クロナ、妙な気分になる
だが、この時不思議なことが起こった。しばらく光線を浴びていたクロナだったが、次第に呼吸が荒くなっていく。
「あ、あ、いや、あん」
時折漏れる声が生々しい。頬が蒸気し、内股になって身をよじっている。いきなり淫らな光景を繰り出され、優は生唾を呑み込んだ。
アシュリーはというと、魔法を発動するのに精いっぱいでクロナの異変には無頓着のようだ。彼女がなかなか浄化されないせいで、躍起になって呪文を口ずさんでいる。クロナの淫靡な声は次第に大きくなり、ついに優の羞恥心の限界を超えた。
「ストップ! スト―ップ!!」
無理やりアシュリーの呪文詠唱を遮り、ようやくクロナは解放される。床の上に呆然と尻をつけるが、着物がはだけ、肌が薄赤くほてっている。直視していると鼻の奥の血栓が崩壊しそうだ。
「アシュリーさん、何やってるんですか! いくらなんでもやりすぎです」
「おかしい。私の魔法を受けたアンデットは一瞬のうちに消滅するはず。さっきの一撃で確実に右腕はもっていけるはずだった」
「ねえ、なんなの。あの光線受けたら妙な気分になるじゃない。っていうか、ユー君、じろじろ見ちゃヤダ! エッチ!」
「す、す、すまない」
赤面したまま叱ってきたので、優は慌ててあさっての方向を向く。未だに心臓は高鳴りを続けており、何度も深呼吸する羽目になった。
悔しそうに口をもごもごと動かしていたアシュリーだったが、いきりたってワンドを構えなおした。
「初級の浄化魔法が効かないのなら本気を出すまで。今度こそ右腕をいただく」
「ねえ、私の腕をもごうと躍起になるのはやめてくんない。死神だって痛いのよ」
「問題ない。アンデットなら腕を切断したところで、数か月経てば勝手に生えてくる。腕を犠牲にして逃亡した奴もいるぐらいだ」
「人をヒトデやトカゲと同じように扱わないでよ!」
片腕を欠損したあのゾンビも、そのうち元通りになるということである。アンデットの再生能力恐るべしと驚愕する優だった。
アシュリーが気合を込めてワンドを握ると、目も眩むばかりの光が発せられる。優がきちんとアシュリー最強の魔法を目撃するのは初めてだが、あまりの圧迫感に息が詰まりそうになる。
「くらえ! セイント・セイバアアアアアアァァァァァッッッッッ!!」
ロボットアニメの主人公ばりの絶叫を放ち、極太の光線を発射する。まかり間違えればクロナは一瞬のうちに消滅するかもしれない。さすがにやばいと思ったのかクロナは逃亡しようとする。だが、広範囲に拡散する光線は彼女の行く末をすべて塞いでいた。
「ちょ、だから、これ、マジで、いや、やめ」
またも煽情的な声を出さざるを得ないクロナ。一向に消滅しないものだから、容赦なく光線は続く。
優はあさっての方角に顔を定めるが、どうしても視線が吸い寄せられてしまう。強力なマッサージを施されているだけで嫌らしいことはしていないはずなのだが、クロナの声は思春期の男子高校生にとって効果は抜群だった。
そして、被害は優にだけ留まらない。沈黙を守っていた宿屋の主人がそそくさとお手洗いに立てこもろうとしている。
「おじさん、急にどうしたんですか」
「いや、ナニをしようとしていたんじゃないのだよ。ナニを」
「繰り返さなくていいですからあああああああ!」
とりあえず排泄目的だと信じたかった優であった。
最強の浄化魔法は体力を消耗するのか、やがてクロナは魔の光線から解放された。途端に優へと殴り掛かる。
「もう、ユー君のバカバカバカ! 私の恥ずかしい所凝視しないでよ」
「凝視してねえよ。っていうか、お前こそわざとやってるんじゃないだろうな」
「好き好んであんな恥ずかしい声出すわけないじゃないの! あのちみっこが変な光線出すのが悪いんだからね!」
クロナの体に対していかなる作用をもたらしたかは不明だが、どうやら浴びると妙な気分になってしまうらしい。アシュリーに間違った魔法を発動していないか確認したかったのだが、彼女はそれどころではなかった。
「嘘だ。私の魔法を受けたアンデットはすぐに消えるはず。嫌らしい声を出させる魔法なんて知らない」
目尻に大粒の涙を蓄え、鼻をすすらせている。
「アシュリーさん、本当に知らないんですか。浄化とは違う魔法を出したとか」
「そんなはずはない! きちんと浄化魔法を出したんだもん! アンデットなら絶対に消せるはずだ!」
駄々っ子顔負けの勢いで優の膝を殴ってきた。容貌のせいで、欲しかったおもちゃを買ってもらえずに癇癪を起した子供と変わらなかった。アシュリーの言葉に偽りはなく、彼女はこれまでアンデットをほぼ一撃で葬り去ってきた。特に、最強魔法「セイント・セイバー」の前ではいかなるアンデットだろうと一瞬のうちに時空の彼方へと送還されるはずであった。全く効果が無いばかりでなく、クロナを妙な気分にさせた痴女扱いされたとあっては錯乱しても致し方なしだった。
なんだか妙な雰囲気になってしまったが、状況を打破せんとクロナが優にすり寄った。
「そうだ。ユー君にどうしても伝えなくちゃいけないことがあるんだ。そのために探しまくったんだし」
「俺の寿命が切れてるって話ならもう聞きたくないからな」
「違うよ。っていうか、ユー君の寿命、まだ切れてないもん」
「……は!?」
「だからごめんね。ユー君はしばらく殺せなくなっちゃった」
いきなり謝罪され、優は戸惑っていた。死神に付きまとわれるということは死後の世界へのお迎えが来たということ。それに、はっきりと「ユー君は食中毒で死ぬ」と宣告されもした。なのに、あっさりと手の平を返すとはどういう了見なのだろうか。
「あのさ、ユー君はここがどんな世界だと思っている?」
「どんなって。ゾンビとかスケルトンが普通に存在しているし、死後の世界なんじゃないのか」
一度否定されたが、優は未だに信じることができなかった。やはり、この世界に来る直前に死んだという記憶が尾を引いているようである。
すると、クロナは「あちゃー」とでも言いたげに額に手を添えた。文句の一つでもかましてやろうとした優だったが、先んじてぶつけられた言葉に絶句する羽目になるのだった。
「あのね。落ち着いて聞いてほしいの。ユー君がいるのは死後の世界じゃない。ここはユー君が元いた世界とは別次元にある異世界なのよ」




