名前のない墓地 あるいは挟殺
第三章は、ヒロイン滋養風犬がメインとなります!やっと焦点が当たったね!
滋養風犬のポニーテルがまるで生き物のように空を跳ねまわる。
双子の拳法家たちは必死にその軌道を追うが、決して風犬の影を掴むことができない。舌打ちが響く。男のほうが、しびれを切らしたのか、大ぶりの突きを繰り出した。中華服の袖についた装飾品の鈴が揺れ、『リン……』と鳴る。
風犬が眼を光らせる。
「しゃがんで!」
双子の女のほうが、男を制止する。男は風犬に当たる直前の拳を無理やり引っ込めると、地面に潜り込むように、頭を下げる。『リン……』。
風が切り裂かれる。
頭上を通り過ぎた手刀に、男は冷や汗を流す。彼は、長年の戦闘経験から、直撃すると致命傷になりうる攻撃がわかるようになっていた。そんな彼から見て、たったいま頭頂をかすめた斬撃は、『死』三度相当の一撃であった。
男の唾を飲み込む音が、暗闇に響く。風犬のほうを警戒しながら、後ろに飛び去り、女と合流する。双子は互いを守りあいながら、息を整える。
「いまは我慢して。もうすぐ、リズムがつかめる」
「……ワリぃな、いつも愛してるぜ妹ちゃん」
男は立ち上がると、女の唇にキスをした。女は、頬を赤らめながら、唇をぬぐう。
「そういうのは、終わってから」
ヘッドホンをつけた、中華服の女が、右手右足を前に出す。
「楽しみにしてるぜ」
鈴のブレスレットをつけた、中華服の男が、左手左足を前に出す。
そして、呼吸をそろえて名乗る。
「オーダーno,1八つ墓景文」「同じくオーダーno,2八つ墓文佳」
「サンジェル様の命により、滋養風犬、お前を殺す」
拳先を向けられた少女、滋養風犬は嘲る。
「意気がいいやつは息が短いんだよ」
男、景文と、女、文佳が二方向に分かれる。そして、風犬の左右に回り込むと、同時に縦拳を繰り出す。風犬は上半身をのけぞらせ、その双手をかわした。双子の視線が、沈み込む風犬の頭に注ぎ込む。一瞬の間ののち、ふたりは空に浮かんだ拳を下に振り下ろした。
「はんっ!凡庸っ!」
風犬はここまでの流れを読んでいたので、事前に用意していた動きで、それを迎え撃つ。そったことにより、背中にかかった反動を、上方に向かって打ち出した。
最大火力の諸手突き。
風犬の重い打撃は、やすやすと双子の拳をはじいた。双子は二人そろって態勢を崩す。風犬は、その隙に態勢を整えて……放つ。
回し蹴り。
双子はそれぞれ、襲い来る風犬の健脚を腕で防ぐが、その振動はからだの芯に響いた。女性である文佳のほうは、ひざをついてしまった。
風犬の眼が弱者を捕らえる。殺気に囲まれた文香は、全身を震わせる。
しかし、攻撃時こそ隙が多い。
「隙だらけだぜ!」
景文が無防備な風犬の背中に掌底を放つ。『発頸』。風犬の内部に、衝撃が練りこまれる。ここで初めて、風犬が吐血した。
文佳は、覚悟を決めたような表情で、景文に続いて掌底を放つ。風犬は、脇腹にそれを受け、再び血を吐く。
「お兄!」
「妹ちゃん!」
「あと一押し!」
〇
伊豆さんは、手に持ったボードを読み上げる。
「八つ墓兄妹。父は名高い中国拳法家で、武功会に所属していたが、上層部との関係が悪化し、離反した。その後、宿屋の女と結婚し、炎帝府より双子を授かる。双子の兄妹は、父の指導に加え、独特のコンビネーション技術を身に着けることで、稀代の拳法家に成長しました」
「……その割に、若干動きがそろっていませんでしたよね。兄は先走って、妹は遅れてそれについていく。よいコンビではあるのかもしれませんが、よいコンビネーションには見えませんでしたよ」
伊豆さんは、驚いたように俺を見つめる。
「随分と目が鍛えられたのですね」
「那須花凛にこてんぱんにやられましたからね」
俺は、ブレーメンのトップ『那須花凛』の音速移動を目で追ううちに、気が付けば平常時でもそこそこの動体視力と反応力がついていたらしかった。風犬の戦闘が、いままでより鮮明に映る。
「確かに、あの双子はどちらも同じ実力というわけではありません。筋力や技術などは、兄の景文のほうが、妹の文佳を上回っています。しかし、それで妹が足でまといになっているわけではないのが、この二人組の強みです」
「へえ……」
お手並み拝見といこうじゃないか。
「じゃあ、あとは任せた!」
「うん!」
兄が下がり、妹が、ひとり風犬に相対する。
それと同時に、兄は後ろで、糸が切れたように倒れこんだ。
