マボロシ・ジャーナリスト課 あるいは愁殺
鳥取砂丘。
風で砂が舞い上がり、園崎みかんは目をつぶる。それでも瞼の皮は、砂塵の侵入を防ぐことはできず、園崎は痛みに涙を流す。
脚が砂の渦に取られ、転びそうになりながらもその歩を止めない。立ち止まってしまえば、たちまち『囚われてしまう』気がしていたからだった。
ドーム都市「鳥取」は、各ドーム都市のなかでも特殊な都市構造をしている。
あたり一面が砂の原であり、そこには、大小さまざまなビニールハウスが立っている。
ビニールの中には住宅や倉庫など建造物が入っており、ひとびとはその中で暮らしている。他所に用事のある際は、砂嵐のなかを歩行しなければいけない。
この都市は、国を支配する人工知能『炎帝』が気候システムの実験場としても利用しているため、風速などはその日によって変わる。そのなかで、今日は特に強い風の吹く日だった。
口を開けば砂を噛む羽目になるので、園崎は、固く唇を結んだ。薄い酸素での呼吸は、苦しかったが、それに耐え、彼女は目的地にたどり着いた。
ひと際巨大なビニールハウス。半透明の膜に覆われた内部の建物は、和式の屋敷であった。
六大企業、マボロシ探偵社の本拠地である。
園崎みかんは、この会社の社員であった。記者として、普段は国中を飛び回っている。奥羽山脈が跡形もなくなくなった怪事件や、京都の純金閣寺が溶解したとき、神戸や横浜で行方不明者が続出したとき、彼女は現場へ行って取材をした。そうして集めた情報を用いて、年に数回、マボロシ探偵社は『カワラバン』を発行して販売するのである。
ビニールのなかに入り、屋敷のドアのインターホンを押す。すると、ほどなくして、駈け出してくる足音とともに、引き戸が開いた。
現れたのは、ゴスロリ服の、少年であった。
「あっ園崎さん。戻ってきたんですね」
「…………」
園崎は、少年の顔をじっと見つめる。
「ど、どうしたんですか」
「いや、……可愛いなあって。ああ、ごめん。保奈ちゃんに怒られちゃうね。どう、ここは慣れた?」
「ええ、随分よくしてもらっていますよ。あ、社長いま昼寝中なんですけど起こしますか?」
「ああ、お願いできる?」
少年は、ふわふわしたスカートの両端をつまみ、奥のほうに走って消えた。園崎は、その姿を見て、唸る。
「いいお尻してるなあ……。もう少し幼かったらら最高だったんだけど」
園崎みかんはいわゆるショタコンであった。
四畳半の畳部屋で、寝ぼけ眼の無精ひげの男が,文机に頬杖をついていた。ぼろぼろの着流しを纏った風貌は、どこか文豪じみていた。
「やあ、園崎ちゃん……。東京はどうだった?」
男は手を振って園崎を迎える。園崎は、男の前に正座をして、頭をさげる。
「ただいま帰ってきました。社長。お加減のほうはどうでしょうか」
男は、社長ながらもいまだ現場での仕事をこなしている。もともと武道をかじっていたのもあり、からだを動かすのが性にあっているのである。しかし、その代償におおけがを負うこともある。
男は、先日の仕事で、「とある少女」の蹴りにより、頭蓋骨にひびが入ってしまったのだ。その影響か、時折頭痛が襲うという。日に日にその頻度は多くなっており、最近では、かつてのアグレッシブさが身をひそめ、年相応の静けさを身にまとい始めた。
探偵社の古株である園崎は、いつまでも社長らしくしない男に、いつも小言をいっていたが、おとなしくなるとそれはそれで悲しいものを感じていた。
男は、額を抑えながらも、笑みを浮かべる。
「いやあ、大丈夫だよ。それに、引退しても保奈ちゃんや柊くん、そしてなにより園崎ちゃんがいるからね。安心さ」
しわだらけの笑顔は弱弱しく、園崎はもどかしさを胸に抱く。いまにも折れてしまいそうな枯れ木は、かつての華を知るものにとっては一層辛く儚く映った。
「……そんなことは言わないでください。仕事の話をしましょう」
部屋を出ると、作業服の女が廊下を雑巾で掃除していた。園崎は前を通過する少女を待ってから、廊下に足を踏み出す。
