第三話:カーテンコールの裏側で、死神は微笑む
三万人の観客。
数億円の機材。
そして、一人の「偽物」を神に仕立て上げるための、完璧な嘘。
誰もが、彼女の涙を「本物」だと信じている。
誰もが、僕の書いた旋律を「追悼の祈り」だと思っている。
――けれど、本当の音楽は、ここからだ。
音響卓の前に座る僕は、もはやマネージャーではない。
偽りの女王から王冠を剥ぎ取る、処刑人だ。
神代朔の最初で最後の「調律」を、特等席でお聴きください。
本番当日。
東京ドームを埋め尽くすサイリウムの光は、まるで血の海のようだった。
僕は舞台袖のPA(音響)デスクの死角に潜り込んでいた。新人の僕にそんな権限はないが、今の僕には、この会場の最新音響システムにアクセスする「バックドア」を知っている特権がある。前世で、このホールの設計段階から音響アドバイザーとして関わっていたからだ。
ライブは順調に進んでいるように見えた。
大型スクリーンには、涙を流しながら熱唱するルナの顔が映し出されている。ファンはその「完璧な演技」に酔いしれ、彼女を女神と崇めている。
けれど、後半。ルナの喉に疲労が蓄積し始める。
彼女はマイクのピッチ補正を信じきっている。自分がどれだけ外そうが、機械が「完璧な歌姫」に加工してくれると。
そして、ラストナンバー。如月アサヒの遺作、『永劫のアイ』。
イントロが流れ、会場のボルテージが最高潮に達したその時。
僕は、彼女の声にかかっていた「魔法(補正エフェクト)」を、すべて物理的に切断した。
「――っ!?」
ドーム全体に響き渡ったのは、加工された美しい歌声ではない。
掠れ、震え、外れまくった、一人の女の「見苦しい叫び」だった。
静まり返る三万人の観客。
ルナの顔が、恐怖で引き攣る。
彼女は必死で歌おうとするが、一度乱れたリズムは二度と戻らない。剥き出しになった彼女の「無才」が、スピーカーを通じてドーム中に暴露されていく。
追い打ちはこれだけじゃない。
僕はさらに、ステージ背後の巨大スクリーンに、ある「映像」を流した。
それは、彼女が三年前、僕をホームに突き飛ばした直後――防犯カメラの死角で、彼女が勝利を確信して笑いながら、僕の楽譜を破り捨てていた時の音声データだ。
僕のスマホが、粉々になる直前にクラウドへ自動同期していた『真実』。
『あーあ、やっと死んでくれた。これで、この曲の著作権も印税も、全部私の好きにできる。如月アサヒなんて、死んで神格化されてナンボよね。あいつ、死ぬまで私のこと信じててバカみたい』
スピーカーを通じて、彼女の毒々しい声が会場に降り注ぐ。
サイリウムの光が、一本、また一本と消えていく。
歓声は悲鳴に変わり、やがて怒号のような罵声へと塗り替えられた。
「嘘よ……こんなの、誰かが仕組んだ罠よ! 私は、私は選ばれた歌姫なのよ!」
ステージ中央で叫ぶルナ。その姿は、もう女神でも何でもない。ただの、返り血を浴びた殺人者だった。
彼女がゆっくりと、舞台袖の暗闇にいる僕を見た。
僕は調整デスクから立ち上がり、彼女に向けて、かつて彼女が「世界で一番好き」だと言った、あの優しい微笑みを投げかけた。
「さあ、最高のカーテンコールですよ、ルナさん。あなたが殺した僕の音楽が、ようやくあなたに引導を渡しに来たんです」
これが、僕の復讐の序章。
神代朔としての、本当の人生の始まりだ。
芸能界という、嘘を愛するこの地獄で。
僕は今度こそ、君を『完璧な敗北者』にしてあげるから。
逃げられると思うなよ。
君の地獄は、まだ始まったばかりなんだから。
第三話、お読みいただきありがとうございました。
ようやく、ルナに「あの日」の報いを受けさせることができました。
最新鋭のオートチューンを切られ、ただの叫びを晒す歌姫。
そして、暗闇の中で笑う朔。
少しでも「ざまぁ!」と思っていただけたなら、作者としてこれほど嬉しいことはありません。
ですが、これはまだ「復讐の序曲」に過ぎません。
ルナを操っていた黒幕の影、そして神代朔という少年の身体が持つ「本当の事情」……。
物語はここから、さらに芸能界の深淵へと潜っていきます。
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次回、第四話――「崩壊のノイズと、死神の足音」
どうぞご期待ください。




