第11話
赤い鎧の襲撃者は勢いよく踏み込むと、高い魔力を込められている事で青く発光している鋸刃剣を手にサビへと切りかかってきた。ミリーの方へは、暗い緑色のフードマントに身を包んだ襲撃者が踏み込んでいく。
サビも敵の踏み込みに合わせるように横に移動しつつ、巨槍のリーチを生かして右から左への薙ぎ払いを行う。
胴体を狙った一撃は回避が難しく、相手は飛び退くか受け止めるかの選択を強制しやすい。
「シッ!」
赤い襲撃者は高速で迫りくる横薙ぎの巨槍に対して、救い上げるように両手を使い鋸刃剣を振り上げた。剣と槍が激突するときに激しい金属音と魔力による甲高い破裂音が発生した。
「…!」
サビの巨槍による大質量の一撃を鋸刃剣で弾く様に頭上へ受け流すと、衝撃で舞っている燐光を発している魔力の粒を弾く様に赤い襲撃者は更にサビへと踏み込んできた。
サビも相手の魔力量から通用するとは考えておらず、あっさりと弾かれたことに多少の動揺はあるがすぐさま次の攻撃に移っていた。
救い上げるように受け流された巨槍をすぐさま重量変化で軽くし、振り上げた状態から一気に襲撃者へ振り下ろした。
襲撃者も質量を無視したようなさらなる攻撃は予測しきれなかったようで、目を見開きながら足を止めると振り下ろされる巨槍に先ほどと同じように鋸刃剣で受け流しに掛かった。
相手が防御姿勢を取ったことを確認したサビは、すぐさま巨槍にかけていた重量変化を軽量化から戻すだけでなくさらに重量化するように魔力を流し込んだ。
襲撃者も迎撃直前の刹那の中で、迫りくる巨槍が得体のしれない黒いモヤがかった魔力を纏った事に気づいた。その一瞬の中で半ば無意識に迎撃の為に込めていた魔力を増やし始めた。
やがて、巨槍と鋸刃剣が接触した時、先ほどの打ち合いとは比べ物にならないくらいの衝撃が迸った。
「ヌオオオオオオオオオオオオ!」
襲撃者は絶叫しながら、魔力を最大出力で体と剣に流し込み凄まじい質量破壊力に抗った。耐えるために踏ん張っている襲撃者の足元は大きく凹み亀裂が蜘蛛の巣状に周囲へ走り、さらに受け止めている剣からは火花の様に魔力の燐光が飛び散り続けている。
「オオオォォォォ…ラァ!」
襲撃者は全身から陽炎のような魔力光を出しながら決死の一撃をしのぎ切り、巨槍を頭上から横に滑らせるように受け流した後大きく飛び退いた。サビは自身の最大火力を止められたことを悟り、魔力を一気に使った疲労感を感じながらすぐさま体勢を整え、状況判断を行った。
ミリーの方へ眼を向けると、魔力で出来た弓を相手に連続して射掛けながら、距離を離すようにステップを繰り返している。ミリーの相手も攻めあぐねているようだが、ミリー自身も余裕がありそうなわけではないようだ。
お互い目の前の相手を、何とかしなければジリ貧である事は間違いなく、サビは削り取られた頬の痛みと状況の悪さに顔をしかめつつ、研ぎ澄まされていくような自分の意識変化を感じていた。
(クソ!…これも止められるのか、以前よりは破壊力も増えてるが相手も強いな)
サビの行った二段構えの連携は、以前ビルヒリー都市脱出の際に追手を倒すために使った戦法と同じだ。しかし、あれから数か月経過しサビ自身のコンディションや、日々の反復により速度や込める魔力も増加したことによって威力が増している。それにも関わらず相手の力量が更に上だった為、今回は決定打にならなかった。
しかし、完全に効果が無かったわけではなく、襲撃者も息を荒げており鋸刃剣は一部欠け、腕には強いシビレが残っている。
しかし、襲撃者もサビが次の一手を打つ前に持ち直し、静かにサビへと向き直った。
「ここまで…コケにされたのは久しぶりだぜ…この血浴びのバーグに舐めた真似した奴は絶対殺す」
赤い襲撃者は名乗りを上げると、先ほどまでと雰囲気が変わった。油断しているような気配も無くなり、静かに構えサビを観察しながらじりじりと距離を詰めていく。
血浴びのバーグは先ほどの打ち合いを振り返り、サビの能力についての推測を立てていた。
