう」
駆け寄って来た承認欲求マンの襟を引き寄せ、肩にポンと手を置く。
「待ってましたぁん!ほら、みんなぁ!今!ここが映えどころぉん!」
欲求マンの手からにじみ出る紫色の煙。いつにも増して深い紫。
それに包まれると彼のパワーがどんどん増していった。
「わおぉぉぉぉん!キモティ~!」
これでいつものように満足男爵が音を上げて撤退、それで終わり。
のはずだが、何かおかしい。
「もっと褒めろ、もっと認めろ、俺をおおお称えろおおお!」
LEDのように眩いマント男が叫びながら戦場を転げ回っていた。
もう誰への要求かも判らないほどたぎり狂っている。
欲求マンは満足そうに笑顔を浮かべて、
弁当箱と睨み合っている欲求不マンにも近づいて来た。
「さ、今日は君にも力を貸そう。満たされたい気持ちをもっと増してあげよう」
欲求不マンは首をひねる。
「それは今と何が変わるんだ」
「もっと飢えて更に強くなるよ」
「必要ない。もう最強の俺だ」
欲求マンは構わず彼の肩に手を置き、薄暗い紫の煙を漂わせた。
しかし何の変化も起こらない。彼は既に限界まで飢えていた。
「あんた一体どうしたいんだ」
欲求マンはその言葉に動揺し、パワーの制御に隙が生まれた。
首を振って雄叫びを上げていた承認欲求マンがようやく我に返る。
「あれ?何してたんだ、オ・・レ?・・・」
風船の空気が抜けるようにパワーと心がしぼんでいく。
「およよよよ・・・どしたのオレちゃん・・・」
それが脳裏にくすぶっていた違和感の形を成した。
(そういうことか)
欲求不マンは肩の手をぽいと振り払う。
そして、クマを刻んだ真っ直ぐな目で承認欲求マンを見つめて言った。
「今の凄かったな。いや、違う。お前はいつも凄かった。俺は知ってる。ずっと見ていた」
呆けて髪もボサボサの承認欲求マンが意を突かれてキョトンとする。
少し考え込んで、かつてないほど目を輝かせた。
オレちゃんが欲しかったのはコレ!
髪をササッと整え、華麗に立ち上がる。
星空のようなマントが激しくたなびく。
瞳が真っ赤な煌きを放つ。
「熱ッチィ~!オレ、今、大炎上中ゥゥ!通報よろー!開示ひっしぃぃぃ!」
無言で見ている欲求マン。
その頃、空は曇天の様相を示していた。
欲求不マンはクマを刻んだ目でじとーっと見ていたが、やがて尋ねる。
「そういやな、あんたの欲求って何だっけな。一体何を求めてそのパワーを得た」
欲求マンは穏やかな笑顔で訊き返した。
「なぜ今、気にしたんだい」
「どしたんだい!メェンズ!それより褒めてくれたオレをもう一度よく見て?解像度プリィズ!」
承認欲求マンが赤い光を纏わせてヒラリと舞い寄って来た。
それが欲求不マンの纏う蒼い光と並んだ時。
満たされぬパワーと満たされたいパワーが重なり、その輝きは眩く明るい紫色の光となった。
「これは」
「リィダァの色だぁ~明っかるぅ~あはは~」
初めて欲求マンから笑顔が消えている。
辺りは既に夜の闇が迫っていた。
ここまで、黙って様子を見ていた満足男爵。
彼は過去の回想に思いを巡らせていた。
まだ普通の人間だった頃の話。
真面目な彼は人類への疑問があり、思い悩む日々を過ごしていた。
それが失意に変わった頃、橋に立ち、遥か下の川を見つめていた。
「いっそ・・・」
その時肩に暖かい感触が伝わってきたので振り返ると、奇抜な衣装の男が居た。
彼は穏やかな低音で語る。
「私は欲求マン。ヒーロー活動をしていてね」
共に戦わないか。
人類から欲求を消して平和な世界にしたいんだ。
その美しい言葉は空虚な心に突き刺さった。
