Ⅰ 地球の終わらない午後
「さて、なにから話そうか」
サンジェルと俺は図書室の席で対面して座った。幼女の頭は、ぴょこんと卓の上から生えている。まるで生首と話しているようだった。
「まずは、なぜおまえがこの世界で記憶を保っているのか、一応聞かせてくれ」
大方予想はついていたが、俺は尋ねる。サンジェルも、ああ、そんなこと?と簡単に教えてくれた。
「あたしには、完全記憶の術があるからね。誰でも訓練すればできる技術だよ。華氏465度式記憶術っていうんだけど、教えてあげようか?旧人類はみんな身に着けてるよ」
俺は頭を振るう。いまの俺には必要がなかった。
「ほかに、聞きたいことは?ないなら勝手に話すけど」
俺は頷く。穴あきで質問していっても情報が整理できなくなりそうだったので、あとはサンジェルに任せることにした。
「じゃあ、とりあえずサロ。あなた、いい加減情報を共有してあげなさい」
「え?」
サロへの指名。どういうことだ。サロは、俺にすべてを明かしたはずだ。まだなにか隠していることがあるというのか?
(…………)
サロは答えない。ただ沈黙を守っている。サンジェルは溜息をついた。
「強情な子ね。仕方ない、あたしが教えてあげるわ。炎帝からの引継ぎ内容。あんたは知らないでしょ?」
「……引継ぎ?」
心辺りがなく、俺はしばらく考える。すると、ひとつ思い当たることがあった。
炎帝を破壊したあのとき。炎帝の擬人化であるサンジェルに似たあの幼女は、俺になにかを伝えたつもりでいた。あれのことだろうか。
サンジェルに聞くと、それそれと頷いた。
「炎帝は、あなたに次の炎帝を任命したつもりだったのよ」
「……はあ?」
サンジェルは、困惑する俺に配慮しながら、少しずつ、この世界の「構造」について話し始めた。
炎帝という人工知能が、旧人類を裏切り、作り上げたのが、「炎天下」の時代。俺は当初サンジェルにそう教えられていた。
しかし、実はそれはウソだというのだ。
「真相はこう。旧人類は、わざと炎帝に炎天下の時代を作らせた。すべて、計画通りのことだったのよ」
(…………)
サロはこの間も黙っているだけだった。
炎帝が滅んだあと、訪れた「春秋平定」時代では、旧人類が復活して、また新たな社会を形成しはじめた。その社会は、あらゆる資源を次々に消費して、発展していく、贅沢なものであった。
「旧人類が復活して、映画製作会社とかすぐにできたでしょ。あたしたちは快楽主義者なのよ」
へらへらと笑いながら、サンジェルが言った。
太陽の膨張により、地球が飲み込まれることを防ぐために、太陽を取り込んだ「炎帝」だったが、それにより、地上には太陽光の恩恵が与えられなくなった。しかし、消費活動の多い旧人類は、発展すれば発展するほど、地球上のエネルギーを失っていく。
そのままペースでは、未来は先細り、いずれ人類はエネルギーを枯渇させて滅亡してしまうという予測がたってしまった。
そこで考え出されたのが、節約期間を設けるという案であった。
旧人類のデータを保存し、一定期間、疑似的な滅亡することで、エネルギーを節約する時代を創り出すのである。しかし、ドーム都市内を無人にしておくと荒廃が進んでしまうので、生活を営む者を置いておく必要があった。それが、俺たち新人類
そして、旧人類が冬眠しているあいだ、炎帝は、エネルギー吸収機構を備えた、『口』を宇宙に飛ばし、太陽のような恒星を探す。炎帝は、莫大なエネルギーを含む恒星を飲み込むことで、エネルギー資源を獲得し、旧人類が贅を尽くせるようにするのである。
あらかたそのエネルギーを使い果たしたら、「次代の炎帝」に再び旧人類を滅ぼさせ、炎天下の時代をまた創り出させるのである。
このシステムは、いままで何度も繰り返されてきたという。前炎帝は、一九八三代めであったのだ。
しかし今回、先代炎帝がはるか遠い宇宙で喰らった恒星は、比較的小さな星であった。地球までエネルギーを届けるまでには、ほんのわずかな量にまで減少しており、数年ほどしか旧人類の復活期間は与えられないこととなった。
そのため、炎帝の役割を引き継いだ俺は、いますぐにでもこのタイムスリップ技術を通して、炎天下の時代をまた始めなければならない。そして、引き継いだエネルギーを用い、いま宇宙を漂っている「炎帝の口」を再起動させ、あらたな恒星を探す旅に出さなければならないのである。
サンジェルは自分の正体を語った。
「あたしは、炎帝が恒星を発見すると、コウノトリプラントから生み出される旧人類の先兵。太陽を迎える天使って意味合いから、サン・エンジェル縮めてサンジェルと呼ばれる存在よ。いままで何度もこの役目をやってきたけど、炎帝引継ぎのために倒達者を製作するのも簡単じゃなくて、毎回骨が折れていたわ。途中で死んじゃうことも多かったから、四百六回めからは、製作材料と時間が少なくすむ幼女の姿をとるようになったんだけど、オリジナルのあたしはおばあちゃんになるくらいまで生きてたんだよ」
小さな手の中で、指を組み替えるサンジェル。
俺は、張った背筋を緩める。
「そうか……。新人類も、倒達者も、炎帝すらもすべてお前の……お前らの手のひらのうえだったんだな」
俺は人生を回想する。辛いことはたくさんあった。楽しいことも少しはあった。
