第12話
(ジェネラルクラスのワイルドボア…)
サビの目線の先に佇む突然の乱入者は、ワイルドボアと言われるイノシシ型の魔物だった。
しかも、よく見かける通常サイズのワイルドボアは体高がサビの胸程なのに対して、目の前のワイルドボアはサビの身長の3倍近くあり遺跡の天井部に届かんばかりの巨体だ。
ジェネラルワイルドボアは鼻をひくつかせ匂いを嗅ぐような動作をしており、それは暗がりからやってきたため目が慣れておらず、サビたちのランタンの光であまりこちらが見えていないようだ。
巨体もそうだが圧倒的な魔力の気配に、今まで戦闘を行っていたサビたちは全員が固唾を飲むように硬直し息を殺している。魔物の特性上成長限界の上限が高く、長い年月を生きた魔物は基本的に巨大かつ強力になっていく。今目の前にいる魔物はこの場の全員にとって圧倒的な捕食者である。
(以前傭兵ギルドで言われたのは、ハイ~グレートクラスのワイルドボアじゃなかったのか?)
基本的にエクスランド周辺では、グレートクラスが確認されると優先的な討伐依頼が発注されるため、ハイクラス以上の魔物は原則的に存在する事は無い。しかし、遺跡の複雑な構造上や広範囲の森に、時たま現れる成長速度の速い個体など例外的な事象は発生する。
ジェネラルクラスとなると、開闢軍の常駐討伐部隊か傭兵ランクBクラス以上の複数パーティで対処するレベルの個体であり、準備が整っていない状況での接敵は必死の災害である。
戦闘中だったため接近に気づくのが遅れて致命的な状況に陥ってしまった事は、この場にいる人間側の総意だろう。
「…」
バーグとガスパーは退却を選択して慎重に後ろへ下がり始めている。
サビは心配そうにこちらを見るミリーに目くばせをして、ランタンを隠すようなジェスチャーをバーグたちには見えない様に行った。
ミリーも得心したようで、口を一文字に引き結び白くなった唇や顔色をしている中で無言でうなずきを返すと魔力で出来ている弓を消し、ランタンに手を伸ばした。サビも意思が通じたことを確認すると、サビとミリーは同じようにランタンに手をかけ発光を止めた。
「……!」
バーグたちはしてやられた事を悟った。今や魔力強化を継続しており、さらに暗闇の中でランタンの光を発しているのはバーグとガスパーのみだ。
すぐさまバーグたちもランタンに手を伸ばそうとするも、ジェネラルワイルドボアが自身に注目している事に気づき手を止めた。
「フゴッ」
一瞬の視線の交差の後、ワイルドボアが足を軽く曲げ力を溜めるような動作を取った。
「……クソッタレェェェェェェ!」
ガスパーがプレッシャーに耐えられずそう叫ぶと、バーグとガスパー達は踵を返して全力で逃走を開始した。
標的たちが大きく動き始めると同時に、ワイルドボアも一気に踏み込んで、巨体が蹴り出した地面は爆発するかの様にはじけ飛びながら、一気に加速していった。
狙いはバーグ達だが、サビ達もそのままだと突進に巻き込まれるほどジェネラルクラスのワイルドボアは体が巨大なため、暗がりの中大きく横っ飛びに回避行動をとった。
サビは勢いよくミリーとは反対方向に飛び退き、暗闇の中圧倒的な破壊が自分の真横を通過していったことを感じた。それと同時にサビの耳にミリーの短い叫び声が聞こえた。
「きゃあ!」
「ッ!?」
ワイルドボアがバーグたちを追いかけ通路に侵入し、爆発的な破壊音と崩落するような瓦礫の音が遠ざかっていく中、ミリーのいた方へ慌ててサビは駆けよった。
暗がりの中サビには何が起きたのか正確には分からないが慌てるようにサビはランタンの光を再点灯し、ミリーの魔力を感じる方向を照らした。
そこにはフードがはだけており、頭から血を流しているミリーが身じろぎせず倒れていた。
「…おい!…大丈夫か!?」
慌ててサビは駆けよると揺さぶろうとしたが思いとどまり深呼吸すると、以前ミリーから教えられた手当の流れを思い出していた。
(まず意識はなくて頭から少し血を流している以外は見た感じでは特に異常なし…次は呼吸の確認だ)
すぐさまサビはミリーの口元へ右手をかざした。すると手にかすかな呼吸の流れを感じた為、息はあるようだ。
サビはすぐさまポーチから、緑色の瓶を2本取り出した。それは回復薬であり片腕で口も使いながら瓶の蓋を開けて瓶の中身を半分ほどミリーの頭に流しかけて、残りの半分はミリーの口へ流し込んだ。
