ザ・ダイヤモンドダスト・リベリオン
登場人物紹介
田中貴史:主人公。三三歳、サラリーマン。桃華の教育係をしていた。酒には弱い。ジャンプは今も毎週読んでいる。
花咲桃華:ヒロイン。二三歳。先輩の貴史をからかうのが好き。酒豪。色々作戦を考え中。
森和雄:桃華の祖父。六〇歳。バー『カスク』のマスター。実はガンダムファン。ファーストガンダムをリアルタイムで観ているのが自慢。
今日も今日とて、仕事終わりに、『カスク』にやってきた。
カウンター席につき、
「どうも、マスター」
「いらっしゃいませ、田中様」
「一応訊いておくけど、花咲は来ていないよね?」
「はい、今日は、本当に来ておりません」
念を押すようにマスターは言った。
「それは良かったです」
今日、桃華は用事があると言ってすぐ帰っていった。
『カスク』にも行かない、とも言っていた。
だが、これまで、桃華には二回ほど騙されているわけで、またカウンター下に隠れているのではないかと思い、警戒してしまった。
「申し訳ありません。私も桃華の企みに加担してしまって」
「気にしないでください。孫に頼まれたら、断れませんよね」
「いえ、私も、楽しんでいましたので、同罪です」
マスターは、ふっと笑みを見せた。
「マスター、あなたって人は……」
なかなか侮れない人である。
「それで、今日はどうなさいますか?」
「さて、どうしようかな……」
と、思案する。
カクテルに詳しくないので、名指しはできないが、どういう感じのものが飲みたいか、というのは伝えたいところだ。
と――
真鍮の鈴の音が鳴った。
新しい客が来店したようだ。
「どうもー、マスター」
よく通る声とともに、店内に入ってきた客は、スムーズにカウンター席についた。
貴史の座る席から一つ空けた左隣の席だった。
肩までまっすぐに伸びた茶髪と切れ長の目が印象的な女性だった。
「……ふふっ――」
こちらが見ているのに気づいたのか、茶髪の女性が小さく笑みを見せてこちらを見た。
「!」
慌てて目をそらす。
「いらっしゃいませ。なにになさいますか?」
「じゃあ、ジントニックをお願いします」
茶髪の女性が注文した。
――ジントニックか、どんなカクテルだっけな……
名前自体はスクリュードライバー同様、知っていたがよくはわかっていない。
もちろん、名前からジンが使われていることは、さすがにわかるが、それだけである。
――俺はどうしようかな……
マスターに、なんて注文しようか考えていると、
「どうぞ」
なぜか、マスターからグラスが差し出された。
グラスの中の透明な液体からは、炭酸の細かな泡が底から絶えず立ちのぼっている。
グラスの縁には、薄く切られたライムが一枚、そっと掛けられていた。
「これは――」
「ジントニックです。――あちらのお客様からです」
マスターが、先ほどの茶髪の女性に視線を向けながら、言った。
「え?」
貴史も顔を隣に向けると、
「どうも~」
茶髪の女性は、頬杖をつきながら、手を振っていた。
「どうぞ」
マスターは、茶髪の女性にもグラス――ジントニック――を差し出した。
「ありがとう、マスター」
茶髪の女性はグラスを受け取ると、一口飲む。
「……やっぱりマスターのジントニックは最高ね」
「ありがとうございます」
マスタが一礼をして、答えた。
「あ、あのー」
ようやく口を挟むタイミングを得たので、茶髪の女性に声を掛ける。
「どうしたの?」
「いや、これって……」
貴史は、ジントニックが入ったグラスを指さした。
「ジントニックよ」
「いや、それはわかってますけど……どうして?」
「理由が必要かしら?」
「そりゃ、必要でしょう。いきなり見知らぬ人に奢ってもらうなんて困りますよ」
「久瀨亜香里、二二歳よ。――あなたは?」
「え? た、田中貴史……です」
ここで拒絶するのも気まずいでの、普通に名乗ってしまう。
亜香里が、にこっと笑い、
「ほら、これで知り合いよね。――なら、奢っても問題ないでしょ? 貴史さん」
「はぁ……」
言いながら、これはどういうことだろう、と思った。
――なにを企んでいるんだ?