風犬は首を傾げる。
「ひとりで十分ってこと?」
文佳が不敵に笑う。
「その通り」
風犬は、へっ唾を吐き捨てる。
「……なめてくれる」
風犬は、獣のように文佳に飛び掛かると、そのまま地面に組み伏せる。風犬の必勝パターン。この態勢に持ち込まれた相手は、もはや蹂躙を待つのみである。
「決めるよ」
マウントポジションから、八つ墓文佳を見下す風犬。しかし、文佳は、圧倒的不利な状況であるはずなのに、不敵に笑う。
「さっさと来なよ、ケダモノちゃん」
「…………」
風犬は口を堅く閉じると、無言で腕を振り上げた。連続で繰り出されるパウンドパンチの雨。下に敷かれたサンドバックは、なすすべもなく、殴られるだけ……。
そのはずが。
「…………。やるじゃん」
「そりゃどーも」
風犬が、文佳を称賛する。文佳は、額に汗を浮かべながらも、それを素直に受け取った。
〇
「なんですか……。あの子」
俺は、風犬の勝利を信じつつも、八つ墓文佳の見せた神業に、驚きを隠せなかった。
八つ墓文佳、双子の妹は、上半身の一部しか動かせない状態で、風犬の拳をすべてよけきったのである。文佳の背の地面には、無数のクレーターができており、風犬の重量が窺えたが、当たらなければ、意味がない。文佳は見事に死線を潜り抜けたのだ。
伊豆さんは、俺に解説する。
「八つ墓兄妹の兄、景文は天性の拳法家でありながら、呼吸器に難があるため、長時間の戦闘が不可能なのです。そこで、二人組は、このような戦闘方法を確立しました。序盤は兄が敵と積極的にコンタクトし、相手の『クセ』を妹に見つけさせる。そして、兄の体力が切れたところで、解析が終了した妹が参戦し、相手を手玉に取る……」
「……必勝パターンが立っていたのは、あの兄妹も一緒だったというわけですか」
手ごわい。俺は初めて風犬の敗北の可能性を感じる。
やはり、一筋縄ではいかない。
あの、「悪魔」が選んだ戦士なのだ。簡単に倒せるわけがなかったのだ。
俺は拳を固く握りしめ、風犬の背中を見た。
〇
文佳がからだを捻り、風犬の下から脱出する。
「尻に敷かれるのは趣味じゃないの」
軽口を叩く文佳を、睨む風犬。四つん這い姿勢で、次なる攻撃の機会をうかがう。しかし、自然体で構える文佳には隙がない。文佳は、すでに風犬の解析を完了していた。あの姿勢から繰り出される攻撃を想定し、どのようにも対処できる準備をしていた。
文佳は勝利を確信する。もはや、風犬に有効な攻め手はない。すべて自分が防げてしまうのだから……。
八つ墓景文は、体力が尽きると、糸が切れたように地面に倒れて眠る。約、一時間三十分。この間の景文は完全に無防備であり、妹の文佳に守ってもらわなければならない。命を晒す戦場で、この体質は酷く戦士に向かないが、妹を信用している彼にとっては無問題であり、実際彼が目覚めたときには、毎回、すでに勝負が決した後であった。
傷を負いながらも、勝利のピースサインを笑顔で届けてくれる妹。景文は、最高のモーニングコールを思い浮かべて、瞼を開いた。
「……。……ああっ!?」
景文は、目の前の光景に、半覚醒のまま飛び起きる。そんな馬鹿な。かつてない状況に、景文は戦慄した。
「おっ。お兄ちゃん起きたみたいだよ。やっと二対一か、待ちくたびれたよーお寝坊さん!」
風犬は、四つ足でそこにいた。からだ中に打撲傷が浮かんでおり、文佳が与えた傷を知れる。
しかし、風犬が、そこにいるということは、妹が倒し切れなかったということ。恐る恐る景文は視線を動かし、妹の姿を確認する。
「……っっ!」
「お兄、ごめん……起きちゃったね」
文佳が、景文に謝罪する。生きている。しかし、景文は、安堵しきれなかった。妹のその姿は目も当てられないほどにズタボロであったのだ。
服はほとんど破け、至る所に、切り傷や擦過傷、歯型が見える。肌色よりも、血の赤色のほうが多い配色。おぞましい戦闘の記録が、景文に事態の深刻性を知らせる。
「お、おい。文佳、もういい。休んでろ。俺が代わる!」
一時間三十分。景文が寝ていた時間で勝負が決まらなかったということは、すなわちその間、妹の文佳は戦い続けていたということ。兄とは違い、体力に難があるわけではないが、それでも緊張感のある戦場に一時間半を超えて立ち続けるのは、尋常なことではない。
文佳は、兄が駆け寄ってくると同時に、ひざをついた。気を失っている。
風犬が嘲笑する。