瞳を潤ませる顔を見て欲求マンが尋ねる。
「君は何を求める?」
「私は・・・皆も満足させてあげたい・・・」
「君がヒーローでなくとも、その気持ちで何者にも成れる」
「何者・・・にも・・・?」
そして今の私がある。
しかし、あの言葉は・・・。
心の中で何かが崩れる音を聴きながら、満足男爵は弁当箱をゆっくり閉じた。
その様子を見た欲求マンが、もういいか、とつぶやいた。
「邪魔をするな。君は私の目的を解っているはずだ」
皆が戸惑う中、満足男爵が静かに語る。
「はい、信じていますとも。人は欲のせいで争う、世が乱れてしまうとね」
「その通りだよ」
「欲は満足すれば消える、とも言っておられましたよね」
「何が言いたいのかな」
「貴方によって欲求を無くした者は、救われておりますか」
「悟りによって争いを捨てたのだ。人類は次の一歩へ踏み出せるんだよ」
睨むように見つめていた欲求不マンが口を開く。
「何の話だ」
隣では派手なマントがヒラヒラと無駄にたなびいていた。
満足男爵は一歩前に出て続ける。
「一つ訊いてよろしいですか。いつもどのようにして人の欲求を消しておられるのですか」
欲求マンが応えないのでさらに続ける。
「消していたのでは・・・ありませんね」
深くため息をついて、二度頷いた欲求マンがつぶやく。
「そうか、うん。・・・仕方ない。どうせ今日終わらせるつもりだった。」
さらに声を上げる。
「君たちの思う通りだろう。そう、私が人々に仕掛けている。これはね、粛清なのだよ」
最後に欲求不マンの方を向き、こう続ける。
「先程に答えよう。全ての欲求を増幅させたい。ただそれだけなのだ。望むものは」
欲求マンの瞳が深い紫色に染まった。
「一度ね、試してみたかったんだよ。私の・・・全力をね」
濃い紫煙がバァと広がり、辺りに満ちた。
「やる気か」
欲求不マンの瞳が蒼く蒼く染まる。
「え、リィダァん?どしたん?」
承認欲求マンは子供のように煌く眼差しで見ていた。
身構える欲求不マン。
しかしそれを制止するように満足男爵が片手を挙げた。
任せてくれと言わんばかりに目配せをする。
彼は、白いスーツの胸に手を当て、赤いバラを差した。
そして少し間を置いて、静かに申し出る。
「いいでしょう。私は貴方もご満足差し上げますよ。ただし、先ずは私の方をお願いできますか」
醜い笑顔で肩を振るわせる欲求マン。
「何を考えているやら。まあ、いいだろう。望むならそうしてやろう。だがこのパワー・・・見くびるな」
周囲の紫煙が一層深さを増していく。
「何も見えん」
欲求不マンが慎重に伺う。
「オレの出番来たら言ってね!」
派手なマントを顔に掛けられた。
その時、欲求マンが満足男爵の背後に居るのを誰も気付けなかった。
白いスーツの両肩をしっかりと捕む手、それが異様に重い。
「末期の言葉はあるかな」
「どうした」
「もがもがもがっ」
しかし満足男爵はうすら笑みを浮かべていた。
「解ったんですよ、私」
「だろうな。聞いてやるよ」
「満足させる事は手段でしかなかったんです。その目的はというと、人を救う事なんですね。」
「そうか、同じ事だろう。君は満たされたいだけだ。さあ自らの欲求に飲まれるがいい!」
辺りの紫煙は欲求マンに吸い込まれ、その瞳がドス黒く光る。
再び紫煙は吐き出されて満足男爵に注がれていく。
「・・・その為に必要なのは、貴方を倒す事。それが叶うだけのパワー、今はそれを欲しています。」
「んん、どういう事だ」
欲求マンは少し考えて顔色を変える。