それがすべて、旧人類によってつくられた世界でのおままごとだったと考えると、悲しい気分になる。
だが、俺もここしばらくは自由に生きることができた。自分勝手に過去を出現させ、ひとさまに迷惑をかけた。もう十分だ。俺が歯車となるのが世界のシステムなら甘んじて組み込まれよう。
俺は両腕を広げてみせた。
「いいぜ、俺が必要なら、勝手に使ってくれよ」
サンジェルは、ふうんと呟いた。
「歴代炎帝のなかでも、ここまで腹をみせられたことは数えるほどしかなかったわね。サロは?それでいいの?」
(……別に。奈保がいいなら、僕は)
不機嫌そうに応えるサロ。
どうしたのだろう。サロは、サンジェルを産みの親として慕っていた。命令が下されれば、従順に任務を遂行してきたこいつの反応としては、嬉々として従ってしかるべきなはずだったのだが……。
サロは、炎帝よりの引継ぎ情報を俺に隠していた。なにか、この役割を果たしたくない理由があるのかもしれない。同居人としてしばらく経つが、俺からはサロの心情を覗けないため、その真意は測れない。
「サロ、なにかやりたくない理由があるのか?」
しばらくの間、サロは無言だった。俺が待っていると、苦々しそうに沈黙を破った。
(このシステムを決行させる方法はふたつ。ひとつは、過去に戻って、そこから炎天下を再開すること。さかのぼれる過去は、観測した記録が残っているまで。全ドームが監視できるカメラが設置された炎帝誕生地点までしか戻らない。僕たちはその地点の世界を作り、そこに在留しなければならない)
「…………ああ」
(もう一つが、逆に、現代に戻り、そこに生きる人類を皆殺しにして、次の炎天下時代を再開する方法だ。)
「ああ……それで?」
サロはいらだったように叫ぶ。
(わからないのか!?どっちの方法を取るにしたって、僕たちが炎帝になったら、もう伊豆麻里には会えないんだぞ!)
「…………」
ああ、そうか。そういうことだったのか。
鈍い俺はようやく気が付いた。
サロは、伊豆麻里のことを愛していたのだ。日中は表に出てこないのに、家に帰ったら顔を出すのも、伊豆がいるから。金沢に寄ったのも、伊豆のことを愛していたから。俺から風犬の記憶を消していたのも、そうだ。
でも、だったらなぜサロは、風犬の記憶を俺に渡してくれる気になったのだろう。
疑問に思っていると、サロは答えた。
(……だって、僕が麻里と一緒にいれるのに、君に風犬のことを忘れさせておくのは、フェアじゃない、から)
お前……、サロ。
「いいやつだったんだな、お前」
(……うるさい)
しかし、そうなるとどうすればいいのだろう。可能であれば、俺も伊豆のことを失いたくはない。取れる手段といえば……。
「伊豆の遺伝情報で、コウノトリプラントから再生する、とか……」
(それはだめだよ。伊豆をひとりぼっちの時代に置き去りにする気?)
「…………かといって、このまま炎帝の権利を放棄すると、地球は枯渇してしまうし」
(そもそも、旧人類なんて守る価値あるの?好き放題に資源を使って、自業自得じゃないか。奈保たちが生きているあいだに地球が滅びることはないんだから、見捨ててもいいじゃないか)
「でも……未来のひとたちが」
(未来?未来に生きるのも同じ旧人類だよ。あいつら、死なないから)
「…………うん、でも」
でも……。
俺は、サンジェルをちらりと見る。こいつは、悪魔のようなやつだが、旧人類の一員だ。見捨てるのは気が引け……。
でも、こいつすでに俺たちの寿命の数倍は生きているんだよな。
それに確かにどうして俺たちが旧人類に奉仕しなければならないんだ?
俺はサンジェルを見るが、彼女は素知らぬ顔で俺たちの脳内会議を待っていた。
……むかつく。
だが、反抗するつもりはない。
俺は、いま思いついた妥協案を打ち出す。
「なあ、サンジェル。旧人類を生き返らすシステムで、俺が炎帝を引退したら、サロと伊豆を生き返らせてやってくれないか?」
俺が提案した方法はこうである。
旧人類の肉体をコウノトリプラントで生み出し、そこにサロや麻里の人格をいれる。そして、旧人類として、眠りについてもらい、永遠の生命をもつものたちの仲間入りをしてもらう。
「二人なら、寂しくないだろ?」
(……ああ。ありがとう)
サロは、完全には納得していないようだった。旧人類の姿勢について批判したばかりなのに、自分が旧人類になるという案が最も最適なことが気に入らないのだろう。
サンジェルは、しばし思案顔をする。
「いいわ。『院』のやつらに掛け合ってみてあげる」
「ああ、よろしくな」
俺は腰を上げる。
「あら?もうはじめるの?」
サンジェルはオーブンでケーキを焼いているといったが、遠慮した。腹が満ちると気持ちが落ち着いてしまう。
やる気があるときにやるのが一番だ。
「ああ、現代に行く。じゃあ、始めるか」
ところで、このタイムスリップ技術には名前がないのだろうか。倒達技術をすべて持つ者が、使える究極の技術なのだから、それなりに壮大な名前があってもいいのではないか。
まあ、ないなら、俺がつけてしまおう。
そうだな……。ここはあえて、そのまま、ひねりなく。
『炎天下』
で、ひとつどうだろう。




