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Ⅲ 獅子よ、獅子よ!

 深夜二時。俺はサロの指示に従ってサンジェルの研究所に忍び込んだ。俺が目指したのは、かつてヒト型兵器サロとして保管されていたときに入れられていた液体ポッドだった。サロ曰く、集中するために古巣に戻りたいとのこと。彼にとってあの中は母体のようなものらしい。

 暗がりのなか、倉庫で埃をかぶっていたポッドを見つける。なかは液体で満たされているが、いったいいつから中身を変えていないのか怖いところである。

 脚立が置いてあったので、昇って上からポッドに入ろうとする。

「そういえば俺、水中で目開けれねえんだけど」

(僕はできるからいいんだよ)

 サロにせかされるが、俺は大きく息を吸い込んでから入ろうとする。溺れるのは怖い。

 そんな風にもたもたしていると、突然、倉庫に明かりがついた。

「うわ、眩しっ」

「……あれ、ねずみ発見」

 ゆっくりと目を開けると、そこには、幼女が俺を指さして立っていた。

「……サンジェルか。夜更かしは肌の敵だぞ」

「あたしは生涯ぴちぴちよ。……ここに来たってことは、ようやく思い出したようね。……滋養風犬のことを」

 サンジェルは、すべてを知っているようだった。俺は、無言で彼女を見つめる。

「あなたが風犬の記憶を失ったのは、最初はただのショックによるものだった。時間が経過すれば、いずれ思い出す、そう考えてたんだけどね。サロ、あなたが妨害してたんでしょ?」


「……ごめんなさい」


 サロが、俺の口を借りて謝罪する。サンジェルは手を振る。


「別に、構わないわよ。あなたに人格を作ったのはあたしなんだから。予想外の行動を起こすのは、むしろ想定済み。ま、大体想像はついてるけど。……理由は言わないほうがいいわよね」


 サロは恥ずかしそうに頷いた。親に叱られてしょんぼりしている姿は、数年になる付き合いで初めて見た。


「あなたたちがやろうとしていることはわかっているわ。タイムスリップして、滋養風犬を救おうとしているんでしょ」


「…………。悪いか? お前に殺されたんだ」


 サンジェルは目を伏せた。


「でも、成功するとは思えないわね。止めはしないけど」


 俺は、液体ポッドのなかに飛び込んだ。


 そして、目をつぶって、サロに操作を託す。


(…………じゃあ、行くよ)


 考えてみれば。


 俺が、自分でしたいことをしようとするのは、これが初めてかもしれない。



【第四章 タイエンの妖女】


 

(テレスクリーンモード、オン)



 ドーム都市、東京に設置されたすべての映像が俺の頭になだれ込んでくる。ドーム都市内で、カメラに映らない場所は、誇張ではなくまったくない。それゆえ、いま俺は東京すべてのリアルタイムを理解している。数瞬後、次は横浜の映像が映し出され、金沢、三重と順々に各ドーム都市を把握していく。

 世界を掌握していく感覚。支配の優越が心を満たしていく。いま、この世界で俺が捕らえていないものはない。目に見えるすべてが現実である。


(巻き戻し、開始)


 世界が揺れ動く。前に進んでいた人間が、後ろに戻る。地面に落とした果物が、上に飛び跳ね、袋に戻る。流れる川の水は逆流し、テーブルの上の料理は、厨房に戻り材料に回帰する。

 文字通り、いまサロが行っているのは、巻き戻しである。各ドームのリアルタイムの映像を、過去に録画していた映像へ遡っている。俺は、ここで「極加速」を発動させた。巻き戻しの速度が倍速になり、あっというまに、照明が落ちて、つくの繰り返しの映像になった。園崎さんと待ち合わせした、新しい図書館はみるみるうちに骨組みに戻っていき、すぐに更地に戻った。再興していく社会は衰退していき、旧人類の数は次第に減っていった。


(……どこまで巻き戻す?)


