Ⅱ 時計仕掛けの俺たち
「うおおおおお!」
滋養風太さんが、十手を握って叫ぶ。彼が相手にしているのは、犯罪者である。警察省に勤める彼は、日々凶悪犯を相手に、持ち前の武力と無鉄砲さを発揮している。
風太さんは天才であるが、もちろん世の中には格上がごろごろいる。それなのに、彼は果敢に前線に立ち、無謀な戦闘を繰り返していた。
敵の武器は槍。ロングレンジの凶器は、風太さんのからだをすれすれで通り過ぎる。風太さんは、意識してかわしていない。いまのは、偶然当たらなかっただけだ。そんな奇跡が起こったのを気が付いていないのか、彼はまったく恐れることなく突っ込んでいく。
(……あのひと、馬鹿なの?)
「バカだよ、愛すべき」
近づきすぎた。風太さんがショートアッパーを顎に受ける。
「ああん!?」
強引に頭を振る風太さん。意識は途切れていない。うろたえる槍使い。そのまま頭突きを無理やり敵にぶつけられる。
「ふううん!!!」
「うぎっ!」
ふらりと、倒れる槍使い。風太さんが、勝利した。
「…………」
風太さんは、何度も何度も死線を潜り抜けてきたと聞いていた。あのひとが生きているのは、ただの幸運なのだろう。最後には、蟻沢さんと幸せな家庭を築く。まったく、すごいひとだ。
(さ、そろそろいいでしょ。次はどこに行きたい?)
「ああ、そうだな、次は……」
北海道、洞爺湖。
お呪い牧場本社では、デモが起きていた。独立を求める楊枝妃らと、本社直属の警護者たちの武力闘争が熾烈を極める戦場に、俺は降り立った。
「地獄のゆで窯を味わいな」
高くポッドを上げる楊枝。転送術で、なかのアルカリ性の液体を敵の胃袋に流し込む。もがき苦しむ警護者。
「月までとんできな」
杵を振るうスーツ姿の女性がいた。よく見ると、陣地屋えるさんだった。どうやらこのころはバニー姿ではなかったらしい。
敵味方入り乱れた熾烈極まる戦場。俺は、そのなかからある女性を探していた。
「ほのか、手押さえてろよ!」
気丈な声が響く。振り向くと、そこには探し人が鉄パイプを片手に、手首が切断された少女を守っていた。
飛び掛かる暴君の喉元に、的確にパイプを打ち込む女性。彼女は、蟻沢春。俺の憧れの女性だ。
戦場でけがを負った少女を連れながら、決して敵を寄せ付けないその戦い方は、見事としかいいようがなく、守る者の究極の理想形といえた。
「おねえちゃん……」
涙目で蟻沢さんを見上げる少女。蟻沢さんは、心配すんな、と彼女の頭に手を乗せた。
「私は強ええんだよ。この場にいる誰より。私の背中は、楽園よりも安全だ」
(かっこいいね、あのひと)
「だろ?」
蟻沢さんの勇姿を間近で見れて、感動した俺は、次にいく。
俺とサロは、時間を旅行していた。
なにかに干渉して、歴史を変えることが不可能だとわかった俺たちは、現代に変える前に、いくつか体験したい時代に寄り道することにした。傷心旅行といえば、陳腐だが、サンジェルのまえに変えるときに、情けない姿を見せるのは嫌だというのもあった。
前へ進んだり、後ろに戻ったり、行ったり来たりのステップステップ。
「サロはどこか行きたい場所はないの?」
俺の好きな場所ばかりに行っていたので、試しに聞いてみる。すると、しばらく考えたのち、サロはひとつの場所をあげた。
「……? いつも会ってただろ」
(別にいいでしょ、行くよ)
そして、降り立ったのは、金沢の忍者省だった。
「忍者の総本山に忍び込むなんて、とんだ命知らずだな」
(一心同体でしょ。死ぬときはいっしょだよ)
このころには、サロとは軽口を叩きあえる仲になっていた。進歩したと考えておこう。
そうして、俺たちは、忍者省の本拠地、偽金沢城の廊下を時折うっかりと罠にひっかかりながらも、堂々と歩いていき、ある一室に到着した。
変な表現をするようだが、そこは部屋というには密室すぎた。
