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Step.2 粉も混ぜましょう 土方光成

 狩場瑠衣は奇術型の倒達者である。


 奇術型大企業『奇森倶楽部』に所属していた狩場は、一流の奇術師として倶楽部内で、名をとどろかせていた。身分の低い彼女は、ステージに立つことは許されていなかったが、その求道の精神はとどまることを知らず、日々研鑽を積んでいた。


 しかし、行き過ぎた探求心は身を亡ぼす。彼女は、炎帝府により閲覧の禁じられている資料を欲していた。旧人類の行っていた奇術ショーの記録である。それが保管してあるのは、炎帝府立図書館の地下蔵書室。入室できるのは、炎帝の許可を得た人間のみ。炎帝に謁見などいち奇術師である彼女には不可能である。裏道による方法しか、ない。


 そこで彼女が手を伸ばしたのが、サンジェルによる助力であった。サンジェルとの接触に成功した彼女は、自らがサンジェルの被験者になることと引き換えに、資料の入手を依頼した。


 ほどなくして、狩場は自身の考えの浅はかさを呪った。確かに、彼女が望む資料はサンジェルの人脈により、手に入った。しかし、その対価は想定していたものより、はるかに重かったのだ。


サンジェルの要求は、倒達者に至るための実験に協力することだった。


 狩場は拘束され、あらゆる痛みを伴う実験を受けた。サンジェルの仮設では、肉体に刺激を与えることで、新人類に封印された「火の記憶」を思い出され、倒達者に成る、とのことだった。狩場は半信半疑ながらも生来のまじめさから、契約を果たそうとその身を言われるがまま差し出した。


 実験は、十年に及んだ。狩場は、もはや外の世界を思い出せないほどに精神を摩耗していた。この時点で、狩場の年齢は二十七歳。当初は成長途中であった彼女の身体も、立派な大人のものに変わるほどの時を、サンジェルの実験施設で過ごした。


 そんなある日であった。サンジェルが意気揚々と、四角形の小さな板を見せてきた。サンジェルは狩場に対し、説明していたが、その内容は半分も頭に入らなかった。反応の薄い狩場が気に入らなかったのか、サンジェルは手荒に彼女の頭を掴むと、首筋に、その板を差し込んだ。


 直後。彼女の脳を支配したのは、解放感と多幸感。そして、ほむらのように沸き上がる、激情。狩場は、自分を取り戻した。そして、力を得た。


 それからさらに年月を経て、狩場はサンジェルの元を去ることとなる。


 そして、現在。狩場瑠衣は土方光成の所有物となっていた。


「もたもたと準備しているうちに厄介な客が来たものだ」


 土方は、研究所の廊下から、外を伺う。そこにいたのは、山のように積まれた人間……の、上に腰を掛けて、こちらを睨む少女であった。


 つい先刻、研究所内に警報が鳴り響き、所員は何事かと慌ただしく周りを見渡した。しかし、どうやら侵入者がひとり敷地内にいる、ということだとわかると、所員のほとんどは自室に戻った。事態の深刻さは軽度だとみなが判断したのだ。研究所には、各所に腕利きの警備員が配置されている。ネズミの一匹程度で動揺するような警備体制ではないのだ。


 しかし、現実は、侵入者である、たったひとりの少女に敷地内のすべての警備員が倒されている。研究所内は震撼した。なにが、潜り込んだのだ。このような事態に慣れていない所員たちは、部屋に閉じこもり、鎮静するまでやり過ごそうと考えた。侵入者の目的は不明だが、自分らに用がないことを祈って……。