相手がどこぞのイケメンならともかく、貴史は冴えない三十男である。
こんな美人が、いきなり奢ってくるのは明らかに、おかしい。
しかも、二二歳だと。
とても大人っぽい雰囲気の女性だったので、なんとなく貴史と同世代ぐらいかな、と思っていたのだが……
「そんなに警戒しないでよ。裏なんてなにもないから」
亜香里は、そんな貴史を見て、苦笑した。
「……いやー、でも……」
「貴方と素敵な夜を過ごしたいというのでは、ダメ?」
亜香里は、言いながら、ひとつ隣の席に移動してきた。
これで、貴史と亜香里は隣同士の席となった。
「ダメというかなんというか……」
女性に縁のない人生を送ってきた貴史には、どう対応すればいいか、わからなかった。
「もしかして、彼女とかいるの?」
探るように、こちらを見つめながら、亜香里。
「いや、いないですけど……」
「なら問題ないわね」
「いやいや」
「……あたしのこと、キライ?」
「嫌いというかなんというか、初対面ですし……」
「男と女に、時間は不要だと思わない?」
「そ、そうですかね……」
貴史は、気圧されながらもなんとか答える。
美人から口説かれて悪い気はしないが、それを素直に受け入れられるほど初心ではない。
――とりあえず、様子を見るか……
それから亜香里からのアプローチを受け続けることとなった。
そして、三〇分ほど経ち――
状況はすっかり変わっていた。
「貴ちゃんって、あまり飲まないのね? ほらほら、もっと飲みましょーよ!」
言いながら、亜香里はグラスをぐいっと傾け、三杯目のジントニックを飲み干した。
貴史の呼び方もいつのまにか『貴ちゃん』に変わっていた。
もっとも、変わったのは呼び方だけではないのだが……
「おいし~」
亜香里は、赤ら顔で心底楽しそうだった。
「久瀨さん、ちょっと飲み過ぎなんじゃないの?」
貴史は、ジントニック――まだ一杯目――を口にしながら言う。
「なによー」
亜香里は口をとがらせた。
「あたしは、全然酔ってないし。――ただ、楽しいだけだから。あはははははは」
「こりゃ、酔ってるな……」
最初の数分は、妖艶な雰囲気を漂わせながら、迫ってきていたが、カクテルを一杯、二杯と飲んでいくうちにすっかり変わってしまった。
酔うと、変わるタイプのようだった。
――むしろ、これが彼女の素なのかも……
この姿の方が、とても自然に思えた。
なんだかんだで、貴史もリラックスしていた。
「ねー、貴ちゃんって、本当に彼女いないのー?」
「いないって。――むしろ、久瀨さんこそ、彼氏いるんじゃないの?」
貴史もすっかり口調がくだけていた。
「…………彼氏? ――そうね…………今はいないけど、過去には沢山の男と付き合ってきたかな」
ふふん、と得意げな表情を見せる亜香里。
「まあ、久瀨さんなら、ありそうだけど」
今はアレな感じだが、亜香里は、普通に美人なので違和感はない。
亜香里は、ふふん、と笑みを見せた。
「わかっているじゃない。――じゃあ、あたしの歴代彼氏について教えてあげる」
「……はあ……」
正直、微塵も興味はなかったが、言いたいように言わせておけばいずれ、酔い潰れて寝てくれるだろう。
そもそも歴代彼氏という言い方に引っかかりを覚えなくもないが……
「じゃあ、まず一人目ね。初代彼氏は、『日番谷君』かな」
亜香里は、酔ってはいるが、真剣な表情だった。
「………………ん?」
思わず聞き流しそうになってしまったが――
――その名前って……
「日番谷君とは、一年ぐらい付き合っていたかな。その後は――」
「ちょちょちょっ、ちょっと待ったっ!」
「なによ、貴ちゃん」
「久瀨さん、その日番谷君、あの日番谷?」
貴史は念のために訊くと、
「ん? 貴ちゃんがなにを言っているのかわからないけれど、もちろんBLEACHの日番谷冬獅郎君よ」
亜香里は、なんのてらいもなく、いいのけた。
貴史の勘違いじゃななかった。
「それって、ジャンプの……漫画のキャラだよね?」
「それが? なにか悪い?」
「い、いや、悪くはないけど……俺も好きだし、BLEACH」
元々ジャンプ漫画は好きだが、BLEACHはは、世代的にドンピシャだったので、かなりハマっていたのだ。
それにしても、亜香里が二次元キャラが好きな、いわゆる夢女子だったとは……
「え? そうなの? ――じゃあ、貴ちゃんは、誰と付き合っていたの? 黒崎一護?」
「なぜに一護! 俺は普通に漫画として好きだっただけだから」
「なーんだ。つまらない」
本当にがっかりしているようだ。
「つまらないって……」
なんだろう、この人。
夢女子なだけでなく、腐っているというのか。
「じゃあ、話を続けるね。次の彼氏は、テニプリの越前リョーマ君。彼とは、二年ぐらい付き合ったかな。その次は、REBORNの六道骸様ね。それからそれから――」
それから、亜香里は延々と、付き合った彼氏について語り続けた。
最終的に二桁にも及ぶ彼氏紹介を終え、亜香里はすがすがしい顔をしていた。
「ふー、満足満足。たまにはこういうことを話さないとね」
「だろうね……」
貴史はすっかり疲れてしまった。
ふと、思う。
――ていうか、歴代彼氏の作品、聞いていると、久瀨さんって俺と世代近い気がするんだよなぁ……
もっとも、どの作品も長く愛されている作品なので、二二歳でハマっていてもあり得なくはない。
