飛び入り面接
5月になった。
白沢には日本三大庭園の1つと言われる「白鷺園」があり、ゴールデンウィークには新緑に映える色鮮やかなツツジを見に多くの人が訪れる。
小春庵にもたくさんの人が来店することが予想されたが、新しいアルバイトのすみれが連休直前に退職したので、もともと足りない人手がさらに足りなくなった。
幸い蘭と華が臨時でほとんどフルで勤務してくれ、おかげさまで3日目には小春庵オープン以来過去最高の売上を記録した。
連休最終日は午後から急激に来店者が減る。
白沢に旅行で来ている人は、お昼過ぎにはだいたいもう新幹線の駅に向かうからだ。
今年も最終日の15時を過ぎると、嵐のようだった数日間が嘘のように静かになった。
16時過ぎにドアが開き、常連の佐藤と妻の麗花が現れた。
「こんにちは」
「あら佐藤さんいらっしゃいませ」
「店内でいただいてもいいですか?」
「もちろんです!こちらにどうぞ」
「家内がスペシャルを食べたいって言うから、空いてくる最終日の夕方なら大丈夫かなと思ってこの時間に来ました」
「さすが佐藤さん!お店の混雑状況までしっかり把握していらっしゃるわ」
「もう4年通ってますからね」
麗花も、
「3月に初めて来た時からずっとスペシャルを食べたいと思ってたんです」
と嬉しそうに言って、注文カウンターに進んだ。
「小春スペシャル2つと、アイスコーヒーと、アイスカフェオレをお願いします」
「ありがとうございます」
春子がレジを打ち、麗花が支払いをした。
奥では蘭がスペシャルの盛り付けを担当し、華が飲み物を入れ始めている。
「あの、春子さん」
麗花が少しためらいがちに言う。
「小春庵のSNSを見たんですけど、まだアルバイトの募集はされていますか?」
「してますしてます!」
「もしよろしければ応募させていただきたいんです。本来なら注文口で言うようなことではないんですけど、改めて履歴書をお送りして正式に応募させていただきたいと思ってます」
「それはありがたいわ。うちはそんな堅苦しい形式取らなくていいのよ。今日17時に1人面接の方が来るんだけど、良かったらあなたも飛び入りで面接受けて行かれる?」
「え!?今日ですか!?」
「せっかくいらしたんだし。麗花さんとはこの前もお話ししたし、面接と言ってもちょっと質問するくらいで済むわ」
麗花は夫の方を振り返り、うなずくのを見ると、
「じゃあお願いしてもよろしいでしょうか。履歴書の用紙は先ほど購入して持っているんですが、まだ白紙なので、席で急遽書かせていただいてよろしいですか?」
「もちろん!でもせっかくご夫婦でスペシャルを楽しみにいらしたのに、急に面接にしちゃってごめんなさいね」
「いえいえこちらこそ急にすみません。この前保護猫活動の集まりで、藍子さんからも小春庵のことをいろいろお聞きして、でももう締め切ったかなとも思ってたんですけど、今朝たまたまSNSで募集の投稿を見たので、間に合うかなと思って、一応履歴書用紙を買ってきたんです」
そこへ蘭と華がトレーを1つずつ運んできた。
「お待たせいたしました」
「蘭ちゃん、華ちゃん。こちらの麗花さん、アルバイトに来てくださるそうよ。あとで急遽面接することになったの」
「え!そうなんですか!」
「わぁ!どうぞよろしくお願いします!」
2人はお辞儀をし、麗花も慌てて
「いえいえこちらこそよろしくお願いします」
と頭を下げる。
蘭と華は中に戻ってから小声で話す。
「私この前マンションで初めて藍子さんにお会いしたのよ。お隣の紅葉ちゃんのところに来ていて」
「そうなんですか!?」
「うん。藍子さんって本当に綺麗。で、噂には聞いてたけど佐藤様の奥様すごく似てるわ。顔も、とてもスリムなところも。でも全体的に藍子さんをもっと小さくした感じね」
「それがまた妹風ですね」
「本当にね」
「なんか藍子さんが帰ってくるみたい」
佐藤夫妻はひとまずは小春スペシャルを楽しみ、食べ終えるとトレーを片付けた。
その後麗花はバッグから履歴書用紙を取り出し、しばらくスマホに下書きを打ち込んだりしてから、ボールペンで書き込み始めた。
16時半を過ぎ、すっかりお客様も来なくなって、蘭と華は少しずつ後片付けを始める。
春子が麗花の席まで来て、
「書けた?よろしければこのままここに座ってお話ししていいかしら?」
と声をかける。
麗花は
「よろしくお願いします」
と言って、さっき書いたばかりの履歴書を三つ折りにして入れた封筒を春子に渡した。
カウンター席で、左から佐藤氏、麗花、春子の順に座り、前代未聞の形式で面接が始まった。
「麗花さんはずっと保護猫活動されてるのね」
「はい。25歳で結婚してからずっとなので、15年になります。直接の猫の世話もありますが、それより事務所で書類の整理や電話連絡などの事務作業をすることが多いです。里親さんの面接にも立ち会ったりします」
「なるほどね。それなら15年専業主婦と言っても実質はずっと働いていたようなもので、経験は豊富なのね」
「いえそんな、それほどではないです。でも人と話すのは好きな方ですし、お客様と接するお仕事も楽しみです」
「それならぴったりね」
そこでドアが開き、ギリギリ最後のお客様かなと思って春子が振り返ると、とてもほっそりとした女性が
「初めまして。5時に面接のお約束をいただいている白峰真凛と申します」
