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第五話:原石の棲む掃き溜め

スターは作られるものじゃない。

 泥の中に埋もれているのを、誰かが「見つける」だけだ。

 ルナという偽物の偶像アイドルを叩き壊した僕が、次に手に入れるべきもの。

 それは、この腐りきった芸能界の常識を根底から覆すような、致死量の猛毒を持った劇薬だ。

 神代朔の第ニ章。

 運命の出会いは、きらびやかなステージではなく、光の届かない掃き溜めから始まる。

東京ドームでの「放送事故」から、一週間が経過していた。

 芸能界は今、未だかつてない大嵐の真っ只中にある。

 国民的歌姫だったルナは、文字通り一夜にしてすべての王冠を失った。あの夜、ドーム中に響き渡った彼女の暴言と、亡き如月アサヒへの侮辱は、瞬く間にSNSで拡散され、日本中のネットニュースを席巻した。

 僕が黒岩に突きつけた「裏帳簿」の効果は絶大だった。

 業界の狸である黒岩は、自身の保身のために驚くべきスピードで動いた。翌日の朝にはルナの専属契約を解除し、「当社も彼女の裏の顔には騙されていた。遺族に深く謝罪する」という白々しいプレスリリースを発表したのだ。

 現在、ルナは殺人教唆および詐欺の疑いで警察の任意同行を求められ、表舞台から完全に姿を消している。かつて彼女を「女神」と崇めていたファンたちは、今は最も熱心なアンチへと変貌し、彼女の過去の粗探しに狂奔していた。

「……計算通り、だな。むしろ黒岩の動きが良すぎて拍子抜けするくらいだ」

 僕は、所属する弱小事務所『スターダスト・リンク』の壁紙が剥がれかけた狭いデスクで、スマホのニュース画面をスクロールしながら独り言ちた。

 ルナが再起不能の底辺へ落ちるのは当然だ。

 だが、僕の復讐は「壊して終わり」じゃない。僕がかつて身を削って築き上げ、あいつに盗まれた『頂点』の玉座。そこに、もっと相応しい人間を座らせて初めて、如月アサヒの無念は晴れるのだ。

「朔くん! またスマホ見てボーッとして! ルナが落ちぶれて芸能界がひっくり返ってるってのに、あんたは呑気でいいわね!」

 背中をパーンと叩かれ、僕はわざと情けない声を出して振り返った。

「い、痛いですよ先輩。仕方ないじゃないですか、僕らみたいな底辺事務所には関係のない雲の上の話ですし……」

「バカ! 大手が枠を空けた今こそ、うちらみたいな弱小が食い込むチャンスなのよ! ほら、今日は新宿の地下でドサ回りのヘルプよ。機材車、先に出しといて!」

「はいはい、分かりましたよ」

 僕は苦笑しながら車のキーを受け取った。

 神代朔という少年の身体は、こういう時に便利だ。十九歳の冴えない新人マネージャー。誰からも警戒されず、どこへでも潜り込める。

 向かった先は、新宿歌舞伎町の外れにある、雑居ビルの地下深く。

 カビと安酒、そして若者の汗が混ざったような特有の匂いが充満する、場末のライブハウスだった。

 出演しているのは、衣装もバラバラで、客席には数人から十数人の固定ファン(オタク)しかいない、いわゆる「地下アイドル」の少女たちだ。

 最後列の壁に寄りかかりながら、僕はステージを観察した。

 ……正直、耳を塞ぎたくなるような惨状だった。

 ダンスのフォーメーションはバラバラ、笑顔は作り物めいて引き攣り、何より「歌」が致命的だ。ピッチは半音ズレたまま修正されず、リズム隊のバスドラムの音すら拾えていない。ただ大声でオケに合わせて喚いているだけの、学芸会以下のパフォーマンス。

 これが、僕が死んでから三年経った今の、底辺のリアルか。

 ため息をつき、外の空気を吸いに行こうと背を向けたその時。

 ――鼓膜を、鋭利な刃物で薄く切られたような感覚が走った。

「……?」

 僕は足を止め、再びステージに視線を戻した。

 次に登場した三人組のグループ。そのセンターでマイクを握っている、一人の少女。

 黒髪のボブカットに、どこか投げやりな視線。

 名前は、**白雪しらゆき りん**というらしい。

 他のメンバーが必死に愛想を振りまき、「みんなー!盛り上がってるー!?」と甲高い声を上げる中、彼女だけは、客席のオタクたちをゴミでも見るような冷たい瞳で見下ろしていた。