「貴ちゃんは、二次元キャラには入れ込まないタイプなの? さっきは彼氏について訊いちゃったけど、好きな女の子キャラクターとかいなかったの?」
「好きなキャラかー。そりゃ、いたけど、彼女とか思ったことはないなぁ。例えば、俺は『ゼロの使い魔』のルイズが好きだってけど、才人とくっついて欲しいと思ってるわけよ」
「へえ、ルイズちゃんって言ったら、『俺の嫁』とか言いそうだけど、違うんだ」
「そうそう。どっちかと言うと、作品中の関係性に萌えるというか」
「なるほどね」
亜香里は納得したようにつぶやくだけで、それ以上追求はしてこなかった。
相手の趣味趣向に、どうこう言うタイプではないようだ。
「マスター、ジントニックおかわり!」
「久瀨様。――そろそろ終わりにした方がよろしいのでは? 久瀨様もお酒に強い方ではないですよね」
「大丈夫大丈夫。あと一杯だから」
「……わかりました。あと一杯ですよ」
「ねえねえ、マスターは好きなキャラクターとかいたの?」
亜香里は、今度はマスターを標的にし始めたようだ。
マスターは口ごもると思っていたが、即答した。
「私は…………セイラさんですね。可憐で素敵でした」
「ほう、マスターは、セイラさんが好きだったんですか」
「セイラさん?」
亜香里は首をかしげた。
さすがに初代ガンダムのキャラクターは知らないか。
「ファーストガンダムに出てくる女性キャラクターだよ。――セイラ・マス。俺は世代じゃないですが、美人でいいですよね。――もしかして、小説版も?」
「もちろん、読んでます。子供ながらドキドキしながら読ませてもらいました。」
「さすが、マスター」
小説版『機動戦士ガンダム』は、アニメ版『機動戦士ガンダム』とはかなり話が違い、セイラとアムロが恋仲になり、刺激的な関係になってたりするのだ。
「どういうこと? あたし、ファーストガンダムは観たことないんで話についていけないんですけど!」
「その言い方だと、他のガンダムは観てたり?」
「あたしはSEEDからかなー。キラ君とは、半年ほど付き合ってたし」
「そういやそうだった……」
先程説明していた歴代彼氏に、ガンダムSEEDのキラ・ヤマトもいたのである。
それにしても――
「SEEDか……」
最初に見たガンダムがSEEDというのであれば、貴史も同じである。
やはり、気になる。
「久瀨さん、二二歳って言ってたけど…………もしかして俺と同世代じゃない?」
亜香里は、貴史の問いに一瞬、硬直するが――すぐに笑顔になって、
「え、なんのこと? あたしは二二歳よ。なに言っているのよ、貴ちゃん」
「でもさ……どう考えても……」
「あたしが二二歳と言えば二二歳になるの。そういうものなのよ……」
亜香里の乾いた笑いを見て、貴史はこれ以上ツッコむべきではないな、と思った。
「わかったよ。久瀨さんは二二歳。理解したって」
「ありがと。貴ちゃん、マスター。まだ夜は長いわよ。語り明かしましょう!」
「そーだな。たまにはいいか」
「かしこまりました」
そして、バー『カスク』の夜は騒がしく更けていく――
*
翌日の朝。
桃華は、自宅近くで、久瀨亜香里と顔を合わせた。
「で、どうだった? 亜香里ねーさん。センパイを誘惑できた?」
桃華にとって、亜香里は年上の幼なじみだった。
昔から、なにからなにまで相談してた。
そして、昨日は、亜香里に田中先輩を誘惑するようにお願いをしていたのだ。
先日、田中先輩は、同僚の桃華に対して、恋愛対象としては意識しないようにしている、ということが判明した。
故に、今度は会社と無関係の女性から言い寄られた場合、どうなるのか、調査したかったのだ。
その結果次第では、転職も視野に入れなくてはならなかった。
――ねーさんは、基本、二次元にしか興味がないので、心配しなくていいし……
「あー、桃華ちゃん……それはね……」
なぜか、亜香里は口が重かった。
「もしかして、失敗した?」
ダメ元でお願いしていたところがあったので、ダメなら仕方ない。
だが――
「うーん、一応、やったと思うんだけど……」
「だけど?」
「正直、あまり記憶がない」
「え?」
「でも、貴ちゃんとは、結構話せたと思うんだよね。マスターも交えて、本当に盛り上がったからさ」
「貴ちゃんって……」
「ん? どうしたの?」
「その、呼び方……」
「ああ、最初は貴史さんって呼んでたんだけど、なんだかまどろっこしくてさ。貴ちゃんはいい奴だよねー。さすが、桃華が好きになるだけのことはある。すっかり、仲良くなったなー。連絡先も交換したし」
「え?」
「大丈夫だって。ただの飲み友達だから。心配ないから」
亜香里は笑っている。
「ほんと?」
久瀨亜香里は、二次元にしか、興味を持たない女ではあるのだが、そのさっぱりとした性格から、初対面でも、すぐに仲良くなってしまうのだ。
亜香里については、心配ないと思うが、田中先輩の方が、亜香里のことを好きになってしまうと言うことも、あり得るかも知れない。
――大丈夫……よね……
色々と不安になる桃華であった。
あとがき
『ザ・ダイヤモンドダスト・リベリオン』と言えば2007年に公開された、日番谷冬獅郎がメインの劇場版BLEACHのクソかっこいいタイトルな訳ですが、「日番谷冬獅郎を処刑せよ。」ってキャッチコピーがとても印象に残っていますね。




