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Step.8 いちごを乗せて、完成!

「知ってる?京都って町は歴史上なんども大火に襲われたのよ」


 サンジェルは、俺の横に座って、語る。


「戦争もあれば、疫病もあった。暗殺もあれば、謀略もあった。でも、最終的には、この土地は、華に飾られていた。人間の、見栄によって」


「なにが言いたいんだ?」


「風犬は強いよ。倒達者全員を倒せるくらいに。でもね、地に伏したとしても、まだ見栄とかプライドがあるから、そいつらは簡単には降伏しない」


「……じゃあ、どうするんだ」


「ま、まずは風犬の、彼の大暴れを見ましょうや」




 那須は炎の苦しみのなかに現れた謎の少女に、混乱していた。


「あなたは、敵?」


 朧な意識で、那須は尋ねる。一度マイクを口元から離し、出方を伺う。


 風犬は、小首をかしげる。


「ん?よくわからないけど……、わたしに味方はいないから、多分そう!」


 にっこりと笑い、風犬が構える。


「それに、どうやらお前はわたしの奈保ちゃんをイジメてたみたいだから、どのみち殺すよっ」


 前羽の構え。両の掌を、相手に突き付けるような、構えである。しかし、那須にとっては、相手がどのような戦闘態勢であっても、肉弾戦に持ち込ませるつもりはなかった。


 『音』で、即座に殺害する。


 那須は、マイクに声を吹き込む。


 そして、体内のエネルギーを変換、放出。


 発火する、風犬のからだ。


「うわっ!?」


 さすがに驚く風犬。しかし、すぐさま、地面に転がることで、火を消す。


 風犬は、そのまま地面で四つ足になると、那須をにらみつける。


「……ぐちゃぐちゃに殺す」


「……やれるものなら!」


 そのとき、風犬の姿が消える。那須は探すが、見つからない。


「……くそ!」


 那須花凛の倒達技術の弱点は、発火したい対象を視認しなければ、仕留められないことにある。明確な敵が現れたので、さきほどまでのように、乱発していては、すぐに残りの残存エネルギー量が尽きてしまう。熱に浮かされながらも、那須は思考を取り戻していった。


 次第に、那須は視界をも獲得する。熱に無理やり慣れたのである。映る景色はいまだ揺れてはいるが、それでもヒト型のものがどこにあるかは認識できる。


 しかし……。


 いない……?


 那須は四方八方を見渡しても、あの少女の像は見当たらなかった。


「どこだ!どこに消えた!」


 那須は叫ぶ。見えないところから、敵が襲ってくるかもしれない恐怖に、那須のからだは冷え切った。


「ここだよ」


「…………!!??」


 那須は、慌てて声のした方向を見る。バカな。そんな「近くに隠れていた」のか!?


 風犬は、勢いよく跳ね起きる。那須の体が浮き、風犬に肩車された態勢になる。


「無意識下に潜り込んでたからね。恥じることはないよ」


 風犬は、那須花凛の足元にしゃがんでいたのである。灯台下暗し。消えた相手が、まさか自分の真下にいるとは、思わない。そして、大きく隙ができたところで、那須を肩に背負い……。




 口角を吊り上げ、高らかに技名を宣言する。


「バックドロップ!!!」


 那須とともに、後方に倒れこむ風犬。上に担がれていた那須の頭部は大きく弧を描いて、地面にたたきつけられる。


「…………っっっ」


 白目を剥いて、気絶する那須花凛。


 風犬はゆっくり起き上がると、手をぱんぱんと鳴らした。


「いっちょ上がり!」



       〇



「…………」


「修行とかしてたの、バカらしくなった?」


「……別に」


 俺は、那須を倒すために『極加速』をコントロールしようと頑張った。数日であったが、伊豆さんとの修行は、確実に俺の成長の糧となった。


 だが、風犬は、そんなまどろっこしい強さより、ただの武術で、あそこまで猛威を振るっていた那須花凛を打倒した。


「あんたのことだから妬ましいとかよりは、風犬にあこがれなんか抱いてるのかもしれないけどね。ほら、風犬がこっちにやってくるよ」


 気絶した那須花凛を放置して、こっちに駆け寄る風犬。年頃の少女らしい、いい笑顔だ。


 俺は、横になったまま、息を吐く。


 ようやく、終わった。生きて終われた。


 しかも、好きな女の子が、抱きしめにやってくるなんて。


 俺はなんて幸せなんだろう!