 その目的、ターゲットの自覚があったのは、狩場瑠衣その人であった。


「君の過去を深く詮索するつもりはないが……妙な友人を持ってるのだな」


「友人ではないわ。……一面を見れば恩人、多面的に見れば、あれはサンジェルと違う方向で、悪魔よ」


 狩場は準備を整えながら、受け答えする。その手は休まず動いている。窓の外を見ながら、土方は聞く。


「足りないようだな。そこから二つ先の部屋を使え。そこの部屋はいらない。タダ飯ぐらいだ」


「わかったわ」


「それと、その部屋にひげの濃い男がいるが、そいつは生かしておけ。呪術型だ。転送術も使える」

 狩場は返事をした後、汗をぬぐうと、次の部屋に向かった。


 物陰から、翼は滋養風犬に呼びかける。


「風犬さーん。今更ですけど、あんまり目立つのは本意じゃないのですがー」


 風犬は、答えない。一時たりとも、土方のほうから目を離さない。警備員と戦っている最中、風犬は、研究所の建物のなかに、狩場瑠衣の影を見た。それはすぐさま、男、土方の後ろに隠れた。そこで風犬は確信した。あの男が狩場を匿っていたのだと。故に、風犬はそこから土方を準、標的と見定めた。


 翼は、溜息をつく。後に待ち構えている、この現場の証拠隠滅作業を思い浮かべ、げんなりしたのだ。伊豆麻里が風犬にはかかわりたくないと言っていた意味を今更になって理解する。同時に、この女と生活している獅子頭奈保に畏敬の念が芽生えた。


「土方くん……どうして、こんなことを……」


 ひげの濃い男、高野は唖然とした顔で床に膝摩ついていた。その傍らには血の付着した刃物をハンカチでふく狩場が立っている。


「できたわよ。二十五人ぶんの、人形」


 狩場は土方に言われるがまま、いくつかの研究室内の所員らを殺し、その死体に細工を施した。狩場は、倒達者になったことにより、この細工をした死体を操ることができるようになった。土方は、狩場の報告に、上々だ、と賛辞する。


「二十五、か。『千人隊』にはまだほど遠いな。しかし、ひとまずの戦力としては十分だ。それでは、高野よ。同じ研究所のよしみで、転送術で私たちを逃がしてくれないか」


 狩場は、きれいになった刃物を高野の首筋に当てる。高野には拒否権が残されていなかった。からだを震わせながら、転送術を展開する高野。ほどなくして、人間大の黒い渦が空に形成される。転送術のゲートである。狩場は死体を立ち上がらせると、ゲートのなかに入らせた。


「狩場、君がさきに入れ」


「でも……」


「私はさっきから滋養風犬ににらみつけられている。私がこの場から離れた途端、あの少女はこっちに向かってくるだろう。勘違いするな、優先順位をつけただけだ。さっさといけ」


 狩場は、不安そうに土方を見つめたあと、わかった、とゲートのなかに入っていった。


 高野は困惑した。なにせ、自分を人質にしていた女が、さきに逃げたのだ。この場に残されたのは、戦闘能力のない土方だけ。土方を転送させるかは高野の裁量次第となったのだ。恐怖による支配がなくなれば、命令をきく義理もない。


 土方は、窓から離れると、高野に向かって鍵を放った。


「私の机のカギだ。なかには研究資料が入っている。提出すれば、所長くらいにはなれるだろうな。きみの手柄にして構わない」


「え……なんで」


「なんで?見返りだ。私のために君は転送術を展開したのだ。礼をするのは当然だろ」


 高野は、訳が分からなった。人を殺させるような倫理観の持ち主が、なぜそこだけは人の道をいこうとするのか。土方がゲートをくぐり、闇に消える。高野は、煮え切らない気持ちのまま、ゲートを閉じる。


 そして、目の前に落ちた鍵を見つめると、迷いながらも、拾う。


 いいのだ、自分は、生きている。異常者のことなどこれ以上、考えても無駄だ。自分を納得させ、高野は痺れる足を延ばし、立ち上がる。


 と、その時、高野の頭上に手刀が叩きこまれる。いままで味わったことのない衝撃に、高野は倒れる。


「あれ、こいつじゃない。逃げたか……」


 少女の声が、天から降り注ぐ。


 薄れる意識のなか、高野は理解する。ああ、そうか、身代わりに使われただけだったのか。


 高野は、土方と同じ白衣を着ていたことを後悔しながら気を失った。

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