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黒い風が死へ誘う

登場人物紹介

 久瀬《くぜ》亜香里《あかり》:桃華の幼なじみ。自称(・・)二二歳。実際は、貴史と同年代っぽい? 

 田中《たなか》貴史《たかし》:主人公。三三歳、サラリーマン。桃華の教育係をしていた。酒には弱い。

 花咲《はなさき》桃華《とうか》:ヒロイン。二三歳。先輩の貴史をからかうのが好き。酒豪。

 森《もり》和雄《かずお》:桃華の祖父。六〇歳。バー『カスク』のマスター。実はガンダムファン。基本マスターとしか呼ばれないので名前が出てくることはない。

 ――あー、時間の無駄だった。

 久瀨(くぜ)亜香里(あかり)は、胸中で毒づきながら、夜の繁華街をずんずんと歩いていた。

 ――まったく、部の飲み会だって言うから行ったのに……

 亜香里は、ひどく腹を立てながら、目的地であるバー『カスク』に向かって歩みを進めていた。

 先程の出来事を思い出しながら――


       *


 ――あれ?

 久瀨(くぜ)亜香里(あかり)は、居酒屋の個室に入るなり首を傾げた。

「いらっしゃい、久瀨さん。待ってたよ」

 個室にいたのは、スーツ姿の男性ひとりだけだった。

「相沢(あいざわ)くん。今日って、部の飲み会なんじゃないの?」

 亜香里が男性に訊く。

 彼の名は、相沢智也(ともや)。

 亜香里と同じ部署で働く同僚だった。

 相沢は、いつもの余裕ある笑みを浮かべて、立ち上がった。

「とりあえず、座ってよ」

 手で、隣の席を示しながら相沢が言う。

 テーブルは六人は余裕で座れる大きなものだというのに、隣の席に座らせようとしていた。

「ええ」

 亜香里は、それを無視して、相沢の向かいの席に座った。

 相沢はそれを見て、苦笑していた。


 相沢智也は、すらりとした長身に無駄のない体つきで、仕事帰りのスーツ姿もよく似合っていた。

 黒に近い髪は綺麗に整えられ、長めの前髪が涼しげに目元にかかっている。

 すっと通った鼻筋と端正な輪郭。

 いわゆる、誰が見てもわかるタイプのイケメンだ。

 年齢は、二九歳と亜香里より、少し年下(・・・・)だというのに、余裕の表情でこちらを値踏みするように見ている。

 亜香里が、一番嫌いな(・・・・・)タイプの男だった。

 というより、亜香里は三次元(・・・)のイケメンは大の苦手だった。

 信用できない、と言っていい。

 ――どうせ、色んな女を喰い散らかしているだろうし……

 その点、二次元のイケメンは、良い。

 絶対に亜香里を裏切らないのだから。


「どうして、他のメンバーが誰もいないの? もう時間だと思うけど?」

「ああ、それはね」

 亜香里の質問に、大仰な仕草で、相沢が答える。

「みんな、都合が悪くなったみたいでさ。ごめん、突然のことだったんで連絡できなかったんだ」

 手を合わせて謝る相沢。

「そうなんだ」

「だから、今日は俺たち二人だけ(・・・・)なんだ」

「……じゃあ、今日は中止?」

「いや、席は予約しちゃっているから、久瀨さん、俺達だけでも飲み会やろうよ。もう料理も注文しちゃってるし」

「………………」

 料理も来ると言われると断りづらくなってしまう。

 お店に迷惑を掛けてしまうし。

「わかった」

 仕方ない。

 さっさと食べるものを食べて、帰ることにしよう。

「ありがとう、久瀨さん。二人っきりになっちゃったけど、楽しくやろうよ」

 相沢がうれしそうに、亜香里のグラスにビールを注いだ。


 飲み会が始まって、一時間ほど経過した。

 智也はこちらがなにか言う間もなく、あれやこれやと話しかけて来る。

 適当に相づちを打って入るが、ほとんど聞き流していた。

 相沢の話は、自慢話ばっかりで全然面白くない。

