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炎天下 ~日傘に入るは吉なのか。熱中症に気を付けて、今日も俺は走ります~  作者: 鷹枝ピトン
第三章 災禍の中心で愛を叫んだけもの ~滋養風犬暗殺計画のすべて~
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ガラスの少女が砕けるように あるいは爆殺

 土方光成は、アクセルを踏み切り、可能な限り富士v2と距離をとる。そして、建物の影に車を止めると、一同に呼びかける。


「四人まとまっていては的になる。ここからは、二人一組で逃げて各々魔導車を見つけて三重を脱出するか、呪術型の住人を見つけて転送術を使わせろ」


 身内を大切にする土方にとって、この決断は身を切る思いだった。だが、最善の策は、これしかないとも確信していた。


 全員で助かるのが、難しいなら、せめて自分以外の誰かが助かってくれればよい。彼はそう考えていたのだ。


「じゃあ、俺は那須ちゃんと、先輩は狩場さんとですね。……今生の別れとならなければいいんですけど」


 千堂が、那須花凛の手を引きながら、不安そうな表情になる。すると、土方が笑った。


「お前らしくもない。だったら死んだら地獄で会おう。向こうはゆで窯があるらしいからな。茶を沸かすには困らないだろう」


 目をぱちくりとする狩場。長い付き合いになってきたと思っていたが、土方がこのような冗談を言うことは珍しかったのだ。千堂も滅多に聞いたことがなかったのだろう。あっけにとられた顔をした後、噴き出した。


「なんだ、土方さんそんなことも言えるんすね。ちょっといままで怖い先輩だと誤解してました」


「いまさら知ったか。そうさ、私はユーモアあふれる豊かな人間だったのだ」


「ははっ……あーもう、似合わないっすよ。そういう役割は、俺のもんでしょ?これまでも、そして、これからも」


 土方と千堂が、背を向けあう。


「次は春に会いましょう」


「冬に会うのはもう御免だな」



 そして、二人組は別々の方向に走り出した。





 五分後、富士v2が見つけ出したのは、千堂千歳と、那須花凛のペアだった。


 触手を地面に垂らし、空に浮く富士v2は、千堂を目から外し、那須のみを見ていた。さきほどの戦いで、操作者の北条リリィは確信したのだ。倒達者以外で、この富士v2に敵う者はいないと。


 最初から、眼中に入れず、さっさと那須だけを倒してしまうほうが、効率がいい。早速、鋭い触手が那須に伸びる。


 しかし、迫る死の一撃に、那須花凛は動かない。呆然と、その場に立って虚空を見つめていた。



「那須ちゃん!」


 千堂が那須の腰に飛びつき、突き倒す。触手が二人の上を通過し、危機を乗り切る。


「だ、大丈夫?」


 冷や汗を垂らす千堂に対し、那須は無表情で地面に伏していた。まるで、生に執着のないような……。


 攻撃者の北条リリィも、それに気が付く。


「……簡単に殺せるのも、それはそれでつまらないわね」


 触手を引き、どうしたものかと考える北条。四肢を貫き、なぶる?千堂を残虐に殺し、恐怖心を植え付ける?否。それよりも那須には有効な手がある。



「那須花凛ちゃん。久しぶりね。天宮シオリの歌は気に入ってくれたかしら?」


「…………!?」


 千堂の下で、目を開く那須。わずかに、生気が宿る。



「こんな姿だけど、私は天宮の主治医だった、北条よ。あなたの寝ているあいだ看病もしていたんだけど、覚えてはいないかしら。……ところで、あなた」





「天宮シオリの死んだ本当の理由を知りたくはない?」






 ○


 滋養風犬は、うつぶせになりながら、鋼鉄の蹄の音を聞いていた。


「……よく見えないんだけど、これって伊豆麻里の脚?いつから雌馬になっちゃったの?」



 風犬は、額を地面に押し付けており、顔をあげさえしない。伊豆麻里にとって風犬は恋敵だが、風犬にとって伊豆は、獅子頭奈保の周りをうろうろしているだけの女であった。対等ではない。



