第15話
翌日、サビは兵士二人に連れ出され、殺風景な白い廊下を歩いていた。サビも兵士と同様開闢軍の制服に身を包んでおり、体格もあって窮屈そうに見える。
サビの視線の先には、ガラスの向こうで日に照らされた巨大な建造物が鈍く反射しながら立ち並び、建造物の合間には魔導車や開闢軍の制服を着た人々が行き来していた。
サビには始めて見る内壁の光景だったが、眩しそうに目を細めるとすぐに視線を前に戻し、二人分の足音しかない空間を進んでいった。
「ここだ」
やがて金属質の白いトビラの前で、案内の兵士がそう言って立ち止まり、兵士がノックをしてサビの到着を知らせている。
サビは扉の向こうから複数の強大な魔力を感じ取っていた。
「入れ」
サビには聞き覚えの無い声が聞こえると、兵士達は油断なくサビを一瞥しながら観音開きの扉を開いた。
扉の先は広い部屋で中央には10人以上は集える机があり、サビには見覚えのない人物が向き合う形で一人座っている。
ミリーも手前側に机に座って振り返る形でサビを見ており、壁際にはジャックと中年くらいの男がそれぞれ立っていた。
机の中央に座っている茶髪の女が深く皴の刻まれた顔をサビ達へ向けると、硬質な口調で語りかけてきた。
「ようこそサビ君、私は開闢軍 教練機関長 エリザ・オラザバルという者だ…それではミリー君の横に座ってくれたまえ、早速だがこれからの事についての話をさせてもらいたい」
促されたサビは警戒しつつそのままミリーの横へと着席し、今しがたサビへと話しかけてきた人物に注目した。強大な魔力の気配を漂わせる厳めしい気配のエリザは、サビが着席したことを確認すると頷いた。
「急な話で申し訳ないのだが、君たちには開闢軍に入ってもらいたい」
ミリーとサビも昨日の聴取の際に言われた事だったので、あまり実感がないのもあるが特に驚くこともなく聞いていた。サビ達の様子を確認したエリザは、さらに説明を続けた。
「まあ君たちの保護とスカウトの2つが理由だな、ミリー君を狙った襲撃者の連中はゾーネン結社で間違いないだろう。奴らは指名手配の犯罪者や誘拐した奴隷を使い、開闢軍や都市への窃盗や誘拐、破壊活動に盗掘等を行っており、人類の再興を目指している我々にとっての敵だ…」
エリザはそこで一息つくとさらに続けた。
「君たちには初めは教練機関で様々な訓練や教育を受けてもらう予定だ。その際の待遇についてだが…」
その後エリザから聞かされる待遇について、主にミリーが質問をしつつ、確認を進めて行った。エリザの話を要約すると、
・ミリーの保護の為、当面は防壁内での活動がメインになる事
・防壁内にある教練機関では、特性に合った戦闘スタイルを伸ばすための実習や、魔物の特性や遺跡等の構造についての授業などを受ける
・サビの負傷の対応も進めて行く
・その後特性を見て各配属を決める
「…以上だ、傭兵を続けるよりは、安全面に報酬面やさらに教育制度の充実などかなり魅力的だと思うのだが、どうだろう?」
エリザは要件を伝えるとそのままじっと黙り込んだ。サビはミリーの方に顔を向けると、不安げな琥珀色の瞳を見つめた。
「…悪い話じゃなさそうだ、ミリーはどうだ?」
「私は…そうだね…また狙われた時の事を考えると、しっかりとここで実力を付けたほうが良いと思う」
ミリーはそう返事をすると少し俯き、昨日のボロボロになったサビの姿を思い出した。
(私のせいでサビが傷つく姿をもう見たくない…それと何で私の魔力が上がったの?…分からないことだらけでまた傭兵の生活に戻るのも危険だし…)
開闢軍に入るとはどういう事かいまいち想像しにくい二人だが、先日の襲撃者たちの脅威を考えると渡りに船といった形だった。
ミリーは顔を上げると、エリザに向かって頭を下げた。
「分かりました、開闢軍に入ります」
「同じく」
二人はひとまず誘いに乗る事にした。
