宇宙人去る
4月も終わりに近づいた。
今日は金曜日、初響が遅番の日だ。
初響は週に一度だけの勤務ではあるが、来る度に、ワッフルとコーヒーをトレーに置いた様子や、小春スペシャルを盛り付ける様子など、SNS用の写真や動画を少しずつ撮っていった。
客足が途切れたときには、自分が前の道から歩いて小春庵に到着し、ドアを開ける動画なども撮影した。
「初響ちゃんが小春庵のアカウント作ってくれたし、写真も動画も撮りだめしてくれてて下書きもできてるから、ゴールデンウィークの前に投稿を始められそうね」
「はい。予約投稿もできますので、春子さんのご都合良いタイミングで公開することができますよ」
「そんな機能もあるのね。便利ねー」
そこへドアが開き、意外なことにすみれが入ってきた。
「あらすみれちゃん、今日は勤務じゃないわよね」
「はい。今日はお話があって来ました」
春子はイヤな予感がする。
スタッフルームに移動しようかと言いかけたが、すみれは入口に立ったまま、
「実は今月いっぱいで辞めさせていただくことになりました」
とお辞儀をする。
「え…。理由は?」
「駅前のRocktail English Schoolってご存じですか?」
「前を通ったことだけあるけど」
「あそこで初級の英会話講師を急募してたんです。で、応募したら採用されて、すぐに来てほしいって言われて」
「…そう。でも今日もう27日よね。今月末までって要するにもう来ないってこと?」
「そうなんです、すみません。なんか4月に採用されたのにすぐに辞めちゃった講師がいたんですって。それで急いで補充しなきゃって感じみたいで、すぐにって言われてるんです」
「…同じことがここで起きてるけどね。まあ仕方ないわ」
「すみません。でも私小春庵も春子さんも大好きなんで、また買いに来ますね」
「それはありがとう」
「エプロン返却しようと思って、洗濯して持ってきました。あとこれ、Rocktailの横のケーキ屋さんで買ってきたフィナンシェです。皆さんで召し上がってください」
「ありがとう」
「これ、スタッフルームに置いてきて、置き靴にしてたスニーカーも取ってきますね」
すみれはパタパタと奥にかけていき、すぐに戻ってきた。
「お世話になりました!ありがとうございました!」
深く勢い良くお辞儀をし、
「また来ますね!」
春子の腕に軽く抱きついたあと、早足で去っていった。
その間、初響はひと言も喋らなかった。
「まあ想定内と言えば想定内ね。でもまた募集かけるの大変だわ。また大きな出費ねぇ…」
初響は小春庵のスマホを手に取り、
「とりあえずアプリで求人ポスター作りましょうか?それを印刷してドアや店内に貼ったらどうでしょうか」
「あら、そんなこともできるの?」
「今、ササッとやりますよ」
初響は春子が口頭で言う内容をサーッと入力していき、Wi-Fiでスタッフルームのプリンターに接続して印刷し、すみれが去った30分後にはもうB4のポスターがラミネートされたものが2枚仕上がっていた。
「助かるわー。とりあえずこれをドアと客席の壁に貼りましょう。見てくれるといいわねえ」
「あの、SNSに求人の投稿をすることもできますけど」
「そんなのもできるの?」
「でもお店の第1回目の投稿が求人なのは変ですよね。2回目か3回目ぐらいにしたほうがいいですか?」
「そうね。3回目にしましょうか。じゃあ初響ちゃん、申し訳ないけど明日1回目、あさって2回目で、しあさってに求人を載せる感じで予約やってもらえるかしら?」
「わかりました。予約投稿は何時にしますか?」
「じゃあ、10時にしましょうか」
時々お客様が入ってこられるので、その度に初響はSNSの操作をする手を止め、アルコールをシュッとして接客し、帰られるとまたスマホを取る。
春子もワッフルを作ったり接客したり、初響の作業を見たりと、行ったり来たりを繰り返す。
初響はまず、既に下書きしていた第1回目の分、ワッフル3種類の紹介を、明日の10時に予約投稿した。
そして第2回目の分、小春スペシャルの動画を、あさっての10時に予約する。
ここまでは既に春子に内容を確認してもらっていたもので、次がいよいよ求人だ。
初響はポスターを見ながらちょっと指を止める。
「春子さん。よくSNSに載ってるカフェの求人の投稿って、エプロン姿のスタッフとか、コーヒーを入れている手元とかが載ってたりするんですよね。で、『私たちと一緒に働きませんか』とか書いてあるんです。さっきのポスターのデータをそのまま投稿に使うこともできるんですけど、スタッフの写真を撮ってショート動画にして流すとさらによく見てもらえるかもしれません」
「あら、それは良さそうだけど…、誰がモデルになるの?」
「…春子さんです」
「えー!初響ちゃんモデルになってよ。私なんて61歳のおばあさんよ」
「…おばあさんではないです」
「コーヒー入れてる手なんか写したらシワもシミもやけどのあともあるし無理だわ」
「あ、じゃあ、後ろ姿ならいいですか?春子さんがトレーに乗せたワッフルを持っている後ろ姿を私が撮って、私がコーヒーを入れている手元を春子さんに撮っていただくのはどうですか?」
「それならいいわね!」
「あとはワッフルの写真とかも組み合わせましょうか」
春子と初響はお客様が途切れた時に即席撮影会をしてお互いに撮り合った。
初響は数枚の写真を繋ぎ合わせ、音楽や文章も加えてショート動画を完成させた。
「こんな感じでどうでしょうか」
「いいわね!じゃあ、しあさってにこれを予約してくれる?あ、でも、しあさってか。結構先ね…」
「1日ずつずらしましょうか?今日が第1回目、明日が2回目、あさってに求人投稿でどうでしょうか?」
「それならいいわね。そうしましょう。じゃあ、予約じゃなくて今もう1回目投稿してくれる?で、明日から10時に予約投稿してもらおうかしら」
「わかりました!」
初響は操作し、
「できました!」
と嬉しそうに画面を見せる。
記念すべき小春庵のSNSの第1回目投稿が公開された。
「ありがとう初響ちゃん!あなたがいてくれて本当に助かるわ。忙しい思いをさせてしまってごめんなさいね。今日は早めに上がってね」
はぁ。SNS開設は喜ばしいけど、さすがに疲れた…。
春子は大きく息をつく。
ゴールデンウィーク始まる前からもう疲れてしまったけど、大丈夫かしら。
何とかがんばらなきゃね…。
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