 しかし、伊豆麻里のこの一言で、滋養風犬の顔色が変わった。



「発情した雌犬にとやかく言われたくはないですね……。ま、奈保さんの唇を奪ったいまの私になにを言ったところで効きませんけどね」



「ナニ……?」



 風犬が、ゆっくりと顔を上げる。その顔面に張り付いていたのは、鬼の面。それも百鬼夜行をひとつに凝縮したかのような悪鬼の表情だった。



「伊豆麻里。あんたいまの話ほんとう?だとしたら……死ぬよりひどい目に合わせるけど」



 死に体からの、思わぬ殺気にわずかに身を震わせる伊豆。しかし、すぐに気を張り直して、風犬へ近づいていく。



「そんなからだでなにができるんですか。みっともないですよ」



 風犬は、野獣の眼光を細める。


「口だけ動けば十分」



「っ!軽口も叩けないようにしてあげますよ!」



 伊豆が前足を高く上げた。



 荒ぶる恋馬は敵を討つ!




 ○


 北条リリィは、富士v2の口を使って語る。


「あれはもう十年も前だったかしらね。町医者をやっていたわたしは、体調不良に陥った天宮シオリを診るため、神仏連に呼び寄せられた。ただの風邪だったんだけどね、働きづめだったせいで長引いていたみたい。そこで私は、炎帝から支給された薬を処方して、さっさと帰ろうとしたんだけどね、ふふふ、歳が近かったからかしらね、天宮から、話し相手になってほしいってすがられて、一晩泊ることになったの」



「…………」



 那須花凛は、真剣な眼で北条の話を聞いている。彼女にとって天宮はなによりも代えがたい大切な存在だった。しかし、具体的にどういった理由で天宮が命を失ったのか、神仏連の部外者である那須はしらなかったのだ。



「その時、私は寝ている天宮の脳に、完成間近だった『接続術』のコードを差し込んで、部分的に彼女の記憶を覗いてみたの。……すると、ふふ!驚いたわ!あんなに純粋な女が、この世界に実在するなんてね!あいつの中には、邪心と呼ばれるが一切存在しなかった!聖人としては一級なのかもしれないけどね、組織の頭としては致命的。天宮には簡単に取り入ることができると知った私は……『毒』を盛った」




「…………は?」




 口を開ける那須。北条は、そのあっけにとられた表情に、にやついてしまった。



「生きるも殺すも私の投薬の加減次第の状態にして、私は天宮の主治医になることに成功した。そして、彼女を治すことを口実に、毎夜、接続術で少しづつ、少しずつ、彼女の脳から長年蓄積してきた神仏連の神術を盗んできた。そして、あなたが天宮と仲良くなってしばらくしたころかしらね、盗れるものもなくなってきたから、投薬量をコントロールして……殺しちゃったの」




「……………」


「おかげで、私はこうして自分の研究を進めて、接続術を完璧なものに仕上げることができた。医者兼、研究者として、追い求めたものが完成するのは、やっぱり気持ちいいね。それによって、力を振るうのも」




 北条リリィは、天宮シオリの脳をいじくって技術開発の犠牲にした。


 


 それが真実。




 一瞬の静寂後、事実を受け止めた那須は、感情が堰を切ったようにあふれ出す。



「くそ、くそ、くそくそくそくそ!」



 ふざけるな!ふざけるなふざけるなふざけるな!



 どうして「そんな」ことで!天宮シオリが死ななければならない!



 激昂した那須は、目を回しながら立ち上がり、マイクに息を吹き込もうとする。呪術型の倒達技術「はっぴいばあすでい」。音を変換して、すべてを燃やすエネルギーへと変える!



 燃やし尽くしてやる!!!