「話が早くて助かる、これからはマシュー主任に引き継いでもらう」
早速手続きを進める事にしたエリザは満足げな表情をしてから目くばせをした。壁際に立っていたマシューと言われた中年の男がサビ達の元へと歩みを進めてきた。
「マシューだ宜しく頼む、早速だが当面の予定の確認と宿舎等の案内をしたい、着いてきてくれ」
マシューに促され退室していったサビとミリーの背中を見ながら、エリザは思案していた。
(まさか、本当に 旧き人 がまだいたとはな…あの子はどこから来て、それをゾーネン共もどこで知った?…なんにせよこちらで確保できたのは幸いだな…断られた場合は強硬手段を取らねばならなかった…)
エリザはいざという時に無傷でミリー達を制圧する為に立ち会わせていたジャックを見やると、ミリーとサビの印象について尋ねた。
「ジャックはあの二人をどう見る?、ミリー君はとんでもない逸材だが、サビ君に関しては面構えは良いが、報告通り魔力の気配が弱すぎていまいち期待できんな」
「俺も同感ですねえ、ミリーの嬢ちゃんはともかくサビについては魔力が特殊過ぎて実際見てみねえと」
エリザは椅子にもたれ掛かると、傷だらけの手を組んで天井を眺めた。
「まあそうだろうな…少なくとも魔力が少なすぎれば技量や努力ではどうしようもないが…まあミリー君の様子を考えると、サビ君を入れないわけにはいかないからな…」
この世界では魔力の量は戦闘を考える上でかなり重要な要素である。肉体や武具の強化に、高度な技術では治療や遠距離攻撃などに使用される。
魔力が地上に溢れる以前に使用されていた爆発や質量で破壊する兵器も多く開闢軍は保持しているが、電子機器が魔力によって動作しないので制御が出来ない上に、落ちた生産力と掛かるコストに対して魔物への打撃力といった面で魔力による白兵戦等に大きく劣る。
その為一気に軍の様相も変化し今では魔力関係の開発運用がメインとなり、サビのような特殊タイプに合わせた兵装の開発や運用などほとんど行われていない。
さらにサビは片腕を失っており、その上再生魔術治療も受け付けないとなると魔物食いも不明点が多く研究対象には良いがアドバンテージとしてはかなり微妙だ。
(まあ、サビ君の負傷についての当てはあるか…その後はミリー君の様子も見ながら処遇を決めよう)
エリザは冷徹に判断した。未だ本人にも伏せている部分も多いミリーという希少な人材を開闢軍の手元に置くための、あくまでエサとしてサビを評価していた。
サビとミリーはマシューに連れられ各施設について案内を受けていた。3人は通路を歩いており、他の施設も同じように基本的に白を基調とした硬質な素材で清潔感溢れるつくりとなっている。
「…という訳で基本的に寝る場所以外は男女別の共同だな、最後に食堂についてだ」
案内役のマシューはそう言うと、通路の途中にある扉の前で立ち止まった。
「まあ基本的には使える時間は決まってる、今回は君たちの事情が特殊だからちょっと遅めの朝食になるが、本来はダメなんだけどな」
マシューはそう言うと、扉を開けて中に入っていった。室内は大きな厨房と受け渡しの為のカウンターが付いており、そこで料理を受け取ってからそれぞれの机で食べるスタイルのようだ。
細かい説明を受けながら料理を受け取ったサビとミリーは、適当な所に向かい合う様に座った。受け取った料理はサビの目から見ても明らかに料理の質が良く、今まで食べたことが無いような物ばかりだった。
基本的に内壁は貴族階級に近く優れた能力の人間が集まる場所であり、その内壁の有力な年少者が多く集まってくるのがエクスランド養成機関の為料理も豪華になっている。
「じゃあいったん俺は外に出ておく、色々大変だろうからゆっくりしてくれ」
食事を始めようとしてる二人に対して、マシューは一旦席を外す事にしたようだ。最後にサビの左腕を気の毒そうに見た後に食堂を出て行った。