「あれれえ!? やっぱり一対一のまま!?」
景文は、苦々しい表情で、妹を支えた。
〇
ヒットアンドアウェイ。それが風犬の基本戦法である。獣のように飛び掛かり、そこで仕留めきれなかったら、即座に下がり、次のチャンスを狙う。少しずつ、少しずつ、肉を削っていき、最後には、骨しか残らなくなる。残酷かつ、慎重で、確実的な戦い方なのだ。
伊豆さんは、ボードをしまい、お手上げという様子だった。
「そりゃあ、いくら相手を分析できたとしても、持久戦に持ち込まれれば、単純に粘り強いほうが勝ちますよ……」
一時間半。八つ墓文佳は、風犬の攻撃を避け続けた。最初のうちは余裕そうに回避し、ときには反撃を仕掛けていた文佳であったが、そのうち、集中力が途切れてきて、何度が風犬の攻撃を身に受けるようになっていった。
崩れ始めてしまえば、あとは時間の問題である。なぶるような風犬の猛攻に文佳の心は折れてしまった。そして、兄が起きたと同時に、責任感から解き放たれ、ひざをついてしまった。
愚痴を吐く伊豆さんに、俺は満足げに告げる。
「だから言ったでしょう。風犬を殺すことなんて、できやしないって」
伊豆さんは、はあ、とため息をつく。
「ここからの逆転は見込めなそうですね、あ……」
風犬が、一直線に突撃する。兄の景文は、地面を踏み鳴らし、迎え撃つ。
震脚!!!
〇
景文の渾身の打撃を、風犬は両手で受け止め、勢いを殺す。そして、一瞬静止した像のようになってしまった景文の縦拳に、歯を立てる。
にぎゅう。
拳がつぶれる。骨が皮膚から飛び出し、原型がなくなる。あふれ出す血に、景文は顔をゆがめるが、ここで引いては、この獣に食われてしまう。すぐさま、無事なほうの左手で、景文は殴り掛かる。しかし、苦痛に精度は下がっており、風犬は容易にそれをかわす。
「おーわりっと」
風犬は、ヘッドバットで景文の額を割る。
頭部は、重い。鈍器で殴られたような衝撃に、景文は意識が途切れる。
だが、ここで倒れては、妹を守れない。いつも自分を守ってくれる妹に貸しを返すのは、いま!景文は、驚異的な意地で、意識を保つ……!
目を開く!
景文の眼に、弧を描く風犬の頭部が映る。美しいポニーテールの軌道に心が奪われる景文。
「あ」
「駄目押しっ!」
脳に響く二度目の頭突きに、景文は、今度こそ意識を失った。
崩れる景文のからだ。文佳に覆いかぶさるように、倒れる景文。
風犬は、腰に片手を当てながら、血のこびりついた額をぬぐった。
「あー、楽しかった!!!」
〇
最後に景文が放ったのは、中国武術でいう、崩拳であった。しかし、風犬にその攻撃は届かず、景文の拳は砕け、崩壊した。皮肉のような、結末である。
俺は、風犬に駆け寄り、ハイタッチをする。
「やったね、風ちゃん!」
「いえーい!ごめんね奈保ちゃん。楽しくて時間かけちゃったよ!」
風犬は、屈託のない笑顔で俺を見上げる。そして、ふぬーと気の抜けた声を上げながら、俺の胸に顔をうずめた。
血の臭いが、俺の鼻腔を刺激する。強烈なにおいに、頭がくらくらしてきた。
一方、伊豆さんは、八つ墓兄妹の脈をとり、容体を確認する。
「……生きては、いるようですが。はやく砂川さんを呼んだほうがよさそうですね。奈保さん、今日はお疲れ様でした!あとは私が処理しておきますので、お帰りください!」
「あ、ありがとうございます。次はいつですか?」
「……決まり次第、ですね。それに、奇襲という手段を用いる場合もありますのであしからず、といった感じです」
伊豆さんは、俺のほうを振り向かず、手を振った。
風犬が腕にしがみつき、甘えてくる。
「んん~。ほんと、奈保ちゃんの腕はひょろっちくて、しがみつきがいがありますなぁ!」
「ははっ照れるよ、風ちゃん」
「別にいいじゃなーい?見られて困るものじゃないでしょー」
「それはそうだけど。ま、いっか」
俺たちは住居の廃ビルに帰る。さあ、ゆっくり寝よう。
また、サンジェルの刺客が来る前に。
〇
「やばっ……すごいもの撮っちゃったかも……!!!」
八つ墓兄妹と、滋養風犬の戦いを見ていた女が、伊豆麻里と獅子頭奈保以外にもいた。
「これはスクープだよ!はやく会社に帰って、しゃちょーに記事書く許可とろう!」
六大企業、「マボロシ探偵社」の記者「園崎みかん」である。
彼女がこれより起こる一波乱に、無遠慮に首を突っ込んでいくのを、知るものはいなかった……。




