眠りましょう、安らかに…… あるいは終殺
サンジェルの地下研究所で、北条リリィが、接続術で富士月見version2を起動させたのを見届けた後、砂川徹は、東京を出て、自らも三重に向かった。
富士v2の性能を疑うわけではなかったが、三重に、滋養風犬と獅子頭奈保がいるという情報を、伊豆麻里からもらっていたので、混戦状態になる可能性を危惧したのだ。
しかし、それは杞憂で、砂川が、三重に到着したころには、すべてが終わっていた。
機能を停止したかのように、棒立ちしていた富士v2と、その足元に転がる焼けた男の死体と、三つの頭部。そして、辺りにいくつもできたクレーター。状況を物語るには、十分だった。
「終わったのか」
砂川が富士v2に近づき、北条リリィに語り掛ける。すると、ちいさく、うん、と返ってきた。
富士v2が、那須花凛と千堂千歳を殺したその数分後、狩場瑠衣と土方光成の二人との戦闘は始まった。
早々に狩場のワイヤー技術を攻略した北条は、頭部切断を目的に触手を薙ぐように放った。
しかし、狩場の頸部に届く直前、その触手を受け止めたのは、戦闘能力は皆無と判断していた土方光成であった。
土方は、『羊夢』を胸に取り付けていた。彼は、狩場が生成した電気を、体内に纏っており、そのまま触手を焼き切った。格闘技術を持たない彼は、狩場にその肉体操作を託すことで、戦力となったのだ。
ただし、長時間の戦闘は、土方の肉体を損傷させ、動きが鈍くなっていく。富士v2の猛攻を何度しのぎ切ったか……終わりは来る。
黄金色に、土方が染まった。体内の電気をすべて放出したのである。彼は特攻してきた。狩場も、土方に続いて全身に電気を纏い、黄金のからだで飛び込んできた。
『…………!』
触手の防御で、その攻撃は富士v2本体には届かなかった。だが、そのときの情景は、深く北条の脳内に刻み込まれた。
ふたりは、……死の光に包まれて、笑っていたのだ。
北条リリィには、理解できなかった。
なぜ、死の淵に立った人間が、あんな顔をできる?恐怖以外の、他の感情がわくものなのか?
思えば、狼尾保奈を殺したときもそうだった。
柊サマンサを逃がして自分は死ぬ。
自分は死ぬのだぞ!?なのに、なぜ満足そうな顔ができる!?
那須花凛を殺したときもだった。
満足そうな死に顔。一瞬だったとはいえ、痛みは感じていたはずだ。
なのに、なぜ苦痛に顔を歪ませず、笑顔で死んでいったのだ!?
富士v2は肩を下ろし、張っていた気を抜いた。
「毒気がそがれた。今回とれたデータを含め、研究成果は全部渡すから、サンジェルのもとからは脱退させてもらうわ」
砂川は、訝しげに聞き返した。
「抜ける?君がか?……どういう心変わりだ」
北条リリィは、しばらくの沈黙のあと、整理した答えを出した。
「ひとのこと実験につかって、ただの構造として理解していたつもりだったんだけど、全然わかってなかったって、さっき気が付いたのよ」
すると、砂川は寂しそうな表情をした。
「……あんたは俺と似ていると思っていたんだがな」
砂川徹には、生まれながらひとの気持ちがわからなかった。破壊する対象、または治療する対象としてしか、人間を捉えられなかったのである。
そんななか、北条リリィという、ひとをひととも思わぬ非人道的な実験を平気で行う女が現れ、彼は内心、親近感を覚えていたのだ。
それなのに、いま北条は、なにかを掴もうとしている。砂川は、まるで置いてけぼりにされたような感覚だった。
「ま、似た者同士には変わりないとは思うわよ。……私が理解したら、教えてあげるわ」
「……そうか、感謝する」
砂川は、晶壁術で作った小さな箱に、地面に転がる三つの頭部を保管した。
「それでは、帰るか」
そこへ、車輪が転がる音がした。
顔をあげる富士v2。砂川も気が付く。
「あれは……」
そこにいたのは、ひざをずりながら、車いすを押す少女だった。ほどけかけた包帯を体中に巻いており、辛そうな様子であった。
車いすのうえには、肉塊……よく見ると、ひとが乗っていた。ひしゃげた四肢のうえに、頭部がトッピングのようにぽつんと置かれている。
「滋養風犬と、……おそらく獅子頭奈保だな。三重にいるとは聞いていたが、伊豆麻里は仕留め損ねたらしいな。しかし、奴らも運が悪いな……。北条、すまないがもののついでだ。風犬を、殺してやれ」
滋養風犬暗殺計画には、倒達者は手を出せない。しかし、富士v2というコピー品、および北条リリィならば問題はない。
富士月見v2は、無言で頷くと、触手を支柱に空に浮かび上がった。土方との戦闘で、全三十の触手のうち、二本が千切られた。しかし、その程度では安定性も、操作性、攻撃についても損なうことはなく、容易にもうひとりくらいの殺傷は可能であった。
北条は、なるべく静かに、音を立てないように富士v2を動かし、風犬の背後を取った。そして、彼女の頸椎に向かい、鋭い触手を伸ばす。
相手は、こちらに気が付いていない。しかも、重傷を負っている。確実に、殺せる……。
そのはずが。
「…………!?」
地面に突き刺さる触手。車いすの、一メートル先に刺さり、クレーターを作っている。
ゆっくりと、少女、滋養風犬が、富士v2のほうを振り返る。
「……なに?いま、疲れてるんだけど」
けだるそうな風犬の顔。瞼も半分くらいしか開いていない。
北条は考察する。最小限に抑えたはずの音、もしくはわずかな空気の動きを肌で感じ、かわしたか……? しかし、それこそ人間技ではない。
「滋養風犬。あなたに個人的な恨みはないけど、私はあなたを殺さなければならないの」
気を取り直して、触手を構える富士v2。問題ない。いままで戦ってきた倒達者たちだって、一般人からみれば化け物なのだ。化け物退治には、変わりがないのだ。
風犬は、首を回して、唸る。
「だったら、相手になるけど……。あれ、いま刺客何人目だっけ……?」
北条は、車いすから手を放し、富士v2に向かって歩き始めた彼女を見て、疑問を抱く。
サンジェルから命を狙われて、こうもボロボロになるまで戦う理由はなんなのだろう、と。さっさと諦めて、殺されてしまうほうが、ここまで辛い思いをせずにすんだのではないか。
「あなたは、なんのために戦っているの?」
そこで、北条は問うてみた。もしかしたら、彼女から、人間を理解する手がかりが得られるのではないか。そんな期待を込めて。
風犬は頭をかいた。
「それは、まあ、殺されたくないからってのと、戦うのが、そもそも好きだってのと……あ」
目を開く風犬。的確な答えを自らのなかに見つけたのである。
「やっぱり、愛だよ、愛。私は愛のために戦ってるんだよ」
「…………!!!」
愛。
北条リリィは、疑問が氷解し、笑みを浮かべた。
「そっか……。そうね。そういうことだったのね。あはは、聞いたことはあるけど、自分自身抱いたことのない感情だったから、まったく結び付かなかったわ。あの子たちは、愛のために死んでいったのね。……まあ、なんで愛で死ねるのかは、まだ理解できないけど」
富士v2の触手を、風犬に向かって飛ばす。
「だから、ちょっと教えてくれない?なんで、なんで、愛でひとは死ねるの?」
風犬が、鼻で笑った。迫る触手をかわそうともせず……。