扉を閉めると同時に、Uターンした少女が戻ってくる。ぴたりと園崎の足元に泊ると、少女は顔を上げる。
「……帰ってたんですか」
その顔は、無表情そのものだった。ねぎらいの意がまったく込められていない。
「うん、ただいま保奈ちゃん」
それでも、園崎は大人の余裕で明るく答えた。少女の名は狼尾保奈。最近柊サマンサとともに、マボロシ探偵社に入社した。しかし、すぐに会社に順応した柊と違い、狼尾はずっと無愛想で、心を閉ざした様子だった。
狼尾は、そのまま無言で、廊下の向こうに走っていった。
時間が必要か……。園崎は、狼尾のことを温かく見守ることにした。踵を返し、園崎はその場を後にしようとしたとき、ふと思い出し、再び戻ってきた地を這う狼尾に声をかける。
「そういえば東京で君のお兄さんを見たわよ。獅子頭奈保くんよね、特徴的な名前だから憶えてたわ」
「……っ!!!」
急ブレーキがかかる狼尾のからだ。
「……え、ええ、その……どうして」
狼尾は、さきほどと打って変わって、わかりやく動揺していた。
幻術型である狼尾は、体色を自在に変えることができる。しかし、いまの彼女はそのコントロールを失っているらしく、からだを赤、青、緑……とカラフルに変色していた。
「いや、取材終わりにそんな名前で呼ばれてる男の子を偶然見かけたんだけど……結構面白い場面に出くわしてさ、社長に頼んだらまた東京行ってもいいって言われた」
「…………」
考え込む狼尾。園崎は、ここまで狼尾が感情を露わにするところを見たことがなかった。いたずら心が芽生えからかってみることにする。
「んー、お兄さんのこと気になる?なんなら社長に頼んで同行許可してもらおうか?」
狼尾は、一瞬ためらったが、首を振った。
「どうでもいいです、あんなの。気が晴れるくらいには、もう殴ったので。では」
たっと駆けだす狼尾。
園崎は、腰に手を当てて溜息をつく。
「素直じゃないなあ」
数時間後、園崎みかんは再び東京に来ていた。出たのは朝だったのだが、すでに東京の照明システムは夜もーどになっており、辺りは暗闇となっていた。
「長旅だったなー……はあ、柊くんがもう少しエネルギー残量あれば転送術使ってもらえたのに」
呪術型の新人類は、外界から得たエネルギーを変換して再利用することができる。転送術は、移動に必要なエネルギーと同等のエネルギーを消費することで、同じ距離まで一瞬で移動することができる技術である。
これにより、移動方法に革命が起きた。それまで移動について独占的なシェアを誇っていた「破魔モーターズ」は業績が下がりついには倒産するに至った。
しかし、呪術型新人類の協力が得られないときは、いまだにこの破魔モーターズが所持していた車、魔術型が生成した魔粒子を動力とした『魔導車』を用いて営業する個人タクシーによる長時間移動に耐えなければならない。
今回園崎は、鳥取から東京まで、このタクシーで移動した。
「はは……まあ、たまには氷の世界を窓から眺めながら旅をするのも良かったでしょう。領収書はマボロシ探偵社で?」
「あっ、ごめんなさい。それでよろしくお願いします」
園崎は慌てて口を押える。独り言のつもりだったが、運転手の男に聞こえていたらしい。園崎は、軽率な発言を恥じた。
「実は私も元、破魔モーターズに勤めていたんですけどね、いやあ、動く時代に取り逃されてしまいましたよ。いまでは、呪術型のひとに魔力を分け与えたり、こうやって自分で運転したりして、なんとか生活しています」
「それは、たいへんでしたね……」
ここ一年で、破魔モーターズに続き、六大企業と呼ばれていた社会に大きな影響を持つ会社は次々に倒産していった。
謎の強盗に襲われ、壊滅した武術型大企業「武功会」。
仮面の奇術師を名乗る人物により、横浜ドームごとの虐殺で滅んだ「奇森倶楽部」。
謀反により、母体組織であった「神社仏閣保護同盟」が瓦解し、経営存続が不可能になった「ルネサンス」。
残った企業は、園崎が勤める幻術型大企業「マボロシ探偵社」と、北海道にて食料生産を一手に担う呪術型企業「お呪い牧場」のみ。かつて高階級にいたものたちは、その地位を失墜させ、国中に失業者が溢れた。