「爆……!」



 そのとき、千堂が手を握る。



「怒りに飲み込まれないでください」



「……っ!」



 千堂は、那須の頭を撫でる。からだ中の覇気が内に収まり、那須は次第に落ち着いていく。



「変換は、呪術型の十八番でしょう?なら、その怒り、むやみに振り回したりせず、パワーあふれる可愛い歌するほうが、アイドルらしいでしょ?」



「…………。ありがとう。ごめんね、千堂。はあ」



 頭に手を当て、首を振る那須。あのまま那須が歌っていれば、周囲は火の海になり、千堂はもちろん、このドームは壊滅していただろう。京都では、それで大変なこととなった。冷静にさせてくれた千堂に那須は感謝して、ひとつ溜息をついた。




「那須ちゃんには返し切れないほどの恩がありますからね。美影さんに会えたのも、俺を拾ってくれたあなたがいたからです。みんなの……俺たちのアイドルなんです。笑顔でブレーメンを率いてくれたんだから、これから掴む未来も、笑顔で勝ち取ってやりましょうよ」



 千堂がにっこりと笑う。



「そうだよね、アイドルが恐い顔しちゃ、駄目だよね。……うん!」



 顔を叩いて、精神を統一する那須。その表情は、一瞬で、輝くアイドルのものとなっていた。

 

 天宮の仇を取る?いや、そんな黒い感情では、アイドルの力を発揮できない。




 用いるべき感情は、感謝!



 天宮シオリへの、自分を作ってくれた恩人への返し切れないほどの愛!



 歌は、ただの音じゃない、信念を込めることで、芸術となる!



 見ててね、天宮さん!ここを乗り切って、私は絶対に、世界一のアイドルになってみせるから!



「いくよ!千堂!エネルギーが拡散したら、演奏術で収束させてね!」



 稀代のアイドルが、マイクを持つ。



「了解!那須ちゃん!ブレーメンの指揮者として、最大限にサポートするよ!」


 千堂と那須は手をつなぎながら、富士v2に向かって歌う。


 曲はもちろん、天宮シオリが残した最高のアイドルソング!


「はぴい☆ばあすでい!きけええええええ!!!!」




 高らかに、高潔に!そして純粋に!




  歌え!!!




「爆☆誕!」






 北条リリィは、意識を失っていた那須花凛に改造手術を施していた。しかし、それは新人類に施す手術としては、医療にも用いられるごく一般的なもので、本来の用途であればまったく人道的な処置であるはずだった。



 呪術型の新人類のなかには、エネルギー放出と吸収のホメオスタシスが崩れ、体内に残留して生命活動にあてるべきエネルギーさえも体外に放出してしまう病を患うものがいる。そのようなものたちは、見る見るうちにやつれていき、最後には指一本動かせずに死んでしまう。彼らに対して開発された医術が、『逆流処置術』である。



 体外に出ようとするエネルギーが放出前に、反対方向に進むように、『転脈管』を配置するのである。そうすることで、エネルギーは還流して体内にとどまり、過度の呪術の使用を押さえていれば、目下の死の危険を回避することができる。

 



 そう、過度の使用を控えていれば。




 もし、この手術を施した患者が、自分の意思で呪術を使用し、膨大なエネルギーを放出しようとしたならば、変換されたエネルギーは体内に勢いよく戻ってきてしまい……。




 器官が破裂する。




 鼓膜を破るほどの爆発音が聞こえたかと思うと、千堂は地面に横たわっていた。瞼から血が落ちてきており、出血を理解する。しかし、なにが起こったのかはわからない。富士v2は、倒したのか?



「あははは、滑稽すぎる……。あら、失礼……。生きているのね、千堂くん。でも、あらら、腸でちゃってる。目つぶったら死んじゃうわね」



 北条の声が降ってくる。顔は上げられない。混濁する意識のなか、千堂の眼は、遠方に転がるボールのようなものを捉える。北条の声は、そのボールの方向へ向かって移動しており、それを拾おうとしているのだとわかる。だが、その正体がなんであるかを知る前に、彼の意識は途切れた。




「那須花凛、回収っと……んん……まあ、随分とこれは……可愛い顔ね」



 最後に那須花凛は、理想のアイドルの表情で死ぬことができた。



 ○


 爛!



