青空になる(前編)
登場人物紹介
田中貴史:主人公。三三歳、サラリーマン。桃華の教育係をしていた。
花咲桃華:ヒロイン。二三歳。先輩の貴史をからかうのが好き。酒豪。
久瀬亜香里:桃華の幼なじみ。自称二二歳。実際は、貴史と同年代っぽい?
森和雄:桃華の祖父。六〇歳。バー『カスク』のマスター。実はガンダムファン。
時刻は午前二時半。
丑三つ時である。
すでに終電もなく、出歩く人もまばらだった。
「ここが、戦いの場ですね……」
後輩の花咲桃華が呟く。
「その通りよ。貴ちゃん。絶対に負けないんだから!」
自称二二歳の久瀨亜香里が言う。
「……ふむ、どれだけやれるか、お手並み拝見とさせていただきましょう」
バー『カスク』のマスター、森和雄が静かに語る。
「…………なんか、みんなノリがいいな……」
三人の勢いに推され気味の貴史だった。
貴史達は、六階建てのビルの目の前にいた。
ビルの二階部分に看板があり、そこには、『ネスト』と書かれていた。
今日の目的のネットカフェの名前である。
このビルの一階と二階が『ネスト』だった。
なぜ、こんな深夜に、四人でぞろぞろとネットカフェの前にいるのかというと――
単純に、『カスク』で閉店まで盛り上がってしまったので、二次会としてネットカフェで遊ぶことになったからだ。
明日――というか既に今日なのだが――は、普通に仕事があるというのに、勢いというのは恐いものだ、と、貴史は思う。
もっとも、ネットカフェに行こうと提案したのは、貴史なのだが。
「そういえば……みんなここの会員証もってる? 確か、全員、会員カードがないとダメなんだけど、みんな持ってる?」
『ネスト』では受付した人だけでなく、利用者全員の会員証を出す必要があるのだ。
利用者の身元確認が必須だからだ。
無論、これから会員登録すれば問題ないが、意外と手間なので、このド深夜に、これ以上余計な時間は使いたくなかった。
すると――
桃華、亜香里、そしてマスターも『ネスト』の会員カードを取り出して見せていた。
なぜか、みんなドヤ顔だった。
「へえ、みんな会員だったんだ」
「ふふん」
「………………」
当然でしょ、と言わんばかりの亜香里に、静かに頷くマスター。
「わたしも普通に漫画を読みに行ったりしますね。それに――」
桃華は、言いながらなぜかほくそ笑んでいる。
「なんだよ」
「秘密です」
桃華は、にやにやと笑みを浮かべるのみで、結局理由は言わなかった。
――なんだ?
受付の右手にある、エスカレーターで、二階に上がる。
上がってすぐに、左手にドリンクバーコーナーがある。
この『ネスト』では一階だけでなく、二階にもドリンクバーコーナーがあった。
一階のドリンクバーコーナーに比べれば簡素なものではあるが、イチイチ一階に下りなくて良いというのはありがたいことだった。
ドリンクバーコーナーを越えると、そこには広々とした空間がある。
ここがアミューズメントエリアだった。
目の前にはビリヤード台が四台あり、その奥には目的の場所であるオンラインダーツマシンが並んでいる。さらに奥を見ると卓球台があった。
時間が時間なので、遊んでいる客はあまりいなかった。
壁際には大きめの部屋が並んでおり、それがカラオケ部屋だった。
どんなゲームをするか、話し合った結果、ダーツをすることになった。
正直、貴史としては、ダーツもビリヤードも一度もやったことないのでなんでも良いと思っていた(体力的に卓球はNGとさせてもらった)。
ダーツについては、桃華の提案だった。
「なんだか、楽しそうじゃないですか」
とのことだった。
ダーツマシンがある場所に着いた。
「さて…………どうしようか。俺、ほとんどダーツやったことないんだけど」
「大丈夫、あたしも似たようなもんよ。――あたし、勝負事で手加減はできないから、覚悟してよね」
亜香里がファイティングポーズをとっている。
やる気満々のようだ。
「俺も負けない――――ん?」
マスターがカバンから、小さなケースを取り出している。
そのケースから慣れた仕草で取り出したのは――ダーツだった。
「私はこちらを使わせていただきます」
「え、マスター?」
貴史は戸惑っていると、
「さて……わたしも……」
桃華もカバンから同じようなケースを取り出していた。
ケースの中は当然――ダーツだった。
二人とも、まさかのマイダーツ所持者だった。
「花咲? お前……マスターもだけど、経験者か?」
貴史が声を掛けると、桃華は、ふふん、と笑みを見せた。
「いえいえ、そんな。たいしたことはないですよ。――たまに、ここで遊んでいるぐらいですから」
そう言いながらも自信ありげな桃華。
「私も同じようなものです。――店を閉めた後、たまにやってるぐらいですよ」
と、マスター。
「いやいや、二人ともマイダーツなんか持ってて、たいしたことないわけないじゃん」
「大丈夫ですよ。ハンデはつけますから」
桃華は、余裕の笑みを見せていた。
なるほど、だから遊ぶゲームとしてダーツを選んだわけか。
「くっそー、絶対負けねえぞ、なあ、久瀨さん」
「そうね。なんとか目にものを見せてやろう、貴ちゃん!」
ダーツ対決が始まった。
ルールは、カウントアップとすることになった。
カウントアップは、ゼロ点からスタートし、特典を加算していくゲームだ。
一ラウンド三本ずつダーツを投げていき、八ラウンド終了後の得点を競う、というシンプルなルールのゲームだ。