 おかげで、結構酒を飲んでいるのだが、まったく酔えなかった。

「俺、久瀨さんと二人で飲んでみたかったんだ」

 相沢は、いつの間にか、亜香里の隣に座っていた。

「相沢くん?」

「……こうして近くで見ると、久瀨さんってやっぱり綺麗だよね」

 相沢は、臆面もなく、そんなことを言う。

「は?」

「俺、久瀨さんのこと、前から気になっていたんだ」

「あたしを?」

「だから、こうして二人きりになれてうれしいんだ」

 相沢は、目を逸らすことなく、ただ静かに見つめてくる。

 熱を帯びたような視線だった。

 対して、亜香里はと言うと――

「ひとつ、訊いていい?」

「なに?」

「……もしかして、部の飲み会って、嘘?」

 亜香里の問いに、相沢は静かに頷いた。

「ごめん、でも、久瀨さんと仲良くなりたかったんだ」

 謝っているが、とても悪いと思っているとは思えない表情だった。

 もはや、迷う必要すらなかった。

 ――やっぱり、三次元のイケメンはダメだな……

 亜香里は立ち上がった。

「え?」

 相沢が、戸惑いの表情を見せる。

「飲み会が嘘なら、いる必要はないかな」

 個室を出ようとすると、相沢が慌てて止めてきた。

「ちょ、ちょっと待ってよ」

「なに?」

「そんなこと言わないで、俺と飲もうよ。絶対楽しいから。――考え直してよ、亜香里ちゃん(・・・・・・)」

 相沢は亜香里の隣に来ると、なんの前触れもなく、亜香里の肩に手を置いた。

 あまりに自然な動作だった。

 まるで、それが当然のことだとでも言うように。

「…………」

 亜香里は、相沢の顔を見た。

 ――なんなの? この人……

 亜香里は、相沢にドン引きしていた。

 あまりに、馴れ馴れしすぎる。

 普通、まだ恋人でもない異性に、こんなことできないはずだ。

 そもそも、いつの間に『亜香里ちゃん』と名前呼びをしているのか。

 我慢の限界だった。

「やめて」

 今にも、亜香里を抱き寄せようとしていた、相沢の腕を振り払う。

「え?」

 相沢は、きょとんとした顔をしていた。

 まさか、拒否されるとは思わなかったのだろうか。

 おそらく、この男は、イケメンでモテるが故に、女から拒否される経験がないのではないか。

「俺と飲むの、嫌だった?」

「ええ、嫌よ。こんなクソつまらない飲み会は初めてね」

「…………」

 智也は、亜香里のあまりにストレートな物言いに絶句していた。

 今までの余裕ぶった表情とは別物だった。

 すっきりした。

 亜香里は、財布から一万円を取り出し、相沢に押しつけると、個室を出ようとする。

「ちょ、ちょっと待ってよ。亜香里ちゃん」

「なに?」

 この期に及んでまだ名前呼びをするか。

「俺と付き合おうよ」

 突然の告白。

 だが、亜香里には微塵も響かない。

「あたしは、あなたに興味ないんで」

「え?」

「あと、あたし、今、彼氏(・・)いるんで。――じゃあ、お疲れ様」

 それだけ言うと、亜香里は居酒屋を出た――


       *


 そして今、亜香里は『カスク』までやってきた。

 ドアを開け、店内に入る。

 予想通り、貴史がカウンター席で飲んでいた。

 カウンター内には、いつもの渋いマスターと幼なじみの桃華もいた。

 いつものメンバー勢揃いと言った感じである。

「どうしたの? 亜香里ねーさん。今日はなにか予定があるので、来れないとか言ってなかったっけ?」

 桃華が不思議そうな顔で言った。

「ああ、それね。思ったより早く終わったから」

 亜香里は、貴史の隣に座り、

「貴ちゃん、元気?」

「まあ、普通かな」

「なにそれ」

 相変わらずの貴史に笑う。

 と――

 貴史は、なんとも言えない表情でこちらを見ていた。

「どうしたの? 貴ちゃん」

「いや、その……」