もう一本は全部サビ自身が半分のみ残り半分は左腕の傷口にかけた。
「イッ…テェ」
意識の外に出していた傷の痛みが段々ぶり返す中、回復薬を傷口にかけたことで激痛が走った。
サビは回復薬の効きは悪いがやらないよりマシだと判断し、その後すぐさまサビ自身の止血の為、口も使いながらひもで左腕を縛り付けていった。
(左腕が手首の手前くらいからすっかり無いのか…それに喋りにくいし最悪だな)
改めて片腕を失った現実を突きつけられるが、今はミリー助けて生きて帰らねばと意識を切り替える事にした。
その後サビはミリーへ周囲への警戒を行いながら声掛けを続けながら、ロープを取り出した。
ワイルドボアが戻ってくる気配もなく静かな静寂の中、サビの声と作業の音とだけが微かにしている。
片腕が無いため四苦八苦しながらロープをミリーの胴体に巻き付けていきある程度したところで、次はサビがミリーを背負い自分の体に残りのロープを巻き付けた。サビはミリーを背負ったまま立ち上がりロープの固定を確認すると歩き始めた。
(よし、ミリーの意識は戻らないがここにいても危険だ…まずは安全そうな場所へ移動しよう)
連続の戦闘と負傷による出血で、若干の意識の懸濁はサビ自身も感じているがどこか目立たない位置に移動して、匂い消しや魔物除けの香料を使い安静にするための拠点を探し始めた。
ワイルドボアが向かった先はサビ達が遺跡に侵入した際に通ってきた地上への通路の為、すぐに地上へ出れる当てもなくいつ戻ってくるのかも分からない為遺跡の奥へと足を進める事にしたようだ。
今の状況でもバーグレベルの実力者やグレートクラス以外のこの周辺でよく見かける通常の魔物であれば、サビでも対応できる。
その為イレギュラーが移動した先から、なるべく遠ざかるように行動したいとサビは考えている。
(さすがにやばい奴にまたかち合うのは勘弁だな…)
暗がりの中サビはランタンの光量をギリギリまで絞り視界は最小限にして、索敵は魔力の気配を探りながらゆっくりと足を進めていく。
巨槍を右手に持ち、ミリーを背負いながらトンネルをサビはしばらく歩いていた。トンネルは壁から天井にかけて緩やかなアーチを描き、地面には何本かの金属の棒がまっすぐ平行に通路に沿って走っている。地面のところどころに凹みがあり、先ほどの巨躯のワイルドボアの足跡のようだ。あれほどの巨体が通過したためか、他の魔物も見えず食われたか逃げ出して今は空白地帯になっている。
その後も特に魔物に接触する事もなく広い空間へと出た。先ほどの遺跡の空間と酷似しており、通路から一段高い段差が両サイドに存在している。
サビは慎重に段差を這い上がると、似た構造の空間ならどこかに地上へと続く出口があるはずだと考え疲労に喘ぐ体に鞭うち歩みを進めた。
やがてサビが遺跡に入るのに通った通路と同じ構造に出くわしたので、地上へ出る為侵入していった。
左右には小部屋が並んでおり、やはり内部は荒れ果てて何もないようだ。
遺跡に留まる事も考えたが全く勝手が分からない場所の為、まだ森の中で野営をした方が安全だとサビは判断している。
すると通路を進むサビの魔力探知は、前方右手の部屋から魔力の気配を感じ取った。
(この感じだと、ワイルドウルフの通常種か…それに小さな反応が複数?…だめだ集中力が下がっている)
戦闘の予感を感じ身構えるものの、疲労と出血による集中力の低下がいよいよ深刻になってきており、サビはポケットから黄色の瓶を取り出すと一瞬の迷いを見せた。
(これを飲めば意識は一時的にハッキリするが、その後が怖いんだがな…通路の狭さ的に相手も気づくだろうし仕方ない)
意を決したサビは黄色の瓶の封を口で開けると、一気に飲み干した。すると先ほどと比べ物にならないほど意識がハッキリし、周囲のぼやけた景色も鮮明になった。黄色の瓶の正体は気付け薬であり、傭兵家業などでは意識が朦朧とするような極限状態でも生存する為に使われる緊急用の薬である。
しかし、効果の高さの反動で、その後には激しい倦怠感や吐き気を伴う気持ち悪さに襲われる副作用もある。連続の使用は自殺行為とされており、最後の手段の意味合いが強い。
準備が整ったことを感じたサビは、巨槍を構えると慎重に覗き込んだ。
(…は?)
