すごいへべれけ
登場人物紹介
田中貴史:主人公。三三歳、サラリーマン。桃華の教育係をしていた。酒には弱い。今日に備えて節約していた。
花咲桃華:ヒロイン。二三歳。先輩の貴史をからかうのが好き。酒豪。今回は、素直にお酒を楽しむ予定。
森和雄:桃華の祖父。六〇歳。バー『カスク』のマスター。実はガンダムファン。基本マスターとしか呼ばれないので名前が出てくることはない。
「センパイ、今日は本当に奢ってくれるんですか?」
「当たり前だろ。そもそも、花咲には、結構奢っていると思うぞ」
「そうでしたっけ?」
「そうだよ。居酒屋でどれだけ奢ったと思っているんだよ」
さすがに、後輩の桃華と飲みに行ってワリカンなんてしたことはなかった。
「そうでした。いつも、ありがとうございます、センパイ♪」
「調子のいい奴だな、まったく……」
貴史は桃華と一緒に、『カスク』に向かっていた。
今日は、以前約束した、桃華に『カスク』で奢る日だった。
いつも『カスク』では、カウンター越しの関係だったが、今日は、カウンターで二人並んで飲む予定なのだ。
「せっかくの奢りですし。しっかり飲ませてもらいますけど、いいですか?」
「……ああ、大丈夫だ。任せろ……」
言いながら、桃華は本当に底なしに飲むので、少し不安になる貴史だった。
『カスク』店内に入り、二人並んでカウンターに座った。
居酒屋で飲む場合は、大抵向かい合わせなので、隣同士というのは結構珍しい。
「なんか、ヘンな感じですね」
同じ事を思ったのか、桃華が言う。
「そうだな」
少々気恥ずかしいが、これはこれで悪くはない。
「いらっしゃいませ」
今日もマスターがびしっとした姿だった。
「どうも、マスター」
「今日は、どうなさいますか?」
「どうしようかな……」
貴史は思案していると
「センパイ! そんな悩んでないで、さっさと頼んでたくさん飲みましょうよ」
「花咲、お前はいいだろうけど、俺は酒めっちゃ弱いんだよ。――飲めて一杯か、二杯ぐらいかな。だから、なにを飲むかって言うのは、重要なんだぞ」
実際、『カスク』に結構通ってはいるが、いつも一杯飲んだら、長居せず帰っていた。
「確かに、センパイはそんなに飲めないですよね。――でも、今日はわたしに付き合ってくれるんですよね」
桃華は不敵な笑みを見せた。
貴史は顔を引きつらせながら、
「そりゃ、奢るんだから付き合うけど、俺はそんなに飲む気はないぞ」
「えー、そうなんですか?」
「俺が花咲のペースに付いていけるわけないだろ。――俺はゆったりとしたペースで飲むつもりだから」
「そうなんだ。残念」
「残念って……」
「それなら、センパイはロングカクテルの方が良さそうですね。わたしはガンガン飲みますので、センパイはゆっくり飲んで下さい。」
「ロングカクテル?」
「カクテルの分類ですよ。カクテルにはショートとロングという分類があるんです」
「へえ」
「ショートカクテルは小さめのグラスで、提供されます。基本的に氷は入っていないので、比較的短時間で飲みます。代表的なのは、マティーニとかギムレットでしょうか」
「なるほど……」
「ロングカクテルは、ショートカクテルとは逆に、大きめのグラスに氷も入っていますので、量も多く少しずつ時間を掛けて飲めます。センパイが『カスク』で初めて飲んだスクリュードライバーも、ロングカクテルになりますね」
「そ、そうだな……」
初めて、この『カスク』に来店した際、格好つけてカクテルを頼もうとして、『スクリュードライバー』を頼もうとしたところ、『スクリューパイルドライバー』と言ってしまったのである。
恥ずかしいことこの上なかった。
おかげで、以降は多少の希望は言えど、マスターのおまかせにしている。
「それで、センパイはどんなロングカクテルにしますか? スクリュードライバーにしますか? ほとんどジュース感覚で飲めますし」
「そうだなぁ、せっかくなら今まで飲んだことがない奴にするかなぁ」
「なら、カルーアミルクにしてみます?」
「カルーアミルク? 聞いたことがあるような……」
「こっちも甘くてかなり飲みやすいですよ。――センパイ、甘いの好きですよね」
「そうだな。――じゃあ、それにするか」
「わかりました。おじい――じゃなかった、マスター、センパイにはカルーアミルクで、わたしは……センパイの後でいいや」
「……かしこまりました」
マスターは、孫であろうと、いつも通りの接客をしている。
