第14話
そこは白い部屋だった。鉄格子が嵌められた四角のガラス窓からは月光が差しており、室内を微かに照らしている。
部屋にはベッドが一つあり、それだけで部屋の面積をかなり占有してしまうくらいには狭い。
ベッドの上には、赤錆色の髪の大柄な少年であるサビが眠っており、少年らしくない険し気な顔も今は安らかに眠りの中だ。しかし、頬の部分には大きな傷跡が走り口が片側だけ大きく裂けたようだ、さらに左腕は包帯がまかれており肘より少し先部分から消失している。
やがてサビの目が薄っすらと開き周囲を僅かに見渡すと、突如大きく目を見開くと飛び起きるように立ち上がった。
(どこだ?ここは…ミリーは無事なのか?)
サビは自分以外部屋に誰もいない事を確認すると、すぐさまミリーを探す為に部屋の扉の方へ歩いて行った。サビは扉に近づきながら周囲の魔力の気配を調べると、既に目の前の扉に反応がある事に気づいた。サビは少し逡巡したのち、いつでも動けるよう腰を微かに落として、緊張状態と取りながら扉の方へ問いかけた。
「ミリーはどこだ?何故俺はここにいる?」
「起きたようだな、ここは開闢軍の施設でお前の仲間も無事だ。医療班を呼ぶから安静にしてろ」
扉の向こうからは、端的に返事が来るとそれっきりそのままだった。サビはミリーが無事である事を聞きはしたが、直接確認をしなければ信用は出来ないと思った。
しかし、ここはサビが意識を失う直前に現れた開闢軍の施設であり、この扉の向こうにいる人物の魔力量もバーグより高いかもしれないレベルだった為、大人しくすることにしたようだ。
サビは改めて部屋を見渡すが、特にベッドと椅子以外は何もない殺風景な部屋であり、自分の装備は見当たらなかった。サビ自身の身に着けてる物も見覚えのない簡易的な衣服であり、左腕に包帯がまかれているくらいだ。
(扉の前の奴には丸腰じゃどうしようもないな…いざとなったらベッドを使って窓をぶち抜けるか試してみるか)
サビとしては、馴染が全くない空間だった為落ち着かず、常に扉の前の気配や周囲の魔力反応に警戒しつつ、いつでもベットを振り回せるように、右手でフレームを握れる位置で待機している。
そうして、窓から見える外の風景や壁や天井を観察しながら暗がりで待機していたサビは、新しい魔力反応が4つ近づいてきている事が分かった。
全て強大な魔力を持っているようだがその内の1つは更に強大であり、もしかしたらミリーかも知れないとサビは予想しながらもベッドに手を掛けながら扉をじっと見つめた。
やがて、サビの部屋の前で話し声が聞こえた後、扉がゆっくりと開かれた。初めに現れたのは部屋の中でも茶色のつば広帽子を被り帽子と同色のコートに身を包んだ男であるジャックだった。ジャックはサビを一瞥した後壁にあるスイッチを操作した。すると室内が明るくなりその後ジャックが部屋に入ってくると続く形で二人が入ってきた。
入ってきた二人の内一人は、肩まで伸ばしている銀髪と褐色肌の少女であるミリーだった。
ミリーはサビを見つけると表情を綻ばせてこちらへ駆け寄り、サビもミリーが無事であることを確認するとようやく緊張が少し緩み腰を落としていた姿勢から立ち上がったが、そのままミリーがサビへと抱き着くとサビは驚いたような表情になった。
二人の体格差からミリーがサビの胴体に抱き着くような形になっている中で、サビは少し狼狽えながらミリーへ話しかけた。
「…無事だったか?」
問いかけられたミリーは一層サビに強く抱き着くと、頭をサビの胸に擦り付けるようにして微かに頷いた。
「無事ならよかった…」
「…うん、でもサビはすごい傷ついちゃってるね…」
そう言うとミリーは少し潤んだ琥珀の瞳で赤錆色の瞳を見つめると、大きく裂けて歯が見えるような頬の傷を少し撫でながらつらそうな表情をした。
今までと違う雰囲気の中少しやりづらさを感じながら、何でもないと思ってることを示した。
「…まあ別に死んでないから何とかなるだろう」