一切明かりの入ってこない窓無しの五面に、残った一面は鉄格子。下には畳が敷かれており、文机と山積みになった書物がそこにのっていた。
「……いるのか?」
(いるよ、よく見なよ)
暗闇に目を凝らすと、そこには確かに、ひとりの少女が横たわって睡眠をとっていた。年齢は、六歳くらいで、幼さとともに、知性が宿っていた顔つきをしている。
俺は、鉄格子に触れると、分子構造を一度ばらして、通れる隙間を作った。そして、座敷に土足で踏み入り、少女の隣に座る。
「……可愛いもんだ」
(当たり前だよ。もっと近づいて)
サロの注文がいつになく積極的だ。珍しいので、俺は彼の声に従ってみる。
赤らんだ頬。温かく、匂いのある寝息。束になった前髪。汗ばんだ首筋。
「……よく寝ている」
少女の名前は、伊豆麻里。俺の恋人である。サロは、麻里の……伊豆さんの様子が見たいといって、この時代を選んだのだった。しかし、どうしたことか、サロは、なにもアクションを起こさない。ただ、彼女の寝顔を見ているだけだった。
「……なんで、サロはここに来たんだ?」
気になって尋ねてみるが、サロは無言を貫いた。
「…………」
夜も深まった頃、ようやくサロが沈黙を破った。
(かわいいよね)
「……ああ」
サロは俺を立たせて、そのまま偽金沢城をあとにした。
そして、次に俺たちが現れたのは、京都の銀閣寺であった。
ふと、俺の思いつきで、会おうと思った人がいたのだ。
人工照明の光が木々にかかり、銀閣寺は木陰に隠れていた。涼し気な寺の領域をくぐり、なかに侵入する。見張りの巫女が数人いたが、電気信号で動かされているだけの彼女たちは、俺を認識できない。なので、俺は堂々と土足で板張りの寺をめぐり、件の人物を捜索する。
そして、襖を開いた畳の部屋に、彼女はいた。
「……天宮シオリさん」
布団をかぶせた膝を抱えた女性。白い肌は遠くからだと輝いて見え、病状に伏しながらも神聖さを保っていた。
天宮シオリ。神社仏閣保護連盟の姫であり、呪術型倒達者、那須花凛がアイドルを目指すきっかけとなった女性である。いままで、サンジェルからの話しか聞いたことはなかったが、間近で見ると、その美しさは、安い表現と思われるかもしれないが、女神のようであった。
俺は、ブレーメンを率い、アイドルとして輝こうとしていた純粋無垢な少女、那須花凛をサンジェルの命令で傷つけたことがあった。
その結果、研究所に捕らえられた彼女は、富士V2によって殺害され、サロ製作の礎となった。
俺は、このことを後悔していた。
事件から亡くなるまでの間、俺は彼女に謝罪する機会がなかった。しかし、あったとしても、あの少女の性格から考えると、あまり気にされなさそうであった。
ならば、せめてと、俺は彼女が最も愛していた人物に、断罪をしてもらおうと考えたのだ。もちろん、天宮シオリも、俺によって作られた存在であり、反応を貰えることはない。だが、自分勝手な収まりの利かないこの感情を晴らしてくれそうなのは彼女しかいない。
外の景色を眺めている天宮に、後ろから近づく。
すると、ぴくんと、彼女は肩を震わせた。
「え……?」
思わず声が漏れる。足音は立てていたが、そんなことは関係ない。彼女は、この世界の記録通りに動く人形であり、俺の気配に反応することなどありえないのだ。
(……気のせいだよ)
サロもそう後押ししてくれた。俺は、息をのみ、再び歩きだす。
すると。
くるりと、天宮がこちらを向いた。
「あら、お客さん?……あ、もしかして、私をよみがえらせたひと?」
「…………!!!」
開いた口が塞がらない。天宮は歯をみせて、にしし、と笑う。
「やっと来たんだねえ。いやあ、ありがとね、生き返らせてくれて。久しぶりに花凛ちゃんとも会えて楽しかったよ」
天宮は、座布団を示すと俺に座るように促した。
「……どうも」
動揺しつつも、俺は頭を下げて、腰を下ろす。