(あいつ自身からは殆ど魔力を感じねえ。しかし、あのでけえ武器の挙動を考えると、軽快にぶん回してるのに威力もあるし身体強化系か?いや武器の方に魔力を感じたから他の特殊タイプか?まあ防御力が無いのは間違いなさそうだな)
実際サビから感じる魔力は全く無く、さらに不意打ちの一撃の時は何の抵抗も感じなかった為、本人自身の防御力は低い可能性が高いとバーグは判断した。
(だがあの巨槍は厄介だな、リーチも威力もやべえが隙を突くにも切り返しが早すぎる…まあやりようはあるか)
バーグは戦法を変更する事を決め、鋸刃剣に集中していた魔力を身体の方に多く配分した。サビも相手の纏っている魔力が変化したことに気づいたが狙いが分からない為、相手の防御態勢を如何にかいくぐり直接ダメージを与えるかに集中している。
サビはミリーの事も気になるが、気を散らせば状況はもっと悪くなるため、一層相手に集中している。
じりじりと間合いを詰めていたバーグは先ほどと同じように、サビへ向かって踏み込んだ。魔力強化による踏み込みは鋭く、サビのステップでは距離を離せず迎撃をせざる負えない為、大きく左から右へ薙ぎ払った。
実際サビが取れる手段は限定されており、接近する相手に対してはこちらも攻撃を行い、体勢を崩して次の一手に行かざるえない。
その手札の差が今回の攻防の決め手だった。
薙ぎ払われる巨槍が自身に向かっている中で、バーグは先ほどよりさらに加速して踏み込みを行いながら跳躍した。襲い掛かる巨槍が飛び上がったバーグの足鎧に擦れるほどギリギリを通過していった。
サビには巨槍を避けられた瞬間から全てがスローモーションになり、崩れた体勢に襲い掛かる鋸刃がゆっくりと首目掛けて空中から横薙ぎに振るわれてきた。
サビは咄嗟に巨槍から両手を離し、体の重量を軽くして後ろに飛びつつ、迫りくる鋸刃を左手の甲で殴りつけた。
微かな魔力を纏った鋸刃剣はサビの左腕を防具毎ズタズタに引き千切りながらも、咄嗟に体を軽くしたことによって弾き飛ばされた形になった。手放して質量が元に戻った巨槍は、激しい衝撃を発生させながら床に落下しさらに床の罅が広がった。
バーグの狙いは魔力強化の割合を肉体に偏らせより素早い動きで攻撃をかいくぐり、最低限の強化をした鋸刃剣で防御力の低いサビを仕留める事だった。
大きく飛び退きつつ左手を失ったサビは絶望的な状況だ。咄嗟の判断で何とか命はつないだものの武器を手放し、さらには左手も失う事になった。
(まるでその辺の木の枝殴ったみたいな手ごたえの無さだったな。どういう原理だ?)
不可解な点はあるものの形勢は殆ど決したような物で、バーグもニヤついた被虐的な表情を浮かべて、鋸刃剣を揺らしながら近づいてくる。
サビは激痛の中少し目をそらした先では、ミリーがもう片方の襲撃者と戦っておりは何とかしのげているようだが、それは単に生け捕りが目的の為手加減されているからなのだろう。サビが死んでバーグが加勢すればあっという間にミリーも捕まるのは間違いない。
しかし、サビは腰から携帯ナイフを右手で取り出しつつ、ひたすら策を考えていた。今まで最後まで足掻いてきたから、運も味方し地獄のような生活を超える事が出来たとサビは自負しているからだ。
(どうする…武器が無い状態であいつの攻撃を凌げるのか?武器になるのはナイフくらいしかないしな…そうか…別にこの状態なら…)
極限の緊張の中で、サビの思考は一層研ぎ澄まされて、次の手を思いついたようだ。痛む頬や欠損した左手は段々と意識の外に行き、強く右手でナイフを持ち構え集中していった。
それを見たバーグは被虐的な表情をを変えずに、嘲笑するように語りかけた。
「おいおいクソガキ、いちいち抵抗するなら地獄みてえな苦しみの中で死ぬことになるぜえ。さっさと諦めて楽になれよ」
「…俺はこんなとこで…終わりたくないからな」
「そうかい…めんどくせえなあ」
バーグとサビが短いやり取りをしている中、ミリーの相手をしている襲撃者が痺れを切らすように叫んだ。
「おい、バーグ!ちんたら時間をかけてると傭兵か警備隊に鉢合わせるかもしれん、さっさと済ませるぞ!」