 サロに尋ねられ、俺は考える。どこまで、か。風犬を助けるというのなら、富士月見Ver.2との闘いの場がよいだろう。あそこにタイムスリップできれば、風犬を救うことができる。


「風犬と富士ver.2が接触したところで止めてくれ」


(おっけえ。じゃあ、ちょっとぶれるよ)


 際限ない速さで後ろに戻っていた映像に、急に砂嵐が走る。昔サンジェルが教えてくれた、慣性の法則を思い出す。急ブレーキは気分が悪い。


 そして、嵐が晴れた。鮮明な映像が、現れる。


 いま見えているのは、触手を支柱にそらに浮く富士月見ver.2と、それに対峙している滋養風犬の姿である。この場面は、炎帝に観測されたが故に残っている過去の世界であり、本来ならば失われた瞬間だ。

 だが、俺は力を持っている。傲慢かもしれないが、失われたものを取り戻すことができる。いままで、散々辛い目にあってきた。だったら、これくらいの贅沢させてもらってもいいだろう。


「ここで、いい。サロ、ここに降りよう」


(降りるっていうか、創るんだけどね。じゃあ……行くよ。再生)


 瞬間。からだの内側から熱が山のように隆起してくる。そして、手足の先、指先までが発熱したかと思うと、皮膚や筋肉が膨張し、波紋となって体外へ放出される。

 すううと、波が引くような冷気を感じた直後、今度は体外に存在する熱が一気にからだのなかに入り込んでくる。濁流のようになだれ込むそのエネルギーを俺は全身で受け止める。

 このエネルギーの放出と吸収を交互に繰り返す。俺の体色は、「KAGEROU」の制御により、黒くなったりと肌色になったりと、熱の交換に応じて点灯消灯をしていた。

 そして、それがどのくらい続いただろう。暴れるエネルギーの渦をなだめ、ようやく聞こえる音が心臓の鼓動だけになった頃、俺は目を開けた。


(さあ、できたよ。


 俺たちが実現したタイムスリップ方法は、過去の記憶をもとに、現実をその時代の情景に変化させるというものである。

 エネルギーの吸収、変換、放出。呪術型新人類にとっては、当たり前の技術である。俺は、それを複数の倒達技術で、拡大し、制御していた。

 地上にあるものには、すべてエネルギーが宿っている。例えば、建物。これには上にレンガを積み上げるときに仕事が生じていたり、材料を構成する分子自体にエネルギーがこもっていたりする。その建物が崩壊した際は、そこにあったエネルギーは姿を変えて、あたり拡散され、その場にはなくなってしまう。

 俺は、炎帝から受け継いだ膨大なエネルギーを、「はぴいばあすでい」を用いて地上にばらまいた。そして、「完壁」で精密にエネルギーを配列させることで、分子を合成し、過去に存在した建造物や、人間を、この地上に再現したのである。

 逆に、現在ある建物や人間からはエネルギーを奪い取った。現代にあるものの存在を無に還し、この時代をまるで過去の世界かのように造り替えたのだ。

 炎帝のカメラはこの世界をくまなく記録していたがゆえに、過去を忠実に再現できる。

 まさに、神の領域である。

 

 ところで、蘇らせられた、あるいは過去に戻された人間の動きについては、「千人隊」で電気信号を強制することにより、現代に至るまで彼らがとった行動をなぞるようにしている。巻き戻された状態から、同じ行動をとるとは限らない。それは、サンジェルとともに、コウノトリプラントから生成される旧人類を見ていて気が付いた。

再生後、いくつか肉体に異常があったので、再生成を依頼されたことがあった。そのときは、依頼者を一度殺害し、改めてコウノトリプラントで同一人物を生成した。このとき、同じ脳の状態になるようにセットして再生成したのだが、環境も同じで、外的要因も介在していないはずなのに、その第一声は最初のものとは異なっていたのである。

同じ状態からスタートしても、その後の成り行きは変化しうる。俺はそれを知っていたのだ。

ゆえに、生成した人間たちの行動により、俺の関与しないところで別の歴史を歩むことは十分ありえた。もしそうなったら、小さな風が大きな台風を呼ぶように、俺の目的を巡り巡って邪魔をしてくるかもしれないので、完全に同じ歴史をたどらせるために、強引に手を加えて、人々を動かすことにしたのである。

つまり、この過去の世界を歩いている人々は、意思のない生きるゾンビなのである。言い方を変えるなら、「哲学ゾンビ」というやつだろうか。

 しかし、それでも問題はない。俺がいた現代、タイムスリップ開始地点(以下、開始点と称する)まで時間が進行すれば、千人隊を発動する必要がなくなる。そうすると、ゾンビの呪縛は解け、そこからは皆自由な行動をとれるようになる。

 いまから俺が助けに行くのは、滋養風犬であるが、正確には滋養風犬の肉体に、滋養風犬の動きをさせている肉塊である。これを現代まで生きながらえさせられれば、俺は、彼女を現代で解放し、真の意味で生き返らせることができるのである。