「なによ、気になるじゃない」

「…………その、久瀨さん、なにか(・・・)あった?」

「え?」

「気のせいかもしれないけど、なんだか元気なさそうだったから」

「…………貴ちゃん……」

 貴史は、本当に心配そうな顔でこちらを見ていた。

 純粋に亜香里のことを心配しているようだった。

 ――貴ちゃん……あんたって人は……

 亜香里は満面の笑みを見せ、

「なーに、言ってんの。全然元気よ。元気がありあまってくらいだから」

 亜香里は、貴史の背中をバンバン叩く。

「久瀨さん、痛いって」

「ねーさん、なにやってるの。センパイ困ってるじゃないの」

「なに? 桃華ちゃん。自分もやりたかった?」

「そんなことないです!」

「あははははははっ!」

 亜香里は、笑う。

 やっぱり、ここは居心地が良い。


       *


 亜香里が『カスク』に来てから、数時間が経った。

 最初は、妙に元気がなかったように見えたが、今はすっかり上機嫌だった。

 亜香里は、かなりのハイペースで飲んでいて、すっかり酔っ払ってしまっていた。

「亜香里ねーさん、さすがに酔っ払いすぎじゃない?」

 桃華は、さすがに心配になったようだ。

「なに言っているの? 桃華ちゃん。まだまだこれからよ!」

「無理しないでよ、ねーさん」

「わかってるって。――そうだ、貴ちゃんとマスターに言いたいことがあったんだ」

 なにかを思い出したのか、亜香里が言った。

「なんだよ、久瀨さん」

「どうしました?」

 貴史とマスターが答えると、亜香里が言いたいこととやらを話し始めた。

「今、貴ちゃんやマスターが勧めてくるから、昔のガンダム作品を観てるのよ」

「へえ、そうなんだ」

 確かに、『カスク』で昔のガンダム作品の話をしていると、亜香里が付いていけなくて拗ねていたことがあったので、過去作品の視聴を勧めていたのだ。

「そしたらね、見つけた(・・・・)のよ」

「なにが?」

「彼氏(・・)よ」

「は? 彼氏?」

 わけがわからず訊き返すと、亜香里は大きく頷いた。

「紹介するわ。――あたしの彼氏よ」

 亜香里は、スマートフォンを取り出し、待ち受け画面を、貴史とマスターに見せてきた。

「こいつは……」

 そこに写っているのは、腰まで届く長い三つ編みヘアと牧師風の黒い衣装が特徴的な少年がだった。

 貴史は、それをマジマジと見つめて――

「久瀨さんの彼氏って、デュオ(・・・)のことか。――観たっていう過去作はガンダムW(ウイング)のことか」

 デュオことデュオ・マックスウェルは、新機動戦記(しんきどうせんき)ガンダムWに登場する五人のガンダムパイロットの一人だ。

 自らを死神と称しながら、性格は陽気で明るく社交的で、エキセントリックな登場人物が多いガンダムWの中で、数少ない常識人である。

 いきなり二次元キャラを彼氏と言われると、驚きそうなものだが、亜香里がそういう人(・・・・・)なのは、既に知っているので、あっさり受け入れていた。

 亜香里は、デュオのことを一目見て好きになってしまったとのことで、

「ええ。オススメしてくれてありがとう。――最近は、これと言った彼氏はいなかったんだけど、デュオは、メチャクチャ刺さったなぁ。――なにかと貧乏くじを引きがちなのも最高ね」

「デュオは俺も好きだな。なにより、デスサイズヘルがあまりにかっこ良すぎるよな。なんだよ、あの死神の鎌は。あれを嫌いな奴いないでしょ」

「ですな」

 さりげなく、マスターも同意している。

「――でもね、悩ましいところがあるの」

 亜香里は、神妙な顔になった。

「なにがだよ?」

「デュオには、ヒイロがいるじゃない(・・・・・・・・・・)。あたしが割って入っていいのか悩ましいところなの。デュオはあたしの彼氏ではあるんだけど、ヒイロとも仲良く(・・・)して欲しいと思っているのよ」