「分かった分かった…じゃあ死ね」
バーグの死刑宣告にサビは特に返事をすることもなく、より一層身構えている。そんなサビの姿を見てつまらなさそうな表情をしたバーグは踏む込むと鋸刃剣を振り下ろした。
近づいてくる決死の一撃に対して、サビは先ほどと比べ物にならない速度で飛び退くと、予想を上回る速さに鋸刃剣は空を切った。
「なんだ?」
先ほどより突如素早くなった相手にバーグは困惑しつつ、流石に得体の知れなさを感じていた。
サビが行ったことは単純で体を自身の重量変化で軽くし、高速で動けるようになっただけだ。
今までは巨槍の制御に能力を集中させていたが、それが手元を離れた今重量変化を肉体に適応できるようになった。以前までは自身の肉体の重量操作は、まぐれ以外では上手くいかなかったが、日々の練習と先ほどの極限の攻防によって、コツを完全に習得したようだ。
(まあ、避けれるようにはなったが、巨槍を回収しないと攻撃の手段が無いな)
避けれるようになっただけで、攻撃手段は巨槍を回収するしか無い。回収した後自身の軽量化と巨槍の重量変化を同時に使いこなせるかは試してみないと分からないが、なんとなくサビには出来る感覚がある。
「…いい加減にしろよォォォォ!クソガキィ!」
予想以上にてこずっている現状に冷静さを欠いてきたバーグは、荒々しい猛攻をサビへ仕掛け始めた。
一気に踏み込み鋸刃剣を振るうも、サビの軽快な回避によってすべてが空を切る。距離を詰めようにもサビは回避と距離を離す事に徹底している為、バーグには難しい。
しかし、サビの左腕のズタズタ切断面からは出血が続いており、お互い時間をかけすぎれば不味い状況でもある。
バーグは冷静さを欠いてきており、何とか回収する機会は見出せそうだとサビは判断した。
やがて大きく鋸刃剣が空を切りバーグが体勢を崩したところを見逃さず、サビは一気に走り抜けると巨槍の元へたどり着く事が出来た。すぐさま巨槍を手に取り、重量変化によって持ち上げると祈るように自分の体の重量変化も発動した。
(…よし、同時に発動できた!)
これで、バーグとの戦闘も左手を失っているが、先ほどより素早く動ける分有利に進めれるチャンスがある。
そんなサビを睨みつけたバーグは苛立たし気に壁を殴りつけると、深呼吸して迷彩の襲撃者に声をかけた。
「おいガスパー!こっちは悪いが手こずってる!…ただ出血させてるからそのうち仕留めれるぞ」
「…チッ仕方ないな、こっちは押さえておく」
ガスパーと言われるミリーの相手は、そう言うと直剣を構えなおしミリーとの戦闘にすぐさま戻っていった。魔力で出来た矢を連続で放ちつつ、近づかれた時には魔力の剣を作り出し何とか耐えているがミリーも限界が近いようだ。
(そう簡単にはいかないよな)
サビは改めて現状を考えると、打開に必要なのは自分がバーグを早く撃退し、ミリーの加勢に行くしか道はないのだろう。見捨てて逃げる事も頭によぎるが、サビはなんとなくそうしたくなかった。
(ここからは全力で後先考えず一か八かに賭けるか、こっちも時間が無い)
サビはミリーに出会う前は何度もしてきた覚悟を決め、自分の防具についてるポケットを少し確認してから、最終局面に突入しようとしたその時だった。サビは新たに近づいてくる強大な魔力の気配を遺跡の広い空間の奥から感じた。
やがて振動も伴い始め、ミリーやバーグたちも気配を感じたようで、手を止めて遺跡の奥を注視している。サビはふとミリーの言葉を思い出していた。
(そう言えば、ここは他の遠い場所へ移動する為のトンネルがあったんだったな…)
暗がりから、サビ達が持ち込んだランタン等の光源に照らされる形でそれは現れた。各々が衝撃から呻くように嘆いた。
「マジかよ…」
「そんな」
乱入者は、見上げんばかりの毛に包まれた巨躯とそれに見劣りしない二対の牙を天に向けて生やしており、威圧感を振りまいている。
バーグは呆れるように笑った。
「ジェネラルクラスのワイルドボアだあ…手に負えねえなあ」




