青空になる(後編)
登場人物紹介
田中貴史:主人公。三三歳、サラリーマン。桃華の教育係をしていた。
花咲桃華:ヒロイン。二三歳。先輩の貴史をからかうのが好き。酒豪。
久瀬亜香里:桃華の幼なじみ。自称二二歳。実際は、貴史と同年代っぽい?
森和雄:桃華の祖父。六〇歳。バー『カスク』のマスター。実はガンダムファン。
ダーツを存分に楽しんだ後、一休みするために、カラオケ部屋に移動した。
この『ネスト』では、目的の部屋が空いていれば、プランの変更は自由なので、こういうこともできるのである。
カラオケ部屋に入ったとは言え、さすがにみんな疲れていたので、特に歌うことなく、思い思いに過ごしていた。
マスターは、良い姿勢でソファに座りながら、腕組みをして目を閉じている。
そのまま「ソファに横になっていいですよ」と貴史が言ったのだが、マスターは「これで大丈夫ですから」と断られたのだ。
これも、人前でだらしない姿は見せないという、マスターなりの美意識なのだろうか。
対して亜香里はと言うと――
「ぐー、ぐー」
と、だらしない格好で、床に寝転がって、寝息を立てていた。
あまりの無防備さに心配になったので、受付からブランケットを借りてきてかけてあげた。
「やれやれ……」
貴史は嘆息すると、ソファに腰を落とした。
「楽しかったですね。センパイ」
隣に座っている桃華が言った。
もう眠いはずなのに、そうは見えず、とても楽しそうだった。
「そうだな。――さすがに、花咲も眠いだろ。少し横になった方がいいぞ。明日、朝イチに会議があるんだぞ」
「そうなんですけど……なんだか、まだダーツで遊んだ余韻があるのか、眠くないんですよね」
「…………まあ、俺もそうなんだけど……無理してでも寝ないとヤバいぞ」
「…………そうなんですけどね……」
桃華は、貴史の忠告に苦笑していた。
――今日の花咲は、凄かったからなぁ……
ハンデを増やした二ゲーム目以降も、桃華は惚れ惚れするほどに、強かった。
なんでそこまで、本気なのか、とこちらが驚くほどである。
マスターも桃華の本気ぶりに驚いていたようだ。
相当気合いが入っていた。
どうして、桃華がそんなに本気なのかは、わからないが、貴史は素直に格好いいと思った。
「そっか。じゃあ、今日の会議は一緒に怒られるか」
「え?」
「俺もなんだか眠れそうにないんだ」
貴史は、眠気を気取らせないように、不敵な笑みを見せた。
「……センパイ……」
桃華は目をパチクリさせていた。
「中途半端に寝て、遅刻してもアレだしな。――どうする、カラオケでもするか?」
「…………センパイ、ありがとうございます。わざわざわたしに付き合ってくれて」
「なに言ってんだよ。俺も眠れないって言っているだろ」
「……そうですね。それでも……ありがとうございます」
「まあ……いいけどよ。それで、どうする? 歌うか?」
「いえ、やめましょう。お祖父ちゃんと亜香里ねーさんは寝ていますし」
「……それは、どうかな」
貴史は、ニヤリと笑みを見せた。
「え?」
桃華が驚きの声を上げた。
「二人とも、起きてるよね?」
貴史は二人に声を掛ける。
「気づいてましたか……」
マスターがゆっくり目を開いた。
「カラオケするんでしょ! あたしも歌いたい!」
亜香里がブランケットを跳ね飛ばし、勢いよく跳ね起きた。
「お祖父ちゃん、ねーさん……寝なくて大丈夫?」
桃華が目を丸くしている。
「大丈夫よ。少しは眠れたから。もうばっちりよ」
亜香里が言う。
「そうですね。私も少し仮眠できたので、問題ないです」
マスターは、言いながらモニター近くにあるマイクと曲選択用の端末をテーブルまで持って来ていた。
かなりやる気満々のようだ。
「……てなわけだ。花咲、ここまで来たら限界まで行こうぜ」
「…………センパイ…………そうですね」
桃華は、呆れた顔を見せつつも覚悟を決めたのか、マイクを手に取り、
「せっかくなら、カラオケでも勝負しませんか? 採点モードで」
と、挑発的な笑みを見せた。
「もちろんやる! あたしの美声を見せてあげる!」
と、受けて立つ亜香里。
「自信はありませんが、孫が勝負したいというのであればやりましょう」
などと言いながらも、発声練習をしているマスター。
これは、相当自信がありそうだ。
「俺は、自信とかはねえが、勝負したいというのならやるぞ。――今度は勝つからな」
貴史も勝負に乗ることにした。
――これは、本当に会議ヤバいかも……
そう思いながらも、逆にテンションが上がっていく自分もいた。
これが生きている実感だろうか。
そんなわけないか。
「わかりました。じゃあ、これからカラオケ大会始めます! とことんやりましょう!」
「「「おーっ!」」」
そして、四人でカラオケ勝負を時間ギリギリまでするのであった。
そして――夜が明けた。
時刻は午前八時過ぎ。
始業には、まだ間に合う時間だ。
「まぶし……」
覚束ない足取りで、『ネスト』を出る。
外はすっかり明るくなっていた。
「では、私は店に戻ります」
マスターは、涼しい顔で、しっかりとした足取りで歩き去った。