 風犬の眼が光る。首を捻って鉄の蹄に歯を立てた風犬は、そこを軸に下体に勢いを伝導させる。そして、そのまま全身をばねのように跳ねさせ、彼女のからだは宙に舞う。



「……!!!」



 突然、足の下から飛び出してきた風犬に、目を奪われる伊豆麻里。スローモーションのように風犬の動きが目に映る。



 風犬は、口を大きく開くと、頭を少し傾け、斜め方向に倒れこむ。伊豆は背中に、少女が着地したのを感じる。その瞬間。伊豆は首元から、黒い血が流れるのに気が付いた。



「うわああああ!?」


 驚き、すぐさま出血箇所を手で押させる伊豆。死角に入った風犬に、すれ違いざまに、脈を髪切られたか。この勢い、動脈はやられていない、が。



 唇をかむ伊豆。油断していた。手負いの犬に、こんな傷を負わせられるなんて、恥でしかない。伊豆は背中を震わせ、乗っているであろう風犬を振り落とした。



 どしゃ、という音とともに、風犬が、地面に落ちる。



「やってくれますね」



「……まあね」



 無防備に仰向けになる風犬。ちからなく笑っており、余力がないことが窺える。伊豆は推察する。おそらく、いまのは風犬の賭けだったのだろう。一撃で、伊豆の動脈をかみ切り、勝負を決めたかったが、彼女の身体能力をもってしても、あのような態勢で正確に急所を狙うことは難しかった。



 深呼吸する伊豆。そうだ、自分が愛するひとを奪い取ろうとしているのは、化け物なのだ。決して慢心してはならない。



 敬意をもって、確殺しなければ、安心して獅子頭奈保を愛することはできない。



 伊豆は、今度は確実に風犬の頭部に狙いを定めて、勢いよく足を下ろそう、と、した、とき、からだ、から力がぬけて、い、き……。



「あ、ああ……?あ、れ……」



 どん!と砂煙を上げながら、半人半馬の巨躯が倒れた。伊豆は、からだが動かせなかった。





 コモドドラゴン。別名、コモドオオトカゲ。滋養風犬の形意拳の元となっている爬虫類である。



 全長2メートルを超えるこの爬虫類は、かつての新人類の時代に生存していた、小島の王であり、人間ごときでは決して敵わぬ最強生物の一角であった。



 彼らは口のなかに、鋸のような歯を持っており、これを強力な武器として使用する。噛みつかれたら、最後。歯のあいだに存在する毒管から、ヘマトキシンを流し込まれ、獲物はその命を落とす。



 幼少のころ、風犬は偶然図鑑で見つけたこの生物に、心を奪われ、いずれ完全にこの動物を体現しようと夢を見ていた。



 そんな折、風犬は、サンジェルの従者、翼から毒矢を受けた。これは、風犬にとって願ってもない贈り物となってしまったのだ。



 毒を吸い出し、それをカプセルに包んで、奥歯に隠した。そして、もし一撃で勝負を決めたいときに使うよう、奥の手として、温存していたのである。



 そして、今日。風犬の、牙は、輝いた。口しか動かせない絶体絶命の状況で、彼女は起死回生の一撃を決めたのである。


 そんなことを知る由もない伊豆は、からだが動かせなくなった不可思議な現象に、恐怖していた。



 いまの自分は、無防備。もし、もう一打加えられたら……。



 風犬は、芋虫のように、這いつくばりながら伊豆に近づく。



「……ま、奈保ちゃんは私のものだから。恋がしたいなら他を当たってね」



「……奈保さんじゃなければだめなんですよ!」



「そ」



 背筋をそらせ、弧を描いた頭突きを打つ風犬。



 メごり、と地面に埋まる伊豆の頭部。





 砕ける、ガラスのような儚い心……。



 伊豆麻里は、夢のなかに落ちていった。幸せな、幸せな家庭を持つ夢のなかに……。



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