マスターがカウンターの奥からロックグラスを取り出し、氷を静かに落とす。
バックバーから黒いボトルを取り出し、茶色の液体をグラスに注いでいる。
「こちらがカルーアでございます。ここにミルクも入れます。割合は、カルーアが1でミルクが3になります」
次にマスターはミルクを注いだ。確かにミルクの方が多めだった。
茶色と白の液体はすぐには混ざらず、グラスの中で淡い層を作っている。
マスターは、そこにバースプーンを差し入れ、静かに混ぜる。
「お待たせしました。カルーアミルクです」
「ありがとう、マスター」
グラスを受け取る。
グラスの中は、均一なカフェオレのような色になっていた。
――これがカルーアミルクか……
「センパイ、飲んでみてくださいよ」
「でも、まだ花咲のカクテルが……」
「いいですよ。気にしないで飲んでください。――マスター、わたしはマティーニで」
「かしこまりました」
マスターは、桃華のカクテルを作り始めている。
「ほら、センパイ、早く飲んで下さい」
「あ、ああ」
貴史はカルーアミルクを口にする。
一口飲むと、最初に感じたのはミルクのまろやかさだった。その後から、コーヒーの苦みとリキュールの甘い香りがゆっくりと追いかけてくる。
「……これ、お酒か?」
とても飲みやすい。
酒を飲んでいる気がしなかった。
一口だけ飲むつもりが、もう一口、もう一口と飲んでしまう。
「センパイ、飲みやすいからと言って、一気に飲んではダメですよ。――ゆっくり飲むためのロングカクテルですし」
「あ、ああ、そうだな」
貴史は我に返る。
酒に弱いのだから、こんなペースで飲んでいたら、あっという間に終わってしまう。
今日は、桃華と一緒に飲むのだから、
――ゆっくり、ゆっくりと……
*
「マスター、もう一杯。同じので」
「田中様。それぐらいにしておいた方が」
「大丈夫大丈夫。まだいけるから」
田中先輩は顔を真っ赤にしている。
予想外の展開だった。
田中先輩はすっかりカルーアミルクにハマってしまった。
なにしろ、『カスク』でも一杯か二杯しか飲まない田中先輩が、もう四杯目である。
「いやー、うまいなぁ、これ。いくらでも飲めるわ」
「センパイ、カルーアミルクは飲みやすいからこそ、飲み過ぎちゃダメなんですよ。もうやめましょう?」
明らかに酔っ払っている田中先輩を見て、桃華は心配していた。
だが、田中先輩は、こちらをジト目で見た。
「なんでだよ、いいじゃないかよ。――俺、酔ってなんかないし」
いつもの田中先輩と違って、やけにわがままだった。
これが、酔っ払っているときの田中先輩なのか。
――カワイイ……
桃華は、胸中でつぶやく。
田中先輩のこんな姿は滅多に見れない。
だが、さすがにこれ以上飲ませると、身体に良くない。
「ほらほら、センパイ、もうやめましょうよ」
「……………………」
田中先輩は答えず、こちらをまっすぐに見ていた。
「……どうしました?」
「…………………………」
桃華の言葉に、田中先輩は無言で顔を近づけてきた。
「え?」
やがて、桃華の顔と田中先輩の顔が一〇センチぐらいの距離まで近づいていた。
――な、なに……
これ以上近づいたらキスをしてしまいそうな距離に、桃華は内心慌ててしまう。
「花咲…………」
「な、なんですか?」
「……花咲って……カワイイよな」
「え?」
突然に発言に、ぎょっとしてしまう。
まさか、田中先輩がそんなことを言うとは。
「センパイ、なに言っているんですかー。やめてくださいよ」
桃華はあえて冗談っぽく言った。
田中先輩がそう言ってくれるのは、うれしいが、明らかに田中先輩の状態が普通ではないので、心配の方が勝っていた。
「いや、俺は本気だぜ……桃華」
「え? え?」
突然の名前呼びに、びくっとしてしまう。
今の田中先輩が酔っているというのは理解しているが、名前で呼ばれるのは、正直、最高の気分だった。
「なあ、桃華」
「な、なんでしょう。センパイ」
「それだよ」
「え?」
「いつまで、俺のことを『センパイ』と呼ぶんだ?」
「それって……」
「俺は、会社の先輩の前に、一人の男だ。桃華には、俺のことを名前で呼んで欲しい」
田中先輩は、真剣な表情だった。
だが、顔は真っ赤だった。
酔っ払っているのは間違いない。
今の、田中先輩は、普通の状態ではない。
だが、酔っている状態だからこそ、本音を言っていると言えるのではないか?