どういうことだ?なぜ、天宮は俺を認識しているんだ?俺は彼女をじっと見る。すると、天宮は呑気な声を出した。
「んあー、でもたぶんあれでしょ?カラクリはわからないけど、この世界も永遠じゃない。私はまた死んじゃうんでしょ」
「は、はい……」
申し訳ないが、その通りである。俺が別の時間に移動すれば、この世界は分解されてしまう。
「そっかあ。まあ仕方ないよね」
少し悲しそうな顔をして、天宮が頷いた。
サロに聞いたところ、このタイムスリップには、いくつかの例外的な要因に対応できないらしい。俺たちは、電気信号を与えて人間を動かしているが、自分の意思を獲得している人間がいるようなのだ。
それは、完全記憶能力のある人間である。天宮シオリは、その性質を持っていたらしく、自分の人生をすべて覚えた脳の状態で、この二度目の世界に創生されたのだった。
天宮は、俺に対して、那須や北条のその後について教えるようにせがんできた。俺はしどろもどろになりながら答えた。するとすべてを聞き終わった天宮は、いやあ、と頭をかいた。
「まさか、あの北条に裏切られたとはねえ。……花凛ちゃん死んじゃうのかあ……」
「すみません……。俺のせいで」
「いやいや。あの子もそういうのは気にしないと思うよ。それにしても、最後に私があげた歌をうたってくれたのかあ。嬉しいな、ほんと」
楽しそうに笑う天宮。俺は、その笑顔に胸が苦しくなる。そこで、持っていた土産を彼女にささげることを思いついた。
「あの、こんなことをしても、なんの償いにもならないとはわかっているんですけど、那須がアイドルとして、歌った曲が録音してあるんですけど、聞きますか?」
ぱああ、と顔を輝かせる天宮。彼女はおおきく首を縦に振った。
「聴かせて!」
「……では」
京都で大火災を引き起こした、那須の決死の歌を、メモリーより引き出す。音域などは一時的に肉体構造を変形させ、体温も操作することで、調整する。
そうして俺の口から発せられる、稀代のアイドル、那須花凛の美しい歌声。それは生で聴くものと寸分の互いもない再現であり、寺内を那須の音色で満たした。
目を閉じて聴いていた天宮のまぶたから、一筋の涙がこぼれる。
「あ、あれあはは。ごめんごめん。泣くつもりはなかったんだけどさ、あの子が成長した姿を想像すると、ちょっと……ごめん泣くね」
天宮は、柔らかそうな布団を惜しげもなく濡らした。すすり泣く声がしばらく室内に響く。
そして、彼女は顔をあげた。涙をぬぐい、笑顔をみせる。
「ありがとね。今日は来てくれて。でも、もう十分」
俺は、唇を噛みしめて、深く頭を下げて、その場を去った。
完全記憶能力者といえば、俺はもう一人知り合いがいた。
園崎みかん。彼女はいまどうしているのだろう。
サロに捜索を頼むと、ほどなくして、鳥取を示された。俺は、転送術を発動させ、彼女の前に姿を現す。
マボロシ探偵社本社。砂上の日本家屋。園崎さんはセーラー服を着ていた。
「あ」
俺に気が付き、単音を吐き出す園崎さん。俺はほおをかきながら、挨拶をした。
「どうも」
「…………」
園崎さんは、読んでいた小説を閉じ、無言で立ち上がった。……探偵社所長、このころはダンディなひげを生やした中年であった、緑が丘爽秋のひざ元から。
「……このくらいの歳のころには、一緒にふろに入るくらい仲がよかったのよ」
顔を赤くしながら弁明する園崎さん。彼女のことを、小児愛好家としてみていた俺は、このような一面があったのかと驚いた。
「いいんじゃないですか。仲が良いのは」
「ん~!外出るよ!」
園崎さんは、俺の裾を引っ張って、廊下にでた。
一通りの事情説明をすると、園崎さんは、なるほどね、と何度も頷いた。
「懐かしい光景で、周りのひとはまったく反応してくれない。タイムスリップと透明人間化が同時にきたのかと不安でしょうがなかったわよ」
「……すみません」
「しかも気が付くと急に時間が飛んでたりしてさあ。心細かったよ。サロくんは、私がこうなること知ってたの?」