「そうだけど…あの時は本当にありがとう…」
ミリーはそう言うと再度サビの胸に顔を埋め、サビが必死になって自身を助けようと強敵に向かっていった血まみれの姿を思い出していた。
サビも特に何を言うべきか思い浮かばなくなっていたため、ゆっくりと右手でミリーの背中をさすると、視線を感じ今の状況を思い出した。
「あー…俺もそう言う雰囲気好きだから、出来れば邪魔したくないんだが、ちょっと色々と立て込んでてな」
ジャックは無精ひげの生えた顎を掻きながら要件を進める為にサビ達へ声をかけると、ジャックの横であたふたしている人物に目くばせした。
サビとミリーのやり取りに気を取られていた人物も気を取り直すようにせき込むと、慌ててミリーがサビから離れて向き直るのを横目に、一歩前に出てきてにこやかな表情をすると自己紹介を始めた。
「えっとごめんなさいね…それでは…私は開闢軍所属の治療術士のメアリ・リーフメインよ、メアリと呼んでくれればいいわ」
メアリと名乗った人物は、成人してそれほど経っていない女性であり、緩いウェーブのかかった腰まで届く金髪を軽く纏めて背中に流している。白衣を身にまとい、その下には白いシャツと黒いロングパンツを身に着けている。
「…それで私の横の男が同じ開闢軍所属の 王の戦士 第七位 ガンマン・ジャックよ」
「ジャックと呼んでくれ、宜しく」
紹介されたジャックも適当に挨拶をすると壁にもたれ掛かり、メアリはサビ達へ近づいてきた。ジャックの肩書を聞いて、サビは以前ミリーから聞いていた話を思い出した。
(こいつが王の戦士…人類最強の一人であり、英雄か…)
ジャックは気だるげに無精ひげの撫でながら壁に寄りかかっている姿からは威圧感を感じられないが、凄まじい戦闘力を持った襲撃者を一瞬で追い込んだ姿から、さらに隔絶した実力者である事はサビも意識が朦朧とした中で見ていた。
サビはジャックの強さを理解すると、言いようの無い気持ちが湧いてきた事に気づいたが、そこにメアリが割り込んできた。
「それで私たちが来たのはサビ君の診察と事情を聴きたいからなの、私が診察するからベッドに横になってくれないかしら?」
「…分かった」
サビは隣に一瞬視線を送った後ミリーの様子から、信用していいと判断しベッドへと横になった。
それを確認したメアリは軽く微笑むと、サビに近づき手をかざした。
「最初に運び込まれた段階で傷の殆どは塞がってたけど、意識が戻ったから改めて異常が無いか調べるわね」
そう言うとメアリのかざした手から魔力特有の青白い光が漏れだした、それはやがてサビの体表に触れると広がりながら浸透していった。
作業の開始を確認したジャックは通路に向かって指示を出した。
「おーい今から聴取を始めるんで、記録頼むぞ」
ジャックがそう言うと、通路からもう一人入ってきた。開闢軍の平時の制服である白を基調とした帽子と服を着用している男で、手にはバインダーとペンを両手に持っている。
ジャックは準備が整ったことを確認すると、サビへと向き直り治療と並行して聴取を開始した。
「じゃあ今日起きた事について、色々事情を聴いてくぜ」
「ああ…あれから時間はそんなに経ってないのか」
「そうだな…お前の生命力には驚いたぜ」
そうして、ジャックがミリーの証言の裏付けをしながら当時の状況を聞き出している横で、メアリはサビの異様な体質に舌を巻いていた。
(ミリーちゃんもすごいけど本当にこの子も特殊ね…気付け薬の意識障害もないし体内も正常…回復術というより魔力の干渉しにくいのは何故?…自己治癒能力はすごい高さ…でも魔力総量が少なすぎるわ…だめだわこれ以上は分からないわね)
「…それであんたらが来たところで、俺も意識がなくなった」
「ふーん、特におかしな点はないか、後は諜報部隊に任せれば良さそうだな」
やがて、ジャックの聴取も終わったところでメアリもサビの診察を切り上げ、サビへとこれからの治療方針について話した。