サビは視線をミリーへ戻すと、琥珀色の瞳もこちらを見ていた。
「なんだかゆっくり話す暇もなかったね…」
「ああ…何が何だか、そういえば何で魔力が一気に増えたんだ?」
「私も正直分からなくて…開闢軍の人たちも分からないみたい…」
ミリーは今までの事を思い返しても、両親の資料からは目ぼしい物は見つけれなかった。もしかしたら他の場所にも拠点を持っているのかもとも考えたが、手掛かりに乏しくお手上げで、正直自分の身に何が起きているのか全く分からなくて不安も多い。
(それに…)
ミリーはサビの欠けた左腕を見ると激しい自責の念に駆られた。両親の死と周りに頼れる人が居なかったあの地方都市ビルヒリーでの不安の中で、サビは手を差し伸べてくれたのだ。その後も傭兵稼業ではお互いが信頼し合い、寡黙なサビとの家での読み書きや計算を教える静かなひと時は心地よかった。
両親の仇を打つことを何処か楽観的に考えていたのだろうか、サビが犠牲になるリスクを何故考えなかったのかミリーは自問していた。
「…気にするな」
ミリーの様子から、サビは自身が負傷したことについて気に病んでいるのだろうと推察し、何でもない様に言った。
ミリーは尚も自責の言葉を発しようとしていたが、サビは食事をとる為にスプーンを右手で取ってスープを掬った。
「とりあえずは腹減ったからな……これは、美味いぞ」
そう端的に言うとサビは一口スープを飲んだが、話を切る為に口にしたがあまりの美味しさに思わず驚いてしまった。
ミリーも少し呆気に取られていたが、サビの様子に苦笑いすると自身もスプーンを手に取り食事を始めた。
「……!本当においしいね!」
二人は他愛のない会話をしながら料理に舌鼓を打った。
「早速サビの怪我の事で、興味を持ってる研究者が会いたいそうだ」
食事を終えたサビはマシューにそう言われ、ミリーと別れて内壁の外れにある建物の前に来ていた。
そこは都市を守る壁に隣接するかのように存在しており、都市の中央部の摩天楼のようなビル群に比べると、随分と小さなサイズのコンクリートに植物のツタが這っている外観は何処か薄暗く、はぐれて浮いたような印象を与える。
マシューも何とも言えない顔をしながらノックした後、きしむ音を立てながら扉を開いて内部へと二人は入っていった。室内は薄暗く様々な棚に本や用途のよく分らない器具がやや不規則に押し込まれており、何処か中途半端な秩序の中整理されている。
マシューは地面などに気を付けるように言うと部屋の奥へと向かおうしたが、奥の扉かが開くと女が出てきた。
長い腰まである紫がかった髪を適当に流しており、その髪の隙間から半目でこちらを睨むかのようにじっと見つめると、突然大きく目を見開きサビの元へ駆け寄ってきた。
サビも得体の知れなさに身構えたが、女はまじかに来ると細いフレームの眼鏡をかけて黒い瞳でサビをジロジロと眺め出した。
マシューもたじろぎながらも、何とか再起動すると女へ声をかけた。
「あの…ベロニカ研究員、もう分ってるようですがこちらが例のサビ『ああ!ありがとう』です…」
ベロニカと言われた女はサビから目を離さずに周囲を回りながら端的に被せて返事を返すと、そのまま観察を続けている。
マシューは困ったような顔をした後、サビを一瞥してから室外へと出て行った。取り残されたサビは何とも言えない居心地の悪さを感じ、たまらず声をかけた。
「ええと…俺の左腕を何とかしてくれると聞いたん『本当に魔力の気配がなさすぎる!それにかなり魔力の運用が特殊らしいな!』……」
ベロニカはお構いなしに被せてくると、サビの正面に立って病的に白い肌を紅潮させながらサビの右腕を引っ張り出した。
「早速試したいことがある!来てくれ」
言う前から引っ張られたサビは困惑続きだったが、どうやら何か当てはあるようだと思いそのまま引っ張られていくと部屋の奥へと消えていった。