だが、シンプルな故に、実力差が如実に出るゲームでもある。
普通にしてたら経験者二人には勝てないので、貴史と亜香里にはプラス一〇〇点のボーナスポイントをもらっての勝負となった。
「よし」
店から借りたダーツを三本持ち、スローラインの前に立った。
投げ方については、マスターと桃華から教わり済みだ。
「あまり、力を入れちゃダメですよ。やさしく、紙飛行機のように投げて下さい」
「わかってるよ」
桃華のアドバイスに応えると、貴史はダーツを投げた。
あまり力を入れず、テンポ良く三本のダーツが的に刺さる。
だが、三本の内一本は刺さらずポトリと、床に落ち、もう一本は的の外側に刺さっていた。
一本はなんとか刺さったが、よりによって三点のシングルの位置だった。
つまり今回合計点数は、そのまま三点である。
「あちゃー」
貴史は頭を抱えた。少し隣なら一九点か一七点だというのに。
「だめねえ、貴ちゃん。ダーツというのは、こう投げるのよ!」
自信満々で投げる亜香里。
だが、力が入りすぎていたのか、三本とも的から外れていた。
「えー、そんなぁ。くっそー、次は絶対当てる!」
亜香里は悔しそうだ。
――とりあえず、久瀨さんは、俺と同レベルなのはわかった。後は、マスターと花咲がどうかだな……
「次はわたしですね」
桃華がマイダーツを持ち、ダーツマシンの前に立つ。
そして構えを取り――投げた。
明らかに、貴史や亜香里とは動きが違っていた。
結果は――当然のごとく三本とも的に刺さっていた。
しかも、一本は、真ん中に刺さっていた。
確か、ブルといって、五〇点らしい。
「すげーな」
貴史は感心していると、
「ありがとうございます」
と、はにかむ桃華。
――なんか、こちらとはレベルが違う気がするぞ……
次は、マスターだった。
マスターもマイダーツを持ち、洗練した動きでテンポ良く投げていた。
結果は――三本とも、真ん中の的に刺さっていた。
ブル三回分で一五〇点である。
「ちょっと、できすぎですね」
マスターは、恥ずかしそうに苦笑いをしていた。
一〇〇点のハンデでなんとかなる気がしなかった。
そんなこんなで、一ゲームが終わった。
結果はというと――
「やったー、わたしの勝ちっ!!」
一位は桃華だった。
「なかなかやるじゃないか、桃華」
僅差の二位はマスターだった。
そして、三位は――
「よし、貴ちゃんには勝った!」
拳を突き上げて喜ぶ亜香里。
「マジかよ……くっそー」
最下位は貴史だった。
上位二人は、ハンデ込みでもまったく勝負にならず、亜香里にも完敗していた。
――俺、下手くそすぎ……
己の下手さ加減に絶望し、膝から崩れ落ちる貴史だった。
*
――しまった。やりすぎちゃったかな……
あまりの負けっぷりに、打ちひしがれている貴史を見て、桃華は独りごちる。
桃華は、せっかく田中先輩とプライベートで遊ぶ機会ができたということで、かなり気合いが入っていた。
四人で遊ぶことになったのは残念ではあるが、それでも貴重な機会であることには変わりない。
桃華は、実施するゲームを得意のダーツにすることで、田中先輩にいいところを見せようとしたのだ。
ダーツなら、格好いいところを見せられると思って。
普段なら絶対勝てない祖父に勝てたのも、その気合い故である。
だが、頑張りすぎたため、田中先輩をオーバーキルしてしまった。
田中先輩は未だに、大敗のショックから抜けていないのか、膝をついたままだ。
後輩に、ゲームとは言え惨敗して、プライドが傷ついてしまったのかもしれない。
――どうしよう……
いつもなら、挑発の言葉のひとつもかけたいところだが、これ以上傷口に塩を塗りたくっていいものだろうか。
桃華が躊躇していると――
すっと、田中先輩が立ち上がった。
そして――
「花咲」
田中先輩は、こちらを見た。
「…………はい、なんでしょう」
「花咲がこんなにダーツ上手いなんて知らなかったよ」
その表情は、悔しそうでありながら、楽しそうでもあった。
「え?」
「いやー、マジで凄いわ。投げるフォームも様になっていて、格好良かったなぁ。――やっぱり、マスター直伝なのか?」
「…………そ、そうですね。小さい頃から、お祖父ちゃんと遊んでました」
「そっか。さすがだな」
田中先輩は、うんうんと頷いている。
「センパイ…………なんだか、楽しそうですね。悔しくはないんですか?」
あれだけ打ちひしがれていたのに、からっとした態度に不思議に思ったので、訊いてみた。
すると――
「はあ? なに言ってんだよ、悔しいに決まっとるわ!」
田中先輩は、心底悔しそうな表情で言い放った。
「え?」
「でも、だからこそ、面白いよな。――さあ、次のゲームをやろうぜ」
田中先輩は、にっと不敵な笑みを見せた。
――馬鹿だなぁ、わたし……
よくよく考えれば、わかることだった。
田中先輩は、手加減されて喜ぶような人ではない、ということを。
やっぱり、本気でやろうとしたことは間違いではなかった。
桃華も素直に、ゲームを楽しもう、と思った。
と――
「ただ…………」
田中先輩は、突然言いづらそうな表情を見せた。
「どうしました?」
「…………その、ハンデについては、見直してもいいか? さすがに今のままだと勝ち目ゼロなんで……」
少し恥ずかしそうな表情の田中先輩。
桃華は、目を丸くして――クスリと笑った。
「いいですよ。――適度なハンデで、またゲームしましょう。でも、私も負けませんよ」




