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炎天下 ~日傘に入るは吉なのか。熱中症に気を付けて、今日も俺は走ります~  作者: 鷹枝ピトン
第三章 災禍の中心で愛を叫んだけもの ~滋養風犬暗殺計画のすべて~
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眠りましょう、安らかに…… あるいは終殺

 サンジェルの地下研究所で、北条リリィが、接続術で富士月見version2を起動させたのを見届けた後、砂川徹は、東京を出て、自らも三重に向かった。



 富士v2の性能を疑うわけではなかったが、三重に、滋養風犬と獅子頭奈保がいるという情報を、伊豆麻里からもらっていたので、混戦状態になる可能性を危惧したのだ。



 しかし、それは杞憂で、砂川が、三重に到着したころには、すべてが終わっていた。



 機能を停止したかのように、棒立ちしていた富士v2と、その足元に転がる焼けた男の死体と、三つの頭部。そして、辺りにいくつもできたクレーター。状況を物語るには、十分だった。



「終わったのか」



 砂川が富士v2に近づき、北条リリィに語り掛ける。すると、ちいさく、うん、と返ってきた。






 富士v2が、那須花凛と千堂千歳を殺したその数分後、狩場瑠衣と土方光成の二人との戦闘は始まった。



 早々に狩場のワイヤー技術を攻略した北条は、頭部切断を目的に触手を薙ぐように放った。



 しかし、狩場の頸部に届く直前、その触手を受け止めたのは、戦闘能力は皆無と判断していた土方光成であった。



 土方は、『羊夢』を胸に取り付けていた。彼は、狩場が生成した電気を、体内に纏っており、そのまま触手を焼き切った。格闘技術を持たない彼は、狩場にその肉体操作を託すことで、戦力となったのだ。



 ただし、長時間の戦闘は、土方の肉体を損傷させ、動きが鈍くなっていく。富士v2の猛攻を何度しのぎ切ったか……終わりは来る。



 黄金色に、土方が染まった。体内の電気をすべて放出したのである。彼は特攻してきた。狩場も、土方に続いて全身に電気を纏い、黄金のからだで飛び込んできた。



『…………!』



 触手の防御で、その攻撃は富士v2本体には届かなかった。だが、そのときの情景は、深く北条の脳内に刻み込まれた。



 ふたりは、……死の光に包まれて、笑っていたのだ。



 北条リリィには、理解できなかった。



 なぜ、死の淵に立った人間が、あんな顔をできる?恐怖以外の、他の感情がわくものなのか?



 思えば、狼尾保奈を殺したときもそうだった。



 柊サマンサを逃がして自分は死ぬ。



 自分は死ぬのだぞ!?なのに、なぜ満足そうな顔ができる!?




 那須花凛を殺したときもだった。


 満足そうな死に顔。一瞬だったとはいえ、痛みは感じていたはずだ。



 なのに、なぜ苦痛に顔を歪ませず、笑顔で死んでいったのだ!?



