Step.2 粉も混ぜましょう 獅子頭奈保②
ドーム都市間の移動方法は、二種類ある。一つは魔導車による移動。外環境に対応した装甲車による長距離移動である。そしてもう一つは転送術による移動。これは呪術型の協力がなければできない。今回は、協力者がいないので、俺と伊豆さんは魔導車で京都に向かう。魔導車の原動力は、魔術型が体内で生成するエネルギー、『魔力』である。サンジェルの陣営にいる魔術型の倒達者、砂川さんが満タンに充填してくれたらしい。
「三日三晩全速で運転しても大丈夫だそうですよ」
「なんすかその魔力量……。規格外ですよね、あの人も……」
俺はいつも自動運転のバイクに乗っており、四輪車にはなれていないため、運転は伊豆さんにお任せする。伊豆さんは指出しグローブを装着し、ハンドルを握ると、エンジンをかける。
「じゃあ行きましょうか」
「よろしくお願いします」
東京のドームを出ると、早速吹雪が車を襲う。窓を叩きつける大量の白い粉に視界が遮られる。ドーム外での魔導車の事故は非常に多い。外の世界は、旧人類が滅んで以来手つかずの場所が多く、公道を外れると、崖や地割れなんて言う場所も珍しくない。この一寸先も見えない雪世界では、目的地よりも死が近いのだ。
「時間がかかりますから、奈保さんは寝ていてもいいですよ」
伊豆さんの心遣いに感謝しつつ、俺は丁重に断る。運転手である伊豆さんを信用していないわけではないが、目を閉じたまま、事故で他界というのは怖い。
しかし、代わり映えのしない、窓の外の情景を眺め続けるのも、暇である。俺は話しかけても大丈夫ですか、と伊豆さんに聞く。
「どうぞ。会話くらいで気がそれる私ではありませんよ」
伊豆さんはハンドルをしっかりと握り、真正面から目を離さない。安心して任せられるドライバーだ。俺は信頼し、雑談を開始する。
「伊豆さん、制服着ていますけど、学校に行っているのですか」
「いえ。中等学校中退が最終学歴ですね。そのまま忍者省に入り……ああ、そんなこと聞いているのではないですね、今日制服なのは周りに怪しまれないためです。これからの任務のことを考えると、学生の姿は、様々な場面で役に立つでしょうし」
ああ、なるほど。得心がいく。確かに、学生身分は不信感が抱かれにくいだろう。さすが伊豆さんだ。すべて考えあってのことか。
「ところで、それ似合ってますね」
「……ええっ?」
グリンと首が回り、伊豆さんの顔が俺のほうを向く。その表情はにやけている。
「そうですかあ?」
「あ、あの前」
車体が揺れ、蛇行運転になる。ガガガとタイヤが削れる音が側方から聞こえるのだが、もしかしてここ崖じゃないか?
「奈保さんはこういうのが好きですかあ。ふふふ、把握しました。これから奈保さんと会うときはこの格好で来ますね」
「…………っっっ」
俺のからだが左斜め下のほうへ沈み込む。いまこれ車体の半分崖に落ちていないか?
「あっすいません」
我に返り、ハンドルを握りなおす伊豆さん。途端に運転は正常になる。
俺は胸をなでおろす。話題を変えよう。
「……そういえば、忍者省の人に前回の件で疑われたって言っていましたけど大丈夫でしたか」
狩場瑠衣の一件で、伊豆さんは忍者省から取り調べを受けたという。炎帝府省の事情聴取にはいい思い出がないので、心配になる。
「ええ。それはもちろん。姉にはしつこく聞かれましたが」
伊豆さんは、なんでもないような顔で答える。どうやら、大丈夫そうだ。
「へえ。お姉さんがいるのですか」
「……私のほうが可愛いですよ」
「…………」
嫉妬のラインが低すぎではないだろうか。
「奈保さんのご兄弟はどうしているのですか?武功会にはいなかったみたいですけど」
「あいつは、ええとどうしているのでしょう。物心つく前に離れ離れになったので。たぶん武功会系列の孤児院にいると思うのですが」
「お名前は何というのですか?」
「獅子頭……なんて言ったかな。いや、ほんとうにすいません。全然思い出せないですね。俺の人生の中にまったく現れなかったもので」
薄情かもしれないが、血縁関係があっても、遠い親戚のようなものだ。名前すら思い出せない。
「でも、今となっては奈保さんの唯一の血のつながった方ではないですか。せっかくですし、今回のことが終わったら会ってみてはいかがですか。孤児院の資料はありますから、簡単に調べて差し上げますよ」
「いやあ。今更って感じですよ。どんな顔して会えばいいのかわからないです。向こうもたぶん俺に会いたくないですよ。あっちから見たら捨てられたって感じでしょうし」
「ううん。そういうものですか。そういえば武功会解体で、系列孤児院への資金援助が打ち切られるんですよね……恨んでいるかもしれませんよ」
「……ノブレスオブリージュは転落したあとも付きまとうんですかね」
「奈保さんは、これから浮き上がろうとは思わないのですか」
「出る杭は打たれるですよ。俺としては顔くらい上げて歩きたいのですけどね。ちょっとで過ぎたらサンジェル関係で炎帝府にぼこぼこにされます」
「サンジェル様の信者は街に結構潜んでますよ。みんなそれぞれの仕事をしながらです。そうそう目を付けられることはありませんよ」
「……そもそもサンジェルの下につくつもりはないです。できることならさっさと縁を切りたいです」
「無理だと思いますよ。奈保さんが倒達者である限りは、サンジェル様は手放さないでしょう」
なんだろう……。伊豆さんは俺に、サンジェル側についていてほしいというのか。引き留め方が、粘り強い。
ふと見ると、伊豆さんの横顔は、朱色にそまっていた。
……わかりやすいひとだ。
風犬は素直な愛情表現をしてくるが、伊豆さんのような、隠しきれない染み出る感情というのも、いいものだ。
車窓に目をそらす。
そういえば、風犬はいまどうしているのだろう。