とお辞儀をした。
春子は
「こんにちは。ちょうど良かったわ。今飛び入りでお一人面接中だったのよ。ここからはグループ面接にしましょう」
真凛も麗花も、
「え!」
と固まったが、春子は
「全然固くならなくていいのよ。普通のお喋りだと思ってね」
と言い、真凛に春子の右側の椅子を勧めた。
真凛は緊張しながらも、
「失礼します」
と腰掛けた。
佐藤はさすがに遠慮気味に椅子を反対の方にずらし、小さくなって座っている。
春子は、
「白峰真凛さんね。さっきはこちらの佐藤麗花さんの職歴を聞いていたのよ。保護猫活動で事務職のボランティアをされていたんですって。というか現在も継続中ね。真凛さんは確か保育士さんだったとおっしゃってたわね」
「はい」
真凛はいかにも保育士という感じの柔らかい笑顔だ。履歴書を出しつつ、自分で説明する。
「20歳で保育士になって、1年間働いたんですけど、体調を崩して退職したんです。1ヶ月入院して、退院後も1年間家で過ごしていましたが、かなり元気になったので、そろそろ社会復帰したくて応募しました」
「もう保育士さんにはならないの?」
「しばらくはやめておこうかなと思っています」
「そうね、療養明けで保育士さんはきついわよね」
「はい、ちょっと。療養中に、家族がほんの少しずつでもと言って美味しいものをいろいろ食べさせてくれて、それで元気を取り戻すことができたので、美味しいものに感謝しています。美味しいものに関する仕事をしたくてここに来ました」
「そうなのね。それならぜひここでも美味しいものとの縁を深めてもらいましょう」
「ありがとうございます」
真凛はキラキラした大きな目で春子を見つめて微笑んだ。
「さて、ここからお二人同時に聞いてね。小春庵に入ってもらう方へのお約束を3つ言います」
春子は左右に交互に視線を向ける。
「1つ目は身だしなみね。髪はひとつにまとめて爪は短く清潔にすること。服は上は白なら何でもOK、下は自由でカフェエプロンを着用。あと、高いヒールは履かない。お二人とも今の姿を見ると全く問題なさそうね」
麗花と真凛は揃って、
「はい」
と答えた。
「2つ目は、笑顔で楽しく勤務すること。美味しいワッフルを、スタッフが楽しそうに売って、お客様が楽しそうに食べる、そういう幸せな小春庵にしたいの。ここもお二人ともニコニコ笑顔が素敵だから大丈夫そうね。でも見た目の笑顔だけでなく内面も楽しく勤務してほしいから、辛いことや困ったことが出てきたらすぐに相談してね」
「はい」
春子と麗花と真凛はそれぞれ顔を見合わせ、微笑む。
「3つ目は、ここのワッフルに愛情を持ってほしいこと。これは麗花さんは既に何度も食べてくれてるし、クリアね。真凛さんにもぜひここの小春スペシャルをごちそうしたいけど、さすがに今ここで食べるのは緊張するだろうから、あとでワッフルを持ち帰って食べてね」
「あの、実は私もここのオリジナルワッフルはいただいたことがあります」
「あら、そうなの?」
「家にこもっていた頃に、家族が買ってきてくれて、本当に美味しくて、大好きになりました」
「そうだったのね!良かったわ。ご家族は何人?」
「両親と私の3人家族です」
「そうなのね。あとで抹茶とほうじ茶のワッフルも合わせて包むから、ぜひ持って帰ってね。ご家族にもどうぞ」
「え!ありがとうございます!」
「麗花さんも、スペシャルの分はお代金払わせちゃったけど、お持ち帰りの分包むから持って帰ってね」
「わあ、ありがとうございます」
「あと、お二人は週に何回ぐらい入りたい?」
麗花は、
「私はちょっと少なめなんですが、週1〜2回ぐらいを希望しています」
真凛は、
「私は父の扶養の範囲内でしたら何回でも大丈夫です」
と答えた。
「OK。じゃあ、お二人とも採用は確定ね。とりあえず今日はここまでで、具体的な曜日の相談はまた改めて連絡させていただくわね」
「ありがとうございます」
春子が振り返ると、話が聞こえていた蘭と華が、麗花と真凛のためにワッフルを包んで紙袋に入れてくれていた。
「あら、蘭ちゃん華ちゃんありがとう。だいたい聞こえてたと思うけど、こちらの真凛さんも小春庵の仲間入りしてくださることに決まったわ」
「どうぞよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
みんなお辞儀をする。
春子が
「お2人同時に決まって良かったわ」
と言うと、佐藤氏は
「麗花をよろしくお願いします。ビシバシ指導してやってください」
と頭を下げ、みんな笑った。
佐藤夫妻と真凛が帰り、春子が中に戻ると、片付けは蘭と華が全て終わらせていた。
「ありがとう。じゃああとはレジを閉めるだけね。今日は素敵な方が突然2人も増えたし、あなたたちは言われなくても全部やってくれて優秀だし、嬉しすぎる日だわ。ゴールデンウィークも無事に終わったし、本当にありがとう。ワッフルは何個残ってるかしら?」
「あと6個です」
「じゃあ2人で分けて持って帰ってちょうだい」
「いいんですか!?ありがとうございます!」
蘭と華は、どの味を持って帰るか相談し、それぞれ3個ずつ持って、楽しそうに喋りながら帰っていった。
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