「サビ君ちょっと申し訳ないけど、あなたの体質上左腕や頬の再生が難しいみたいなの。回復魔術を行っても何故か余り効かないのよね。そうなると似た原理の回復薬関係も中々効かないのよ…」
「…」
「そんな…」
サビも怪我のこれからについてはあまり創造が湧かなかったので、明確に取り返しがつかないと伝えられるとやはり多少は衝撃があった。それ以上に傷ついた様子なのがミリーであり、サビに寄り添いながら俯いた。しかし、サビはふと疑問に思った事があったなぜここまで待遇が良いのか不明なのだ。
「はっきりしただけ有り難い…何でここまで良くしてくれる?あまり心当たりがない」
サビの疑問に、ジャックとメアリは少し言い淀んだ雰囲気があった。しかし、ジャックがミリーを一瞬見た後にサビの疑問の答えを返した。
「ああーっとな、まあミリーの嬢ちゃんの方がアホみたいな魔力量を持っててな、今は開闢軍も戦力が欲しい訳だから開闢軍に入ってもらう事になったんだ、まあその前にミリーの希望もあったがあんたの治療をやろうとしたんだがな…」
「そうなのか…」
サビはミリーの方を見ると、ミリーはサビの右手を握り込んでいた。ジャックはその様子を見ながら、思案気に妥協案を提示した。
「しかし、治療が出来ないとなると厄介なんだよな…まあちょっと他の手立てを探す為に上にも掛け合うから今日は保留にしといてくれないか?当分の生活はこっちで面倒見るし、明日以降色々確認したいことも多いからな」
「そうだな…こっちも混乱しているから落ち着きたい」
「よし分かった。じゃあ一応現時点では容疑もないし、サビはここで今日は過ごしてくれ、ミリーの嬢ちゃんは直接身柄を狙われてるし、相手の脅威度も高いから特別警戒できる別室で過ごしてもらうから来てくれ」
ジャックはそう締めると部屋の外へ兵士と共に足を進めていった、診察が終わったメアリは小声で謝罪の言葉をサビへ投げ掛けるとジャック達に続いて行った。
ミリーはサビの手を握ったまま少しじっとしていたが、部屋の外の兵士から声を掛けられると名残惜しそうに手を離した。
「またね…?」
「ああ…またな」
軽い別れの挨拶をした後、ミリーは部屋の外へ出て行くと最後に軽く振り返ってから手を振ってきた。サビは手を振り返し扉が閉まった事を確認すると、先ほどから強い衝動として自分の中にある気持ちを見つめる事にした。
(ミリーは大丈夫そうだな…それと多分、俺は負けたくないって思ったのか、あれほど格上の奴に…)
サビはあの遺跡で巨槍を振り回すまで、ひたすらにねじ伏せられる毎日だった。何とか生き延びてきたが、それは殆どが運であり普通の人では食べれない魔物肉に手を出してたまたま食べれたからだ。
そんな日々誰かに強要される生活の中で、初めて巨槍を使い自分の戦い方を見つけたあの瞬間の高揚感は、サビにとって大きな意味を持っていた。
しかし、ミリーと出会い安定した日々の中で錆びつくような感覚があった中で、今回の強敵との連戦は確かに無様にやられてはいたが、少なくとも必死に抗うあの試練の連続はサビにとって堪らなく求めていたものに気づける良い機会だった。
(だが片腕でどこまでやれるのか…まあ、何とかしないと敵は容赦なんてしないか)
確かに今回は致命的な怪我を負ってしまい、焦燥感も強いがこれからもやれることをやるだけだとサビは意識を切り替える事にした。
サビはベッドから降りると体の重量を変化させる事を始めた。以前までは上手く行くことが少なかったが、今日の戦闘の中でコツをつかんだので確認をしたくなったのだ。
(やっぱり、上手く行くな…一歩が大きく踏み出せるし、跳ぶのもかなり伸びる…あとは武器の重量増加の感触も変わってたハズだから、早く振り回したい)
そうやってサビは一人で自分の能力の確認を進めて行き、一段落したところで再度眠りについた。眠りに落ちたサビの表情からは何処か獰猛な獣のような気配がしていた。