深く帽子を被った運転手の表情は読み取れない。しかし、園崎は、きまずくなり、タクシーのドアを閉めると、足早にその場を後にした。
東京の街に限って言えば、ホームレスを見かけることはあまりない。その理由は、数年前に流れた都市伝説「東京の怪人」が、彼らに恐怖を与えたからである。闇夜に紛れてホームレスたちを狩る怪人から逃げるため、人々はこの地を離れていったのだ。
その、「東京の怪人」の正体として噂されるのは、「武功会」の少女、滋養風犬である。彼女は、武功会主導で開催されるはずだった、「炎帝技術博覧会」のため、街の浄化と称して、独断でこの凶行に及んだのだという。
警察省にもこの噂は届いていたはずだが、炎帝に与ずるこの組織は、あえて口を出さなかったという。そうして、この都市伝説は、闇に葬られた。
園崎みかんは、今回東京にて、ほとぼりの冷めたこの噂に関する調査に来たのだった。マボロシ探偵社は、このように、『炎帝による規制が入らない範囲』の情報をまとめて、年に数回、新聞『カワラバン』を発行している。
新鮮な情報紙とは言えないが、この時代、紙は高級品であるので、頻繁には出版できないし、なにより炎帝の検閲というリスクの生じるものをそう何度もするのは危険である。購読者もそのあたりの事情を知っているので、現状与えられるもので満足している。
園崎みかんは、この事態をおかしく思っていた。本来、新聞とは民衆に広く知らせるべき情報をまとめた速報性が武器であった。しかし、炎帝による管理社会では、それが実現できない。生命体としては、旧人類は新人類に大きく劣るが、文明においては、新人類が水をあけられていた。
人間らしさとは、なんだろうか。
園崎は、常々それを考えている。炎帝の支配に従い、これまで新人類は発展を遂げていた。だが、大企業はそろって倒産し、もはや政治に期待はできない。人々が、自主性、独立心、それら「人間らしさ」に直結するものを取り戻すべきときが来たのではないだろうか。
そのような思想を社長に語ってみたところ、困った顔をされた。
「みかんちゃん、それあんまり人に言わないほうがいいよ。炎帝に見つかったら、拘束されてしまう。反社会的な思想犯とか難癖付けられて」
「反社会って、この社会が正しいっていうんですか」
なおも食って掛かったが、煮え切らない態度の社長に呆れ、結局園崎は静かになった。
「…………ここ、で会っているのかな」
廃ビルを見上げる。東京の町は、人が少ない代わりに、文明のあととして、廃墟が多い。ひびの入ってところどころ崩れた建物は至る所に乱立しており、そこが住居であるかは外観からは判断できなかった。
「田舎とは聞いていたけど、東京って社会インフラ成り立ってるのかしら……」
園崎は肩にかけたカバンを身に寄せ、ビルのなかに入る。
薄暗い灰色の空間。足元には割れたガラスの破片と、宙には埃。腐臭もいくらかし、鼻をつまんで進行する。一階は、元ゲームセンターだったようで、壊れた筐体が、並んでいる。電気が通っていないので、遊ぶ者がいない機械は、ものを語らず鎮座していた。
二階に上がる。やはり、暗い。園崎は、目が慣れてきていたので、さきほどより早く部屋の全体が見渡せた。すると、部屋の中央に、ぼんやりと人影が浮かんだ。
そこにはタキシード姿の女性と、白いワンピースの幼女が手をつないで棒立ちしていた。
親子連れ、その発想は一瞬で消えた。
なぜなら、幼女と女性は手をつないでいるだけではなく、手首同士を手錠で繋いでいたのである。判断のできない関係性に、園崎は警戒する。
気配に気づいたタキシードが振り向いた。園崎は、思わず息をのむ。女性の顔半分に茶色のシミが浮かび上がっていたのである。園崎は、その珍しい傷跡を知っていた。「火傷」である。
炎帝により、「火の使用」に関する知識が奪われている新人類において、「火傷」なる傷を知っているものは少ない。そもそもが火を見たことがない人間がほとんどであるのに、それによってけがを負ったものなど、さらに少数なのである。