「…………………………………………」

 そう言えば、亜香里は夢女子であり、腐女子でもあったのだ。

 真面目に訊いた自分が馬鹿だった。

 だが、無視するのもアレなんで、ツッコむことにした。

「デュオと言ったら、ヒルデじゃないのか?」

 デュオには、ヒルデ・シュバイカーという少女がいる。

 ヒルデは、当初はガンダムパイロットであるデュオを付け狙っていたが、後に和解して、以後よきパートナーとなっていた。

 貴史としては、デュオにはヒルデがいるんだから、亜香里が彼女というのはおかしくね? と言いたいわけだ。

 だが――

「ヒルデ? ああ、デュオの元カノ(・・・)のことね。――デュオは今、あたしと付き合っているから特に気にならないかな」

「……ヒルデが元カノって……ヒイロはどうなんだ?」

「デュオとヒイロのカップリングについては、別腹(・・)だから、いいのよ」

「……久瀨さん……あんたって……なんというか……凄いな……」

「そうでしょ。貴ちゃん、尊敬してくれていいよ」

「……ある意味尊敬はしているけど……」

 これだけ自分に素直になれることは、ある意味羨ましいと言えた。

「でしょでしょ」

 亜香里は上機嫌だった。

「あ、でも、勘違いしないで欲しいんだけど、これはあくまで、あたしの中の解釈だから。公式に迷惑を掛けるつもりはないからね」

「そうなんだ」

「そうよ。デュオくんが、あたしの彼氏であることは、事実(・・)であるけれど、それを公言して、公式に認めてもらおうとは思わないから」

「そこは、結構理性的なんだな」

「それはそうよ。あのね。こういうのは、密かに楽しむものなのよ。――公言しても、いい事なんて何もないんだから。いや、本当に」

 亜香里は、なにかを思い出しているのか、遠い目をしていた。

「なにかあったのか?」

「……まあ、色々あるのよ……」

「はぁ……さいですか……」

 深入りしない方が良さそうなので、貴史はこれ以上ツッコまないことにした。


 さらに時が過ぎ――ガンダム語りは終わらない。

「マスター、ガンダムWだと誰が好きなの?」

 亜香里の質問にマスターが答える。

「そうですね……やっぱり、ヒイロ・ユイですかね。一話を初めて見たときの衝撃は忘れられませんね」

 マスターは懐かしそうに、目元をなごませていた。

「いいなぁ。マスターは、あの一話をリアルタイムで観られたんでしょ、羨ましいなぁ。俺は、どういう作品か知ってから観たからなぁ」

 貴史は本当に羨ましそうにマスターを見た。

「本当よね。やっぱり、ラストのアレは最高よね」

 亜香里がそう言うと、

「ああ、アレね」

「……アレですか……」

 そして、三人の視線が交錯し――

「「「お前を殺す」」」

 見事に三人の声がハモった。

「なにそれ?」

 なにも知らないであろう、桃華が首を傾げている。

「知らないの? 桃華ちゃん」

「はい。というか、かなり物騒な言葉なんですけど、本当に名言なんですか?」

「一度観て。一話観ればすぐ出てくるから。――見始めたら止まらないから。保証する」

「そーなんですか」

「そうそう。――やっぱり、こういうのがいいよね! まだまだ夜は長いわよ!」

 亜香里は心底楽しそうだった。


「楽しんでいるところ、申し訳ありませんが、そろそろ閉店になりますので……」

 申し訳なさそうに、マスターが言った。

 現在、午前一時五〇分。『カスク』は、午前二時閉店だった。

 貴史は、閉店まで『カスク』にいたことはなかった。

「えー、まだまだ話し足りないよ。マスター、もう少し飲ませてよー」

「そういうわけには……」

 マスターは困ったような表情をしていた。

 ――どうするかな……

 実際、終電も終わってしまったのでこれからどうするか考えなければならない。

 と、あることを思いだした。

「それなら『ネスト』に行くか?」

「『ネスト』って、すぐ近くになるネットカフェでしたっけ?」

 桃華が言う。

「ああ、国田(くにた)さんから、クーポン券もらってたんだ。使えきれないぐらいあるからって」

 国田は、貴史と桃華が所属している部署の先輩社員だった。

 貴史の入社時の教育係をしてくれた人で、出世に興味がないのか未だに平社員だが技術力には定評があり、貴史も尊敬していた。

「なるほど、国田さんならそうかもですね」

「誰?」

「俺と桃華が所属している部署の先輩社員だよ。――国田さん、『ネスト』の常連で、使えきれないぐらい割引券をもらうことがあるんだって」

「で、ネカフェに行ってどうするの? 寝るってこと?」

 亜香里の問いに、

「それもいいけど……『ネスト』には、個人席だけでなく、遊べるんだよね。ダーツとかビリヤードとか。カラオケもあったかな」

 貴史も久しく行っていないのでうろ覚えだった。

「面白いじゃない。なら、ゲーム対決しましょ。桃華ちゃんも行くでしょ」

「わたしもですか?」

「当然でしょ。それとも、あたしと貴ちゃんの二人っきりで遊んでいいの?」

「わたしも行きます」

 桃華が即答した。

「オッケー、じゃあ、あとは……」

 視線を、マスターの方に向ける。

「……私もですか?」

「そうですよ。マスターもいたら絶対楽しいですって。正直、桃華ちゃん相手だと物足りないですし」

「ですが……これから閉店作業もありますし」

「大丈夫です。あたし達が手伝いますから。一緒に行きましょう!」

 亜香里は、なんの遠慮もなく、マスターに言った。

 こういうことを押しつけがましくなく言えるのが、亜香里だった。

「……わかりました。私も参加しましょう。――予め言っておきますが、手加減はできませんぞ」

 マスターは茶目っ気ある笑みを見せた。

 ――やれやれ……

 貴史は、寝不足を覚悟することにした。

 夜はまだ終わらなそうだ。

あとがき

『黒い風が死へ誘う』と言えば、『新機動戦記ガンダムW』の死神デュオ・マックスウェルのテーマ曲なわけですが、ガンダムWのサントラの曲名は厨二心をくすぐるタイトルが多かったですね。

 特にヒイロ・ユイのテーマ曲の『思春期を殺した少年の翼』は、曲の良さもさることながら、格好良すぎるタイトルに、打ち抜かれましたね。

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