「よし、じゃあ、いくか、サロ」

 俺はサロに肉体の制御を任せて、液体ポッドからの脱出を委託する。俺は泳げないのだ。サロは、ぶつくさいいながら、上昇すると、ぴょんと、外へ飛び出た。

「ありがとう」

 液体ポッドの周りの光景は、変わらず暗がりの研究所であった。サンジェルの研究所は、このときにはもうあったのだと知る。場所は、渋谷、ハチ公銅像地下。俺は、階段を昇り、地上に出る。

(じゃあ、移動するよ。三重だね)

「ああ」

 サロは、宙に手を当てると、転送術の黒いゲートを生み出した。そして、彼の地へと移動する。



 そこには、富士月見ver.2が、浮いていた。彼女は金色の髪をなびかせながら、背中の触手を使って、笑顔で触手を飛ばしていた。

 その標的となっていたのは、……。

「おい、サロ。ここは」

(……そうさ、少し早めに設定したんだ)


「……くっそ!はあ、はあ……」

 富士V2は、俺の妹、狼尾保奈と戦っていた。ナイフを手に、襲い来る触手をいなす彼女は、息も絶え絶えで、いまにも大きな隙が生まれそうであった。

 そのとき、富士v2が保奈の腕を触手でとらえる。空中に引っ張り出される保奈。そのまま、がら空きの腹に、拳を打ち込まれる。

「ぐううっ!」

 うめき声をあげる妹を、富士v2は、無情に地面に投げ捨てた。

「狼尾!」

 叫び声をあげるゴスロリ服の男子。彼は、柊サマンサ。この戦いで彼は生き延びて、のちにマボロシ探偵社の社長になる男だ。

 しかし、それに対し、狼尾保奈は……。

 狼尾を見下ろす富士v2。彼女は触手を振り下ろした。


 俺は、「KAGEROU」を用い、周囲の空気の温度を操作し、光の屈折で自らの姿を消していた。それゆえ、俺たちの姿は、妹たちには見えていない。

 だから、ここで俺が棒立ちして目をつぶっていても、彼女たちが気が付くことはない。


(妹のこと助けないの?)

 

「……わかってて言ってるんだろ?」

 

 俺はサロに聞かされていた。

 ここで狼尾保奈を助けるとどうなるか。

 哲学ゾンビとして彼女は生きながらえることになり、開始点になると彼女は自由意志を得る。それは他の人間と同様なのだが、倒達者が長生きした場合、倒達者ゆえの問題点が生じてしまう。

 倒達者は、ほかの人間と比べ、生存に必要な消費エネルギーが格段に大きい。俺たちは強力な技術を得る代わりに、大気中から自動にエネルギーを吸収していたのである。そうして消費したエネルギーは、形を変え、最後には、熱となって上空にのぼっていく。そして、宇宙に出たエネルギーは霧散し、地球には二度と返ってこない。

かつて太陽があったころには、天より降り注ぐ光や熱のエネルギーと入れ替わるので、地上全体のエネルギー量のつり合いは取れていた。しかし、炎帝が太陽を取り込んだ影響で、天よりのギフトは失われ、倒達者が技術を使うほど、地上のエネルギー総量は減少していくこととなった。

地上からエネルギーが失われると、俺のタイムスリップは成立しなくなる。なぜなら、このタイムスリップ技術は、地上のエネルギーを変換することで可能にしているからである。もし狼尾保奈を生かしてしまえば、開始点でのエネルギー総量は、本来あったより減少し、過去から現代に世界を戻したとき、完全に元に戻すことはできなくなるのだ。


(ん、じゃあもう行こうか)


 サロが俺に声をかけた。つまり、終わったということである。


 俺は、痛む胸を押さえないで、富士V2の触手蠢く背中を追った。


 


 その後も、悲痛な別れは続いた。


 那須花凛と千堂千歳、土方光成と狩場瑠衣。炎帝の記録通り、歴史の筋書き通りに動く彼らは、決死の表情で特攻し、無残に命を散らしていった。

 彼らのなかには、満足そうな表情をしてこの世を去った者もいた。しかし、俺はそれが納得できなかった。

 死者を冒とくするつもりは、毛頭ないが。



 硬く握った拳で、俺はひたすら我慢した。


なにが愛だ。



死ねば、終わりだろうが!



 富士V2が、触手を飛ばし、血しぶきが宙に舞い、死肉が横たわり、そして……ついに。

 血だらけの滋養風犬が、富士月見V2の前に現れる。


(はじまったね……ついに)


「ああ、いくぞ」


 俺は、握り締めすぎて爪が食い込み、血の汁流れる拳を富士V2に狙い定めた。

 サロのちからを手に入れた俺は、コンクリートから、金剛石まで破壊する能力がある。俺が拳を振るえば、簡単にあの女を殺せるだろう。

 俺は、深く息を吸い込んで……。

 地面を蹴った。

 宙に浮く富士V2はまったく俺に気が付いていない。だから、がら空きの頭部、頸部、胸部、腹部、鼠径部、大腿部……選びたい放題の急所に、打撃をねじ込めば……。


 ねじ、こめば……!