しかし、園崎の会社に勤める少女、狼尾保奈はその例外だった。
以前、狼尾とともに風呂に入った際、少女の背中には同様の大きなシミが残っていた。デリカシーがないかと思ったが、園崎は、物珍しさにその傷について尋ねた。
すると、狼尾は、顔色一つ変えずに答えた。
『これは火傷です。高温の、例えば火を肌に当てられるとこういう傷が残るんです』
『火!?火なんてみたことあるの!?』
『…………』
狼尾は、無言で手のひらを園崎に向けた。
『うおっ?……っとと?』
急に、園崎はめまいがした。ぬるめの温泉だったというのに、額が熱くなったのだ。のぼせたのだと思い、風呂のヘリに捕まった。
『もう少し仲良くなったら教えてあげますよ』
具合の悪くなった園崎を置いて、狼尾は風呂場を後にした。
風呂上り、柊サマンサにうちわであおいでもらったが、その後彼と、狼尾が喧嘩しているのを聞き、やはりまずいことを聞いたらしいと反省したのだった。
その、火傷である。
タキシードの女性がその傷を負っているということは、以前火に触れたことがあるということ。園崎は、慎重に目を合わせた。
遅れて、幼女も振り返る。幼いその顔の中心にはまるくきれいなひとみが輝いており、まるで人形のように感じた。
「あれ、どちらさま?あなたも滋養風犬に用あるの?」
幼女は、その見た目に合わず早熟した受け答えをするようだった。園崎は、小さく頷く。
「はい……」
園崎は、社長によりこの場所を教えられた。どうやら、つい最近、社長もここにきて、滋養風犬に会っていたようなのである。事情は教えられなかったが、とにかく手間が省けたと思っていた。
幼女は、頬をかく。
「あらら、そりゃ残念。私たちも用があったんだけど、どうやらあいつらねぐらを変えたらしいのよ。ちなみになんの用?」
「え、ええと、私、マボロシ探偵社の園崎と申しまして、今回滋養風犬さんには取材を申し込もうと来た次第なのです」
「マボロシ探偵社?あ、あいつのところの社員か!ああ、実はこの間あんたのところの社長に、仕事を頼んだのよ。いい仕事をしてくれたよ。ただ、聞いた話じゃ、滋養風犬の蹴りで後遺症残ったそうじゃない。悪いことしたわ」
園崎は、耳を疑う。
社長のケガの原因は、滋養風犬……?そんなことは聞いていなかった。
手のひらに汗がにじむ。なぜ、教えてくれなかったのだろう。信頼、されていないとでもいうのだろうか……。
「ん、大丈夫?顔色悪いけど。ああ、ごめんね、言い忘れていたけど、私はサンジェル。こっちのタキシードは狩場瑠衣よ」
「サンジェル……?」
聞き覚えのある名前であった。園崎は頭を巡らせる。平和裏に暮らしていた彼女にとって、その名は遠いものだったのである。しかし、やがてたどり着く。
「……もしかして、テロリストの?」
「うんーそうー。あ、怖がらなくていいよ。一般の人、ましてや世話になった人の部下に危害なんて加えないし。あ、そうだ狩場、あれ渡してあげて」
タキシードの女性、狩場瑠衣は、胸元から小型の機械を取り出し、園崎の手の上に乗せた。
「『小羊夢』。通信機械だよ。ボタン押すと、この狩場と繫がるから、さきに風犬見つけたら連絡するね」
戸惑いながらも、園崎は受け取る。
園崎がカバンに「小羊夢」を入れたのを確認すると、サンジェルは、狩場を引き連れて横を素通りした。
「じゃあ、私たちは帰るね、……ま、もうすぐ風犬死ぬから早めに会っとくんだね」
「え……!」
去り際に残されたその言葉に振り返るが、すでにサンジェルは姿を消している。ただし、手錠につながれている狩場はまだこちらを向いており、なにか口を動かしていた。
「……その、気をつけ……風犬には……」
「ちょっとー行くよー」
サンジェルにさえぎられる狩場の言葉。狩場は頭を下げると、階段に消えていった。
残された園崎は、気が抜けて、その場に座り込む。
テロリストとかかわってしまった。
「まずいことに首突っ込んだことになるのかなあ……」
園崎は、すがるものがなかったので、カバンの紐を強く握った。