「あ」


 こちらに走ってきていた風犬が、ぴたりとその足を止めた。視線は、俺のほうを向いていない。何があるのだろうと追ってみると、彼女の目の先には。


「あ」



 そこには、男をふたり背負ったタキシード姿の女が。

 というか狩場瑠衣がいた。



「みーつけた!」


 狩場を指さし、満面の笑みを浮かべる風犬。なぜ、ここにあの女がいるのか。俺は事情を知らないが、なんと間の悪いやつだろう。


 風犬とばっちりと目が合った狩場は血の気が引く。


「土方さんっっ逃げよう!!!!!!!」


「ん……どうした……」


 土方は、すでに狩場に止血をしてもらっていたので、無理をすれば動けるくらいには回復していた。しかし、疲れから、起き上がることが億劫になっていて、その身に迫る危険について理解できずにいた。同じく背負われる千堂も、目を覚まさない。


 対して、狩場は慌てぶためく。


「ちょ、待て。待て!滋養風犬!逃げない!逃げないからまず止まれ!!!」


「逃げたら困るから、ちょっと気絶しといて」


 風犬が、手刀を振り下ろす。


 なにかが割れるような音とともに、狩場のからだが崩れ落ちる。狩場を下敷きに、土方、千堂と人の山ができた。






 その様子を伺っていた人物がいる。


 富士月見である。


 彼女は、さきほどまで気絶していたが、目を覚ますと、あれほどまでに大きく見えた那須花凛を、突然現れた少女、滋養風犬が蹂躙したのを目撃した。


 つまり、すべてにおいて一番であることに固執する富士にとって、現在の暫定一位は、風犬であった。


 気がつかれないように、富士は「雲外蒼天戟」を手に取り、風犬に向かって振る。


 ……が。


 天より光は降り注がなかった。


「…………!?」


 富士は、空を見上げる。すると、人工照明自体は、破損がなかったが、周囲のドーム外壁が崩れたことで、エネルギー供給の配線が破壊されていることがわかった。


「あ……」


 戟を指示していたことで、富士は風犬と目があった。風犬は首を傾げる。


「あれは、誰?」


 それにサンジェルが答える。


「そいつも倒達者だよ!ちょっと気絶させといてくれない?」


「へえっ!おっけい!」


 風犬が、富士のいる清水の舞台まで駆け上る。皮膚の摩擦を利用し、柱に張り付いていく。


 瞬く間に目の前に現れた風犬に、富士は恐怖を抱く。


「あ……」

「おやすみ!」


 振り下ろされるかかと落とし。瓦解する清水の舞台。風犬は、さっと身をひるがえして舞台の中心に移動し上に残る。しかし、富士は、その身を落下させるだけ。


 清水の舞台から飛び降りて、富士は意識を沈めた。





 そして。


 一連の風犬の暴挙に気に食わなく思う少女がいた。


 狼尾保奈である。


 生まれて間もなく霧島孤児院に預けられた狼尾であるが、彼女の記憶の奥底には、滋養風犬への嫌悪感が眠っていた。


 兄、獅子頭奈保に構ってもらいたかった幼少期。


 滋養風犬は、暴力で、自分から兄を取り上げ独占していたのである。


 未成熟なころの原初の怒りが狼尾のなかに浮上する。さきほどまでの高度な苦悩からは程遠い、純粋な「嫌い」からくる衝動である。


「……滋養風犬!!!兄ちゃんを返せ!!」


 清水の舞台に立つ風犬に、狼尾は叫ぶ。


 すると、風犬は欄干からきょとんとした顔を覗かせた。


「……誰、お前?まあいいや。楽しませてくれるの」



 こいつも忘れてやがるのか!


 狼尾の怒りが沸騰した。


 手加減無用の『KAGEROU』を風犬に向ける狼尾。


「んんんんっ!?」


 幻覚として、目の前に現れた火の海に風犬は、一瞬戸惑いつつも、笑った。跳躍し、一度、火の海に飛び込む。そして吠える。


「あっついね!でも、これがいい!」


 風犬は幻術にかかる前に狼尾のいた方向を確認していた。そのため、見えない視界の中で、まっすぐに狼尾が立つ場所へ突進していった。


 予想外の反撃に、狼尾は焦る。猛獣に対しての対処など、人類以外の生物と出会わない新人類は知らない。ナイフを取り出しつつも、風犬の野性味あふれる迫力に、狼尾は震えた。