 風犬が、救える……!


 そのまま……。


俺は、拳をおさめて、着地した。

「…………」

 サロが、慰めるような声で話かけてきた。


(気が付いてるんでしょ。狼尾を救えなかったその理論は風犬にも適応されるって)


「……ああ」


 風犬は、チップ無しにたどり着いたとはいえ、武術型の倒達者である。火を手に入れた究極の肉体は、ほかの倒達者と同じく、ただ生きるだけで多くのエネルギーを消費する。仮に彼女を生きながらせてしまうと、開始点になったとき、現代にあったはずのエネルギーは失われることになり、世界に変化が起きてしまう。

 足りない分を補填するために、いくつもの建物をなかったことにするはめになるかもしれない。もしくは、何人かの人間をいなかったことにすることになるかもしれない。

 風犬分のエネルギーを他で支払うには、歴史を変えるには、連鎖的にどこかに犠牲が生まなければならないのだ。

 妹や知り合いたちを犠牲にして、いまさらではあるのかもしれない。

 でも、俺の自分勝手のせいで、名も知れぬ誰かが犠牲になるのは、嫌だ。


 昔、サンジェルの口車に乗せられて、狩場瑠衣討伐のために、山ひとつ破壊したことがあった。俺の仕業だということは、一般的に明らかになっていないために、後日多くのひとが動員された調査が行われたという話を聞いた。

 そのときには、知らない誰かが傷つくことなど、どうでもいいものだと冷めたように考えていた。そんなことより、身の回りや自己のほうが何倍も大事だと思っていた。


(いまは……?)

「いまは……」 

 俺は、世界がすべて見渡せるようになった。

 そして、世界には、たくさんの人間と、それぞれの人生があるのだと知った。


 例えば、浮浪者の花道さん。彼は、どぶをさらって金属を探し、それを売る生活を送っていた。炎天下の時代が終わってからは、生き別れた娘と、その婿とともに幸せそうに暮らしている。

 もし、彼らの生活が崩れたら?


 例えば、行商人の静さん。彼女は、女だてらに争乱の場に立ち、武器や物資を売りわたる、綱渡りの人生を歩んでいた。旧人類が復活したいまでも、アンダーグラウンドの世界で身を切り詰めて生活している。しかし、彼女は誇り高く胸をはって生きていた。

 

 もし、彼女の光が断たれたら?


 例えば、新人類の会社員。例えば旧人類の清掃員。例えば新人類の研究者、例えば旧人類の料理人。


 もし、彼らの人生が、無に還ったら?


 俺は、ただ幼かったのだと知った。世間知らずの子どもだったのだと知った。

 


 世界の中心は俺じゃない。俺たちじゃない。


 風犬を救うことで、世界が崩れるなら、それは決してやってはいけないことなんだ。



(じゃあ、なにもしないの?ここまで来て、なにもしないで帰るの?)


「…………」


 俺は、風犬を救わない。愛のために、誰かを犠牲にするなんて、俺にはできない。


 でも、せめて。


 富士V2が、触手を切断され、地面に墜落する。風犬が、正拳突きの構えをとる。


 彼女を中心に、エネルギーの流れが収束していくのを感じる。


 愛のもと、彼女が咆哮する。


 世界が、白く……!いや、目をつぶるな!


 風犬の生きざまを目に焼き付けろ!


 愛の叫びに、恋焦がれろ!


「ふうけえええええええん!!!」


 俺は駆ける。

 

 風犬が、拳を放ち、女を貫く。


 炎が両者を包む。


 待てよ!まだ、倒れるんじゃないぞ!


 俺は崩れ落ちる風犬のからだを抱きしめる。真っ赤に燃え、すでにところどころが炭化しているが、塵ひとつ残さず、胸の中に包む。


「……奈保ちゃん?」


 風犬が、俺の名を呼んだ。脳への電気信号を支配しているのは、俺である。つまり、この言葉を言わせているのは、俺である。


「風ちゃん……」


 ただの人形遊びとは言わせない。


 これが、俺なりのアンサーだ。


「愛してるから、死んでくれ」


 風犬は、目を細めて、俺に笑いかけた。


 そして、滋養風犬は炭となって、……この世から姿を消した。

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