(…………)
矛先が向いたサロは、なにも答えない。
確かに、なぜ黙っていたのだろう。俺が聞かなかったからだろうか。
園崎さんは、まあいいやと矛を納める。さきほどまで読んでいた本を頭の上に乗せ、あくびをされた。
「それで?このあとどうするつもり?目的はなにもないんでしょ?」
「ええ、まあ」
手持無沙汰だったのは確かであった。行先はなく、ただ思いつきで時間を飛ぶ旅人。園崎さんらにとっては迷惑な話だが。
と、そのとき。俺はあることに気が付く。園崎さんの持っている本のタイトルが目に入ったのだ。「炎天下の時代」。見覚えがある、というか、著者のところには園崎みかんと書いてある。
園崎さんが、出版したからと言って俺にくれた本。
つまり、炎天下後に出版された、未来の本。そんなもの、過去の世界であるこの場にあるはずがない。
「そ、園崎さんその本……」
「ん?ああ、これ?いやー恥ずかしいね、自分の本読んでるとこみられるのは」
「いや、そうじゃなくて、どうしてここに、それがあるんですか!」
きょとんとする園崎さん。
「え?どういうこと……?あるものは、あるけど……」
どうやら、彼女も理解していないようだった。
サロの能力には、ひとつ欠点があったらしい。
それは、本のなかの文字や、記録媒体のなかのデータには干渉できないということである。ドームに設置されたカメラでは、中身まで撮影することができなかったから。それが理由らしい。
あらゆるものを再現しているこの世界であるが、本や記録媒体は、置いてあった位置に戻すくらいにしかできない。この時代には存在せず、未来において出版された本は、紙の束が置いてあった場所に文字が印刷された状態で移動する。
マボロシ探偵社の倉庫には、もともと、大量の紙が保管されていたらしい。炎天下後、出版社を立ち上げた園崎さんは、その紙を用いて、多くの本を世に出した。
俺は、園崎さんに案内された倉庫に入る。すると、そこには、大量の本が積み上げられていた。未来に出版された本が、すべてここに戻ってきたらしい。
「うーん、改めて見ると、なかなかショックね。せっかく売ったのに、返品された気分」
「また売ればいいじゃないですか」
ひとの気もしらずにー!年甲斐もなく地団駄を踏む園崎さん。いまは女子校生の姿だが、なかみは三十代である。
そのとき、俺はふと思い出した。本といえば。
俺が、倒達者にされたあの図書館には、サンジェルがいるかもしれない。
一度気になりだすと、どうしようもない。俺は、園崎さんに別れを告げた。
「現代に戻ったら、コーヒーでもおごってよ!」
「十五杯くらいおごりますよ」
「そんなにいるかあ!」
俺は、また時間を超えた。
レンガ造りの建物のなかに入る。古い図書館でところどころの壁にはひびが入っている。指定した時間的に、俺がサンジェルに監禁され、まだ倒達者になっていない時期のはずだ。
本棚が並ぶ図書室で、俺は適当に一冊の本を取る。
「…………」
白紙である。
倒達者になった俺が図書館内にあった本をすべて焼いてしまったため、現代まで書物が残らなかったことが原因であろう。中身の文字がわからないのなら、紙を戻すまでしか修復できない。そういうことらしい。
「さて、と」
本を棚に戻し、俺は地下階段へ向かおうとからだの向きを変える。
そのとき、突然足元から声がした。頭を下げると、そこには。
「や、待ってたよ」
藍色の髪の幼女があどけない表情で、俺の服の裾を引っ張っていた。
「すまん、遅れた」
「まったく、女の子を待たせちゃいけないよ」
俺たちは笑いあった。
やっぱりだ。こいつはいつもどこでも黒幕でなきゃならない。
こいつに限って、記憶を失ってることなんて、あるはずがなかったんだ。
幼女サンジェルは、またしても俺のまえに現れた。
まったく、憎たらしい。