 だが、惹きつけられたのはその態度の悪さではない。彼女の「声」だ。

 マイクを通したその声には、聴く者の心臓の柔らかい部分を直接鷲掴みにするような、暴力的なほどの「引力」があった。

 決して上手いわけじゃない。発声の基礎はなっていないし、ブレスのタイミングもめちゃくちゃだ。

 だが、その声の芯には、あの全盛期のルナですら持っていなかった、圧倒的な熱量――血を吐くような『渇き』と『怒り』が宿っていた。

(……なんだ、あいつは)

 如月アサヒとしてのコンポーザーの血が、粟立つのがわかった。

 綺麗なだけの声なら、いくらでもいる。だが、声だけで空気を切り裂き、聴く者に「痛み」を共有させる才能は、百万人に一人もいない。

 ライブ終了後。

 僕は、薄暗い路地裏の裏口で、一人でタバコを吹かしている白雪凛を見つけた。アイドルらしからぬその姿に、僕は内心で笑いそうになる。

「未成年の喫煙は、週刊誌のいい餌食になるよ」

 声をかけると、凛は面倒くさそうに振り返った。

「……あんた、誰。ファンなら出待ち禁止だって言われてるでしょ。帰れ」

「ファンじゃない。君を、今の三十人から、三万人の前に立たせるために来た男だ」

 凛はフッと鼻で笑い、タバコを携帯灰皿に押し付けた。

「三万人? 頭おかしいんじゃないの。私はただ、親が残した借金を返すために、こんな掃き溜めで猿山の相手をしてるだけ。アイドルなんてどうでもいい。……そもそも、私は音楽なんて、反吐が出るほど大嫌いよ」

 その言葉は、嘘偽りのない本音だった。

 彼女の瞳には、一切の希望がない。ただ日々を消費し、世界を呪いながら生きている人間の目だ。

「最高だ」

 僕は思わず、唇の端を歪めて笑った。

「……は? 何がよ」

「音楽を愛している奴なんて、今の時代ごまんといる。愛や希望を歌う偽物なら、さっき僕がドームから引き摺り下ろしてきたばかりだ」

 僕は凛に一歩近づき、彼女の目を真っ直ぐに射抜いた。

「でも、音楽を心の底から憎み、それでも歌わなきゃ息が詰まって死んでしまうような……そんな『絶望の渇き』を持った原石は、君しかいない」

 僕はポケットから、一枚の黒いUSBメモリを取り出し、彼女の目の前で揺らした。

 中に入っているのは、僕が……如月アサヒが死ぬ間際に書き上げ、ルナの才能では到底歌いこなせないと判断して封印していた、『真の遺作』。

 愛ではなく、底知れない絶望と祈りを込めた未発表曲だ。

「白雪凛。君のその憎しみを、僕の曲に乗せてみないか。君が歌うなら、僕は世界を敵に回してでも、君をこの国の頂点に立たせてやる」

 凛の瞳に、初めて微かな動揺が走った。

 それは、暗闇の中にいる者だけが見せる、一筋の光への飢えだった。

「……あんた、名前は?」

「神代 朔。君を本物の女神にするための、調律師だ」

 カビ臭い新宿の路地裏。

 音楽に殺された天才と、音楽を憎む少女の契約が交わされた。

 ここからが、神代朔の――真の復讐劇の始まりだ。

第五話、お読みいただきありがとうございました!

 今回は少し長めに、朔の心情と新ヒロイン・白雪凛との出会いをガッツリと描きました。

 ルナという「作られた完璧な偽物」に対して、凛は「傷だらけで荒削りな本物」です。

 音楽を愛した朔と、音楽を憎む凛。この全く正反対の二人が、どのようにして芸能界というバケモノに立ち向かい、のし上がっていくのか。

 このコンビの活躍に期待していただける方、

 「凛のキャラがいい!」「ざまぁの後の展開も面白い!」

 と思っていただけましたら、ぜひページ下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援をお願いいたします!

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