 富士v2は肩を下ろし、張っていた気を抜いた。



「毒気がそがれた。今回とれたデータを含め、研究成果は全部渡すから、サンジェルのもとからは脱退させてもらうわ」



 砂川は、訝しげに聞き返した。



「抜ける?君がか?……どういう心変わりだ」



 北条リリィは、しばらくの沈黙のあと、整理した答えを出した。



「ひとのこと実験につかって、ただの構造として理解していたつもりだったんだけど、全然わかってなかったって、さっき気が付いたのよ」



 すると、砂川は寂しそうな表情をした。



「……あんたは俺と似ていると思っていたんだがな」



 砂川徹には、生まれながらひとの気持ちがわからなかった。破壊する対象、または治療する対象としてしか、人間を捉えられなかったのである。



 そんななか、北条リリィという、ひとをひととも思わぬ非人道的な実験を平気で行う女が現れ、彼は内心、親近感を覚えていたのだ。



 それなのに、いま北条は、なにかを掴もうとしている。砂川は、まるで置いてけぼりにされたような感覚だった。



「ま、似た者同士には変わりないとは思うわよ。……私が理解したら、教えてあげるわ」



「……そうか、感謝する」


 砂川は、晶壁術で作った小さな箱に、地面に転がる三つの頭部を保管した。



「それでは、帰るか」





 そこへ、車輪が転がる音がした。






 顔をあげる富士v2。砂川も気が付く。



「あれは……」



 そこにいたのは、ひざをずりながら、車いすを押す少女だった。ほどけかけた包帯を体中に巻いており、辛そうな様子であった。




 車いすのうえには、肉塊……よく見ると、ひとが乗っていた。ひしゃげた四肢のうえに、頭部がトッピングのようにぽつんと置かれている。



「滋養風犬と、……おそらく獅子頭奈保だな。三重にいるとは聞いていたが、伊豆麻里は仕留め損ねたらしいな。しかし、奴らも運が悪いな……。北条、すまないがもののついでだ。風犬を、殺してやれ」



 滋養風犬暗殺計画には、倒達者は手を出せない。しかし、富士v2というコピー品、および北条リリィならば問題はない。



 富士月見v2は、無言で頷くと、触手を支柱に空に浮かび上がった。土方との戦闘で、全三十の触手のうち、二本が千切られた。しかし、その程度では安定性も、操作性、攻撃についても損なうことはなく、容易にもうひとりくらいの殺傷は可能であった。



 北条は、なるべく静かに、音を立てないように富士v2を動かし、風犬の背後を取った。そして、彼女の頸椎に向かい、鋭い触手を伸ばす。



 相手は、こちらに気が付いていない。しかも、重傷を負っている。確実に、殺せる……。




 そのはずが。


「…………!?」



 地面に突き刺さる触手。車いすの、一メートル先に刺さり、クレーターを作っている。



 ゆっくりと、少女、滋養風犬が、富士v2のほうを振り返る。



「……なに?いま、疲れてるんだけど」



 けだるそうな風犬の顔。瞼も半分くらいしか開いていない。



 北条は考察する。最小限に抑えたはずの音、もしくはわずかな空気の動きを肌で感じ、かわしたか……? しかし、それこそ人間技ではない。



「滋養風犬。あなたに個人的な恨みはないけど、私はあなたを殺さなければならないの」



 気を取り直して、触手を構える富士v2。問題ない。いままで戦ってきた倒達者たちだって、一般人からみれば化け物なのだ。化け物退治には、変わりがないのだ。



 風犬は、首を回して、唸る。


「だったら、相手になるけど……。あれ、いま刺客何人目だっけ……?」



 北条は、車いすから手を放し、富士v2に向かって歩き始めた彼女を見て、疑問を抱く。



 サンジェルから命を狙われて、こうもボロボロになるまで戦う理由はなんなのだろう、と。さっさと諦めて、殺されてしまうほうが、ここまで辛い思いをせずにすんだのではないか。



「あなたは、なんのために戦っているの?」



 そこで、北条は問うてみた。もしかしたら、彼女から、人間を理解する手がかりが得られるのではないか。そんな期待を込めて。



 風犬は頭をかいた。



「それは、まあ、殺されたくないからってのと、戦うのが、そもそも好きだってのと……あ」



 目を開く風犬。的確な答えを自らのなかに見つけたのである。



「やっぱり、愛だよ、愛。私は愛のために戦ってるんだよ」



「…………!!!」



 愛。



 北条リリィは、疑問が氷解し、笑みを浮かべた。



「そっか……。そうね。そういうことだったのね。あはは、聞いたことはあるけど、自分自身抱いたことのない感情だったから、まったく結び付かなかったわ。あの子たちは、愛のために死んでいったのね。……まあ、なんで愛で死ねるのかは、まだ理解できないけど」




 富士v2の触手を、風犬に向かって飛ばす。



「だから、ちょっと教えてくれない?なんで、なんで、愛でひとは死ねるの?」




 風犬が、鼻で笑った。迫る触手をかわそうともせず……。

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