蘭の故郷
翌週の月曜日。
早番は今日も蘭だ。
春子は一応厨房から耳を澄ませてはいるが、蘭は今日も落ち着いた丁寧な接客で、一度もヘルプに出ていくことなく安心して任せられた。
お昼前になり、
「春ちゃんお疲れさま」
栄牧場が納品に来た。
春子は出てきて、
「サカちゃんお疲れさま!こちらは新しい主婦パートさんの蘭ちゃんよ」
「蘭です。よろしくお願いします」
「栄です。よろしくね。主婦さんなの?大学生でも通用しそうな若さね」
「24歳なんです。主人の転勤で急遽籍を入れて白沢に引っ越してきたので、新米主婦で新米パートなんです」
春子は、
「新米と言っても蘭ちゃんは初日の午前からほぼ全てできて完全な戦力なのよ」
「すごいわね。優秀な方が来てくださって、春ちゃん良かったわね」
蘭は首を振りながら恥ずかしそうだ。
「蘭ちゃん、サカちゃんは私が小中高まで一緒だった幼なじみなの。ご自身の実家の牧場を手伝ってるのよ。牛乳やバターやアイスクリームなどを持ってきてもらってて、とてもお世話になってるの」
「そうなんですか。長いお付き合いなんですね。私、白沢に来る前は北海道にいたんです。うちは普通のサラリーマンですけど、友達の中には親が牧場で働いているという子もいました。懐かしいです」
「そうなのね!何だか親近感わくわ」
「もうすっかり白沢人のつもりですけどね。今後もどうぞよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね!」
サカちゃんが帰ったあとに、常連客の佐藤氏が来た。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
春子が出てきて、
「佐藤さんいらっしゃいませ。こちらは新しい主婦パートの蘭さんです。蘭ちゃん、こちらはこの店が出来てからほぼ週1ぐらいのペースで来てくださるお客様の佐藤さんよ」
「どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
2人はお辞儀をする。
「今日はワッフル8個欲しいんですけど」
「ありがとうございます。お味はどれになさいますか」
「オリジナル3個とほうじ茶3個、抹茶は2個にしてくれますか?」
春子が、
「でき上がっているものが6個しかないので、今から焼かせていただきますが、お時間は大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。あ、それじゃあオリジナルをもう1個買って、1つはここで待ちながらいただいていきます。ホットコーヒーも一緒に」
「かしこまりました」
春子が厨房に行き、蘭がレジを担当する。
「それでは小春オリジナルが4個、白沢ほうじ茶が3個、白沢抹茶が2個なのでワッフルが合計で9個、それとホットコーヒーも合わせると合計10点ですね」
「うん」
「そのうち小春オリジナル1個とホットコーヒーが店内でのお召し上がりですね」
「うん」
蘭がそこだけ内訳を切り替える。
「クレジットタッチでお願いします」
「かしこまりました」
蘭は合計金額を出し、端末の操作をする。
「カードお控えとレシートでございます。ご用意できましたらお持ちしますので、おかけになってお待ちください」
「ありがとう。君スムーズだね。もう何ヶ月も前からいるみたいに馴染んでるよね」
蘭は恥ずかしそうに首を振り、
「いえいえ、まだわからないことがたくさんあるんですが、皆さんに教わりながらがんばっています」
「いやぁ、ここはいい店だからスタッフさんもいい人が集まってくるんですねぇ」
春子が厨房から、
「そうでしょ」
と誇らしげに笑った。
佐藤がカウンター席でコーヒーを飲みながらワッフルを食べている間に、春子と蘭が出来上がったワッフルを包んでいく。
佐藤が席から振り返り、
「来週の月曜日は夕方に7個買いに来ます。保護猫活動の集まりがあるので。藍子さんも来るんですよ。うちの家内も楽しみにしてるんです」
「あら、それは楽しみですね」
「素晴らしい新人スタッフさんが来られていたと藍子さんに伝えてきますよ」
蘭はまた恥ずかしそうに笑った。
午後になり、華が出勤してきた。月曜日の遅番はまだ決まっていないので、臨時で来た形だ。
春子は、
「私、2人が重なってる30分間だけ、2階で作業してくるわね。ワッフルは今多めに焼いたけど、足りなくなりそうなら階段の下から呼んでちょうだい」
と言って上がっていった。
2階は今までほとんど使っていなかったが、華の提案でスタッフルームを1階から2階に移し、元のスタッフルームを客席としてリフォームすることを検討していた。
新人が入ってきてバタバタしていたが、そろそろ片付けから始めていかなければならない。
たいした物は置いていなかったが、放置していたので埃っぽかった。
しばらくして、春子は急な階段を下りて戻ってきた。
「Gが出たらどうしようかとビクビクしたけど大丈夫だったわ。埃っぽかったけど、いらないものは段ボールに入れて、掃除機かけて拭き掃除もできたから、ガランと綺麗になって良かった」
「Gって何ですか?」
蘭が聞くと
「え!?」
春子と華は驚く。
「ゴキのことだけど、言うのもイヤだからGって言ってるの。言わない?」
「ゴキ?」
仕方がないので華が小さい声で、
「ゴキブリです」
と言う。
蘭は、
「あ!そうなんですね!名前を言ってはいけないあの虫、って感じですか。北海道は出ないんで、そういうニュアンスがあまりよくわからなくて」
「えー!?」
華は北海道にGが出ないのを知らなかったので仰け反って驚く。
春子は、
「そういえばそうね。今まで北海道に知り合いがいなかったからピンと来なかったわ。いやー、新しい感覚だわ。Gを見たことないのは幸せねぇ」
「北海道でも札幌とかは出るかもしれないですけど、私は旭川なので見たことないですね」
「蘭さんいいなぁ。私も北海道に生まれたかったです」
意外な話で盛り上がったあと、蘭は
「それではお先に失礼します」
と退勤していった。
春子は
「華ちゃん、2階を綺麗にしたら徐々にあの計画進めて行くわね 」
と言い、華も
「はい!楽しみです!」
と答える。
「これからスタッフのシフトも固定しないといけないし、SNSのこともあるし、忙しいけど楽しみね」
シフトのことを考えているとうっすら頭にすみれのマイクロミニパンツが浮かんできて、いやいやいやいや、と春子は首を振った。
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




