第二話:嘘つきたちのゲネプロと、ひび割れた歌声
一般人は音楽を「気分」で聴く。
だが、プロは音楽を「構造」で聴く。
そして僕は、音楽を「嘘」で聴き分ける。
かつての僕が育て、僕を殺した歌姫。
三年の月日は、彼女の声をどう変えたのか。
再会の瞬間、僕が耳にするのは歓喜の歌か、それとも破滅への不協和音か。
神代朔としての初仕事は、かつての愛した女を「査定」することから始まります。
ドームのバックステージは、殺気立ったスタッフたちの怒号と、機材の運搬音が入り乱れる戦場だった。
ルナの楽屋前。僕は、かつての恋人であり、僕を殺した殺人者である女の前に立っていた。
三年前より少し大人びた彼女は、高級ブランドの香水と、隠しきれない傲慢なオーラを身に纏っている。彼女は鏡越しに僕を一瞥しただけで、鼻で笑った。
「新しい雑用? あ、その顔。少しは売れそうだけど、中身が空っぽなら邪魔なだけ。私の視界に入らないで。空気が濁るから」
ああ、変わっていない。
この女は、ファンに見せる聖母のような微笑みの裏で、自分以外の人間を「自分の輝きを際立たせるための照明器具」程度にしか思っていないのだ。
僕は深く頭を下げ、あえて「無能な新人」のふりをして、おどおどした声を出した。
「も、申し訳ありません、ルナさん。本日のリハーサル、如月アサヒ氏の三回忌追悼曲……しっかりサポートさせていただきます」
「……当たり前でしょ。あいつの曲は、私の声が乗って初めて完成するんだから。あいつは私のために曲を書くためだけに生まれてきたのよ」
ルナは、飲みかけのコーヒーを床にこぼした。僕に拭け、という無言の合図だ。
僕は膝をつき、彼女の足元で床を拭きながら、彼女の「歌」をじっと観察した。
リハーサルが始まる。
ステージ中央、スポットライトを浴びるルナ。イントロが流れた瞬間、スタッフたちは「さすがルナ様だ」と感嘆の声を漏らす。
けれど、僕の耳は騙せない。
ひどいものだった。僕という精密な調律師を失い、目先のテクニックに走った彼女の歌唱は、魂が死んでいる。
高音域のビブラートは無理やり喉を絞めて出しており、ピッチのズレを最新の補正機で強引に修正しているのが丸わかりだった。
リハが終わり、不機嫌そうにステージを降りてくる彼女に、僕は冷たい水を差し出した。
「お疲れ様です。……ルナさん、一つだけアドバイスを。今のままでは、明日の本番、ラストのハイB(高音)で確実に声が割れますよ」
周囲の空気が凍りついた。チーフマネージャーが血相を変えて飛んでくる。
「貴様! 何を言って……!」
「待って」
ルナが手を挙げ、僕を凝視した。その瞳には、隠しきれない動揺と、刺すような殺意が混じっている。
「あんた……何者? ただの雑用が、私の歌にケチをつけるつもり?」
「ただのマネージャーですよ。ただ、耳だけは少し良いんです」
僕はかつての如月アサヒが彼女を指導していた時と同じ、冷徹なトーンで告げた。
「その呼吸法、胸式に頼りすぎています。それでは僕が……いえ、如月氏がこの曲に込めた『絶望』は表現できない。今のあなたの歌は、ただの綺麗なゴミです」
バチン、と乾いた音が響いた。
僕の頬は、彼女の平手打ちで赤く腫れた。
けれど、僕は笑いを堪えるのに必死だった。
ルナの指先が、わずかに震えている。
恐怖だろう?
自分の王座が、砂上の楼閣だと気づき始めている。
僕が殺されたあの日の夜、あいつは「あなたの曲は死んだ方が価値が出る」と言った。
なら、教えてやるよ。
死んだはずの僕の曲が、今度は生きているお前を、奈落の底へ引き摺り下ろすんだ。
明日の本番、三万人の観客の前で、君の「嘘」を全部剥ぎ取ってあげるから。
第二話、お読みいただきありがとうございました。
かつての恋人に平手打ちを食らいながら、内心笑っている朔。
復讐者としてはこれ以上ないほど「狂っている」かもしれませんが、それだけ彼の音楽への執着が深いということでもあります。
さて、次はいよいよ本番のステージです。
神代朔が仕掛けた「バックドア」と、ルナの剥き出しの歌声。
ドームを埋め尽くす三万人が、何を耳にすることになるのか。
この「ざまぁ」の瞬間を早く見たい!と思っていただけましたら、
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感想などもいただければ、朔の復讐がより苛烈になるかもしれません。
次回、第三話。
――地獄の開演です。お楽しみに。