そうに違いない。
ここは、流れに乗るべきだ。
「た……貴史……さん」
「…………桃華」
田中先輩が、じっとこちらを見つめながら、名前を呼ぶ。
その優しい声音に、ゾクゾクした。
――お祖父ちゃんは……
一瞬我に返り、祖父の方を見る。
祖父は、我関せずと言う感じで、カルーアミルクを作っている。
バーのマスターらしく、客同士のことに干渉はしないようでくれているようだ。
孫の恋愛模様など見たくないだけかも知れないが……
――よし、このまま行こう!
「貴史さん……」
桃華は伏し目がちに、言った。
「なんだい? 桃華」
田中先輩は、優しく語りかけてきた。
心地よい響きだった。
なんだろう、この格好いい先輩は。
もう、言いたいことを言うしかない。
「わたし、貴史さんのことが――」
このまま、告白をしてしまおうと思った、その時。
どさっ。
そんな音がした。
「え?」
顔を上げる。
すると、カウンターに突っ伏している田中先輩がいた。
「くー」
田中先輩は、気持ち要さそうに寝息を立てていた。
「………………なにそれ……」
最高にいいところだったのに、終わってしまった。
――まあ、こういうオチになるよね……
実際問題として、ここで告白したとして、田中先輩に記憶が残っているかアヤシいわけで。
さすがに告白まではするべきではなかった。
でも、なかなか良い時間だった。
普段では見れない田中先輩の姿が見れたのだから。
「……桃華……」
祖父が声を掛けてきた。
「どうしたの? お祖父ちゃん」
「田中様が頼まれたカルーアミルクが出来たんだか……どうする?」
「わたしが飲む」
「そうか」
祖父は、グラスを桃華の前に差し出した。
グラスを手に取り、一口飲む。
「甘い……」
田中先輩はこんなに甘いお酒が好きなんだ。
桃華は、田中先輩が起きるまで、頬杖をつきながら、カルーアミルクをちびちびと飲むのだった。
*
翌日。
――頭痛い……
貴史は、二日酔いになりながら、会社の自分の席に着いた。
――さすがに、昨日は飲み過ぎたな……
カルーアミルクの飲み過ぎて酔っ払って寝てしまったことは記憶あるのだが、それ以外の記憶は皆無だった。
まさか、自分がへべれけになるまで飲んでしまうとは……
バーのカウンターで突っ伏して寝てしまうと言う醜態をさらしてしまい、マスターには平謝りだった。
マスターは、「気にしないで下さい」と言ってくれたが、菓子折かなにかを持って行って謝罪をせねばならない。
「おはようございます、センパイ♪」
出社してきた桃華が挨拶に来た。
「あ、ああ、おはよう」
貴史が挨拶で答える。
なんだか、桃華はやけに上機嫌な気がする。
そもそも、桃華も相当酒を飲んでいたはずなのに、まったく問題なさそうだ。
「昨日は、俺が酔っ払って悪かったな」
貴史は、昨日のことを謝罪した。
「いえいえ。気にしないで下さい」
「正直、昨日の記憶がほとんどなくてな。なんかやらかしたんじゃないかと心配で……」
「大丈夫ですよ。センパイは、酔って暴れたりはしてませんでしたから。静かに寝てましたよ」
「そ、そうか? なら良かったけど……」
「そうですそうです。全然気にしないで下さい」
「いや、そうは言っても気にするよ。――今後は、絶対に飲み過ぎないようにするから」
「……そこまで深刻にならないでくださいよ。わたし本当に気にしていないですから。――むしろ、酔っ払ったセンパイの姿を見れて役得でしたし」
「え? やっぱり、俺、なんかやったのか?」
「…………知りたいですか?」
「ああ」
「じゃあ、また『カスク』で一緒に飲みましょう。――もちろん、カルーアミルクを飲みますよね♪ 貴史センパイ」
桃華は、意地悪そうな笑みを浮かべていた。
あとがき
『すごいへべれけ』と言えばサンソフトから1994年に発売されたスーパーファミコン用のアクションゲームな訳ですが、現在は「Nintendo Switch Online」の「スーパーファミコン Nintendo Classics」でプレイすることができます。
最大四人プレイ可能な楽しいアクションゲームですので、是非プレイしてみて下さい。
もっとも、私は一人プレイしか、したことないのですが……