「すげえな、マスター。全然余裕そうだな」
「そうですね。――よほど楽しかったんだと思います。わたしもあんなお祖父ちゃん、初めて見たかも」
「そうだよなぁ。マスターの歌いっぷりは凄かったよなぁ……」
いつもは落ち着いた雰囲気で紳士的なマスターだが、初っぱなから、『哀戦士』を情感たっぷりに歌うその姿は、別人のようだった。
と――
「あー、頭痛い……さすがに疲れたー」
遅れて『ネスト』を出てきたのは、亜香里だった。
「ねーさん、大丈夫」
桃華が訊くと、
「あまり大丈夫じゃないかも。――でもまあ、なんとかなるっしょ。じゃねー」
亜香里は大欠伸をしながらも、元気に駅に向かって歩いて行った。
――あれだけハッスルしたのに、元気だよな。同世代なのによくやるぜ。俺も見習わないとな。
「結局、わたし達、一睡もしませんでしたね」
桃華は、とろんとした眼をしていた。
さすがに、限界のようだ。
「そーだな。これは、さすがに仕事にならないかも」
貴史は大きく息をつきながら、雲ひとつない青空を見上げていた。
「そういえば…………」
桃華も同じように空を見ながら、なにかを思い出したように口を開いた。
「ん? どうした?」
「センパイが最後に歌った歌、とても良かったですね。その、なんて言いましたっけ?」
桃華が先程のカラオケでの出来事を思い出しながら言う。
「最後? ああ、『青空になる』のことか。俺、あの曲大好きなんだよなぁ」
貴史が最後に歌った曲は『青空になる』と言って、平成ライダーシリーズ一作目『仮面ライダークウガ』のエンディングテーマ曲である。
爽やかでありながらどこか切なさと深い悲しみを帯びていて、主人公五代雄介の心境を歌い上げているような、そんな名曲だ。
五代雄介は、「二〇〇〇の技を持つ男」を自称する明るく前向きな性格で、笑顔と共に見せるサムズアップが印象的だ。
本来は戦うことが好きではないのに、人々を守るためにクウガとして拳を振るう、その姿に貴史は胸を打たれた。
この曲を聴くと、自分も五代のような男になれるだろうか、とセンチメンタルな気持ちになるのである。
「花咲が『青空になる』を好きになってくれたなら良かった。――惜しむらしくは、俺が歌っているってところだな。原曲は最高なんで、マジで聴いて欲しい」
「わたし、センパイの歌う、『青空になる』好きですよ。――また、聴かせて下さい」
「……お世辞でもそう言ってくれると嬉しいな」
「お世辞じゃないです」
桃華の物言いは、真剣味があり、からかっている感じではなかった。
貴史はふっと笑みを見せ、
「……そっか、サンキュ。――というか、花咲の歌の方が凄いだろ。上手すぎてプロかと思ったぞ」
桃華は、好きなアイドルの曲を振り付けアリで、見事に歌い上げていた。
貴史は、後輩の新たな一面に本当に驚いたものだ。
「ありがとうございます。実は、歌を歌うの好きなんですよ」
桃華は恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、なんだか嬉しそうだった。
「さて、会社に行くか」
いつまでも青空を眺めていても仕方ない。
気は進まないが会社に行くこととしよう。
「はい、そうですね」
「…………そういえば、花咲って、『ネスト』では、漫画も読むんだろ?」
貴史を意を決して口を開く。
「はい、そうですね」
「――どんな漫画読むんだ?」
「え?」
「そういえば、訊いたことなかったって、思ってな。眠気覚ましに教えてくれよ」
桃華とは、会社の先輩として一年の付き合いで、それなりに解っているつもりだったが、ダーツが得意だったり、歌が上手かったりなどは知らなかった。
会社の同僚としては、あまり踏み込みすぎるべきではない、とは思う。
だが、既に桃華はただの同僚ではない、とも思う。
もっとも、桃華の方がどう思っているのかはわからないのだが……
――五代雄介なら、きっとこうするはず……
彼のように二〇〇〇の技はないが、こうして歩み寄ることぐらいはできるはずだ。
「センパイ…………」
桃華は、貴史の言葉に、少し驚いた顔を見せ――すぐに笑顔になり、
「わかりました。――センパイの好きな漫画も教えて下さいね」
「ああ」
貴史は頷き、サムズアップをした。
そして――
会社までの一〇分程度の短い道中ではあるが、お互いの好きな漫画談義をしたのだった。
ちなみに――カラオケ大会の結果は以下の通りだった。
一位、桃華。
二位、マスター。
三位、亜香里。
そして、最下位は――またもや貴史だった。
――次は勝つ!
リベンジを心に誓う貴史だった。
あとがき
『青空になる』と言えば、『仮面ライダークウガ』のEDテーマなわけですが、私は、仮面ライダーシリーズでは、『クウガ』が一番好きだったりします。
それぞれのフォームにメリットとデメリットがあり、それがストーリーに活かされているのが好きでしたね。
ただ、なんと言っても主人公である五代雄介ですね。
本当に好きなキャラクターでした。
ちなみに、好きなフォームは、「紫の金のクウガ」ことライジングタイタンです。