しかし既に遅かった。
満足男爵が望んだ真の欲求はどこまでも膨れ上がっていく。
体が明るい緑色の輝きを放ち始めた。
「それはっ、なぜ貴様にヒーローの力が」
欲求マンは慌てて手を放し飛び退いた。
そこを欲求不マンが見逃さない。
「あれでは足らん、押し込むぞ」
承認欲求マンの襟をつかみ寄せ、満足男爵のそばへ跳ねた。
「キュッ!」
「感謝致します。力を合わせましょう」
蒼の閃光、真っ赤な煌き、緑色の願い。
彼らのパワーが混ざり合い、真っ白な眩い光を放っている。
立ち込めていた汚い煙は散るように消え去った。
欲求マンは目を見開いた後、搾り出すように笑い出す。
「図に乗るなよ・・・欲求とは業。罪深き者ども、心に罰を刻んで生き続けるがいい」
顔を歪ませて醜く言い放ち、震える全身から鈍く深い紫色の輝きを放つ。
「うはははは、身に余る欲求を抱えて破裂してしまえ」
だがそれは彼らに何の変化も起こさなかった。
「お、お前らは。私を否定するのか!」
欲求マンの纏う輝きも真っ白に塗り変えられていく。
「な、なんなのだ、そのパワーは・・・」
「これはきっと審判の光なのでしょう。罪の罰を受けるべきは誰でありましょうか」
「あんたの事は嫌いじゃなかったがな」
「え?オレの事は?あとで教えて?ちゅうか、リィダァ?やだよぉ?」
穢れは全て洗い流され、やがて欲求マンの体も侵食されていった。
「あ、ああ・・嘘だ、消えてしまいそうだ・・・た、助けてくれ、やめてくれ・・・違うんだ・・・だめだ・・・増やさなければ・・・私が居ないと・・・欲求が消える事などあってはならない・・・」
必死に言葉を選んで、哀れに懇願する欲求マン。
「欲求を・・世界を欲求で・・満たさねば」
「もう充分だ」
欲求不マンが残念そうにぼそりとつぶやく。
三人はその後黙っていた。
絶望の表情で消えていくリーダーを哀しい眼差しで最後まで見届けている。
いつから居たのか、陰で座り込んでいる女。
手にしている線香花火の火が、ぽとっ・・・と落ちる。
「ああ・・綺麗ねえ・・・」
街には明るい陽の光が射していた。
食欲、睡眠欲、認めてほしい気持ち、何かを成し遂げたい気持ち、
人々は様々な欲求を押し付け合って賑やかである。
そんな街の片隅でつぶやく女。
「欲まみれなのもどうなのかしら」
サァとそばに舞い降りた最高マンが言った。
「欲まみれ?最高じゃないか!」
賑やかな街の雑踏。
今日も承認欲求マンが騒いでいる。
「する事のない俺もまたいいもんだろ?な?おいおい止せよ?SNSに晒してくれてもいいんだぜ?鍵開けといてな」
満足男爵が穏やかに声を掛けた。
「相変わらずですね貴方は。欲求に正直。満足出来ないのでしたら、いくらでもお付き合い致しますがね。それも私の欲求。人の欲求は終わらないのです」
「名前変えよ?満足マンにしねぇ?」
「やめてください。・・・それ、やめてください」
傍らで空を見上げて欲求不マンがつぶやいた。
「欲求、最高じゃないか」
彼らをそっと見ていた女と最高マンは少し笑ったように見える。
いつか出会う日を想像したのかも知れない。
面白い街だったな。そうね。とだけ話したが、今はそっと去っていくのだった。
欲求不マンは煌く街を眺めて思う。
欲求に終わりがないように、戦いにも終わりは来ない。
人の悪い欲求を許してはならない、だが敵は決して人そのものではない。
戦いの傷はまだ癒えないが、満たされぬ想いを抱えて飢えた心が熱くたぎるのであった。
終わり。
何度直しても満足出来ません。
欲求マン助けて。