 口を大きく開け、狼尾に噛みつこうとする風犬。


「…………!!!」

 狼尾は目をつぶった。



 しかし、その直前で、ぴたりとその動きは静止する。


「…………?」

 ゆっくりと目を開ける狼尾。


 風犬の背中に、矢が刺さっていた。


 ぐらりと倒れる風犬。狼尾は、脅威が去ったことを知り、胸をなでおろす。


 誰がやったのか。矢として最初に思いついたのは柊サマンサだったが、彼の姿は見当たらない。




 サンジェルは、草むらに向かって呼びかける。


「出てきなよ、翼!……お疲れ様!」


 ガサゴソと音を立てて、フードを被った小さな少年が姿を現す。


「どうも……あ、獅子頭さんもご無沙汰してます」


「君は……」


 俺は、少年の顔を見て、息をのむ。血色が悪い。会ったときは、もっと肌つやとかもあったはずだ。


 風犬とともに北海道へ向かった、サンジェルの遣い、翼くん。どうやら、彼が俺の妹に飛び掛かろうとする風犬の動きを止めてくれたらしい。


「お疲れさまじゃないですよ……ほんと」


 翼くんの声は暗く、風犬とともにいた間、随分と苦労したことが窺えた。


「まあまあ。機嫌直して。あとで精いっぱいねぎらってあげるから。さて。じゃあ最後の一仕事、負傷者回収よろしく!」


「ええ!?僕がですか!?」


 サンジェルはその場でくるくる回りながら翼くんに指示する。


「当然。いまこの場で動けるの君だけだしねー」


「ええー」


 涙目の翼くん。俺は、久しぶりに他人に同情した。



 静かになった会場を見渡す。


 半壊した清水の舞台。焼け焦げた死体の数々。血を流して気を失っている戦士たち。


 那須花凛は、ほんとうに、ただ歌を歌いたいだけだったんだろう。拳を交えたときも、ずっと心苦しさが付きまとっていた。こんな純粋な子をどうして殴らなければいけないのか。どうして、サンジェルに引き渡すなんて、地獄の引導を渡すことをしなくてはならないのか。


 でも、俺にとって最も優先すべきは、風犬との暮らしだ。


 気絶している那須花凛の姿を見て、指が動かせないので、心の中で合掌する。


 なにはともあれ。


 任務、完了だ!

 




           〇


 清水の舞台を囲む森のなか。


 柊サマンサは、とある老人と対峙していた。


「こんにちは、柊くん」


 礼儀正しく頭を下げる老人に対し、柊は警戒心をむき出しにしていた。


「誰だよ、あんた」


 清水寺での死闘が終わった直後、その老人は現れた。老人は、無精ひげを生やしており、その纏う風格は、まるで修験者といった様子であった。


「私は緑が丘爽秋と申します。一介の武術家である……というより、六大企業「マボロシ探偵社」の社長といったほうが、わかりやすいかな?」

 

「……そんなやつが、俺になんのようだ?」


「きみには謝らなければいけない」


「……!?」


 突然、老人はその場にしゃがみこみ、土下座をした。困惑する柊に対し、緑が丘は頭を下げたまま事情を説明する。


「わたしは、とある人間から、依頼を受けていた。盗賊団「グレン牙」を壊滅させてほしい、と」


「なんだと……!?」


「……私は、グレン牙の特攻隊長、平塚に取り入り、団員を集めさせ、一掃する機会を創り出した。毒殺でも、暗殺でもいい。とにかく内部に潜り込み、全員の首を取るチャンスを待っていたんだ。しかし、私が手を下すまでもなかった。警察省の役人に遭遇し、組織は壊滅したんだ」


「…………」


「ちょうど、君がグレン牙を抜けた後の話だ。……当初、私はグレン牙に、君たちになんの情ももっていなかった。しかし、平塚の子離れする親のような顔を見ていると、なんというかほだされてしまってね。警察省に襲撃されたとき、私は卑怯にも身を隠していたのが、どうにも胸につっかえが残ってね。このような無責任の終わり方をしてよいものだろうか、と。せめて、平塚のもとを離れ、行く当てがない少年を保護するくらいの責任は負わなくてはいけないのではないか、とね」


「……大体わかった」


 柊が、警戒を解いた。そして、ゆっくりと、言葉を紡ぐ。


「もし、俺がまだグレン牙だったら、あんたのことを許さなかったろう。でも、いまの俺はただの自由人だ。ここで、あんたに殴り掛かったら、兄貴に怒られる気がする」


「…………」


「あんたの提案、余計なお世話だって振りほどきたい反抗期ではあるんだが」


 柊は、草陰の向こうで、へたり込む狼尾保奈、未来の姿を見た。


「このさきの生活のことを考えれば、あんたのとこに身を落ち着けるのが、賢いんだと思う」


 老人は、立ち上がると、穏やかな表情で、手を差し出す。


「そうかい……。君は本当に優しい子だね」


「はんっ。……迷惑かけるぜ、爺さん」


 手を握り返す柊。その顔は、納得しつつも、悲しみに満ちていた。


「ところで、爺さん。一つだけ聞きたいんだが、グレン牙壊滅の依頼をしたのはどこのどいつなんだ?」


 老人は首を傾げる。


「聞いてどうするんだい?まさか復讐する気じゃないだろうね」


 柊は頭を振る。


「別に。なんとなくだ。それでどうにかしようとは思っちゃいない」

「そうかい。では言うが……」


 老人は、すっと指を指した。柊は、その方向を見る。すると、そこにいたのは。


「……そうか」

「すまないな、本当に」


 けたけたと手を叩いて笑う幼女、サンジェルがいた。


 サンジェルは、那須を自らの陣営に加えようとしていたため、かつて那須と戦闘行為があった団体を消して回っていたのである。



 砂川や、サンジェルが京都に到着するのが遅れた理由のひとつがこれであった。




 柊は、心のなかに残る感情を、小さくまとめて片隅に置いておいた。

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