そこには、成体のワイルドウルフ一頭と生まれたばかりの幼体が数匹身を寄せ合っていた。侵入者に気づいた親と思われるワイルドウルフが立ち上がり、サビへと威嚇している。幼体たちも侵入者に遅れて気づき怯えるように親の後ろへと隠れた。
その後、一瞬の間をおいてサビは少しずつ後退しつ始めた。魔物側も威嚇はするもののこちらへ向かってくる気配はない為、サビはそのまま小部屋には入らずに通路をそのまま通過する事にした。
ある程度小部屋から離れて、追ってくる気配がないことを確認したサビはそのまま地上へ向かって行った。
(なんだか気が抜けるな…)
サビとしても体力は温存したかったので、戦闘にならなかったことは喜ばしいが、気付け薬を飲んでしまったことを考えると何とも言えない気持ちになった。
それにワイルドウルフの守るように立ちはだかる姿を見ると、サビも敵対的な意識が薄れたのを感じた。
(何とも言えない気分だ…まあいいか次は地上だ…早く森を見つけて野営しよう)
通路の先からは薄っすら光が漏れており、どうやら地上に続いているのは間違いなさそうだ。
そのまま歩みを進めると、通路の先に階段が現れ空と草木の並ぶ地上の景色が広がっているのがサビには見えた。ようやく外かと思い階段を上り始めた時に、後ろから魔力反応が近づいてくる気配があった。
(次は何だ?大した魔力じゃないな…さっきのグレイウルフが追ってきたのか?…さっさと外に出るか)
後ろの接近してくる気配には気づいたが、通路も広くない為戦いやすいように早めにサビは足早に階段を上り外へと出た。外は開けた森の中の様でその広場の外れにサビは出たようだ。
眩しさに少し目がくらむが、階段の部分からすぐに離れる事にした。しかし、魔力の気配は先ほどのグレイウルフとそこまで圧は変わらないが、別の気配を纏っている事に気づいた。
(なんだ…?少し違うな…キラーラビットかワイルドボアの通常種か?)
魔力の気配に違和感を感じるものの、とりあえず可能な限りその場から離れる事にしたサビは足早に森の中へ入ろうとしたが、そこへ遺跡の出入り口から呼び止めるような声がかけられた。
「おーい!キミキミィ!そこの赤毛の少年待ってくれ!」
「!?」
まさか話しかけられることは予想していなかったので、サビは慌てて振り返ると巨槍を片腕で構え臨戦態勢を取った。
その視線の先には、笑顔でこちらに手を振る男一人が立っていた。状況的に違和感だらけの為、最大の警戒心を持ってサビは構えているが、対する謎の男はにこやかに両手を上にあげつつ近づいてきている。
サビは謎の男の姿から、何処かで会った気がする為思い出しそうとしていた。
(見たことある奴だな、誰だ?…そうか!…傭兵ギルドでミリーに絡んできた酔っ払いの仲間だ!)
「いやー良かった良かった!あいつらは確保に失敗してるし、さらにジェネラルクラスの魔物に追われてるしで素体が食われてないか心配だったけど息はあるみたいだねえ!」
男の発言を聞いたサビは苦虫を嚙み潰したような表情になり、相手が先ほどの襲撃者の仲間だと理解した。そのようなサビの様子など気にしない様に、軽い調子で謎の男は話しかけ続けてくる。
「イヤーほんとに無事に運んでくれてありがとう!お礼と言っちゃなんだが、その子をすぐに渡してくれれば君を生かして返してあげようかな!」
「…」
サビの感覚では相手の魔力量はかなり少なく、一般的な傭兵以下だ。しかし、異様な雰囲気と纏う魔力の違和感が不気味であり、サビは悩んでいた。
(なんなんだこいつ…魔力的には大したことないが俺と同じ特殊タイプか?…まあそれでもミリーを狙ってるのは間違いないから、答えは変わらないな)
「…ミリーは渡さない」
「ええ?…そっか偽装したまんまだったね!」
サビは改めて拒否の意思表示をしたが、それを聴いた謎の男は困惑の表情をした後に一人で何かに納得したようだ。次はサビがその不審さに困惑したが、戦闘の為に巨槍を構えたタイミングで、サビを圧倒的な魔力圧が襲った。
(-----これは、さすがにどうしようもないレベルか)
何をしたのかはサビには分からなかったが、先ほどのジェネラルクラスの魔物すら霞むレベルの圧倒的な魔力圧を謎の男は漂わせ始めた。コミカルでにこやかな表情は変えずに謎の男は改めてサビへ要求を繰り返した。
「これで分かったでしょ?素体を傷つけたくないだけで、別に一瞬で君を殺して奪っても良いんだよ?」
「…ああ分かった」
滝の様に冷や汗を流しているサビは、やがて諦めたようにかみしめた唇から血を流しながら了承の意を示した。
巨槍を置き自分に巻き付けていたロープを震える手でほどいてミリーを地面へとゆっくり下した。
横たえたミリーを見つめるサビの内心は、荒れ狂うような激情が渦巻いていた。自分の生存本能と力によって行動を強制されることに対する反抗心の狭間でひたすらに揺れ動いている。
(やっと力で押さえつけられずに…自分の意志で生きていけるんじゃないかと思っていたのに…信頼できる仲間が出来たと思ったのに…結局…)
サビは巨槍を手に取り、ゆっくりとミリーから離れていった。




